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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 四話 そこそこキュートな私と一緒に
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そこそこキュートな私と一緒に その1

4話に入りようやく色々と動いてくる気がします


 信長公の血を引く織田家嫡流は、遥か昔に絶えたというが、それはとんでもない間違いである。目に見える全てが正解だと思わないことだ。歴史はしばしば、勝者の手により歪められるものなのだから。


 一般的に〝織田家最後の嫡流〟と言われているのが、信長公の孫にあたる秀信公である。氏は関ヶ原の合戦の際、西軍に属し、戦に破れた後は高野山に追放され、そしてそこで死亡した。


 ここまでが歴史の表側。ここからが歴史の裏側となる。心して聞け。


 秀信公には娘がいた。娘は六角家に嫁いだが、心の内では織田家再興を忘れていなかった。「いつの日か、織田の木瓜紋で日の本を染め上げるのだ」と、彼女は日々満天下に誓った。

やがて彼女には子供が生まれた。珠のような男子で、名を信郷といった。彼女は幼き日の信郷公に、寝物語の代わりに織田家再興の夢を聞かせた。


 そのような環境で育てば、信郷公が織田家の再興を目指すようになったのは必然といえた。母の意思を継いだ氏は、幕府に悟られぬように様々なことに手を出し、力を蓄えていった。


 織田家の血と再興の夢は、着実に、そして秘密裏に受け継がれていった。


 転機が訪れたのが1853年。俗にいう、黒船来航の年である。


 異国からの船がやってきたことにより、幕府は軍備の増強を余儀なくされた。中でも、江戸湾の警備増強は最重要課題といえた。


 そんな江戸湾警備の最前線を担うことになったのが、時の川越藩である。警備に必要な費用や陣馬の動員は大きな負担となり、藩や人々を苦しめた。また、このころは全国で百姓一揆が多発し、民衆の力が高まった時代でもあった。


 日々弱まる幕府の力。そこが織田家にとって唯一にして最大の好機であった。当時、織田家の当主であった信平公は、警備によりどの藩にも増して疲弊していた川越藩に融資を持ち掛け、財政を握ることで内側から藩を掌握した。


 こうして織田家は百年以上の雌伏の時を経て、一国一城の主に返り咲いた。


 これが歴史の真実である。当然、教科書のどこを見ても載っていない。





 全国には〝小江戸〟と呼ばれる地域がいくつもある。これを統括するのが東日本有数の権力者が籍を置く、〝小江戸倶楽部〟と呼ばれる組織で、その頂点には我ら織田家がいる。


 また、全国には〝小京都〟と呼ばれる地域もいくつかある。これを統括するのが西日本有数の権力者が籍を置く、〝京都会議〟と呼ばれる組織で、その頂点にはかの豊臣秀吉の嫡流である木下家がいる。


〝小江戸倶楽部〟と〝京都会議〟はその昔から犬猿の仲である。変わる時代に変わらないものがあるとすれば、両組織の関係はそれのひとつに数えられることだろう。


 さて、その日。私は高校を早退し、早籠によりさる場所へと向かっていた。というのも、小江戸倶楽部と京都会議の間では、定例会が催されることになっていて、今日がちょうどその日であったからだ。いくら〝普通の高校生〟になったといえど、織田家の代表が出張らねばならぬ場合は、やはり私が出なければどうしようもない。


 甚だ億劫ではあるが、そう不満をこぼしてばかりではいられない。気合を入れねばならぬ。何せこれより催されるは、定例会とは名ばかりの現代の関ヶ原。互いの組織の面目を賭けて繰り広げられる激しい舌戦。弾丸と矢の代わりに飛び交うは皮肉に嫌味。僅かでも隙を見せれば最後、激しく攻め入られ、斬り捨てられる。


「……やらねばならぬ時があるのだ」


 私は頬をぴしゃりと叩いて気合を入れると、久方ぶりに〝織田の女〟になる覚悟を決めた。


 しばらく走ったところで一旦休憩となり、その際に杏花に渡された茶を飲むとなんだかウトウトしてきた。「いかんいかん」と頭を振ったがどうしても眠気に逆らえず、籠の揺れに身を任せて眠ってしまうことにする。


