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第33話「天使は審判を下す」

 濃密な霧を突き抜ける弾丸と轟く銃声。

 撃ち出した瞬間、勝利を確信したのだろう。ウォルガンフが口角をあげた。

 しかし彼は目の前で起きた現象に驚愕したのか笑みを消し去り、目を見開く。


「……何故だ!? 何故、当たらない(・・・・・)!?」


 銀色の銃口から射出した弾丸は、まるでプリムそのものを避けるかのように、彼女の眼前で捻じ曲がり霧の中へと消えていく。

 プリムの前には愚者の姿はない(・・・・)


「なんで……何でなんだよ!?」


 広げた手を下げ、怒りに震える翼を大きく展開させながらプリムはゆっくりと歩み出す。

 銃撃。再度、射出された弾丸は一瞬で彼女へ到達するが結果は同じだった。まるで意思を持ちプリムの体を拒むように急激に逸れ、近くにある民家を貫いた。

 静かにそして力強い声音が響く。


透明な体(インビジブルボディ)解除」


 プリムの眼前に奇妙な物体が浮かび上がる。うずくまる女の姿。それは幾度となく俺達を守り続けた「愚者」のアルカナだった。

 その姿にウォルガンフは驚愕に満ちた声を上げる。


「……透明化だと!?」


「この子には体を透明化させる能力がある」


「いつからだ!? いつから出していた!?」


「いつから? 決まっているじゃない。私はレヴィの守護天使よ? 彼と共にいるときは常に出しているわ(・・・・・・・・)


 彼女の言葉にもっとも驚いたのは俺だった。

 思い起こしてみれば俺のすぐそばにはいつもプリムがいた気がする。食事の時も部屋でくつろいでいる時も常にだ。

 純白の翼を広げ、俺を後ろから優しく抱きしめている。そんな幻想が脳裏に浮かび上がった。


 形勢は一気に逆転した。

 愚者のアルカナが存在するかぎり、ウォルガンフの銃撃は彼女どころか俺にさえ到達しない。乃愛がオラクルに砲撃の位置を教えたことを考えると、すでにライン・ヴァイスリッターの狙撃場所を把握しているようだった。

 おそらくウォルガンフは愚者のアルカナが具現化する前に決着をつけたかったのだろう。だから霧に紛れ速度と貫通性能に長けたライフルのように、ガチャで引いたもう一枚の「戦車」のアルカナを改造したと思われる。


「ライン・ヴァイスリッターの位置を特定しました。もう不意打ちは不可能です。……答えてください。ウォルガンフのスマートフォンにいるのは誰ですか? 私の母なのではないですか!?」


 怒りを抑えるかのように僅かに震える乃愛の声音。それを聞き取ったのだろうか。ウォルガンフの横で漂うスマートフォンから氷のように冷たい冷徹な声が響く。


「……乃愛。あなた。本当に彼を助けるつもりなのね。親子喧嘩とか……何年ぶりかしら?」


「あなたは勘違いをしています。これは親子喧嘩なんかじゃありません。こんな残酷な世界を作り憎悪の塊となったあなたを娘として救済するためです」


「救済? 救済ですって? ……笑わせるんじゃないわよ! 小娘の分際で!」


 ウォルガンフのスマートフォンに潜む存在……如月綾香は声を荒げた。しかしそれは一瞬の出来事ですぐさま冷徹な声音へと戻る。


「……いいでしょう。あなたがそう言うのなら勝手になさい。どのみちどう足掻こうと無駄なのは変わりはしないわ。あなたが信じる者達を全てなぶり殺して、その後、あなたを傀儡としてでも私は手に入れるだけよ」


