表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/46

第6話「まずはお使いからはじめてみよう」

 眩しい朝日の刺激で俺は目を覚ました。


 部屋の中は柔らかな光で満たされ、それは外の天候が晴天であることを俺に知らせている。まだ完全に覚醒していない体に感じるのは、上と下のほんの僅かにある圧迫感だった。


 目に映る部屋の様相が「プロセルピナ」に来たことが夢ではなかったことを物語っている。できれば夢であってほしかった。いつものようにスマートフォンのアラームにより目が覚めて、コネクトを開くと「アイツ」の「おはよう」があって。


 いつも通りの生活。何てことのない日常。だがそれは今の俺にとってもう手の届かないはるか上空に浮かんでいる眩い太陽のように、光を発しながらも決して掴むことができないものに思えた。


 体の上の圧迫感はともかく背中のそれは恐らく折り畳んだ黒翼だろう。最初は寝苦しく感じたが慣れるのは早いものでもう苦にはならない。


 背中から生えた黒翼が、俺が「プロセルピナ」に来て別人になっていることを思い知らせた悪魔の翼が、まるで体の一部のように感じられるのはある意味、皮肉と言えるのかもしれない。


 俺は右腕を支えに起き上がろうとする。その時、右手にあるはずのない柔らかい触感を覚えた。


 女性特有の柔らかいマシュマロのような手触りと丸みを帯びたものを掴む感触。意識が急激に覚醒し俺はゆっくりとベッドで横になっている「彼女」を凝視した。


 朝日に照らされた白い肌はまるで透き通るように美しく、桜色の髪は花を連想させるほど可憐だった。しかしそれは俺にとっては完全に想定外の状況だ。当然、部屋に驚愕の声が響き渡った。


「プリム!? 何してんだ!?」


 驚愕のあまり勢いよく飛び起きた俺の動きに押しのけられ、毛布の上に寝ころんでいたノアトークンが無表情のままごろんと床に転がる。部屋に響いた俺の声でプリムは目が覚めたのか薄着に身を包んだ上半身を起こし、寝ぼけ眼で俺を見つめた。


「……おはよう」


「おはようじゃねぇ。なんで俺のベッドで寝てんだ!?」


「冷たいこと言わないで。昨日、あんなに激しく振ってたのに」


「振ってたって何!? 何を!?」


「フライパン」


 彼女の発言で驚愕と共に沸き上がった熱気が冷めていくのを俺は感じた。どうやら寝てる間に彼女に何かしたわけではないらしい。

 俺はため息をつくと彼女から視線を逸らし語り掛ける。


「なんかあったのか? いきなり男のベッドに潜り込むとか普通しねぇだろ」


「何かあったわけじゃないけど。まだ一人で寝るのは怖いかな」


「一人は怖い……か。あんた。俺以外の人をまったく信用してないだろ?」


「どうしてそう思ったの?」


「他のメンバーに挨拶する時、スマホ見せなかっただろ? でも俺だけには見せた。それもご丁寧にカードが表示されている画面をな」


 プリムは俺の時だけ自分のスマートフォンを手渡した。自分を見てくれと言わんばかりに。だが他のメンバーに自己紹介する時はスマートフォンを見せていない。またカードについて彼女はレアリティを一切、公表していなかった。


 恐らく他のメンバーは「愚者」のカードを「SR」と思っていることだろう。しかし彼女のスマートフォンの画面を見ている俺だけは知っていた。

 「愚者」はSRじゃない。「UR」だ。俺の持つ「死神」のカードと同様に事前登録ガチャでは出ないはず(・・・・・)のレアリティだ。それらの状況から俺はプリムが他のメンバーを信用していないと思った。彼女は自分のことを隠している。


