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4 サリス・アリスティ・クラディア

従兄様こと、サリス視点です。

「何を考えておりますの?」


 王宮から僅かに離れた…とは言っても同じ敷地内にはあるのだが、王太子邸で、僕――サリス・アリスティ・クラディアは仲間たちと共に考えに耽っていた。


 その一人、従妹カナンの友人であり表向きは僕の婚約者候補筆頭と呼び名が高いセグレント侯爵令嬢レチュナが、僕の様子を気遣うように訊いてくる。


「ずっと眉間に皺が寄っておりますわよ」


 チョンと僕の眉間に指を突きつけ、揉み解すようにぐりぐりと押し付ける。

 

 痛いんだが……。

 

 軽く睨むと、勝気そうな彼女の碧玉の瞳とぶつかった。


「いつまで惚けているおつもりですの? こんなところで燻っておられないで、さっさと問題を解決してしまいなさいな」


 叱咤する口調は、僕を気遣うというより、別の人物への愛情で満たされている。

 悔しそうに唇を噛むレチュナが苛立ちを隠そうともせず、高く結い上げている自らの赤い髪を弄っていた。


 相変わらず、見事な三つ編み。

 心を落ち着かせるには髪を編むのが一番、と豪語することはある。

 

「どうせ君の事だ。考えているのはカナン姫の事だろう?」


 ぞんざいな口調で言を繋げるのは、僕の側近の一人、現宰相であるイジルノーズ侯爵の嫡男ヒューリ。

 短く切りそろえられている髪は若葉を思わせる緑。そして、どこか子供っぽさを残す愛らしい顔立ちを際立たせる瞳は、煙るような灰褐色。

 しかしその容姿とは裏腹に、少し大きめの服に隠されているその四肢は、この国の騎士団と匹敵するほどの筋力を持っている。その実力は騎士団長とまではいかないが、一個師団を取りまとめる師団長クラスの実力はあると本人は自負している。表向きはそれらの実力を隠し通している為、何かと優秀な弟と比べられ辟易しているとも言っているが……。


 まあ、いい加減、弟の傲慢さにも我慢の限界が来ているらしい。

 それは宰相も良く口にしている。


「ここまでは予見通りか?」


 淡々と告げるのは、もう一人の側近であるどこか表情の読めない男、ノティオ・デレシアス。

 涼やかな流れる水の様な髪と同色の瞳を持つ美丈夫で、その色合い顔立ちから女性に間違われること多々。性格はいたって冷静……に見える直情型。

 伯爵家の次男であり、父親――すでに退団している――と長男が近衛騎士団所属の武の一族で在りながら、本人は我関せずを貫き、文官の道を突き進んでいる。その為伯爵家では異質扱いされ、何かと疎まれている。特に長男から……。