 結局、私が目を覚ましたのは目的地に着いてから、「つきましたよ」と杏花に揺られてのことだった。


「よく眠っておられましたね、お屋形様」


「うむ。……しかし、定例会の日はいつもこうだ。情けないことに、籠の揺れに抗えず眠ってしまう」


「きっと、知らず知らずのうちに緊張なさっているのですよ」と言った杏花は、私を籠から連れ出した。


 薄暗く長い通路をしばらく歩いていくと、やがて大きな宴会場のような場所に出た。見た限りでは、来ているのはまだ会員の半分といったところだろうか。皆、和やかに会話をしているようだが、〝倶楽部〟と〝会議〟の会員同士では視線すら合わせようとしない。既に戦は始まっているのだ。

杏花と共に〝倶楽部〟の会員に挨拶を済ませた私は、ふと会場を見回してみる。


 壁のあちこちには意匠を凝らした洋灯が吊り下げられており、部屋一面に敷かれた葡萄酒色の絨毯を艶やかに照らしている。白い幕が掛けられた円卓がいくつか置かれているのは、あそこに料理皿を置くつもりなのだろう。部屋の一角には針金同士がうねうねと絡まり、蜘蛛の出来損ないみたいなものを形成した趣味の悪い大きな像が置かれている。正面の舞台にいる者達は、舶来品の弦楽器で美しい旋律を奏でている。


 豪奢な金の使い方だ。となれば、今回の定例会の幹事はあの女に違いない。事あるごとに私に突っかかってくるあの妙な女――。


「あぁら、信子ちゃんやないの。久しぶりやなぁ」


 ほら来たと、私は内心ため息を吐く。


 下手な京ことばで話しかけてきたのは木下の家の次女、晴海である。深紅のドレスに身を包み、羽飾りで出来た派手な扇を片手にそよそよと風を仰ぐ姿は、まさに貴族といった装いだ。この女は、金を掛ければ掛けるだけ良いものが出来ると考えている節がある。


 名前を呼ばれて無視するわけにもいかないので、私は「久しいな」とおざなりに応対した。


「うんうん。ほんとに久しぶりやわ。杏花さんも、久しぶりやね」


「お久しぶりです」と一礼した杏花を一瞥した後、晴海は扇で口元を隠しながらじろじろと私の姿を観察し、やがて嬉しそうに目を細めた。


「……にしてもそのカッコ、噂は本当だったみたいやねぇ」


「噂というのは?」


「高校のこと。立派な跡取りになるために、甲斐甲斐しく通っとるって聞いたで?」


 制服を着たこの姿を見れば、私が高校に通っていることなど一目でわかるだろうし、そもそも織田の家訓は秘匿にしているわけでもない。ゆえに、晴海が言ったことに驚く必要もなければ、腹を立てる道理もない。しかし、どうしてだかこの女に言われると、なんでもないようなことでも無性に苛立ってしょうがない。相対するだけで人をこのような気分にさせるとは、もはや天性の才能と表現する他ないだろう。


 私は「通っていて悪いか」とつい喧嘩腰になる。


「別に悪いなんて言うてないやん。嫌やわぁ。コワくてかなわんわぁ。そんなんやったら、学校に行ったところでお友達なんて出来ないんやろうなぁ」


「馬鹿め。友ならいるぞ」


 けらけらと笑っていた晴海の顔が途端に虚を突かれたような感じになる。よくわからぬが、ともあれこれが千載一遇の好機であることは間違いない。


 私は僅かに生まれたその隙を逃さぬよう、晴海が何かを言い出すより先にさらに続けた。


「いや……あれはただの友以上の存在だ。まるで、生まれるより先に互いの出会いが約束されていたかのような。運命と呼んでも差し支えない、そんな出会いだった」


「だ、誰なんそれ。どんな人なん?」


「お前に教える義理は無い……が、あえて教えてやろう。田中秀成という男だ。私はいずれあの男と、戦を交えようとも考えている」


「お――――おと、こ……」


 晴海は顔を真っ赤にして固まった。それは晴海が初めて私に見せる、〝余裕〟というものが微塵も感じられない表情であったので、私は大変に満足したが、時が経つにつれて秀成のことを平然と「友以上の存在」と表現したことと、何より「戦をする」などと堂々宣言したことが無性に恥ずかしくなってきて、私は思わず顔を伏せた。


 売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと。この勝負、結果は両者痛み分け。


 私達は互いに顔を伏せたまた、「じゃ、また」「ではな」と言い合ってその場は別れた。

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