「……おおむね正解かな。私はキミ以外の人を信用していないの。辛うじてハピネスさんはまだましな方だと思う。信用に値するまではまだ時間かかりそうだけど。でも……」


 ベッドの上で見せる彼女の表情から温かみが消え、そのアメジストの瞳に鋭さが見えた。


「他のメンバーは無理。言葉にはうまく表現できないんだけど、悪意のようなものを感じる」


「よくわかんねぇけど。ただ信用してくれるのはありがたいが、だからといって男のベッドに潜り込むのは感心しないぜ」


「キミ。一応彼女いるんでしょ。だったら他の女には手を出さないんじゃない?」


「二股かける男だったらどうするんだよ?」


「キミはそういう男じゃない(・・・・・・・・・)


「なんでわかる?」


 プリムは俺の言葉に可愛らしい笑顔を形作る。朝日に照らされた美しい少女はまるで女神のように輝いていた。


「もう一人の私がそう教えてくれるから。……それよりガチャ引いてみない?」


「ガチャ? ベリルはまだそんなたまってねーぞ?」


「チュートリアルガチャあるでしょ?」


「チュートリアルなんてあんのか。この世界」


「ワンダリングモンスター一体撃破。それでOKってみたよ?」


 ワンダリングモンスター。その言葉でアレフが死んだあの「ロイヤルリザードマン」との一戦を思い出した。死人がでるチュートリアルとかとんでもないクソゲーだ。

 彼女に促されるままスマートフォンを手にとる。画面を見ようとしたのかプリムが寄り添い肩同士が優しく触れあった。漂うのは花のようにかぐわしく甘い香り。俺はどこかでその匂いを嗅いだ覚えがあった。


「あんたは引かねぇの?」


「キミの爆死運が伝染るからね」


「フラグたてんのやめてくれない?」


『……おはようございまス。レヴィ様。チュートリアル十連ガチャを引かれるんですカ? 爆死してもワタシを折ったりしないでくださイ』


「だからフラグたてんなっていってんだろ!」


 唐突に響いたシーリスの言葉に文句を言いながらも、俺はチュートリアルガチャの画面をタップした。


 スマートフォンの画面に魔法陣が浮かび上がり、光と共に十枚のカードが飛び出ると奇妙な形に置かれた。左に十字。右に縦一列だ。食い入るように見つめるプリムがその形に見覚えがあるのかつぶやいた。


「これ。ケルト十字のスプレッドだね」


「なにそれ?」


「スプレッドっていうのはタロット占いをするときのカード配置法のことよ。ケルト十字は標準的なスプレッドかなぁ」


 そういえば「死神」や「愚者」。「太陽」などのアルカナはタロットをモチーフにしているらしい。ガチャもそれに倣っているということか。


 左十字から順番にカードがめくられていく。そして最後の一枚がその姿をあらわにした時、俺は心の奥底から嘆息した。


 目の前にならぶカード十枚のレアリティはUC(アンコモン)がほとんどで申し訳ない程度に(レア)が一枚ある。UCはほとんどがPOTだ。

 一瞬、訪れた絶望感を苛立ちに変え、俺は震える声でシーリスに問いかける。


「なぁ。念のために聞くけどこの内容ってどうなの?」


『ゴミでス』


「ふざけんな! 爆死どころか大爆死じゃねぇか!」


「チュートリアルガチャってこんなものじゃない。まぁレア一枚あるし?」


『そのレアはチュートリアルガチャで一枚確定のレアでス』


「……叩き折っていい?」


『やめてくださイ』

 

 俺はうなだれるように全身から力を抜くとベッドの上にスマートフォンを放り投げた。


 その様子を見てプリムはさも楽し気に「ふふふ」と微笑むとベッドから離れ、鏡の前に座り込んだ。何気なく見つめる中、背中から生えた小さな翼がまるで別の生き物のようにパタパタと動いている。