 彼の父親は、何か思う事があるのか傍観しているとは聞いたが――


「いい加減鬱陶しくて仕方ない。毎日のように例の令嬢を褒めたたえる言葉を聞くのはいい加減に飽きたぞ」


 ノティオは珍しくため息を付きながら愚痴をこぼす。


 例の令嬢とは、最近社交を賑わせている、あの令嬢の事だろう。


「本当ですわ。もう、何処に行ってもその令嬢の噂ばかり。カナン様が出席されていないからって本当に好き放題。いい加減にしてほしいですわ!」


 ああ、様子を窺いに毎回夜会だの、お茶会だのに出席していたからね、レチュナは。

 そろそろ限界が近いんだろう。


 三つ編みの数、すごい事になっているよ。


「謂れのない中傷も聞くよ。一度、君が否定したときは胸がすく思いだったけどね」


 どこか皮肉気にヒューリがそう言えば、同意するように他の二人も頷く。


 確かに、カナンが社交から姿を消してから広まった中傷に腹を立てたのは覚えているが、それほど強く否定したつもりはなかったんだけどな―――


「大切な従妹を傷つけられたんだ。サリスが憤るのは当然」


「あの時のサリス様は素敵でしたわ。少し、見直して差し上げたいくらい」


「違うだろう、レチュナ。そこは、惚れ直したって言わないと」


「ヒューリ様! な…なにをおっしゃるのです! わたくしは、べ……別に、惚れてなどおりませんから!」


 僕を他所に会話を続ける三人に、僅かに口角が上がる。

 揶揄われて挙動不審になるレチュナは見ていて面白いが、僕たちの間に色恋はない。


 というより、僕は、僕の未来が――この国の行く末が断定出来るまでは、恋などしていられない。


 それは、記憶を思い出した日に決めたことだ。




 そう、アシトがこの世界に生を受けた日、僕は、この世界が物語の世界なのだと思い出した。




 ★




 一概に前世の記憶とは言っても、はっきり覚えていると言い切れるわけじゃない。

 ただ、顔や容姿は思い出せないが、年の離れた妹がいて、その妹が好きで読んでいた小説があったのは記憶に残っていた。


 その小説の内容が、僕の腹違いの弟が生まれた日に僕の脳裏に突然溢れてきたのだ。

 その場で発狂しなかったのは、自分で自分を褒めたいところだ。

 呆然と弟を見つめ『アシト』と呟いた僕の声を聞いた側妃は、にこやかに微笑んで、『この子の名前は、アシト、なのね。仲良くしてくださいね、太子様』と告げた。


 なんでそんなに簡単に決めれるんだ!?

 他に決めていた名前があるだろう!


 と言いかけた声は、『ほお、俺の考えていた名前と同じか。お前には、先読みの力でもあるのか?』と、上機嫌で告げてきた父の言葉に口を噤んだ。


 言ってはいけないと思った。


 今ここで、自分自身もわけが分からないのに、なぜ『アシト』と思ったのか、告げてはいけないと思った。


 未だに溢れる様に流れてくる記憶に翻弄されながら、僕はふらつきながら自室に戻り、そこから十日ほど寝込んだ。




 夢に見ていたのは、確信はないが、おそらく前世の記憶というもの。

 内容があまりに現実離れしすぎていて、それが自分の前世の記憶なのだと理解するには時間が要した。


 けれど、その夢の中で見たひとつの記憶があまりにも今自分の生きている世界と符合すると気付いた時、僕は理解することになる。


 自分は、転生したのだと―――


 そして知ることになる。

 これから起こりうる自分の未来を……。


 物語の登場人物として―――






 夢の中の僕は、一冊の本を読んでいた。


 タイトルなど知らない。

 内容だって朧げだ。


 ただその小説は妹から無理やり読ませられたと記憶は教えてくれる。

 しぶしぶ読む僕の隣には、顔は思い出せないが妹がいて、登場人物がとてもかっこいいんだよ! と喜々として話している記憶がある。いや、それは単に絵が綺麗だったからだろう? お前の好きな絵師だもんな! とは、思ってても言えなかった。


 うん、夢の中だろうと言えなかった……なぜだろうか。


 いいから黙って読んでよ、とせつかされたその本の内容は、市井で育った男爵家の娘が社交デビューする時から始まり、その国の第二王子と結ばれ後に王妃となる、という恋愛ものだった。


 まあ、それは良い。

 男爵家の令嬢が王子と恋に落ちて結ばれるって言ったってそんなの僕には関係ないし、身分違いの恋物語だって割とどこにでもあるものだから別段珍しくもない。


 だけど、その物語には無視できない事柄も書かれていた。 


 第二王子が王になる……。


 はぁ?


 じゃあ、王太子である僕は?




 その疑問は、物語の終盤で語られていた。




 王太子は、外遊中に賊により殺される。




 笑うしかなかった。

 記憶にある僕が殺される日は、アシトと、いつの間にか伯爵家の養女となっていた元男爵家の娘の婚約式。

 物語の中では兄弟仲が冷え切っていた僕は、アシトの婚約式には出席せず友人たちと遊びほうけていた。


 そこを狙った賊。

 表向きは裕福な貴族の子弟を狙った金銭目的の殺害。しかしその裏では、放蕩王子を亡き者とし、アシトを王太子へと担ぎ上げようとしている一派の差し金。


 この国の未来を真に憂いていた者たちの苦渋の決断だった。


 ああ、そうか………。

 小説の中の僕は、どうしようもない放蕩息子だったんだな。


 当時、五歳の僕はそれまでの生活を振り返る。

 アシトが生まれるまで、唯一の王子として、またこの国の生まれながらにして王太子という肩書を持っていた僕は、確かにわがままで傲慢だった。

 それがそのまま成長したなら、確かに周りの苦言など聞かず遊びほうける様になるのだろう。そして何かにつけて優秀なアシトに嫉妬していく………。


 未来を変えなくてはならない。

 記憶にある本の通りに死ぬのなんて嫌だ!


