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第34話「悲しみの果てに」

 エルドラードの宿「アネシス」の一室で俺とプリムが椅子に腰かけ、テーブルの上にハピネスが翼を休めていた。

 その場でハピネスは自らの過去を全て俺達に語りはじめた。


「私はね。西園寺(さいおんじ) 玲子(れいこ)っていうの。これ本名よ。綾香とは友達でね。よく会っていたわ。そんなある時。私はある男に恋をしたわ。彼は私より二つ年上でね。優しかった。結婚してもいいと思ってた。いつその言葉を言ってくれるのかずっと待っていたわ」


「……」


「だけどね。彼。とんでもない人だったの。私と付き合いながら綾香にも愛を囁いていたのよ。二股もいいところ。ひょんなことからそれが判明した途端、私と綾香の間には埋まることのない亀裂ができたわ。しかもそれは時間と共により大きく深くなった」


 話を聞くプリムの表情が急激に険しくなっていく。話にでた男性にあからさまな嫌悪感を抱いているようだった。


「もう友人じゃなくなったわ。一度できた亀裂は修復しなかった。私も本気で愛していたし、綾香も同様だったと思う。どちらが彼を取るか。醜い女の争いに発展した。そんなある日ね。彼が酔って私のマンションに来たの。それでね。思い切って綾香のことをすべて洗いざらい話したのよ。あなたが綾香と付き合っているのを知っているってね。そうしたら彼。何て言ったと思う?」


「なんて言ったんですか?」


「お前なんてただの遊びだって言い切ったのよ。彼はね。愛なんて持ち合わせてはいなかった。興味があるのは私ではなく金よ。多額の慰謝料を狙っていたのよ。もしかしたら綾香も同様だったんじゃないかしら。彼女も夫の保険金がおりていたしね」


「……最低」とプリムが吐き捨てるように言った。


「私はそれを聞いた途端、心の奥底から激情したわ。彼は豹変した私から逃げるようにマンションを出た。私は彼から全てを聞きたくて追いかけたの。そしてもめた勢いで彼は階段から落ちた」


「……まさかそれで……」


「死んだのよ彼。頭から血を流してね。ピクリとも動かなかった。警察の取り調べに私は正直に全てを話したわ。結果。事故として扱われた」


 ハピネスはそこまで口にすると過去の記憶を手繰り寄せているのか、つぶらな瞳で虚空を見つめた。


「でもね。おそらく綾香は私が殺したと思ってる。彼女にとって私は愛する人間を殺し永遠に奪った相手なのよ。彼女ね。マンションを引っ越す時、目の前に現れたの。冷たく淀んだ顔で。無言で立ち去ろうとした私の背中に綾香は言ったわ。『呪ってやる』って」


 呪ってやる。

 その一言で俺の脳裏に如月綾香の悪意に満ちた表情が浮かび上がる。自らが愛しただろう男を事故とはいえ殺めてしまったハピネス。最愛の娘である如月乃愛を殺したシャルル。そしてそれを止めなかったオラクル。

 娘と男。それら愛したものを無残にも切り裂かれた彼女は、その憎悪でこの世界を生み出し俺達を殺そうとしている。だけど同情なんてするつもりはない。例え悲しみに包まれていようとも憎しみはそれしか生まない。その果てにあるものは全てを殺し自分さえ人ではない何かに変貌させた末に、ただ虚しさが残るだけだ。

 そして、母親が行った行為に嘆き悲しむ乃愛が血で覆われた大地に膝を折ることだろう。


「でもそれ事故だったんですよね? 如月綾香もそのことはわかっているんじゃないんですか? それに彼女も騙されていたんですよね?」


「どうかしら? 信じたくなかったのかもしれないわ。偽りの愛だとね。それに事故であろうと私が彼を殺したことに違いはないもの。本気で愛していたのなら私を憎むのは当然だわ」


「……だけど俺は」


 今まで沈黙を守っていた俺の突然の発言にハピネスとプリムの視線が注がれた。


「俺はあの人を許さない。憎む理由もわかる。悲しむ理由もわかる。だからといってあの人の行為を正当化なんてできるわけがねぇ。憎しみに全てを委ねた末に何が残るってんだ。あるのは虚しさだけだ。そして母親の変わり果てた姿に悲しむ乃愛の姿だけだ」


「……レヴィさん……」


 テーブルに置かれたピンク色のスマートフォンから乃愛の声がした。俺は彼女に優しく微笑むとハピネスへ視線を移す。


「俺達のやることはかわらねぇ。このくそったれな世界から抜け出す。そして如月綾香に死ぬほど後悔させてやる」


「……レヴィ君。私のことはなんとも思わないの?」


「あんたは……俺の仲間だよ。例えウォルガンフを殺したとしてもそれは変わらない。それに実をいうと俺も……プリムに手を汚して欲しくなんかないんだ。だからって代わりに殺してくれなんて言わないけど。あの時は本当にどうしていいか……わからなかった」


