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「お初にお目にかかるアグランゼム公爵令嬢。私は―――」

「美しき貴女様の手をこうして取ることが叶うとは、本日はなんと良き日か! 申し遅れました、私は―――」

「アグランゼム公爵令嬢、どうかこの私と一曲お相手いただけませんか? 私は―――」


 な…何なのでしょう?

 どうして、今日に限ってこんなにわたくしに殿方が集まるのでしょう?

 いつもなら、遠巻きに見ていらっしゃる方々が、なぜかわたくし…いえ、わたくし達に近づいてくるのです。


「良かったな、カナン。お相手が選り取り見取り選び放題じゃないか」


 そんな問題ではないでしょう、従兄様!




 ★




 ゆっくりと季節は移ろい、今はもう晩秋に近づきつつあります。

 王国のあちらこちらで収穫を祝うお祭り、秋季祭が行われています。


 わたくしたちが住む国クラディア王国は、季節の変化――春夏秋冬の四つの季節があります――はありますが年間を通して割と穏やかな気候の国なのです。それ故、災害などは少なく、作物の実りは隣接する他国に比べてとても多いのです。


 従兄様曰く、この国は精霊様の守りが強い国だから、と言っていましたが、精霊様などお目にかかったことなど在りませんので、またいつもの従兄様の作り話が始まったのね、と思う事にしています。


 本当に、予見といいどんどん出てくる作り話――僕の予見の一つとして覚えておいてね、と言っては良く意味の分からないお話を聞かせてくれました――といい、従兄様の頭の中はいったいどうなっているのでしょうね? 一度、覗いてみたいですわ。


 とまあ、そんな王国なのですが、豊かな国という事で他国に狙われるのでは、という懸念もあります。だって過去には大きな戦があったと聞きますもの。けれどその時の戦でこの国は圧倒的な勝利を収めたらしく、その後、この国に攻めて来る国が減少したという事です。なんでも、この国の騎士の強さが神憑っていたのだとか―――


 その話をしてくれた従兄様はまたしても、精霊様のおかげだね、と言っていましたが、なにぶん従兄様が言う事ですので信憑性は定かではありません。

 今では小さな小競り合い程度の諍いがあるだけで、概ね平和的に交流している、と従兄様は言っていました。


 後は……そうですね、この国の姫が他国の王族に嫁いだり、他国の姫がこの国に嫁いできたりと、今では何らかの繋がりで同盟を結ぶ国が多いという事かしら。


 もしかしたら私も、アシト様との婚約が無ければ、政略の意味で隣国の王子の一人と婚約させられていたかもしれません。嫌ですけれど―――


 そんな収穫の時期に行われる、王国のお祭り秋季祭。

 春に行われる春季祭と同様、祭りの最終日に行われる大舞踏会に、わたくしはなぜか従兄様にエスコートをされて出席しているのです。




 遡る事、数日前。




「カナン、今度の秋季祭、僕と一緒に出てもらうよ」


「はぁ?」


「アシトとはもう一緒に参加できないだろう? アグランゼム公爵家の一人娘である君が参加しないと言うのも不敬に当たるし…。だから、僕が一緒に行ってあげるよ」


 確かに、王国三大舞踏会――新年と春季祭と秋季祭に行われる――に出席しないのは公爵家としては失礼にあたる。

 わたくしも、昨年の舞踏会はお父様にエスコートされ出席しました。もちろん、お母さまも一緒です。わたくしとお母さまをエスコートしているお父様は、とても上機嫌でしたわ。

 ただ、正式に婚約していたにも関わらず、アシト様と一緒に舞踏会に出席することは認めてもらえなかったのです。


 それもこれも、


『まだ駄目だよ、カナン。アシトとの関係は秘するなとは言わないけど、出来るだけ一緒に居ないほうがいい。夜会などは問題ないと思うけど、王宮の舞踏会は…ね。止めておいた方がいい。そうだね、来年の春季祭…なら良いかな』――と従兄様がお得意の予見を言い出したのが原因ですけれど……。