 幼い僕は決意した。


 まじめになろう、と―――


 それからは心機一転、僕は動きだした。

 今までのわがままをやめ―――なくて、裏でこそこそと。


 それはなぜか……。


この小説には、もう一つの顔があったからだ。その結末如何では、またもや未来が変わる。


 所謂、ゲーム化だった。


『兄ちゃん、兄ちゃん! これね、ゲーム化されるんだよ! 絵師さんもそのまんま、声が付いて、攻略対象が増えるの! もちろん究極エンド、逆ハーレムもあるんだよ! 楽しみ!!』


 妹よ、その内容を詳しく教えてくれないか?


 夢の中の問いかけは空しく響くだけで、妹は答えてはくれなかった。

 どうやら僕は、そのゲームを知らないままこの世界に転生したらしい。


 ともかく、この物語の主軸が小説なのだとしても、この世界がどちらを元に形成されているのかが分からない。


 だから僕は、極力物語に沿いながらも未来を変える行動に出ることにした。

 まずは物語のカギを手中に収める事。


 


 物語のカギ―――




 それは、小説で悪役令嬢と呼ばれていた、第二王子アシトの婚約者となるカナンだった。




 ★




「……明日、父上に会って来る」


「まあ」

「へえ」

「やっとか」


 唐突に呟かれた僕の声に三人は、それぞれ違う反応を返す。


 レチュナは驚き、ヒューリは面白がるように口角を上げ、そしてノティオは不敵な笑みを浮かべて僕を見ていた。


「これで、やっとサリス様の本気を見られるのですね」


 レチュナは、これであの令嬢に報復が出来るわぁ、と頬を紅潮させ。


「ここまで長かったからなぁ。手抜きで相手取るのも辛いんだよ」


 ヒューリは、側に置いてあった剣を掴み、訳あり顔で僕に軽く目くばせをする。


「これで父をこちらに引き込める」


 ノティオは、すでに策を巡らせていたようでその顔面に喜色が浮かんでいた。


 僕の側近として、また僕の良き理解者であり友人として集ってくれた彼らには、未来の事を予見として話してある。

 最初は冗談だと思いながらも僕に付き合ってくれていたけど、半年前……いや、それ以前からか……。


 件の男爵令嬢が社交場に現れるようになってから、あまりにも僕の予見と一致する出来事に彼らは僕の予見を信じる様になった。


 それ以降、何度もこうやってここに集っては先の展開を僕の知っている話と照らし合わせながら探っていたのだ。


 そして、半年前のあの舞踏会―――


 物語は、紛れもなく一つの結末に向かっていると見た。


 所謂、ヒロインの逆ハーレムエンド。


 こうまで完璧に近いほどの展開を見せ、世界を動かす男爵令嬢は、おそらく転生者なのだろう。まあ、これは僕の予測でしかないが、面白いほどに周りを――おそらくゲームの攻略対象を――籠絡していくあの手腕は間違いなく先の展開を知っているからこそだ。


 それに、自分に有利に働く強制力があることも分かっていて利用している。


 まったく、やりがいのあるゲームだな。

 どうやって、覆してやろうか―――


 もはや、偽りの姿は必要ない。

 物語の王太子のように虚偽を纏いながら生きてきたが、それももう終わりだ。

 すでに物語のヒロインは自らの未来を選んだ。

 ならば僕は―――私は、その未来を壊してしまおう。


 私の大切な者たちを、彼女の好きにはさせない。

 世界の強制力にも抗って見せる。


 その為のカギは、すでにこちらの手の中なのだから―――


「だから、皆の力を貸してもらうよ」


 そう告げた私の目の前に、恭順を示すように片膝をつくヒューリとノティオ、そして淑女の礼を取るレチュナがいた。


 同時に発せられたのは、




「「「我が主の命のままに」」」





 

 

 


読んでくださってありがとうございました!



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