 彼女は櫛で髪をときはじめた。その光景を眺めつつ俺はぼんやりと呟く。


「……リセマラしたい」


「人生リセマラする?」


「あんた。それ冗談でも笑えねぇぞ」


 振り向き小悪魔的な笑みを見せたプリムは、立ち上がると壁にかけてある純白のローブを手にとり袖を通した。


「でも爆死のおかげで目が覚めたでしょ?」

 

 彼女は言葉を紡ぎながら歩み出し扉の取っ手に手をかけると、アメジストの瞳で俺を一瞥し扉を開けた。


 部屋から出る間際に彼女は「いつも起きる時間に起きられたじゃない」と笑っていた。扉を閉めた音と共にスマートフォンに設定していたアラームが鳴り響く。


 時計は朝の八時ちょうどを差していた。


 

 


 澄んだ青空が広がる中、俺達はスタビリスの外にいた。すがすがしい森の香りを持ち運ぶ風が霞色の髪をなびかせる。


 プリムとハピネスをパーティに加えた俺達は本格的にクエストの攻略に乗り出した。NPCからの物を運ぶだけといういわゆる「お使いクエスト」は戦闘を介さない為、個人で受注し達成することで効率よく終わらせていく。


 問題は戦闘が必要とされるクエストだ。弱いMobを複数体倒すだけのクエストなら個人でも可能だが「ネームドモンスター」は協力しないと倒せない強さだと予想された。


 そこでアルカナの制御の練習も兼ねてシーリスの案内の元、比較的弱いネームドモンスターの討伐から開始することにした。俺はシーリスより提示されたクエスト一覧を眺めながらある事に気が付き、ウォルガンフの肩で羽を休めるハピネスに声をかける。


「そう言えばハピネスさん。スマホぶらさがってるけど壊れないの? それ」


 ハピネスの所持するスマートフォンは彼女の足に紐で連結されている。飛ぶときは勿論、木や棒など固い物の上に止まることが多い鳥の体の場合、紐で繋がってるだけの本体はガツンとオブジェクトにぶつかっていた。


 俺はそれで壊れたりしないのか気になった。そんな心配をよそに彼女は笑ったかのように首を上げるとつぶらな黒い瞳を俺に向けた。


「壊れないみたいよ。これ。少なくとも傷ついたところを見たことがないわ」


 ハピネスの言葉で脳裏に過去の映像が蘇る。そう言えば俺も一度、スマートフォンを地面に叩きつけたことがある。あのアレフの一件の時だ。大地は草の絨毯に覆われていたがそれでも傷どころか汚れ一つ、ついていなかった。


 その時、「試してみよう」というプリムの声が俺の意識を現実世界へ戻させる。彼女は俺の手からスマートフォンを素早い動きでかすめとると、振りかぶって勢いよく地面へ投げつけた。


「俺のスマホぉぉぉ!」


 半身とも言える銀色のスマートフォンは、空中でなだらかな曲線を描いて地面に落ちた。彼女はさらに手にした石を地面に転がる小さい体に打ち付け、それでも飽き足らずに足で何度も踏みつける。


『プリム様。おやめ……やめ、やめやめやめやめ』


 スマートフォンからシーリスの悲痛な声が響く。それでもプリムの凶行はおさまることを知らない。


「……あの、プリムさん? 俺に何か恨みでも……?」


「ないよ。試してるだけ。ただキミのならやってもいいかなって思えただけ」


 恐る恐る訊く俺の前で彼女は動きを止めた。突然の常軌を逸脱した行動に茫然としたかのように固まる他のメンバーの視線を気にすることがない様子のプリムは、膝を折り痛めつけたスマートフォンを拾い上げアメジストの瞳に近づけた。


「本当だ。傷も汚れもない」


 彼女はそう言うとついた埃を丁寧に払いのけ、笑顔を見せながら「はい」と俺に手渡す。先程の凶行と似ても似つかない花のように可憐な微笑みを前にして、俺は受け取りながら顔を引きつらせ苦笑した。


