表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/46

第40話「乃愛の思い」

物語の内容上、40話のみ如月乃愛の視点となっております。ご注意ください。

 電子の海を私の体が突き進んでいく。

 周りに見えるものは記号化されたプログラムの海。その中をひたすら潜っていく。どこまでも深く深淵に向けて。

 目の前に現れるのは光り輝くゲート。プログラムが糸のように絡み合い生み出されたプロセルピナ最深部への扉。私はそれに青白く光る手をゆっくりと差し出す。


「シーリス。防壁プログラムを確認。サポートなさい」


『かしこまりましタ。マスター』


 指先から放たれるのは防壁を突破するためのコンピューターウィルス。それにより防壁プログラムを書き換え無効化する。

 白い光が徐々にゲートを浸食していった。


『防壁プログラム。レベル一突破しましタ』


 プロセルピナ最深部を守護する攻性プログラムが私のウィルスを次々と攻撃し無力化。さらに防壁プログラムを再構築していく。

 私はそれよりも早く防壁を無効化し、少しずつ浸食範囲を広げていった。


『防壁プログラム。レベル二を突破しましタ』


『防壁プログラム。レベル三を突破しましタ』


 最悪、私自身が焼き殺されかねない状況でそれでも前へ進み続けた。

 目の前に光が迸る中、データと化した私の架空の脳裏にレヴィさんとプリムさんの姿が映し出される。彼らを現実世界へ帰すことが私の願い。死んでいった人達への償いであると信じた。


 わかっていた。おそらくこの世界が消滅すれば自分も形を保てない。今の私を構成する「個」を保てない。本当の意味で私は死ぬ。

 だけどそれは私の本来あるべき姿で、そして母も同様なはず。私も母も本当はもう存在してはいないはずなのだから。二人で死といういるべき場所へ戻ることが私と母の救済だと信じた。


 私の現実世界における最後の記憶。屋上から風を切って落ちる瞬間に虚空に見えた女神の記憶。それが神と言えるのなら死ねば彼女の元へいけるのだろうか。

 行こう。母と共に微笑む女神の元へ。


「お母さん。私といっしょに……帰りましょう」


 光が弾けた。

 音も無くゲートが開かれていく。その先にあるものは……虚無だ。


『防壁プログラム。レベル四突破しましタ。解除完了』


「行きましょう。最深部へ」


 虚無へ私は身を躍らす。

 どこまでも続くかと思われるほど深淵の先にそれはあった。膨大な光の海。私はその中へと意を決して飛び込んだ。


 

 目を覆うような光を突き抜けた先に広がるものは現実世界の風景だった。

 白い布を被せられ血に濡れた私を見て震える視線。パソコンに向かってただひたすらプログラムを作成している光景。ブラッディノアを生み出した瞬間に微笑んでいるのか僅かに揺れる視線。

 私は理解した。これは母の記憶だと。


 あの人の記憶に繋がる映像を背景に目の前にはいくつかのデータが浮かんでいる。私はその一つに触れた。


 開かれたのはある人物のプロフィールと映像。映し出されるそれはどうやら母の視線のようだった。プロフィールには「西園寺 玲子(さいおんじれいこ)」と書かれている。

 これはハピネスさんのデータだ。彼女が告白していた通り、母とハピネスさんはある男性を取り合い、事故により彼はこの世を去っている。

 この一つのデータがハピネスさんのなら、目の前に浮かぶものは一つ一つがおそらく「プロセルピナに来た人達」のデータだと思われた。


 シャルルさんとオラクルさんのデータもあった。でも私はそれを開くのをためらった。

 私自身に彼らに対する怒りが少なからずあったのかもしれない。何故なら私を殺した人なのだから。

 私はもっとレヴィさん達と話をしたかった。残りが短い人生であるのは知っていたけど、それでも生が続く限り彼らと会いたかった。

 でももうシャルルさんとオラクルさんはいない。私ももう会うことはないだろう。彼らに対する感情もすべて闇に消え去るべきだ。


 もう一つのデータを開く。そこには加藤 輝明(かとうてるあき)榛葉 克明(はいばかつあき)。そして碓氷 賢司(うすいけんじ)と表示されていた。

 プレイヤーネームはウォルガンフ、アレフ、そしてウィルトとなっている。これは彼らのデータだ。


 読み進めていく。碓氷賢司(うすいけんじ)……プレイヤーネーム「ウィルト」はPlaybackのプログラマーで母と同期。同じく「プロセルピナ」の開発メンバー。しかし彼は母の才能に嫉妬し彼女をなんとか失墜させようとしていた。

 そこで白羽の矢が立ったのが加藤輝明(かとうてるあき)……プレイヤーネーム「ウォルガンフ」と榛葉勝昭(はいばかつあき)……プレイヤーネーム「アレフ」の二人だった。

 碓氷は榛葉と交友関係があり、加藤と榛葉がアマチュアの小説家であることを知っていた。そして二人ともスランプに陥っていたことも理解していた。


 そこで碓氷はある計画を立てた。それは母である如月綾香と加藤、榛葉を会わせ面識を持たせることだった。交友関係まで築く必要はなく「何度か会っていたという既成事実」さえあれば問題なかった。

 そして碓氷は榛葉を通して加藤にプロセルピナのシナリオデータを手渡す。彼がそれを元にして小説を執筆し出版社に応募。新人賞を獲得。母が気が付いたのは「チーフプログラマー」という地位を取り上げられた後だった。


 碓氷はその後、母の跡を継いでチーフプログラマーに就任。母は開発から外された。シナリオデータを会社内から持ち出したと真っ先に疑われたからだ。もちろんその裏では碓氷の策略があった。


 これらの詳細を調べていた母の心境はどうだったのだろうか。私には暗く湿った憎悪が感じられた。

 娘である私を失い、さらに生きがいであったプログラマーとしての地位も失い絶望に苛まれながら母は自殺した。全てを呪いながら。

 その彼女の強烈な呪いがこの世界を生み出した。そして発端となった人達を全てデータとしてこの世界へ送り込んだ。彼らを殺すために。


 でも私は母に人としての心が残っていると思う。何故なら彼女の憎悪の対象に「レヴィさんとプリムさんはいない」から。それでもあの人は彼らをこの世界に引き込んだ。

 それは私とレヴィさん達に止めてもらいたいから。本人ですら気が付いていない意識の深層に、自らの行動が過ちであると理解している心があるのではないか。


 私は目の前のデータを閉じると母の生み出す景色の中を歩き続ける。そしてたどり着いた。

 眼前に浮かび上がるのは巨大なデータの塊。糸のように紡ぐプログラムが集合したプロセルピナの中枢だ。それはあたかも扉のような形を形成していた。

 その光の塊に私はそっと指で触れる。


「お母さん。いや如月綾香さん。娘である如月乃愛が……あなたを救済します」


 光が溢れる。

 開かれる扉の中はデータの渦。レヴィさんの信念もプリムさんの思いも母の無念も全てがここに集約されていた。

 その中に私が求めるものがあった。それは明かされることがない「シークレットクエスト」の詳細。


 青白く光る指先がそれに触れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