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新連載になります。


テンプレ、ご都合主義満載の物語で申し訳ありませんが、暇つぶしにでもお付き合いいただけたら幸いです。






「婚約の解消に同意してくれないか?」


 唐突ですが、わたくしことアグランゼム公爵令嬢カナンは、たった今、なんの前触れもなく愛しい婚約者様に婚約の解消を願われました。




 ★




『大きくなったら結婚しようね?』

『はい!』


 他愛もない幼い約束。

 けれど、その約束が宝物のように大切だった。


『婚約が決まったよ、カナン』

『本当ですか? お父様!』


 幼い恋心は成長と共に薄れることはなくて、ずっと二人の仲が許されるのを待っていた。


 ―――十年。


 あの方と出会ってから婚約が認められるまでの年月。


『この日をずっと待っていたよ、カナン』

『はい! わたくしもずっと許されるのを待ち望んでおりました』


 わたくしが十五歳になり、無事に社交デビューを終えた後、二人の婚約が正式に決まった。


 あの頃のわたくしたちは、確かに幸せだった。

 幼いころからの恋心を大切に育てお互いを思いやりながら、彼はわたくしを守るために強くあろうと努力し、わたくしは彼に相応しくあろうと厳しい淑女教育に身を浸してきた。それも、いつか結ばれる日が必ず来ると信じていたから頑張れた事。




 けれど――――




「……すまないカナン。私は君の事を愛しいと思ってはいる。いや、愛しいと思っていた。けれどそれは妹に対する愛情であって異性に対する感情ではないと気付かされた。だから、君とは結婚することは出来ない」


 彼から告げられたのは、幼いころから抱いていた感情を否定する言葉。


 聞きたくなかった。

 彼が、わたくしを妹と断じることも、愛していないと告げるその言葉を認めることも……。


 わたくしは―――信じたくはなかった。






 例え、従兄様がこの日を予見していたのだとしても――――わたくしは信じたくはなかったのです。


 


 ★




「……今…なんとおっしゃいましたの?」


 風が僅かにぬくもりを運び、国中の花々が咲き始める春季祭。

 国中で祝うその祭りの最終日に行われる大舞踏会の只中で、愛しい彼が、突然わたくしに耳を疑いたくなるような言葉を告げてきた。


 わたくしと結婚はできない――と。


「私は君の事を妹としか見ることが出来ない…と。こんな気持ちのまま婚姻を結んでもお互い傷つくだけだ。だから……私たちの婚約の解消に同意してくれないか?」


「………っ!」


 婚約を解消してほしい? それも、わたくしを妹としてしか見られないから……って、そんな理由で? 今日この日まで、一度もそんな素振りは見せなかったではないですか? それがどうして……?


 予兆らしきものがあればまだ信じられた。

 彼の心がわたくしに無いとはっきりと示してくれていたらまだ納得はできた。

 けれど、今日まで変わらずわたくしを守り愛しんでくれた彼のこの告白はあまりにも突然すぎて、嘆けば良いのか、怒れば良いのか、感情が追い付かず困惑するばかりです。

 

 真意を測ろうと顔を上げ彼の瞳を見つめたら、どこか辛そうにわたくしから視線を逸らしてしまいました。


 目を合せてもくれない―――


 こんな態度をとられるのも初めてです。

 わたくしは、よほど彼に嫌われたのでしょうか?


 でも、逸らしたその表情がどうしてそんなに辛そうなのかが分かりません。罪悪感からなのでしょうか? わたくしを傷つける事への……。


 傷つける―――


 ええ……傷ついていますわ。

 突然婚約を解消してほしいなどと言われて、傷つかないとでも思っているのでしょうか? 幼いころから大好きで、念願叶って正式な婚約も整って、後は嫁ぐ日を指折り数えて待ちわびていたわたくしに対して、どうしてこんなことを……っ!


「…っ! どう――」

『駄目だよ、カナン』


 どうして!? 


