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10 二人の王子 2 サリス視点

 ―――アルトリの花。


 その匂いは、心に平穏をもたらし、ありとあらゆる邪を払い、持つものに加護を与える精霊が宿りし聖なる花。

 

 そう王国の伝承に謳われるこの花を、僕が見つけたのは偶然じゃない。


 転生したと知ったあの日以来、僕はずっと探していた。

 物語でほんの僅かしか語られなかったその花は、前世の記憶によればあまり重要視されていなかった花だった。


 確か、本当に小説の序盤にしか登場していなかったはずだ。それも、ヒロインですらその花の意味を知らないままだったんだからお笑いだ。


 物語のヒロインがその花を知ったのは、母親を亡くし男爵に引き取られる直前だった。確か母親を埋葬した教会の墓地だったはず。

 そこでヒロインはアルトリの花を見ている。けれど、その花が何なのかは気付かないまま、ただ、心を落ち着かせてくれる花の匂いに驚いていた。


 本分にもそう書いてあった。


『悲しみを癒す白い花の匂いに包まれ、スティーナは笑顔を見せた。けれど、その花が神秘の花と謳われる精霊が宿りし聖なる花とは知らず、スティーナはその場を後にした』


 そう締め括って、なぜかアルトリの花はそれ以降本文には出てこなかった。


 作者のただの思いつきだったのか、はたまた後で何か関連付けるはずだったのか僕には知る由はないけれど、夢で見た妹曰く『もう、意味ありげに書かれてるから、絶対に何か重要な物語のカギになるって思ったのに、結局最後まで出てこないじゃない』とぼやいていた。


 だが、僕にとっては一つの希望だった。もし世界の強制力に抗えるのなら、この花しかないと思った。


 場所は、分かる。

 だけど、いくら城下の教会だとしても、幼い僕が、ちょっと出かけて来るよ、と言って簡単に行くのを許される場所じゃない。


 結局許されたのは数年後。

 僕が八歳になってからだった。


 護衛の騎士に同行してもらい、慰問と称して僕は物語にある協会に足を運んだ。

 そこの裏手にある清浄な雰囲気の小さな森の中で、僕は不思議な光景を目撃することになる。


 確かに小さな白い花は咲いていた。

 騎士たちも、咲いているアルトリの花を目にするのは初めてらしく、見つけたことに驚いていた。


 けれど、騎士たちが見ているのとは違う光景が僕には見えていた。


 白い花に群がるように幾つもの光が集まり、そして、霧散する。

 瞬間、辺りに甘い匂いが満ちる。

 そして、再び光が集まり―――霧散する。


 繰り返すその光景を、僕は本来の目的すらも忘れ、飽きることなくずっと見つめていた。

 

 どれくらいそうしていただろうか?

 日が暮れ初め、城に帰ろうとしていた時にそれは起こった。


 ふわふわと光に包まれたアルトリの花が、僕の目の前に浮かんでいたのだ。

 それも、なぜか根と土が付いたままで……。

 訳が分からず恐る恐る手を出すと、ぽとりと僕の手のひらに花が乗っていた。

 困惑する僕に、光はゆっくりと揺蕩いながらいくつも花を乗せていく。

 まるで、持って行け、と言われているようだった。


 驚きで固まっている騎士たちを正気に戻し、僕は大切にその花を持ち帰った。そして、王宮の庭園に根付かせるよう父上にお願いした。


 いずれ、この花がこの国を守ってくれるよ、と嘯いて。


 けれど父上は知っていた。

 花を大量に持ち帰った僕に驚きながらも、父上は秘されていた王国の伝承を僕に教えてくれた。


 アルトリの花が、真実邪を払い、持つものを守護する花だという事を―――

 

 アルトリの花は季節を通して咲き続ける珍しい花で、この国でしか咲かないとされている。しかしこの国の民であろうと、アルトリの花を実際に目にするのは稀であり、運よく見つけて育てようとしてもすぐに枯れてしまう。過去には根付かせようとした人もいたらしいが一日と持たなかったと聞いた。だから多くの民は、アルトリの花の事を知ってはいても、その花の持つ本当の意味を知るものはいない。


 父上は僕が持ってきたアルトリの花を手にしながら、良くこう口にしていた。

 

『……サリスよ。アルトリの花は、様々な効果をもたらす奇跡の花とも呼ばれている幻の花だ。その匂いは心に平穏をもたらし、精霊舞いしその光はありとあらゆる邪を払い、その花びらは持つものに加護を与えるとされている。それ故に、アルトリの花の真実は秘され続けてきた。それにな、アルトリの花を見出す者も稀なのだ。伝承には、花に宿りし精霊の存在を感じ取れる者にしかその姿を見出せない、とある。その感じ取る力に大なり小なりあれど、これほどのアルトリの花をそなたが持ち帰った真の意味を、よくよく考える事だな』――と。