 その春季祭も―――


「……行かなきゃ…駄目なの?」


 良い思い出なんて何もない。辛いだけの舞踏会なんて、行きたくない……。


 それに、秋季祭の舞踏会ならアシト様も出席するはず。

 第二王子ですもの。

 欠席するという事は、ないと思う。

 そして、その隣にいるのは―――あの方。


 出来る事なら見たくはない。

 アシト様がわたくし以外の女性に愛おしそうに微笑みかけるなど……もう、見たくは…ない。


「君の複雑な心境も分かるけどね。でも、こればかりは拒否することは出来ないだろう? 出席しなければ悪評ばかりが先立つことになるし、最悪、アグランゼム公の名を貶めることにもなるよ」


「…あ」


 そうでした。

 三大舞踏会に出席するのは、王国貴族の義務ですもの。

 欠席する正当な理由が無いのなら、出席しなければいけない。

 なぜなら、国中で祝う祝福の祭りを疎かにする行為は、この国に生きる民を侮辱することに相違ないから……。


 民あって国が成り立ち、国あって民は安住の地を得る。

 建国以来、ずっと守り続けられている教えですわ。


 だから、国の…民の祝いのお祭りを、貴族だからと言って蔑ろにしていいものではないのです。


「行きます……。お父様に迷惑をかけるわけにはいきませんもの。でも……」


 本当は行きたく…ない。


「大丈夫だよ、カナン。僕が一緒に行くと言っているだろう?」


 わたくしの心情を慮って従兄様はそう言っているのでしょうけれど、それって、本当に良いのでしょうか?


 わたくしは兎も角、従兄様は―――


「本当に良いのですか、従兄様(おにいさま)。一緒に行ってくれるのは心強いですけれど、余計な噂になりませんか?」


「ん? 何の?」


「だって、従兄様(おにいさま)今まで、女性を伴ったことがないでしょう? それが、アシト様に婚約解消を願われたわたくしと一緒なんて……」


 王太子である従兄様が女性を伴う。

 それは、一見すると婚姻相手を定めたとも受け取られてしまう。その相手が選りによって思いっきり醜聞の中心にいるわたくしですもの、また従兄様の悪評が広がってしまいますわ。


 それに……アシト様に誤解されるのは、いや…です。

 心が変わったと思われるのは、絶対に嫌です。


 だって、わたくしは…まだ―――


「なんだ、そんなこと? 僕の事なら心配いらないよ。アシトの事なら、まあ、自業自得だね」


 あいつの―――


「カナン! 衣装合わせをしますわよ!」


 ぽつりと呟かれた従兄様の声は、突然扉を開けて入ってきたお母さまの喜々とした声に搔き消されてしまいました。

 気になって従兄様を窺いみると、いつもと変わらず何事もなかったかのように優雅に紅茶を口に運んでいます。


 今――何を言いかけた?


 そう問いかけようにも、ずっと屋敷に籠っていたわたくしを心配していた反動なのか、お母さまの「何を呆けているの、カナン! さあ、どれになさる? サリスがエスコートなのでしょう? 色々作らせましたわよ!」と半ば引きずられるように衣裳部屋へと連れていかれたせいで、問いかけられずに終わってしまったのです。


 その後も、


「ねえ、サリス。このドレスどうかしら? カナンには似合うと思うのだけど…それとも貴方と色目を合わせる?」

「僕はどちらでも構いませんよ。叔母上のお好きな方で……」

「あら、困ったわね。では、こちらはどうかしら? 貴方の瞳と同じ空色のドレス」

「とても似合っているとは思いますが、少しカナンの容貌を際立たせるには足りないと思いませんか?」

「そうね~。なら、こちらの方は? それとも―――」


 その後、散々着せ替え人形の如くドレスを着せられ、しまいには新しく作るとまで言い始める始末。更にお父様まで混じり、ますます混沌と化すことになる。


 決まった時には、さすがに疲れました。


 なんだろう?

