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第36話「無慈悲の脈動」

 鉄で覆われた冷たい大地を足が踏みしだく。

 意識を失ったプリムを両手に抱きかかえ、乃愛の案内の元、走り続けた俺の視界にそれは脈動していた。

 巨大な心臓。まさしく人のそれと酷似した「プロセルピナ・ハート」は、音もなく静寂と断続的な鼓動に包まれている。俺はプリムをそっと地面に寝かせると、戦斧「バイルエグゼキューション」を握りしめるノアトークンを右手に乗せた。


 こいつを破壊すればこんなくそったれな世界ともおさらばだ。


 右手に力をこめノアトークンを投げつける。それと同時に回転運動を開始した戦斧の刃が唸りを上げた。

 白刃の一閃と共に心臓は切り裂かれ全てのクエストが完了する……はずだった。しかし目の前で起こった現象に俺は碧眼を見開く。

 鼓動する分厚い筋肉の塊にトークンの刃は切り裂くことなく弾かれた。その反動で空中をくるくると回転しながら右腕にノアが帰ってくる。


『プロセルピナ・ハート。耐久値減少ナシ』

 

 冷徹に響くシーリスの戦闘ログに耳を疑いながらも、俺は何度もノアトークンの戦斧を叩きつけた。しかしその刃は全てまるで心臓そのものが切断されるのを拒むように肉を断つことはなかった。

 俺の中に焦りが蓄積していく。時間の猶予はそんなに残されてはいない。ハピネスがあの亡霊の相手をするのもプリムの命も残された時間はあと僅かだ。

 その時、沸き上がる焦りの感情を助長するシーリスの言葉が耳に入る。それはファイアロート・サンバードの魔法障壁の耐久値を告げる戦闘ログだった。


『ファイアロート・サンバードの魔法障壁。耐久値九十パーセント減少』


「……ハピネスさん……」


 今一度、心を奮い立たせ再び何度も戦斧の刃を心臓へ食い込ませる。幾度となく白刃が舞う中、プロセルピナ・ハートの耐久値は一パーセントも減少しない。

 しかし諦めるわけにはいかない。生き残った三人で現実世界へ帰る為。プリムを助ける為。ここで俺が心が折れるわけにはいかなかった。

 その瞬間。銀色のスマートフォンから聞こえた震える声音に俺の手が止まる。それはハピネスの声だった。


「……レヴィ君。ごめんなさい。先に謝っておくわ。高級ステーキの約束。守るっていったのあれは嘘よ。ただ作戦があるのは本当なの」


 ハピネスの言葉に俺の全身がざわめいた。すでに感じ取っていたのかもしれない。ハピネスが目の前に羽ばたいた瞬間に。

 そしてすでに理解していた。この後、彼女が取るであろう行動に。発言するであろう言葉に。


 ハピネスは……死ぬ気だ。


「私の命を糧にしてブラッディノアを召喚しなさい。それで心臓を破壊しなさい。躊躇しては駄目よ。私を殺したらフリッケライガイストは即座にあなたの元へ行くでしょう」


 言葉が心に突き刺さる中、俺は歯を食いしばり何度もノアトークンの戦斧を叩きつける。


「……なんで」


「前に言った通り、私はあなた達を現実世界へ帰したい。そのためなら死んだってかまわない。だから私が死んであなた達が帰れるのならそれは本望よ」


「……壊れねぇんだよ」


「レヴィ君。プリムさん。二人で必ず現実世界へ帰るのよ? 私は……地獄で綾香と喧嘩でもしてくるわ。……それじゃあね」


「なんで! 壊れねぇんだよ!」


 脳裏にハピネスのつぶらな瞳が浮かび上がる。リアルの表情はわからない。しかし慈愛に満ちた優しさで俺達を包み込み、ウォルガンフから俺達を守り、そして最後は死をもって俺達を現実世界へ帰そうとしている。

 俺は全ての力を込めてノアトークンを投げつけた。しかし戦斧の斬撃は無慈悲に弾かれるだけだった。プロセルピナ・ハートの耐久値はまったく減少してはいない。

 腕から力が抜けがくんと膝を折る。その時、シーリスの戦闘ログが目に入った。


 ファイアロート・サンバード。耐久値五十パーセント減少。

 ファイアロート・サンバード。耐久値八十パーセント減少。

 ファイアロート・サンバード。耐久値九十パーセント減少。

 即死回避発動。

 ファイアロート・サンバード。耐久値消失。

 ファイアロート・サンバード。消滅。


 ハピネス様の死亡を確認。


「ちくしょうおおおおお!」


 ハピネスの表示が「EXIST」から血のように赤い「DEATH」へと変わる。その瞬間、俺の魂の叫びがプロセルピナ・ハートに轟いた。己の無力さからくる無念に拳を地面に叩きつけて。