 そして、僕が見た花に纏わりついていた光が、真にこの国を守護している精霊なのだという事も教えてくれた。

 なぜ精霊がこうまでこの国を守護するのかは未だに解明されていないが、過去の王族の一人に、とても精霊に愛された者がいたと王国の歴史本に記されていた。


 ちなみに父上曰く、精霊を感じ取ることが出来、尚且つ精霊から花を受け取った僕は、今現在、この国で唯一の『精霊に愛された者』らしい。とはいっても、別に精霊と意思を通わせることが出来るとか、精霊を自由に操ることが出来る訳じゃない。ただ、光として認識できるだけだ。


 そんなことは、小説には書かれていなかった。

 いや、少しはあったような気もする。

 確か、冒頭の方にちらっと出てきた程度のものだったけど。


『精霊に愛されたクラディア王国には―――』と、たったのそれだけ。


 もちろん、小説本文にはまったく精霊なんて出てこない。

 本当にどんな設定なんだ? と思わずにはいられない。

 まあ、そのおかげで僕は切り札を手に入れたのだから、良しとしよう。

 

 その後、アルトリの花は、王宮に根付かせたいという僕のわがままを聞き入れた形で庭園に植えられた。もちろん厳重に管理されたことは言うまでもない。




 ★




「な…なに? なんなの、この花は!」


 スティーナ男爵令嬢が信じられない、という面持ちで叫んでいた。

 その様子から、どうも彼女はアルトリの花を知らない、というか見たことがないように思えた。知っていたら、なんなのこの花は、なんて言わないだろうしな。


 小説をしっかりと読んでいないのか、はたまたゲームにはアルトリの花は出て来なかったのか、驚きに目を見開く彼女の視線は、ふわふわと舞う白い花に向けられていた。


「おかしいわよ。こんなの無かったじゃない。どうしてこんな……」 


 ぶつくさと呟くような小さな声だけど、聞こえているよ。因みにかなり淑女の仮面もはがれているけど良いのかな? それに周りの男は君に見惚れて気付いていないけれど、君を不審そうに見ている人が沢山いるよ。その視線に気付かないのかい?


「もう、そのくらいで宜しいでしょうか? サリス王太子殿下」


 ふわりと舞うアルトリの花を見ながら彼女と対峙していると、間を取り持つように声をかけてきた者がいた。


「イジルノーズ侯爵…か」

 

 恭しく礼をしながら、現宰相であるイジルノーズ侯爵は、近衛騎士を引き連れ僕の隣に並んだ。

 炯眼するように見据えるのは自らの子息ナジュラス。

 そうとう腹に据えかねているらしい。

 

「……はい。事前に事を収めるつもりが、申し訳ありません。確認に手間取りました」


「なんだ、もう終わりか? もう少し楽しませてくれても良かったのに」

 

 これからが面白かったのに。

 彼女を徹底的に追い込んで、どう言い逃れするのか楽しみにしていたのにな。今の彼女の状態だと、けっこうぼろを出しそうな気もするし……。


 でも、ま…さすがに、そこまで上手くはいかないか。

 いくらアルトリの花があるとは言っても、世界の強制力は、まだ彼女の方に理がある。それくらいは、僕にだって理解できる。


 ()は、まだ引いた方がいい―――


「待ってください、父上!」


 と、思っていたが、そう簡単には終わらせてくれない御仁がいた。

 宰相の息子でありヒューリの弟でもあるナジュラスがいきなり話に割って入ってきたのだ。


「このまま見過ごすのですか! 公爵令嬢がスティーナを傷つけたのは明白なのに、なぜ何も御咎めなしに帰すのです。これではスティーナが――」


「控えろ、ナジュラス」


「父上!」


「これ以上恥を晒すな!」


「恥? 何が恥なのです! か弱いご令嬢が非道な扱いを受けたのですよ。守ってしかるべきでしょう」


 彼女の言葉を疑いもせず信じ込んでいるナジュラスは、その正当性を説こうと必死だ。

 周りの視線が、すでに自分らの味方でないと気付いてすらいない。


 それに、彼にはアルトリの花の効果がない。

 これだけの花の匂いの中で、未だに彼女を妄信しているのだから、そうとう心酔しているのだろう。その想いが強すぎるゆえに花の効果は薄い、という事か。それは、彼女を取り巻いている他の男にも言えるが……。