 どうやらスマートフォンはこの世界では「壊れない仕様」らしい。原理は当然わからない。というより「ゲームの世界」において原理も何もない。「壊れない」と設定すれば「壊れない」のだから。


 俺は再びスマートフォンの画面へ視線を移すと、もっとも難易度の低い「ネームドモンスター討伐」のクエストを受注する。残る三人に場所を教え、俺達は移動を始めた。


 ノアトークンを肩車し歩く中、俺の横にプリムが並行して歩いていた。彼女の横顔を一瞥し声をかける。


「……さっきのわざとだろ?」


「どうしてそう思ったの?」


「ああやってキチガイじみた行動すりゃ他のメンバーは近寄りがたくなる。他の奴らと余計な絡みをしたくないあんたにしてみたらそいつは好都合だからだ」


 その言葉に彼女は「ふふふっ」と軽く笑うと歩きながら俺を見つめた。


「リーダーとして信用するようになってほしいの?」


「できればな。でもあんただって何か事情あるんだろ? 無理強いはしねぇよ」


「パーティメンバーとして協力はする。それは当然。だけど心は決して許さない」


 プリムの紫色に光る瞳が俺を覗き込む。そのアメジストの奥に許容する心と跳ね除ける心が渦を巻いて混ざり合っているように見えた。


「私が心を許すのはキミだけだから」


 彼女はそう言うと前を向き何も言わなくなった。俺は歩きながら彼女の言葉を脳裏で反芻(はんすう)する。

 でもいくら考えても彼女が他の人間を信用しない理由と、俺だけに心を許すその理由が思いつかなかった。



 スタビリスの街から離れた場所に口をあけている鍾乳洞がある。


 地下へとなだらかに降りていく中はひんやりと肌寒く、ぽたぽたと水滴が落ちる音がまるで俺達を監視しヒソヒソと小声で話し合っている妖精の声のように周辺から耳に断続的に響いていた。洞窟内部の高さはトークンを肩車しても余裕がある程、上部に空間があった。


 暗闇を光量の高い懐中電灯で照らす。スタビリスの商人NPCから購入したものだ。四本の光の帯が洞窟内を走り回る中、俺達は慎重に足を進めた。


 ネームドモンスターはPOPする位置は固定だがほぼアクティブだ。暗闇の中いきなり遭遇するとこちらの準備が整う前に不意に敵のターゲットを取る可能性があった。アルカナを起動するにしてもある程度のタイムラグは存在する。その間を突かれプレイヤーへのダイレクトアタックが成功すれば待っているのは死だけだ。


 ゆっくりとんがり帽子のように先がとがった岩の隙間を縫って進むと、いきなり目の前にはるかに見上げる巨大な空間が姿を現した。水晶が水に濡れた岩肌から飛び出し、周りはどこからか入り込んだ光が水晶に反射してライトをつける必要がないほど明るい。


 俺はその時、離れた位置で蠢く巨大な何かを凝視する。それは小さな水晶が集まった平べったい何かだ。


 見つけた時、ただの水晶が生えただけの岩だと思っていた。しかしよく見るとそれは光るのは上辺の部分だけでその下は黒光りする鱗のようにだった。


 ほんの僅かだが小刻みに黒光りする細長い体がうねる。すぐにそれは巨大な蛇がとぐろを巻いたものだと俺は認識した。


 二本の角を生やした平べったい頭がゆっくりともたげ、ぴろぴろと何度も出し入れする先が二股に分かれた舌が見える。その感情が見えない頭に同化しそうな真っ黒い目がこちらを見据えた。


 蛇の威嚇のような鋭い咆哮が洞窟内にこだまする。頭の上に「ホーンド・サーペント」という文字が表示されていた。


 黒い細長い体は、その唾液に濡れた口を開け地面をすべるようにうねり俺達に牙を剥いた。

POP~ポップ。キャラクターやモンスターが出現すること。

POT~ポット。ポーションのこと。赤ポや青ポなどとも呼ばれる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