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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 三話 今日は朝から馬乗って
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今日は朝から馬乗って その5

 それから僕達は二戦目、三戦目と、トントン拍子で勝ち進むことが出来た。織田さんがくれたアドバイスのおかげ――と言いたいところだが、予期せぬ快進撃の秘密はやはり京太郎だろう。


 縦横無尽に戦場を駆け回り、おちょくるように敵の騎馬から逃げ、かと思えば正面から突撃する。この動きに青木と高山はついていけず、置いていかれるような場面もしばしばあったが、そのたびに京太郎は独力で僕の身体を支えて単身騎馬と化した。その上に乗る僕のやることといえば、タイミングを見計らって相手の鉢巻をさらうだけである。


 それにしても、京太郎の身体能力がここまで高いとは思っていなかった。物欲というものは、ここまで人を強くするものなのだろうか。


 アドレナリンにより野獣性が高まっているのか、京太郎は先ほどから目をぎらぎらさせて、「やべー」か「よっしゃ」か「やってやんよ」しか口にしないという深刻な語彙不足に陥っている。特に害は無いのでそのままにしておいてはいるものの、つい先ほど、「全ての勝負が終わると同時に、京太郎は虎へと変化し野へ駆けていってしまうのではなかろうか」、などという山月記的妄想が頭に浮かんだせいで少し心配である。


 戦を経るごとに半分、また半分と騎馬の数が減っていく。一方で、負けた生徒がギャラリーに回るため、その数は徐々に増えていく。たくさんの人に見られてさらにアドレナリンが増大したのか、京太郎の語彙からとうとう「よっしゃ」と「やってやんよ」が消えて、「やべー」を残すのみとなった。もはや、「やべー」と鳴く獣だ。


 幾度の戦いを重ねた後、残る騎馬は僕達と野球部・サッカー部連合の二騎のみとなった。最終戦は女子のペタンク決勝の後で行われるとのことで、全体で少し遅めの昼休憩を取ることになり、校庭では皆が弁当を広げてくつろいでいる。


「いやー、俺たちが残れるとは思わなかったな」


「本当にね。正直、よくて三戦目までだと思ってた」


「やべーな」


「学食無料になったらどうするよ? ジュースとか、プリンとかも無料になるんだよな?」


「4組のシマノが平手先生に確認してたけど、オッケーらしいぞ」


「あと、購買のパンも大丈夫らしいね」


「マジ? 食い放題じゃん」


「やべー、やべーわ」


 休憩中も京太郎はやはり「やべー」と鳴くばかりであったが、とりあえずの意志疎通は可能なので今は放っておく他無いだろう。


 休憩時間が残り10分というところで、僕は用を足しに向かった。校舎にあるトイレは混んでいたため、中庭に面したところまで足を延ばしたのだが、そこで僕は奇妙な物を見た。


 中庭にいるのは大きな馬であった。白い毛並みは新雪のように綺麗でキラキラとしている。済ました顔立ちはどこか深窓の令嬢を思わせる。


 近づきがたい雰囲気を放っているが、身体の奥底から湧いてくる興味にはあらがえない。彼女に近づいた僕は恐る恐る手を伸ばして、その毛並みに触ろうとする。


 しかし次の瞬間、彼女は僕の手に噛みつこうと大きく口を開けて首を伸ばしてきた。咄嗟に腕を引っ込めた僕は、指が噛み千切られていないことを確認した後で白馬を見る。歯をむき出しにしており、馬に詳しくない僕でもこちらを威嚇していることが一目でわかる。


「悪かったよ」と頭を下げた僕は、肩越しに白馬を警戒しつつトイレへ向かった。


 その時、大きな法螺貝の音が聞こえてきた。休憩時間終了5分前の合図である。大急ぎで用をたしてトイレを出ると、先ほどまで中庭にいたはずの馬の姿が無い。なんだったのだろうかと思いながらも、詳しく考える時間などあるはずもなく、僕は駆け足で校庭へ戻った。





 女子のペタンク大会で優勝したのは織田さんと柴田さんのペアであった。彼女が言う「頼りになる相方」がまさか柴田さんのことだったとは。いったい、いつの間に仲良くなったのだろうか。


 お腹でも痛むのか、それとも、男子生徒の目を惹きつけてやまない柴田さんのコスプレめいたブルマ姿が気にくわないのか、やけに渋い顔をして学食無料食べ放題の目録をふたりに手渡した平手先生は、こちらを向き直して「では、続いて男子騎馬戦の決勝戦に移るッ!」と宣言した。


「ここまで勝ち上がった二組の騎馬、前へッ!」


 僕達は4人列になって校庭の中央の辺りまで歩いていった。正面からは、つい先ほどまでは頼りになる味方だったはずの4人が列になって歩いてくる。


 この場で勝者となるのはどちらか一組。こちらか、それとも向こうか。どちらが勝っても恨みっこ無しだが、せっかくここまできたのだから負けるわけにはいかない。否、負けたくない。


