今日は朝から馬乗って その4
男子生徒による合戦が始まった校庭を横目に、私は『ペタンク』なる競技に甘んじている。鉄の球を地面に置いた的に投げ合って得点を競うという、なんの面白みも無い競い合いだ。〝普通の高校生〟の女子達は、このようなことをして楽しんでいるのだろうか。まったく訳が分からない。野心云々と言うのなら、もっと方法があったはずだ。
私がおざなりに球を投げる一方、共に組んだ杏花はきゃっきゃと騒ぎながらも正確無比に球を放り投げ、的にぴったり寄せている。勝負事において負けるつもりは一切無いが、その実、そんな気配は毛ほども出さないというのが、この女の嫌らしいところだ。
目の前の矮小な〝戦〟を勝利で飾ったところで、ふと校庭を眺めてみれば、向こうで行われている〝戦〟はまだ継続中であった。どうやら最初の激突の後、両陣営が一旦引き、膠着状態に陥っているらしい。数も平等で、鉄砲隊も槍隊もいない騎馬隊だけの戦など、計もへったくれも無いのだから、早いところ突撃して雌雄を決してしまえばいいのだ。
そんなことを思いつつ、互いを睨み合う臆病な両陣営を眺めていると、私の隣に杏花が並び立った。
「ねえ、ノブちゃん」と奴が私をあまりに親しげに呼びかけるのは、この高校においては互いの関係を伏せておくためである。
「平手センセーって、なんでアタシ達にこんなことを急にやらせたんだと思う?」
「わからん。あの男のやることは、いつだって急だからな。しかし、意味がないことではないのだろうということもまた事実だ」
「……もし気になるなら、探ってこよっか?」
「いや、いいだろう。気にならないこともないが、後でじっくり問いただすことにした。それよりも、今はアレだ。もう少し近くで見れはしないか?」
そう言って小康状態が続く戦場を指すと、杏花は「仰せのままに」と片目をつぶって私の手を引き、教師の監視を掻い潜ってペタンク会場からこっそり連れ出した。
大きな樫の木があったので、私達はそこへよじ登り戦の様子を眺めた。小康状態だったところへ白の組の者が突撃を始め、ちょうど均衡が破られた時であった。
両陣営入り乱れる様子を眺める私は、その中にあるはずの秀成の姿を必死に探す。
どこだ、どこだ、どこだ。よもや、早々に戦線を離脱したのではあるまいな――と、見つけた。暴れ馬の如き予測不能な動きをする騎馬を何とか操りながら、戦場をかき乱すアレは間違いなく秀成だ。その手には既に5本の鉢巻が握られていて、なるほど中々活躍しているようである。
「あら、なんとなく頼りなさそうな方だと思っていましたが、秀成殿はなかなかおやりになるようで」
さも意外そうにそう言った杏花に、私は「当然だ」と即答する。
「あれは私の認めた男。むしろ、あれで満足して貰っては困る」
「あらあら、オアツイことで♡ ご馳走様でーすっ♡」
「ばっ、馬鹿を言うなッ!」
にやにやとする杏花の頭を叩いてやろうと腕を振るが、この女、木の上などという不安定な場所にいるも関わらずひょいひょいと躱す。一分ほど攻撃を続けたが、ちっとも当たらないので馬鹿らしくなり、諦めて戦場に目を戻すと、秀成の姿が見つからない。「どこへ」と思いしばらく視線を巡らせると、奴の姿は既に戦場の外にあり、騎馬を崩して地面に坐していた。
あの者、後れを取ったな。首級をあげての油断か、それとも慢心か。
秀成が落ちて数分後、やがて決着の時が来た。戦自体は秀成の属する赤組が勝利して、私はひとまず安心した。
☆
一度目の戦を終えてから男子生徒は小休止に入った。私は秀成が水飲み場で独りになったのを見計らって、奴に「おい」と呼びかけた。
蛇口を捻って水を止め、私の方に振り向いた秀成は、軽く手を挙げ微笑んだ。
「織田さん。調子はどうですか?」
「順当に勝ち進んでいる。頼りになる相方のおかげでな」
「それはよかった」と笑う秀成は、むんと胸を張る。
「実は僕も、頼りになる相方のおかげでなんとか勝てまして。学食無料使い放題に一歩近づきました」
「知っている。なかなか活躍したようだな。首級を五つとは、初陣にしては見事だった」
「どこで見てたんです?」という秀成の問いには答えず、私はさらに続けた。
「しかし、戦というのは生きて帰らねば意味はない。例え五つも敵の首を取ろうが、百取ろうが、生きて帰らねば褒美は与えられないのだ。退くことを覚えろ、秀成。そうすればもっと強くなるだろう」
「わかりました。アドバイスありがとうございます」
「うむ、励めよ」
言うだけ言った私は秀成に背を向け、足早にその場を去った。
しばらく歩き、背中に秀成の気配が感じられなくなった辺りまで来たところで、私は膝を折りその場にしゃがみ込んだ。
なんてことをしでかしたのだ、私は。「やるじゃないか」「次も期待しているぞ」「かっこよかったぞ」などと激励に行く心構えだったというのに、奴を目の前にして口を開いたと思えば、出てくるのは叱咤ばかり。なんというたわけ。かわいげのない、かわいげのないかわいげのない!
私は何故こうなのだ。やはり血にはあらがえぬのか。織田と明智は水と油。ならば、こうして素直になれぬのもまた運命なのか。思い通りにならぬ織田の性を押さえつけようとすればするほど、その力は強まるものなのか。
「……やはり、私は織田の女なのか?」
「いえいえ。お屋形様の場合は男性への免疫が無さすぎるだけのこと。というか、ぶっちゃけツンデレ。ていうかブシデレ? どちらにせよやや古臭い、っていうか、一周して今はむしろ新しいんですかね、ソレ」
知らぬうちに背後に立っていた杏花が好き勝手に言ってけらけらと笑った。言っていることは半分も理解出来ぬが、馬鹿にされていることくらいはわかる。「うるさい」と言いながら殴りかかると、それは奴の無駄に大きな胸によって弾き返された。
「まあ、落ち込む必要はありません。秀成殿は器量の大きなお方。ノブちゃんがツンデレであることくらい、お見通しでしょうからっ♡」
「誰がノブちゃんだッ!」