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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 三話 今日は朝から馬乗って
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今日は朝から馬乗って その3

「立身出世はしたくないかーッ!」」


 昨日からこの学校に赴任してきたという平手先生から放たれた、本日三度目となるその言葉に、僕達は「応ッ!」と声を揃えて拳を天に突きあげた。3年間学食食べ放題という景品を前にして、考えることは各々違っていただろうが、心の向いている方向は同じであった。


「何が何だかよくわからない。しかし、タダ飯食らい出来るのはありがたい」


 もちろん僕とてそれは同じである。「そんなことが本当に可能なのだろうか?」とか、「お金はどこから出てくるのだろうか?」とか、色々と気になることは多い。さらに言ってしまえば、「そんな必死になってまで学食を無料で食べたいか?」と聞かれれば、実際のところそうでもない。

 しかし、踊る阿呆と見る阿呆の2種類しかいない阿呆にまみれたこの世の中、どうせだったら踊る方に回った方が何かと楽しめるではないか。


平手先生は「いい返事だッ!」と言って、法螺貝の音を今日一番の強さで響かせた。雲ひとつない青い空に突き抜けるその音が、体育祭の開会宣言だった。


 それから男子は四人一組で、女子は二人一組でチームを組むよう指示があった。京太郎他、クラスメイトの青木、高山とチームを組んだ僕は、次の指示が出るまで待機の間、どんなことをやるのだろうかと話し合った。


「体育祭ってんだから、競争とか?」と高山。それに「でも、競争じゃ不利じゃね、俺ら」と青木が続き、周りを見回す。確かに、帰宅部連合とでもいうべき僕達のチームは、運動部が集まって出来たチームに比べれば戦力は心もとない。


「やる前から弱音吐いてんじゃねーよ」と強気なことを言う京太郎は、その顔に不敵な笑みを浮かべている。あれは、何の根拠もないにも関わらず、自分の勝ちを確信した時の京太郎がよく見せる表情である。恐らく、京太郎は既に学食無料の権利が貰えた後のことを考えているのだろう。


「あのヘンなオッサンのやることだぜ? 直球勝負じゃこねーだろ。となりゃ、俺らにも勝ち目はあるっしょ。てか、むしろ勝てるっしょ」


 確かに、平手先生は「ありとあらゆる方法を用いて」と煽っていた。体育祭とは銘打ってはいるが、ただ単純に身体能力を競い合わせるだけとは思えない。きっと、知力、体力、時の運のどれも欠かすことのできない、高校生クイズめいた催しにするのだろう。


 そんな風なことを話すと、京太郎は「それ」と嬉しそうに言って人差し指で僕を指した。


「間違いねー。やらされるわ、俺ら。高校生クイズやらされるわ。〇か×か選ばされて、泥に突っ込まされるわ。でも、負ける気しねー。今日の俺、星座占い1位だったから。あと、血液型占いも1位。それに何よりめちゃくちゃホンキ。やる時はやる男だから、俺」


 捕らぬ狸の皮を当てにして大豪遊する男、京太郎は自信満々であった。


 さて、そんな京太郎を青木達と共に、「相変わらず馬鹿だなあ」「いやいつも通りだろ」と見守っているうち、校庭の中央に立っていた平手先生が法螺貝を吹き鳴らし自らの方へ注意を向けた。


「注目ッ! これから、今日お前達が何をするのかを教えてやる!」


 先ほど怒鳴られた反省からか、ざわめきは起こらない。その場の空気がぴんと張りつめると同時に、期待感が高まっていくのがわかる。


 平手先生はぱんと手を打ち鳴らす。それと同時に、いつの間にか平手先生の後ろに控えていたふたりの黒子が長い幕を広げた。


 そこには勢いのある筆遣いで、『男子・騎馬戦』『女子・ペタンク』と書かれていた。





「なんだよそりゃ。騎馬戦なんてアリかよ、マジ」


 競技内容を聞かされた京太郎は、そうやって幾度と不満を漏らした。納得がいってないのは僕も同じだったが、今になればこうなることはある程度覚悟しておくべきだったと思う。何せ平手先生は、織田さんに負けず劣らずの武将っぽさを備えた人だ。むしろ、〝合戦〟とか言われなかっただけまだマシだと考えておくべきだろう。