 運動部連合対帰宅部連合。戦力差は明らか。一対一なら今までのような機動性を活かした一撃離脱戦法は使えない。勝ち目は薄い。


 心の奥で何かが温度を帯びてきている。賞品などは関係ないところで燃えるそれは勝利の渇望。これがきっと野心というものなのだろう。


 校庭は1年生の全生徒が囲んでいる。校舎の窓からは上級生がこちらを見ている。京太郎は相変わらず「やべー」と鳴いている。


 やがて太鼓が大きく打ち鳴らされた。僕達は騎馬を組み、目の前の敵を見据える。


 後は開戦の合図を待つばかり。緊張感のある沈黙がしばらく続く――と、その時のことだった。がちゃがちゃというどこか聞き覚えのある音を立てながら僕達の間に歩いてくる人がいた。見ればそれは、何故だか赤の鎧を着込んだ平手先生である。小脇に抱えた3本の長い棒は、いったい何に使うつもりなのだろうか。というか、この人はどういうつもりでここへ来たのだろうか。


 せっかくの一騎打ちに水を差されながらも、僕は平手先生に「どうなさいましたか?」と尋ねた。


「突然だが、勝負内容の変更だ。一騎打ちをさせて生徒間に遺恨を残すのも教育上良くないと思ってな。俺がお前達の相手をすることにした」


「ですが、先生が独りでは騎馬戦になりません」


「明け……いや、田中。何を勘違いしているんだ、お前は。独りで戦うわけがないだろう」


 そう言うと先生は短く口笛を吹いた。するとそれに呼応するように、どこからか馬の嘶きが聞こえる。


 まさかと思ったその矢先、ギャラリーから上がる大きな悲鳴。それと同時に大きな影が太陽を遮る。見上げる間もなく平手先生の横に着地したそれは、僕が先ほど中庭で見かけた白馬であった。


 唖然としていた僕達の足下に、小脇に抱えていた3本の長い棒のうち1本ずつをそれぞれ投げた先生は、口元に笑みを浮かべた。


「俺はこいつ――白凰と共に戦う。お前達に本物の騎馬戦を教えてやろう」


 僕達は「やべー」と鳴き声を揃えた。





「本来であれば首級を取らねば勝ちにはならんが、お前達が俺の首を取れるとは思えん。そこで、その棒で一度でも俺に打ち込めれば勝ちということにしてやる。ありがたく思え」


 平手先生のこの物言いにギャラリーから一斉にブーイングが上がったことは言うまでもない。しかし、先生が「喝ッ!」と叫ぶと同時にその声がぴたりと止んだのもまた言うまでもないだろう。


 正真正銘の騎馬戦を余儀なくされた僕は、棒を槍に見立てて怖々と構えた。運動部連合の騎馬の乗り手、山下も棒を構えてはいるものの、なかなか動けずにいるようである。


 睨み合いがしばらく続いた後、「早よ来んかいッ!」とドスを利かせた平手先生の声が響いた。その声によってビー玉の如く弾き出された僕達両騎馬は、愚直な突進を強いられた。


 平手先生の胴を狙って、二組の騎馬から同時に放たれた突き。半身捻って難なくそれをかわした先生は、槍を片手に持ち変えると、空いた右手で山下の持っていた槍を掴んでそのまま彼の身体を持ち上げた。


 落ちまいと必死に槍にしがみつきながら「うわうわ」と慌てる山下を見て、平手先生はさも満足そうに「ぐはは」と笑う。まるで地獄の大魔王である。それにしても、60キロは超えるだろう高校生男子をあのように、いとも容易く持ち上げるとは。なんという力の持ち主だろうか。


 山下はしばらく弄ばれた後、槍と共に軽く放り投げられて校庭に尻餅をついた。その光景をただ黙って見ているだけしか出来なかった僕達は、ひとまずその場を離脱して先生から大きく距離を取った。


「お、おい。やべーってヒデナリ。無理だろあれ。本気じゃん、超本気じゃん。勝たせる気無いじゃん」


「棄権しようぜ、棄権。こんなんで怪我したらバカみたいだろ?」


 青木と高山の言う通り、あんなものを相手にして勝てるとは思えない。というか、割と命の危険さえある気がする。織田さんも言っていた。「退くことを覚えろ」と、「生きて帰らねば意味はない」と。逃げることは恥ではないし役に立つ。


 しかし、ここで逃げていいのか? ここは逃げるべき場所なのか? 「それは違う」と僕の心が言っている。理由はわからないけど、あの先生には負けたくない。


 僕は槍を握り直し、「戦おう」と言った。


「おい、本気かよ」「アツくなんなって」という声がふたりから浴びせられる。しかし僕は意見を変えず、「やってみようよ」と意見した。


 京太郎が「よく言った」と突然声を発したのはそんな折のことだった。


「きょ、京太郎?! 喋れたのかよお前?!」


「当たり前だろーが。それより今は目の前のオッサンだ」


 京太郎は平手先生を真っ直ぐ見据える。


「はっきり言って正面からじゃ勝ち目は薄い。まともにやったところでかわされることは目に見えてるし、仮に打ち合えたところで、一合交えりゃ騎馬ごとなぎ倒される。本多忠勝も驚きのオッサンだぜ、ありゃ。となるとよ、秀成。弱い俺達に必要なのは、勝つために必要なのは小細工だ」


「きょ、京太郎。なんかキャラ違くね? どしたん急に?」


 動揺する青木に「黙ってろ」と鋭く言った京太郎は、僕を肩越しに見て尋ねた。


「どうするよ、大将。勝ちたいんだろ? 俺は、お前の言う通りに動くからよ」


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