 その時、俺のそんな姿を嘲笑するかのように冷徹な声が響く。


「……無様ね。できもしないことをやろうとするからそうなるのよ。おとなしく死ねば苦しまずに済むのにね」


 悪意に満ちた不気味なほど澄んだ声音。俺はゆっくりと顔を上げた。

 視界に映るのは、冷笑をもって唇を歪ませる如月綾香の姿だ。


「あとはあなた一人。そこの小娘はもうじき死ぬ。でもただ殺すだけじゃつまらないわね。一つゲームをしましょう」


 彼女が指をパチンと鳴らすとどこからともなく黒い影が目の前に降ってくる。針で刺すような殺気をまとわせたフリッケライガイストだった。


「その小娘にかかっているデバフは遅効性の呪いよ。解除するには発生源であるフリッケライガイスト・ジ・アルカナを破壊する必要がある。そして小娘の耐久値が無くなるまでの時間は……五分」


 如月綾香の言葉とほぼ同時に、プロセルピナ・ハートの上部に設置された電光掲示板に五分のカウントダウンが刻まれた。


「五分以内にフリッケライガイストを倒せれば……この場は見逃してあげるわ。そしてその小娘も助かる。どう? いいゲームでしょう? 私。PVPとか好きなのよ」


 ハピネスや他のメンバーの死を、そしてプリムの苦しみも俺の悲しみも全てを冷笑に伏す彼女の言葉に俺は鋭い瞳で睨んだ。

 激しい怒りの感情が渦を巻く。こいつだけは絶対に許さないと。


「……アルカナ。起動」


 浮かび上がるは光迸る魔法陣。具現化するのは漆黒に輝く六枚の羽を携えた死神の姿。

 彼女は俺の怒りに呼応するように堕天使の翼を大きく広げ、俺の隣に舞い降りる。その鮮血の輝きを持つルビーの瞳は俺の碧眼と一瞬、交差するとブラッディノアは険しい表情を浮かべ、亡霊を見据えた。


「作戦タイムを上げるわ。時間は一分」


 如月綾香の声とほぼ同時にスマートフォンから光が溢れ、黒光りする戦斧「バイルエグゼキューション」が浮かび上がってくる。

 ブラッディノアはそれを手に取ると、フリッケライガイストから目を離すことなく横に構えた。


召喚者(インヴォーカー)。ご命令を」


「あのくそったれ幽霊を五分以内に殺せ」


「五分? 今、五分といったの? 奴を相手にして五分で殺せと? 随分と過酷な条件ね。達成するには……あなたもただではすまないわよ?」


 ブラッディノアの真紅の瞳が濃密に光り輝く。


「その条件。私のパッシブスキルが発動すれば可能よ。それは残り耐久値によって攻撃力が上がるスキル。最大火力は耐久値九十パーセント減少で発動。私の見立てではあの亡霊。アルカナを無限に具現化できる。何度斬り伏せようと虫ケラのごとくわいてくるわ。それならばキングオブバベルの鉄壁を破壊しつつ本体の耐久値をゼロにしなければいけない。一撃でね」


「構わねぇ。こんな命いくらでもくれてやる! 最悪、あの亡霊殺して後ろにある心臓さえ破壊できれば現実世界に帰れる。たとえそれで俺が死んだとしてもプリムは生き残る。それで十分だ!」


「了解したわ。気を抜くんじゃないわよ? 召喚主であるあなたが気絶すると私も消滅するから。歯を食いしばり体に激痛が走ろうと意識を保ちなさい。私だけの戦いではない。あなたの戦いでもあると覚悟なさい」


 自らの命すら糧とするのはまさに死の神と言えるのかもしれない。俺は拳を握りしめ鋭い眼光をフリッケライガイスト。いや如月綾香に向け頷いた。


「……一分経過。それじゃはじめましょうか。さぁノア。どこまでやれるか私に見せて頂戴。さすがのあなたも……彼相手では死ぬわよ?」


 五分のカウントダウンが時を刻みはじめた。その瞬間、戦闘の高揚を湛えたブラッディノアの声音がプロセルピナ・ハートを揺らす。


「ほざけ。人間(ゴミ)風情が。私は血の棺。そして死の神ブラッディノアだ。そんな継ぎ接ぎだらけの亡霊なんぞに……遅れを取るものか!」

 

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