 俺の言葉にプリムが一瞬、ハッと目を見開くとすぐさま陰りのある表情を見せ、碧眼を見つめた。

 彼女の中身が凛愛だとしても。そうでないにしても。俺は彼女に例え守るためであったとしても、人殺しなんてしてほしいと望むわけがない。

 プリム自身それをよくわかっていたはずだ。だからこそあの時の彼女は「異常」だった。さっき一瞬、目を見開いた挙動はそのことにプリム自身が気が付いた証なのではないか。


「……ありがとう。人殺しって罵られるのを覚悟していたわ」


「助けてもらっておいてそれはねぇよ。どのみちあの状況だと下手すれば……俺は今頃あの世行きだった」


 重苦しい空気の中、沈黙が流れる。突如「湿っぽいのもよくないわね」とハピネスはつぶやくと首を愛らしく傾けてみせた。


「それじゃ気を取り直して。最後のクエストいきましょう」


「それなんだがプロセルピナハートの場所を偶然、発見したんだ。もう俺達三人しかいないが乃愛もいる。やってやるさ」


 俺はそう言葉を紡ぐとざっと窓の外を視界に映す。太陽が落ちかけ空は赤く染まっていた。


「もう夜になる。探索は明日にしよう。暗いと探しようもねぇしな」


「OK。わかったわ。ちょっと外の空気。吸ってくるわね」


 そう言い翼を羽ばたかせ扉へ向かうハピネスに俺は「高級ステーキ。忘れてませんからね」と言葉を投げかけた。彼女はそれに対してウィンクするように片目をつぶってみせると外へと羽ばたいていく。

 俺のその言葉には「共に現実世界へ帰る」という思いが詰まっていた。



 

 エルドラードに夜が訪れる。

 静寂に包まれた暗闇の中で同じベッドの上に俺とプリムが横になっていた。右腕にしがみつく彼女の体は小刻みに震えている。


 泣いていた。ただひたすら「ごめんなさい」という言葉を囁くような声音で繰り返しながら。

 その「ごめんなさい」が何を意味するのか。俺には何となくわかっていた。そっと震える彼女の細い体に腕を通し優しく抱きしめた。


「ごめんなさい。あの時はキミを守ることしか頭になかった。相手を殺してでも守らないと駄目だと思ってた。そんなこと……キミが望むわけがないのに。私は残酷な天使でしかない。私のどこかにはキミさえ助かればいいという思いがあるんだ。でもそれはキミの思いを踏みにじることでしかない。キミの優しさを台無しにする行為そのものでしかない。だけどそんなことをする私をきっとキミは許してくれる。優しくしてくれる。私はわかっているんだ。そしてそれに甘んじている。そんな自分自身が許せなくて……」


「もう終わったことなんだよ。そこまで自分を責めるんじゃねぇ。それにお前が助けてくれなきゃ俺は今頃死んでるよ。そんな守護天使のお前がなんで謝るんだよ」


「……ごめんなさい」


 その言葉を最後にプリムは口をつぐんだ。しかし今だ体は小刻みに震え俺の腕の中で嗚咽を漏らしている。

 涙に濡れているであろう彼女の柔らかさと温かさを感じながら、俺は天井まで覆い尽くす暗闇を見つめながら言葉を紡いだ。


「なぁプリム。如月綾香はなんで俺達をこの世界に連れてきたんだろうな。ハピネスさんの話を聞いてそう思ったんだ。他のメンバーは憎悪の対象だった。だけど俺達は違う。なのにこの世界にいる。その理由はなんだろうって」


「……キミはどうしてだと思うの?」


「おそらくだけど如月綾香にはまだ人の心が残っているのかもしれない。お前に見える『悪意』ってやつがハピネスさんだけ薄いのは、如月綾香の中に僅かだけど彼女を許す気持ちがあるからじゃないのか?」


「……」


「それから考えたら俺達がここにいる理由は一つ。もしかしたら如月綾香は……俺達に自分を止めてもらいたいのかもしれない。自分でも認識できない奥底に芽生えているそんな意思が俺達を引き寄せたのかもしれないな」


 涙を呑む音が聞こえる。それと同時にプリムの震える声音が耳へ響いた。


「……そうかもしれないわ。本当は誰かに自分を止めてほしい。自分と乃愛ちゃんを本来いるはずの場所へ戻してほしい。そう思う彼女がどこかにいるのかもしれない。だけどキミはそれに訴えかけるわけでもなく戦うんでしょ?」


「当然だ。前にもいった。俺はあの人を許さないってな。あの人の悲しみは知ったよ。だけどそのせいで誰かを殺していいなんて道理はねぇんだ」


 彼女を抱きしめる手に力が入る。プリムはそれに応えるように俺の体を両手で抱きしめた。


「だから俺は戦う。そして如月綾香も乃愛も俺達もみんなまとめているべき場所へ戻してやる」

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