「おしゃべりはそこまでにしろよ。綾香! 愚者のアルカナがいる以上、俺は手出しができねぇ! 何とかしてくれ!」


 怒りを体現するかのように翼を大きく震わせたプリムにたじろぎじりじりと後退しながら、ウォルガンフが声を張り上げる。

 その時、耳に響いたのは仲間を見捨てるかのごとく冷酷な言葉だった。


「ウォルガンフ。そのことだけどあなたはもう終わりよ。せっかくアルカナまで改造してあげたのにチャンスを生かせない男って、本当駄目ね」


「な……何いってやがる! 俺はここで死ぬべきじゃねぇ! 俺は現実世界に帰らなきゃならねぇんだ! 俺の夢が……俺の長年の夢がそこにあるんだよ!」


「……私から奪って手に入れた夢を私があなたに叶えさせると……本気で思っていたのかしら? つくづく呆れた男ね」


 氷のように冷たい余韻を残し、青く着色されたスマートフォンが乾いた音をたてて地面に転がる。浮き上がることも音を立てることもシーリスが声を発することさえなかった。

 ウォルガンフが顔面を蒼白とさせ、自らのスマートフォンを見据えている。しかし突如、その横に広い口が歪んだ。口角を上げ彼は俺を睨みつける。


「……へへへっ。結局、俺はこうなるのかよ。おい。レヴィ。死神を出せよ」


「ウォルガンフ! あんた何いってんだ!?」


「死神を出して俺を殺せ。じゃないとお前もそこの天使様も俺はいつまでも狙い続けるぜ?」


 銀色に光る銃口が俺に照準を合わせた。その瞬間、プリムが音もなく射線上に立つ。

 俺の目線では彼女の表情は見えない。おそらく今まで見た事もない鋭い眼光を発しているのかもしれない。何故ならそれを見ているであろうウォルガンフの表情は恐怖に染まっているように見えたからだ。

 それはまさに罪人に天罰を下す天使の姿だ。


「……ウォルガンフ。もうやめにしよう。俺達を殺すことは諦めるんだ。クエストも残り一個なんだ。それさえ終われば……」


「何悠長なこといってやがる! それで帰れる保証がどこにある! それに今更お前らのところには戻れねぇ。……なぁレヴィ。お前はモルテだよ。哀愁のエスパーダの主人公と同じくお前は他の人間の命を吸って最後まで生きながらえる。保証してやるよ」


 ウォルガンフの瞳が恐怖から狂気に塗り替えられる。まるで狼の咆哮のように彼は叫んだ。


「さぁ! 殺せ! モルテのように俺の命を吸え!」


 極度に精神を集中させた緩やかな世界の中で、ウォルガンフの目が銃身に取り付けられているスコープを覗く。今にも銃撃されることを悟ったのかその瞬間、プリムの足が大地を蹴った。

 まさかの愚者そのものによるダイレクトアタック。愚者とて攻撃性能がまったくないわけじゃない。ネームドモンスター相手では荷が重いものの弱小Mob程度なら倒せる。

 相手はアルカナを改造しているとはいえ、体のほとんどは生身。つまりプリムは……ウォルガンフを殺すつもりだ。


 俺は彼女を制止するため声を張り上げようとする。ウォルガンフがプリムの突然の行動に後退しながら銃口を俺から彼女へと矛先を変えた。


 その刹那。ウォルガンフの体が紅蓮の炎に包まれた。地中から吹き上がる炎の柱はまるで火で形成された壁のようだった。

 炎の壁(ファイアウォール)。それは「ファイアロート・サンバード」の攻撃スキルだ。


「うがああああああ!」


 絶叫を響かせたかと思うと突如、舞い降りる静寂。皮膚を焼かれ悶え苦しむウォルガンフが、息ができないのか喉をかきむしった。しかし死を悟ったかのように突如、動きを止め大地に膝をつくと燃え盛る体で両手を広げ天を仰ぐ。

