表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/46

第41話「絶望という名の花が咲く種」

 俺はため息を吐き出し椅子に背をあずけた。

 プリムがパスワードを解除した時に画面に表示された一つのファイル。それをクリックして中から出てきたのは「プロセルピナ」にやってきたメンバーの詳細だった。


 ウォルガンフ、アレフ、シャルル、ハピネス、オラクル、そしてウィルト。彼らのリアルのデータと如月綾香と関係した実際の出来事が保存されていた。乃愛がハッキングを試みている間、俺はプリムとそのデータを閲覧していた。


 内容に目を通すと、同情こそはしないが如月綾香が悲劇の道を歩んだのは容易に想像ができる。娘も失い生きがいも失い全てを呪って死んだ。如月綾香が背負った人としての悲しみはわかる気がする。


 脳裏に乃愛のラボとプロセルピナ・ハートで遭遇した如月綾香の姿が映し出された。その呪いと悲しみが生み出した怪物。それがあの時の彼女だ。憎悪はあそこまで人を変質させてしまうのか。


 思考に没頭していた意識を現実に戻した。

 ふと隣をみると薄暗い部屋の中でプリムがじっとパソコンの画面を見つめている。その表情はどこか寂しげで、それでいて鋭さを秘めていた。

 彼女は時折こんな表情をする。何に対しての「寂しさ」なのか何に対しての「鋭さ」なのか今でもわからない。ただ一つだけ言えるのは、プリムのこの表情は時が経つにつれ回数を増していた。

 それはまるで彼女自身が決断に迫られている……いや。決断した時が近づいているかのように。


「どうした?」という俺の声にプリムはハッと我に返ったかのように顔を上げると、俺に視線を移し笑顔を見せた。


「ごめん。ちょっと考え事してた」


「そうか。……とりあえずこのファイルは閉じよう。メンバーの詳細を知ったところで今の俺達にはどうしようもできない」


「うん。そうだね」


 その時、パソコンにケーブルで接続されているピンク色のスマートフォンから凛とした声音が響いた。如月乃愛の声だ。


「シークレットクエストの詳細を入手しました! 表示します!」


 俺は咄嗟にスマートフォンのクエスト一覧を凝視する。

 そこには新しいクエストが追加されていた。逸る気持ちを抑えながら指でタップする。

 表示されるその内容は……「ワールドボスの撃破」だった。


「ワールドボス!?」


「はい。ワールドボスの撃破が最後のクエストです。しかもワールドボス討伐日があと二日後。つまり現実世界へ戻るためのクエスト期限の最終日まで私達は何もできません。ワールドボスそのものが出現しないのでこればかりはお手上げです」


「なんだって!?」


「さらに最終日、ボス出現時間はクエスト期限終了の三十分前です。三十分間でワールドボスを撃破する必要があります」


 俺の脳裏に如月綾香の嘲笑が響いていた。

 彼女はおそらく最後のトラップとしてこのクエストを仕組んだ。本来はプロセルピナ・ハートの破壊で終了だった全クエストの内部に乃愛のプログラムを掻い潜り植え付けたんだ。絶望という名の花が咲く種を。

 しかも戦闘時間が三十分とかふざけている。どうやら如月綾香は確実に俺達を殺し、なおかつ現実世界へ帰さないように策略の糸を張り巡らせている。


「三十分とかどうあがいても無理だ! ワールドボスだから耐久力も高いはず。本来は数十人で戦うレイドボスバトルのはずだ。それを二人でやれっていうのか!?」


「落ち着いて。レヴィ」


「お前。こんな状況で落ち着いてられ……」


 無理難題を押し付けられ困惑する俺の碧眼がプリムを捉えたと同時に口をつぐんだ。彼女の真剣で、そして希望を見失わないがごとく光る紫紺の輝きを目にしてそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。


「ねぇ。乃愛ちゃんって今プロセルピナの中枢にいるんだよね? いろいろ改変できるかな?」


「可能です」


「死神の召喚条件を変更できない?」


「それはできません。死神のアルカナのステータスの数字を改変することは可能です。ですが召喚条件だけは干渉できません。おそらくこれは母でないと不可能です」


「わかったわ。それじゃ愚者と死神のステータスを最大まで引き上げて。それともう一つ、お願いがあるの」


 プリムは間を置き、口元にかかる桜色の髪を指で後ろに流した。そして思慮深く全てを見透かしたかのような澄んだ瞳をスマートフォンへと向ける。


「アルカナに逆位置が実装されているかどうか調べてほしいの」


「逆位置!?」


 聞きなれぬその言葉に俺は驚愕し思わず声をあげた。プリムが反応し俺を見つめる。


「アルカナがタロットをモチーフにしているのはキミでもわかっているよね? タロットには逆位置があるの。普段私達が使役しているアルカナは正位置よ。逆位置はそれとはまったく性質が異なるわ」


「つまり?」


「つまり、逆位置のアルカナは本来の能力とはかけ離れたものになるわ。もしかしたらそれが私達の強力な切り札になりえるかもしれないの」


「なるほどな」とうなずく俺に乃愛の声が耳に入った。


「プリムさんの言う通り逆位置のデータが存在します。本来は未実装ですがここは私の力で無理矢理アップデートします」


「チートさまさまだな」


「乃愛ちゃんをチートツールみたいな言い方しないの」


「ふふふ。今の私はそれに近い存在かもしれませんね。アップデートの準備完了しました。開始します。少々、お時間をください」


 小さく笑い声をあげた乃愛はそう言葉を響かせ沈黙する。どうやら作業に集中しているようだ。

 俺はおもむろにプリムを見つめ口を開いた。


「なぁ。ところで死神の逆位置ってどんな意味があるんだ?」


「再生」


 彼女は花のように可憐な笑顔を見せた。


「素敵な言葉だと思わない? レヴィ」


「そうだな。希望に満ちた言葉だ」


 俺は微笑んでそう返した。

 

 その後、アップデートが完了し外が夕暮れに包まれてきた時、如月綾香の家を出た。

 ワールドボスの討伐。達成不可能とさえ思えるそのクエストに俺達は挑まなければならない。ただプリムのいう「逆位置」のアルカナだけが最後の希望だった。


 俺は赤く染まる空を見上げる。

 その時、ふとプリムのパソコンへ向ける複雑な表情が脳裏に蘇った。そして、乃愛がプロセルピナの中枢から脱出する直前にプリムが小さく、そして短くつぶやいたあの言葉も。


「乃愛ちゃん。あの時の話(・・・・・)を覚えているよね?」


 囁くような声音で紡ぎ出されたその言葉が何を意味するのか、俺にはわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