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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 三話 今日は朝から馬乗って
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今日は朝から馬乗って その6

 爺め。わざわざ白凰を連れ出して本気の騎馬戦など仕掛けおって、なんのつもりだ。秀成に怪我でもあったらどうするつもりか。


 そもそも、爺も爺だが秀成も秀成だ。「退くことを覚えろ」と言ってやったばかりだというのに、もう忘れたというのか。勝ち目の無い戦に挑むは勇気ではなく無謀。死地だとわかって赴かなければならない時もあるが、それは今ではない。とすればあれはただの蛮勇だ。到底、褒められたものでない。


 私は秀成の名前を何度も叫び、止まるように指示したが、興奮した観客達が送る声援のせいでその声は届かない。最早、自ら止める他あるまいと考え動き出した私であったが、一歩踏み出したところで杏花に腕を掴まれそれは未遂に終わった。


「なぜ止めるッ!」


「大丈夫ですよ、お屋形様。秀成殿は負けませんから」


「何を根拠にそんなことを言うのだ、お前はッ! 秀成に……秀成に万が一のことがあれば、私は――」


「冷静に。お屋形様、まずは彼の目を見るのです」


 いやに落ち着いた調子で杏花がそう言うので、秀成を見てみれば、なるほど、負けを覚悟の上で突撃に行く者の瞳ではなかった。不退転の覚悟と同時に絶対に勝つのだという強い信念が宿るその瞳には、私を押し黙らせるには十分な力があった。


 覚悟を決めた私は、目の前の戦を黙って見守ることにした。


 爺を目で牽制しつつゆっくり騎馬を動かした秀成は、先にやられた騎馬の乗り手が使用していた槍を拾うと、両の手に一本ずつそれを持つ。


 ――二槍流。あれは相当な胆力がなければ無意味だ。何のつもりかはわからないが……しかし、策があるのだと信じたい。


「二本あれば勝てると思うかッ!」


 爺の言葉に秀成は答えず、二本の槍を上段で構えた。それを見た爺はあくどい笑みを浮かべ、同じように上段で構える。


「……平手先生。この勝負、勝たせて頂きます」


「……やれるものならやってみろ、小童」


 束の間の静寂――そして突撃。互いをめがけて騎馬同士が突き進む。


 衝突まで三間というところまできたところで、秀成は左手に持っていた槍を爺に向かって投げつけた。


 ――駄目だ。あれでは目眩ましにもならない。


 爺は「小賢しいッ!」と声を上げながら、その一撃を難なく薙払うと、腰で深く槍を構え迎撃体制を万端にする。両者の距離は残り二間。――と、次の瞬間、あろうことか秀成はもう一方の槍すらも爺に向かって投げつけた。これは全くの予想外であったのか、爺の反応はやや遅れたものの、胴に当たる寸前で払い落としたのは流石と言える。


 ――だが、これすらも上回ったのは秀成であった。


 続けざまに投げた二本の槍は囮であった。本命は自分自身。そう、秀成は騎馬となる者達に、自らの身体を射出させたのだ。


 ただでさえ距離が詰まっていた両者。加えて、爺は槍を構え直していない。さらに言えば、奴には慢心もあった。自らの首級が取られるわけがないという、根拠のない慢心が。


 宙を飛んだ秀成は、爺の兜を空中で奪い取ると、背中から地面に着地した。


 辺りが静寂に包まれる。ややあって秀成が兜を天にかざすと、静寂から一転、十里先まで響くほどの歓喜の声で校庭は包まれた。


 それから何が起きたのかは記憶にない。つま先から頭の頂点まで熱くなるのを感じたと思ったら、私はそのまま気を失ったからだ。





 目を覚ますと背中に柔らかい感触があった。周囲には白い幕が引かれている。薬品の香りが鼻につく。白い天井のこの部屋は、恐らく保健室という場所だろう。この学校へ来た初日に案内された覚えがある。確か、具合の悪くなった時はここを利用すればいいのだとか。気を失った後でここへ運ばれたに違いない。情けない限りだ。


 起きあがろうとしたが、まだ頭がぼんやりするので止めにした。ふと目をつぶれば、まぶたの裏には先の光景が浮かぶ。見事に爺を討ち取った、秀成のあの勇姿が。


 見事に敵の虚を突いて、一瞬の隙に首を取る。短い時間で策を練り、それを実行する決断力と、あのひょろりとした体躯からは想像がつかぬほどの勇気。まったく天晴れという他無いだろう。


 駄目だ。思い出すだけでまた頭がぼぅっとしてきた。あの男、また私の頭に居座るつもりか。……まあいい。そんなに居たいのならば好きにしろと、私は脳内における自治権の一部を秀成に認める。


 その時、がらりと扉の開く音がした。杏花か、もしくは爺か、はたまたこの部屋を任されている医者か。どちらにせよ、わざわざ起きて構わなければならぬ相手でもなかろう。


 狸寝入りを決め込んでいると、入ってきた者は抜き足差し足でこちらへ歩いてきて、音をたてぬように幕を開いた。無礼な奴と思いながら薄目を開いてみれば、さも申し訳なさそうな表情で顔を覗かせていた者は――。


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