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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 四話 そこそこキュートな私と一緒に
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そこそこキュートな私と一緒に その2

 放課後のこと、「オイ聞いたかよ」と堰を切ったように声を上げたのが京太郎だった。例の体育祭から十日経ったが、騎馬戦の際に発症した突発的語彙力低下症候群の後遺症は見受けられないので何よりである。


「聞いたって、何を?」と尋ねれば、京太郎は「希望の像が撤去されるんだよ」と言う。


「別にアレが撤去されたされたところでどうってことはねえんだけどさ、なんか寂しいよな。別に長い付き合いってわけでもないけど、やっぱ毎朝顔を合わせてるコッチとしては心にクるっていうか。まあ、消えたところで三日もあれば慣れるんだろうけど」


 京太郎が言った〝希望の像〟とは、僕の通う高校の正門から入ってすぐのところにある銅像である。天に向かって手を伸ばす少女を象った像で、この学校の創立当初からあるらしい。

あれが毒にも薬にもならない存在であることは確かだが、それをなぜ今更撤去するのだろうか?


 それを京太郎に尋ねたが、彼も詳細はわからないらしく、しかし「とにかく撤去するのだ」ということは確からしい。訳が分からないが、この前の体育祭の一件から、この学校が突拍子もないことを思い出したように行う体質であることは既に証明済みであるので、大して驚くことでもない。


「とにかく、見に行こうぜ。もう撤去作業が始まってるんだよ」


 希望の像が無くなることに未練は無いが、京太郎の言う通り、なんとなく寂しいことは確かだ。僕は彼の提案に乗り、荷物を持って正門前に向かった。


 正門前に行けば、希望の像は作業用クレーン車によって吊り上げられているところであった。周りに出来た人だかりがその作業を見守る瞳が、どこか名残惜しそうなのは、きっとみんなあの像に対してどこか愛着を持っていたのだろう。ちらりと京太郎を見れば、なんとその目に薄っすら涙を浮かべている。


 しかし奇妙なのは、なぜだか像が高校の制服を着ていたことである。最後の晴れ姿ということで、誰かが彼女に着せたのだろうか?


 不思議に思いながらも作業を見守っていると、僕の隣に誰かがそっと並んだ。見ればそれは織田さんだった。制服姿もすっかり板について、腰に下げられた日本刀さえ無ければ、どこへ出しても恥ずかしくない立派な女子高校生である。


 険しい顔で作業を見つめる彼女は、やはり希望の像がこの学校を去るのにどこか悲しみを感じているのだろうか。


 やがてトラックの荷台に積まれていく希望の像を見ながら、織田さんはぽつりと呟いた。


「……秀成。奇妙なことを言っていいか?」


「構いませんよ」


「なぜだか私は、この光景を前にして猛烈に嫌な予感を覚えている。何かこう、嵐が来る前触れのような……嫌な予感が」


 織田さんがあまりに物騒なことを真面目な顔して唐突に言い出すので、怖くなった僕は「なぜでしょうか」と尋ねた。


「わからん」と織田さんはすっぱり答えた。


「わかりたくもない」





 その日の夜、杏花と共に剣の鍛錬をしていると、侍女が電話を持って道場までやってきた。どうしたのかと尋ねれば、私に連絡だという。「もしかして、秀成からだろうか?」、なんて考えはおくびにも出さないよう努めて冷静に電話を取れば、聞こえてきたのは晴海の声だった。私の淡い期待を返せと言いたい。


『もっし~、信子ちゃん。元気しとる?』


「お前の声を聞くまでは元気だったよ」と私は頬に伝う汗を拭いながら答える。


『いやぁん、いけずやわぁ。今日は一段と喧嘩腰やん?』


「そういうお前は、今日はやけに上機嫌だな。何かあったか」


『ううん、べっつにー』などと弾む声で答える晴海は、やはり機嫌が良いようだ。この女の機嫌が良い時はたいていの場合はよからぬことを企んでいるので、こちらにしてみれば気味が悪くてしょうがない。


「用が無いなら切るぞ」


『ああ、待って待って。聞きたいことがあるんよ。この前話してくれた秀成くん、やったっけ? 甘いモンとか好きなんかなぁ思って』


 そういえば、私は秀成の味の好みを知らない。というより、思えば私は秀成のことについてほとんど何も知らないではないか。


 奴の好きな食べ物は? 奴の好きな刃紋は? 奴の……奴の、好きな異性の特徴は? 知っていることといえば、秀成の身体に明智の血が混じっていることくらいではないか。


 その事実に愕然としつつも、私はそれを悟られぬように「なぜそんなことを聞く必要がある?」と尋ねる。


『なんでもええやん。それともなに? そんなことも知らんで、友以上の存在なんて言うてるん?』


「ば、ば、馬鹿にするなっ! 奴とは共にケーキを食べたこともあるっ! 甘いものは好きだろうさっ!」


『相変わらずノせ易くて助かるわぁ~。じゃ、またねぇ、信子ちゃん』


〝かちゃん〟と電話の切れる音がして、私はそこでようやく一本取られたということに気が付いた。


 火照った頭で考える。奴は一体なんのために秀成の好みを聞いたのか。まともに考えるとするのなら、贈り物をするためなのだが、あの木下晴海という女はまともではない。そもそも、あの女が秀成に何かを送るというのが理解不能だ。


「何故」という疑念と、「もしや」という不安がいっぺんに湧いてくる。仔細は不明だが、秀成が危険だ。


「……杏花。念のために秀成の家を見張ってくれ。秀成の家に何か送られてきた時には、家の者が開けるより先に中を検めろ」


「そんなことする必要、無いと思いますけど……ま、ご命令とあればやりますが」


 さもやる気のなさそうに言った杏花は、一礼した後、道場を出て行った。


 それでもやはり不安な思いは拭いきれず、私はその日、なかなか寝付けない夜を過ごした。


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