 そう、叫びだしたい衝動にかられたわたくしは、ふと思い出された従兄様の声に言葉を飲み込みました。


 そうでした。ここで取り乱してはいけないのです。

 どんな理不尽な事が起ころうと感情に任せて言葉を紡いではいけない。

 それは幼いころから幾度となく従兄様から言われ続けていた事……。


『何が起きようと平静でいれるように自分を律するんだよ。感情に任せて行動すれば君の不利になるからね。それこそ相手の思う壺だから……ね』


 何かと感情的になりやすいわたくしを戒めるために従兄様は繰り返し言い続けた。


 感情的になってはいけない。冷静であれ――と。


 冷静であれ……冷静であれ…冷静で―――


 わたくしは何度もその言葉を心の中で呟きながら、気持ちを落ち着けるため、胸に手を当ててゆっくりと息を吸い、吐きだしました。


 ここで感情に任せて彼を問い詰めてはいけない。

 例えそれが納得のいかないものであっても、ここで、問い詰めてはいけない。それは分かっている。理解してもいる!


 でも―――っ!


 本当は、問いただしたくて堪らない。


 なぜ、あれほどわたくしを大切にしていた貴方がこんな仕打ちをするの? こんな国中の貴族が集う舞踏会場の只中で、貴方を慕っているわたくしに対してどうしてこんなひどい事を言うの? どうして今なの! どうして、今…この時でなくてはならないの!?


 叫びたい言葉を懸命に飲み込む。

 無理やり抑え込み、平静を装う。

 だって、それは声に出してはいけないのです。いくら心が叫びたしたくとも、抑えなければいけないのです。


 それに、こうなることは疾うに知っていたはずでしょう? カナン!


 まさか、本当の事だとは信じてはいなかったけれど―――


 そう、わたくしは知っていたのです。

 この場で彼に振られることを……。




『カナン、君、いずれ彼に振られるよ』


 そうわたくしに警告するのは、従兄様。

 彼と出会う以前から、そして婚約に至るまでの間でさえ、ずっと言われ続けてきた。

 なぜそんなことを言うのか理由は分からない。ううん、理由は教えてもらったことはある。あまりにも疑わしくて信じていないだけで……。


 だって―――


『僕には未来が見えているからね。だから分かるんだよ。君に彼と共に進む道はないよ。今は良いけどいずれ君は彼に振られる。だから、婚約なんて止めなよ』


 未来が分かるだなんて、信じられるわけがあません。

 それも、選りにもよって、


『前世の僕が言うんだよ。カナンは彼とは結ばれないってね』


 前世の僕って………。


 そんなことを初めて聞いた時は、従兄様の頭がどうにかなってしまったのかと思いましたわ。宮廷医師に診てもらってください、とお願いしたくらいですもの。


 不審がるわたくしに従兄様は笑って『冗談だよ』とはぐらかしておりましたが……。


 まあ前世云々は兎も角、幼いころから、そう何度も何度も繰り返し言われ続けてきたのです。

 それが従兄様曰く、未来に起こるだろう出来事だったとしても、愛しい彼しか見ていなかったわたくしにはとても信じられるような話ではなかった。

 だから、従兄様の話は記憶の片隅にはあっても心から信じてはいなかったのです。


 それが、まさか……本当の事だったなんて―――


 ずっと噓だと思っていた……。

 従兄様の悪ふざけだと……。

 従兄様の言葉を聞いて落ち込むわたくしを見て、ただ楽しんでいるだけなんだろうと思っていた。


 でも違った。

 本当の事だった。

 従兄様は本当にわたくしを案じて忠告してくれていたのだと今ならはっきりと分かります。


 でも、わたくしは認めたくはなかった。

 だって、本当の事だと認めてしまったら、わたくしの想いはどうすれば良いのですか? 


 彼から振られて平静でいられる? 

 離れて行く彼を黙って受け入れられる? 

 こんなに好きなのに……諦められるの? 忘れる事なんて、本当に出来るの!?