 アシト様と一緒に行く舞踏会のドレス選びでは、わたくし自身が喜々として選んでいて、決して疲れるなんてことなかったのに………。


「まあ、あまり気が乗らないだろうけれど、今回(・・)は僕で我慢してね、カナン」


 少し疲弊しているわたくしを気遣ってか、従兄様は帰り際わたくしの頭を軽く撫でて帰って行かれました。


 従兄様は、何を思ってわたくしをエスコートするとおっしゃったのかは分かりません。


 ただ、ずっと気になっていることがあるのです。

 先日、いつもの如くわたくしに会いに来ていた従兄様が零した言葉、


『傍観者を気取るのは、ここまで、かな』


 その言葉が、ずっと耳に残っているのです。

 従兄様は、いったい何をするつもりなのでしょうか?

 



 そして数日の後、従兄様にエスコートされ、わたくしは王宮の舞踏会へと足を踏み出したのです。




 ★




「ねえ、従兄様(おにいさま)


 煌びやかな王宮舞踏会。

 わたくしは今、ゆったりとした曲に合わせて従兄様とダンスをしています。


「なんだい?」


「わたくし達、なぜか注目を浴びていらっしゃいませんか?」


「浴びてるね」


「先ほどから、やたらと声をかけてくる殿方が多いですし…」


「多いね~」


「皆さん、一様に従兄様(おにいさま)に許可を取って行かれるのはなぜなのでしょう?」


 そうなのです。 

 今まで舞踏会に出席しても遠巻きにしか見ていなかった殿方たちから、やたらと声をかけられるのです。


 それもなぜか従兄様に許可を取ってから……。


「僕をカナンの保護者と認識しているんじゃないか?」


「保護者…ですか?」


 まあ、従兄様の婚姻相手と思われるよりは良いですが……。


「カナン…。今、何を考えた?」


 う……。


 なぜ、気付く――


「顔に出ているよ」


「き…気のせいですわ、従兄様(おにいさま)。それより、あちらにレチュナがいますわ。行っても宜しいでしょうか?」


「ああ、彼らもいるね。僕も一緒に行こう」


 従兄様がいう彼ら、とは、従兄様の側近と呼ばれているお二人。

 確か、アシト様の御友人の方々――お名前は知っていますが、正式にお会いしたことはありません――のご兄弟だと聞いたことがあります。


 噂では、従兄様と一緒に遊びほうけてばかりで、家族からは見放されているとかなんとか―――


 そんな方々が側近で良いのですか? と訊いたことはありますが、従兄様は一言。「噂なんて当てにならないよ」と言って笑っていました。

 わたくしも夜会などで何度かお会いしたことがありますが、その立ち居振る舞いや会話などから推察しても、とても噂に聞くような方々ではないように見受けました。

 そもそも、そんな殿方にわたくしの大切な友人であるレチュナが近づくわけがないもの。


 今も、彼らと共にレチュナが楽しそうに会話しています。


「カナン様!」


 近づくわたくしたちに、レチュナが満面の笑みで名を呼ぶ。


「カナン様、お久しぶりです。こうしてまたお会いできるなんて、レチュナ、幸せですわ」


「わたくしも貴女に合えてうれしいですわ、レチュナ」


「今日ばかりはサリス様を褒めて差し上げたいくらいですもの!」


「まあレチュナ。従兄様(おにいさま)を褒めるだなんて、そんな大げさな」


「おい、レチュナ嬢。カナン姫は兎も角、それはサリスに対して不敬だぞ」


「良いんじゃないか、ノティオ。サリスだって、言われるのは承知の上だろう?」


 軽快に会話を交わすわたくしとレチュナに、従兄様の側近のノティオ様とヒューリ様がどこかあきれ顔で会話に加わる。


「君たちは……いい加減、僕を出しに会話をするのをやめてくれないか」


 そう言いながら苦笑を浮かべる従兄様に、わたくしたちは笑みを深める。

 本気で苦言を言っているわけではないと知っているから……。

 その証拠に、従兄様の目がとても優しい―――


 きっと、ずっとわたくしを心配していたのだと思います。

 わたくしがこの場で笑みを見せていることで少し安堵している。


「良かったな、カナン」


 ぽつりと呟かれたその言葉が、すべてを肯定していました。


 それからはレチュナたちと会話して、またレチュナを介し遠巻きに見ていたほかの御令嬢方とも打ち解け、わたくしはとても楽しいひと時を過ごしていたのです。






 アシト様が、彼女を伴い会場に入場してくるまでは――――


 

 

 




ありがとうございました!



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