 その口元が笑ったような気がした。そのままの体勢でゆっくり彼は仰向けに倒れていった。


 死にゆくウォルガンフを無言で静かに見据える赤い影が空中で羽ばたく。可愛らしく見えるはずの小鳥の姿が、何故かその時だけ死を運ぶ凶鳥のように恐ろしく見えた。

 プリムがその姿を見上げる。


「ハピネス……さん」


「プリムさん。あなたは手を汚す必要なんてない。そんな汚い役目は私で十分よ。……もう一人殺してるんだから」


 俺は目を開け血だまりの中、身動きしないオラクルと肉の焼ける異臭と共にくすぶるウォルガンフの焼死体を一瞥し、ハピネスを睨みつけた。


「あんたは……いやあんた達は! 一体何をしたんだ!? こんな世界を作り俺達を殺そうとする如月綾香に何をしたんだよ!?」


 今まで心の中に閉まっていた疑念。言うべきではないと判断して封印したその言葉を俺は迷うことなく吐き出した。

 言ってしまえば彼女達との関係は崩れてしまう。俺は被害者という立場に逃げ彼女達に責任をすべて擦り付け事実を追求し、「こうなったのはお前達のせいだ」と罵ることになるだろう。

 それだけは言いたくなかった。協力して現実世界へ帰る。それだけを目指すつもりだった。しかしその思いは立て続けに起きた仲間の死の前にあっけなく崩れ落ちた。


 俺の叫びにハピネスは碧眼と視線を交差させた。どこか悲しく憂いを帯びたように陰りのある瞳だった。


「……いいわ。すべてあなたに話すわね。アネシスに戻りましょう」


 ハピネスがゆっくりと語ったその瞬間だった。

 視界の中、何かが幽鬼のように浮かび上がる。それは全身から煙を立ち昇らせ肌を黒く焦がしたウォルガンフの姿だった。

 

「ウォルガンフ!? あなたまだ……」


 驚愕に満ちた声音を響かせるハピネスのすぐ脇を狼が駆け抜ける。牙を剥き炭化した肌をぼろぼろと飛び散らせながらウォルガンフが大きな口を開け俺へと迫った。その生気のない瞳に明確な殺意を感じた。

 

 斬撃。

 突如、煌めいた斬爪が彼の体を切り裂く。咄嗟に割り込んだプリムと俺の目の前でウォルガンフは崩れ落ちた。

 視界には銃創により白い毛を赤く染める白虎の姿が映りこむ。ウォルガンフの血が付いた爪を下げ、月のアルカナ「ムーンヴァイスティガー」は空気に溶け込むように消滅した。


 血だまりの中、上半身を起こしたオラクルがゆっくりと地面に倒れ込む。咄嗟に俺とプリムは彼に駆け寄った。ハピネスが即座に羽ばたいてくる。


「最後でようやく少し格好がついたかな」


「しゃべるな。今。傷を治して……」


「無理だよ」


 POTを取り出そうとした俺の手を制するように、彼の力のない声が耳に響いた。


「ムーンヴァイスティガーは僕が消したわけじゃない。勝手に消えたんだ(・・・・・・・・)。もう耐久値がないんだよ。さっきのが死に際の最後の一撃ってやつさ」


「……オラクル。あなたウォルガンフの凶行を知っていたの?」とハピネスが言った。


「僕はある時ウォルガンフの狂気の計画を知った。だからウィルトと協力して彼を何とか止めようとした。だけど僕の目の前で彼は殺された。その時、僕はウォルガンフがついに牙を剥いたことを悟った。だから……彼を殺そうとしていた。君達に被害が及ぶ前に」


「あんたがあの時、砲撃を防いでなければ……俺は死んでたかもしれない。助かったよ」


「男を助けるなんて性に合わないんだけどね。でも君を助けて、そして、如月乃愛に会えたんだから悪くはないかな」


 オラクルはゆっくりと血に濡れた手を伸ばした。その先にあるものはピンク色のスマートフォン。中にいるのは如月乃愛だ。


「こんなことで君を殺した僕を許してなんて言えない。だけどこれだけは言わせてほしい。……最後に君にあえて嬉しかった」


「……オラクルさん」


 乃愛の震える声音が聞こえる中、オラクルの瞳から光が消えていくのが見て取れる。そっとプリムが彼の頭を膝に置いた。


「最後くらい膝枕してあげるわ」


 彼はその瞬間、微笑んだように見えた。

 ゆっくり目を閉じたかと思うとオラクルの如月乃愛へと伸ばした手が力なく地面に落ちた。

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