 しかし、何故男子は騎馬戦で、女子はペタンクなのか。戦国っぽさで統一するなら、せめて女子の競技は薙刀か弓道辺りにしておくべきではなかったのだろうか。


「でも、ペタンクってなんなん?」と高山。


「あれじゃね。四角形の部屋の中で、ボールを壁に向かって撃ち合うヤツ」という青木の答えに、僕は「それはスカッシュ」と即座に答える。


「ペタンクっていうのは、鉄のボールを地面に置いた的に投げ入れ合って、得点を競う競技だったかな、たしか」


 うろ覚えの知識を披露すると、青木、高山のふたりは「おおー」「ウィキペディアみてー」「ヒデペディアだな」などと言ってぺちぺち手を叩いた。騎馬戦と聞いて、『学食無料』などという話を自分達とは無関係なところにあることを思い知った僕達3人は、既に現実を受け入れて諦めのぬるま湯で遊泳中である。


 しかしここには未だ夢の世界に泳ぐ男がいた。京太郎である。


 自らの頬をバチっと叩いて気合を入れた京太郎は、「よっしゃ」と独りで意気込んだ。


「まあ、決まったモンはしょーがねーよな。勝つ可能性は少し減ったけど、それでも俺達が有利だ。やってやろうぜ」


 いったい京太郎の自信の源泉はどこにあるのだろうか? あそこまで自分自身を信じられるというのは、もはや立派な才能である。ここまでくれば、ある種の尊さまで感じられる。


 しかし人間不思議なもので、根拠のない確信の従属となった人を前にすると、「ひょっとしたらどうにかなるのでは?」と思えてしまう。そういう安易な考えは、僕達の間、小規模でありながらもふつふつと膨れ上がり、瞬く間に支配的になった。


 すっかりその気になって、青春っぽく「やろうぜ」「やってやろうよ」と互いの背中を叩き合う僕達は、さながら天下泰平を夢見て野心を燃やした織田信長とその家臣、あるいは坂本龍馬とその一派である。一介の高校生を気分だけでも歴史的偉人まで昇華させるのだから、学食の力も馬鹿にできない。


 いよいよ立身出世への機運が高まってきたところで、全男子生徒に集合が掛けられた。そこでルールが説明された。


 基本的なルールは普通の騎馬戦とほとんど同じ。乗り手の人間が頭に巻いた鉢巻を奪われるか、乗り手の人間が地に足をついてしまうかでその騎馬の脱落が決定する。


 やや特殊なのは組分けについてであった。


 まずは全体をふたつの組に分け、集団戦を行い競い合わせる。勝ち残った組をふたつに分け、また集団で競わせる。またまた勝ち残った組をふたつに分け、さらに競い合わせ……そうして僕達は最後の一組になるまで戦い続ける。これを聞いた時、僕は『蟲毒』という物騒な呪いをふと思い出した。


 さてルール説明が終わってから組分けが発表され、僕達は赤の組に割り当てられた。話し合いの結果、乗り手となるのは僕で、騎馬の前面を担当するのが京太郎、後ろを青木と高山が支えることが決まった。


 本来ならば一番背丈のある京太郎が乗り手を担当すべきなのだが、「俺はまだ人の上に立つ器じゃねーから」などとやけに殊勝なことを真面目な顔つきで言い、これを固持した。これに青木、高山が「俺も」「俺も」と便乗し、なし崩し的に僕が乗り手を務めることになったのである。


 第一戦は間もなく始まる。互いの陣営が校庭の端と端に陣を築き、騎馬を組んだ状態で開戦の合図を今か今かと待っている。じっと黙っていると、テニスコートに作られた臨時ペタンク会場から、鉄のボールの行方に一喜一憂する楽しそうな女子の声が聞こえる。


 片や汗くさい戦場、片や華やかな女子会である。


 やがて校庭の中央に立つ平手先生が法螺貝を吹き鳴らした。あの音を聞くと不思議と気持ちが高ぶってくる。きっと、僕の両親のどちらかは武士の家系に違いない。


「皆の衆ッ! いよいよだッ! いよいよこの時がやってきたッ! 勘違いをするな、これは戦だッ! 首を刎ね、額を撃ち抜き、蹂躙する心構えで目の前の敵を討てッ! 倒れた味方があれば捨て置けッ! その味方の無念の分まで戦えばいいッ! 存分に戦い武功を上げろッ! では…………始めぃ!」


 黒子が太鼓を打ち鳴らす。開戦の合図が上がると共に、僕達は声を上げながら互いに互いを目がけて突撃を始めた。


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