 いくら思い悩んだところで、実際に従兄様が言うその日にならないと自分の感情なんて分かるわけなんてない。だから、不安もあるけれどせめて今の自分にできる精一杯の努力をしよう、とそう決意したのは、婚約が整った日。


 それが、今から一年前。


 正式な婚約を交わした日も、そして今日この日にいたるまで、いつもと変わらずに優しい彼に安堵していた。わたくしを愛しむ想いに陰りはない、そう信じていた。

 

 だから、すっかり忘れていた。

 従兄様の言葉を―――


『……言いにくいんだけどさ、明日の舞踏会だよ、君が振られるの』


 そう言われたのは、昨日の夜―――


 正式な婚約者となって初めての舞踏会。

 近しい間柄の小さな夜会などは僅かながらに出席はしていたけれど、国中の貴族が集う舞踏会に一緒に出席するのは初めてなのです。

 当日、彼のエスコートで会場に向かうことになっていたわたくしは確かに浮かれていた。

 際立つ容姿を持つ彼の隣に並び立つに相応しくあろうと、ドレスも身に着ける宝石も新調した。完成するまでの間、何度か作り直したりもしたものだから若干従兄様が顔を引き攣らせていたけれど、見ないふりをして準備に勤しんだ。


 だって、やっと皆の前で堂々と彼の婚約者として振舞えるのですよ。それがうれしくて本当に浮かれていたのです。


 だから浮かれすぎて忘れていた、彼に振られるっていう従兄様の言葉を―――

 

 冷水を頭から浴びたような感覚。

 四肢が冷たくなって、身体の感覚さえ分からなくなって、どうしたら良いのか気持ちがぐちゃぐちゃになっていくわたくしに従兄様は更に言葉を続けたのです。


『覚悟しておいてね。君、舞踏会場の只中で婚約を破棄されるよ。そうだね、こんな感じかな。「よく聞け、カナン・エレフェルナ・アグランゼム! 私ことアシト・ユーセラム・クラディアは、この場をもって貴様との婚約を破棄する!」どう? 似てた?』


 彼とよく似た声で、冗談交じりに言われた言葉は、本当に彼から言われたわけではないのに胸を抉り、辛くて悲しくて、わたくしは知らずに泣いていました。


 そんなことを明日言われるの? わたくしが…? 彼に…? 信じたくありません! 彼がそんなことを言う訳がありません!


 そう言って泣きじゃくるわたくしを従兄様はずっと慰めていてくださいました。


『僕も今となったらどうなるか分からないけれど、辛いだろうけど覚悟はしていて。すべて、カナンの為だから……。僕がいつも言っていた事、肝に銘じていてね。取り乱したら駄目だよ』


 そう言う従兄様も、どこか辛そうにしていて、わたくしの頭を撫でながら小さく『未来が僅かでも変わっていると救いはあるんだけどな…』と呟いていました。

 その言葉の意味はわたくしには良くわかりませんが、従兄様のその口調からは、本心ではわたくしの幸せを願ってくれているのが伝わってきます。

 きっと、従兄様だってわたくしを傷つける言葉は言いたくないのだと思います。けれど、言わずにはいられないからこそわたくしに苦言を言う。


 だから、信じたくはないけれど心に留めていたのです。

 彼から、わたくしを拒絶する言葉が出るのを―――


 まさか、本当に言われるとは思いませんでしたが………。

 

 彼がわたくしとの婚約を無きものとしたいだなんて僅かでも考えたくなかった。

 彼から、婚約を破棄されるだなんて…………ん?


 あれ? 

 破棄? 

 従兄様、昨日は、わたくしが婚約を破棄されるって言ってましたわよね?

 でも、彼が今言ったのは、婚約の解消に同意してくれ、でしたわ。


 どういう事?

 従兄様の言う未来とは違う?


 わたくしの記憶違いでなければ、従兄様が昨日言っていたのは、婚約の『解消』ではなく『破棄』だったはずなのです。

 けれど今彼から告げられたのは一方的に婚約を無きものとする破棄ではなかった。


 なぜ?


 婚約の解消と言い同意を求めるその姿に僅かな違和感を覚えます。


 彼の真意はいったいどこにあるのか、その胸の内を推し量ろうと頑なに視線を逸らす彼の横顔を見つめた。




 美しくて優しい、わたくしの愛しい―――彼を。









読了、ありがとうございました!

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