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第32話「殺意に満ちた銀世界」

 ムーンヴァイスティガー。それはオラクルの所持するアルカナだ。

 脳裏に残存メンバーを集めてウィルトの話をしていた際に見せていた、鋭さを秘めた彼の表情が浮かび上がる。

 あの瞳が見つめる先は忍び寄る猛獣のごとく次の獲物が映っていたのだろうか。それとも死んでいったシャルルやウィルトの表情が浮かんでいたのだろうか。


 如月乃愛が調べたアルカナ起動履歴により、ウィルトが死んだと思われる現場にオラクルがいて、彼がアルカナを起動しているのは確定している。しかし彼がウィルトを殺したと考えるのは早計だ。


 アルカナを起動するには二つ理由がある。一つは相手を殺すため。二つは自分の身を守るためだ。街中で起きているということは相手はモンスターではない。仮にネームドモンスターなどが街中に出現した場合、警戒態勢のシーリスの網に引っ掛かることだろう。


 問題はオラクルがどちらを理由にアルカナを起動したかだ。

 もし前者なら? 彼がウィルトを殺すことでそこに利点があるのか? プリムの話を思い起こしてみると、ウィルトだけではなく俺達全員を殺すことが目的なのだと仮定したら、何故ウィルトから殺したのか? 

 難易度で考えたら、用心深いウィルトよりはハピネスやウォルガンフのほうがやりやすいだろう。彼から殺すその理由がまったく思いつかない。


 後者なら? その場合はオラクルは自分の身を守るためにアルカナを起動している。となるとそうさせたのはウィルト本人かもしくは第三者となる。

 ウィルトがオラクルを狙うなど現状は考えられない。少なくとも俺の記憶にあるウィルトは、協力して現実世界へ帰ろうとしていた。プレイヤーキラーへ変貌するなど到底ありえない。


 そうなると実体のない幽霊のように浮かび上がり消えていくのは「第三者」の存在だ。そいつは夜に忍び寄るいやらしいナイトストーカーのように、音もなく侵入し俺達メンバーを蝕んでいる。


 思考を巡らし顎の下で手を組み沈黙する俺の顔をプリムが覗きこんだ。


「もしかしてキミ。今からオラクルのところに殴り込みにいくわけじゃないよね?」


「俺はそこまで馬鹿じゃねぇ。それにアルカナの起動履歴があるとはいえあいつがウィルトさんを殺したとは断定できない。ただ……一つ気になることがある」


「それはなに?」


「お前が昨日言っていた『仲間を殺すのは現実世界へ帰りたい為』という話。あれが真実ならそんなことをしてでも帰りたいほど現実世界に未練がある人間ってことだろ? シャルルとは真逆のな」


「そうなるね」


「俺やお前を除くメンバーの中で現実世界に……もっとも帰りたい人間(・・・・・・・・・・)って誰だろうな」


 腕を組み俺はソファーに体を委ねると中空を見つめた。

 何かが引っかかる。真実を映す鏡が心の奥底に沈んでいて手を伸ばしてもそれに届かない。俺の記憶の中に答えがあるのに俺自身がそれを引きずりだせない。そんな濃密な霧に包まれたかのような不明瞭な思考が脳裏をよぎる。

 しかしただ一つだけ確信に近い思いがあった。


 オラクルがウィルトを殺したとは思えない。


 過去の罪を告白した彼の、あの殴られそうになった瞬間に見せた罪の意識を感じさせる真剣な眼差しが記憶に蘇る。

 そんな彼が人を殺すだろうか。


 闇が深まる深夜。

 念のためシーリスによる警戒を強め、その日は何も行動を起こさず眠りについた。




 翌朝。

 その日は不吉な予兆を感じさせるような暗雲とした空が広がっていた。

 いつものように俺より早く起きて椅子に腰かけ、桜色の髪をといているプリムの背中を寝ぼけ眼で見つめる。彼女との共同生活が始まって十日以上経っている。もう見慣れた光景となっていた。


 起きた俺に気が付き、純白の小さな翼をパタパタ動かしながら天使の笑顔を見せるのも普段通りだ。この殺伐とした世界で唯一、もっとも心が安らぎ温まる瞬間。俺にとってそれはかけがえのないものなのかもしれない。


 しかしその日の朝。彼女の行動以外に違う点があった。それは「パーティメンバーが誰もいない」ことだ。普段から朝食は各自取るようにしていたが、宿で誰かしら必ず顔を合わせる。それがこの日。誰ともすれ違わない。パーティチャットも無言だ。

 まるでそれは俺とプリムだけがこの世界に取り残されたような感覚だった。


 外の景色に目を移すとエルドラードでははじめてみる濃密な霧が視界を覆い尽くしていた。「外へ出てみよう」という俺の言葉にプリムが無言で頷いて見せた。


 ねっとりとした水気を含んだ粒子を肌に感じながら、俺はスマートフォンに視線を移しパーティチャットに「おはよう」とだけ簡潔に打ち込んでみる。しかし返答は何もない。

 百歩譲っても「誰ともすれ違わない」のはあり得る。しかしチャットにすら無反応なのは明らかにおかしい。並行して歩くプリムに視線を移すと彼女も怪訝な表情でスマートフォンを見つめている。


「ねぇ。おかしいと思わない?」


「俺もそう思う。シーリスさえ反応しないなんてことはありえない」


「私ね。この状況。どこかで覚えがあるんだけど。……ほら。あのキマイラから逃げた時。似たような状況にならなかった?」


 ノアの調査書を手に入れるためにリブレリーアへ赴いたあの日のことを脳裏に蘇らせる。俺達はそこでキマイラに襲われた。その際、まるで周囲から孤立したような疎外感とそして、シーリスが完全に沈黙したことを思い出した。