 だが、これではっきりした。


 いくら世界の強制力が働いていようが、真に彼女に入れ込んでいないのならば、アルトリの花の効果でその効力は落ちる、と。

 その証拠に、先ほどまで彼女を擁護していた伯爵は、すでに胡乱な目つきで彼女を見ていた。


「父上!」


「いい加減にしないか、ナジュラス! 明確な証拠も無しに公爵令嬢を糾弾しようなどと、無礼にも程があるぞ。それほど分別が無くなったか!」


「しかし、スティーナが――」


「話にならん! お騒がせして申し訳ありません、サリス殿下。この愚息には後ほどしっかりと灸を据えますので……」


「…ほどほどにな、宰相(・・)


「分かっております。すべては殿下の意のままに……。さあ、もうカナン様を休ませてあげてください。この現状で良く耐えたと私も思います。後はこちらにお任せを」


「任せた」


「それと――」


 耳元で告げられた言葉に、僕は目を見開いた。


 そうか……やはりそう動くんだね。


 僕とカナンが物語と違う行動を取っているから、どうするのかと思っていたが……面白いくらいに君は深みにはまっていくな。いや、君はそうしないと目的を達成できないのかな。例えそれが、物語を大きく逸脱する行為だとしても……ね。


 ちらりと見やるは、この世界のヒロインたる男爵令嬢。


 この場でカナンを糾弾できなかったことが相当悔しいとみえる。

 当てつけるようにアシトに抱き付き、居殺さんばかりの視線を向けるのは僕とカナン。


 小さな唇から零れた言葉は―――『邪魔なのよ、モブのくせに』


 そうだよ、僕はモブだ。

 君とアシトの幸せな未来のために存在する、死ぬことを運命づけられた登場人物。

 だけどね、それは小説やゲームの世界での事だ。

 君は未だに勘違いしているみたいだけど、ここは物語の世界で在りながらも紛れもなく現実だよ。なにせ実際に僕たちはこの世界で生きているんだからね。


 それに、気が付いているかな? 

 君に有利に働く強制力があると同時に、僕には精霊が味方に付いているという事を―――


 さて、最後に世界が味方するのは、いったいどっちなんだろうね。


「行こう」


 微かに口元に笑みを浮かる僕を不審げに見つめる男爵令嬢に背を向け、僕は仲間を引き連れて舞踏会場を後にした。




 ★




「これで良かったのか?」


 王城の一室。

 カナンを寝台に寝かせ、僕たちは隣接する部屋で寛いでいた。


 持ち込んだワインに口をつけ、憮然とした表情で問うのはノティオ。


「なんか、物足りなかったよね」


 父上が来てお座なりになっちゃったし、と言を続けるのはヒューリ。

 

「納得いきませんわ!」


 口を尖らせ、苛立ちを隠そうともしないレチュナは、結い上げていた髪をわざわざ解いて新たに編み込んでいた。


 いや、その器用さは感嘆に値するけど、そこまで苛ついていたのか?


 ずっと僕の背後で様子を窺っていた彼らは、どうやら僕の言動に不満があるらしい。


「君の事だから、もっと徹底的に追い詰めると思ってたんだけどな」


「そうですわよね、ヒューリ様。まったく、手ぬるいですわ!」


「そう言うな、二人とも。サリスにも何か考えがあるんだろう。違うのか?」


 ノティオの問いに思わず口角が上がる。


「ここで終わったら面白くないだろう?」


 僕の言葉に、三人とも妙に良い笑顔を浮かべる。

 良い笑顔=悪巧みの顔、とも言うが……。


「へえ、君はわざと見逃したと?」


「そうとも言う」


「更に先があるという事か。それは楽しみだ」


「でも、それで逃げられたらどうなさるおつもり? あの女、殿方を籠絡する事にかけては天才的よ」

 

「大丈夫、彼女は懲りていないよ。きっと、また仕掛けてくる。僕の予見は終わっていないんだから」 


 そう、次こそが決着の時。

 その時はそう遠くはない。


 僕と彼女、世界がどちらに味方するのか今はまだ分からないが、ただ、その日が来たら、僕は再びカナンを利用することになるのだろう。


 物語とは違う道を歩んでいる、悪役令嬢ことカナンを――


 瞬間、僅かに胸に走る痛み。

 

 分かっている。

 この胸の痛みは、カナンを利用することを厭う自分が発している警告みたいなもの。


 ずっと、利用するたびに苦痛に思っていた。

 カナンの泣き顔を見る度に後悔に苛まされていた。


 だけど、止まることは出来ない。

 どれだけ後悔しようと、どれだけ胸が痛もうと、今ここで立ち止まるわけにはいかない。


 あと少しだから……。

 それが終わったら、きっと君は幸せになれるから。


 だから―――


 静かに椅子から立ち上がり、窓から見える庭園を見下ろす。


 あれは……?


 淡く光る月光の下、咲き誇るアルトリの花の中に佇む人影。

 

 アシト……?




 アシトは、微動だにせず、じっと―――月を見上げていた。










読んでくださって、ありがとうございます!

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