 今、俺達が置かれている状況はそれに似ている。ならばこの異変は明らかに人為的なものなのではないか。そういう考えが頭の中をよぎった。


 プリムはシーリスではなく自分のスマートフォンの中にいる如月乃愛に声をかけている。しかし反応はないようだ。意思を持つデータとしてプロセルピナの世界にさえ干渉できる彼女をもってしても、この状況では身動きが取れないのだろうか。


「プリム。いやな予感がする。とりあえずアルカナを起動して……」


 俺の言葉はそこで止まった。

 宿である「アネシス」から少し歩いた先にある広場。その中央に誰かが立っているのが視界に映ったからだ。大柄な体格に尖った耳。剛毛に覆われた体。大きく裂けた口。その人物は「狼男」の特徴を有していた。


「ウォルフ……さん?」


 それらの特徴を持つ人物はウォルガンフしかいない。濃密な霧に覆われ、辛うじて彼だと判断できる視界の中で、ウォルガンフの声が響く。


「よぉレヴィ。この霧にもまいったなぁ。何も見えやしねぇ」


「ウォルフさん。他のメンバーは?」


「いねぇよ。ここには俺達しかいない(・・・・・・・)

 

 ウォルガンフの言葉が不気味な余韻を残す。

 刹那。何かが霧で閉じられた空間を切り裂いた。

 咄嗟に見上げた俺の視界に何かが映りこむ。それは一人の人間と四足歩行の獣を思わせる巨大な影だった。霧の中、浮かび上がる白い巨躯は凄まじい速度で俺達へと迫る。

 その瞬間、耳障りなノイズと共にプリムのスマートフォンから女の声が響いた。


「れ……ィ……プ……ん……! ジャミングされています!」


 乃愛の声を切り裂くように斬爪が煌めいた。

 三本に連なる鋭利な斬撃。それと共に視界に映るのは殺気とも見て取れる鋭さを秘めたオラクルの瞳だった。

 空気を切り裂く音と共に何かが地面に転がる。霧の中に浮かび上がるそれは、金属と思われる鈍い光を放つ塊だった。

 目の前に着地するオラクルに、突然の出来事で半ば茫然とした俺の視線が注がれる。彼は目線を重ねると声を張り上げた。


「君らしくない! 何をぼさっとしている! 第二射がくるぞ!」


「オラクルさん! 左四十五度から砲撃確認!」


 乃愛の声に呼応するかのようにムーンヴァイスティガーの四肢が躍動する。

 鋭く煌めく斬爪が凄まじい速度で滑空する砲弾を切り裂いた。金属の破片が周囲に飛び散る中、まるで獲物を仕留めようとする猛獣のごとく霧の中を疾走する。

 その牙が向く先には……ウォルガンフの姿があった。彼はその状況で笑っているように見えた。


「……救えねぇな。お前も」


 一瞬だった。

 音を置き去りにする速度で何かが俺の横を駆け抜けていく。ウォルガンフのいる方角から放たれたそれは、ムーンヴァイスティガーの胴体を貫通し、白虎は大地に崩れ去った。

 左耳が聞こえない。通り過ぎた際に聴覚が失われていたようだった。耳鳴りのような音が脳裏に響く中、手で押さえようと左手を上げる。

 べっとりと何かがついていた。それは赤黒い血だった。白いスーツを鮮血で染めたオラクルがゆっくりと倒れていく。


「オラクル!」


「おっと動くなよ」


 冷酷な声が響いた。

 霧の中、ゆっくりと歩み寄るウォルガンフの姿に俺は驚愕し目を見開く。何故ならそこには彼のアルカナである「ライン・ヴァイスリッター」の姿はなく、目に映ったのは右手に銀色の巨大な銃砲を同化させたウォルガンフだったからだ。

 銀色に光り輝く銃口が俺を見据えている。


「まさかこいつに邪魔されるとは思わなかったけどよ。まぁ問題ねぇ。死ぬ時期が早まっただけだな。……おぃ。天使様よぉ。コイツの速度はさっき見ての通りだ。愚者を出す前にレヴィは死ぬぜ?」


「それ。ライン・ヴァイスリッターを改造したの? さっきの砲撃は元からいたアルカナで、それは以前引いた同じカードを改造したってところ……かしら?」


 俺より少し前に出ていたプリムが、まるで針で刺すかのように鋭い声音でウォルガンフに言葉を放つ。背中の天使の翼が、彼女の怒りを体現するかのように大きくざわめいた。


「勘が良いな。そういう女は嫌いじゃねぇがあんたは別だ。レヴィにとってあんたは最高の守護天使だ。だが俺にとっちゃ最悪のクソ天使だよ。常にレヴィに付き添い、常にそいつを守ってる。ノアトークンと一緒にな。狙いたくても狙えねぇ。そりゃシャルルも痺れを切らすさ。あいつは詰めが甘いがなぁ」


「シャルルって……まさか強制決闘モードを仕込んだのはあなた?」


「そうさ。あいつとよく話してた俺はあいつが芝居うってたのも知ってたさ。トークンに殺意を抱き、そしてプリム。あんたに嫉妬してたのもな。だから教えてやった。しかしまさかレイドボス戦に実行するとは思わなかったけどなぁ」


 彼の話を耳にしながら俺は思考を巡らせていた。


 ……何故、すぐ撃たない?


 殺すつもりならすぐ撃てばいいはずだ。それなのに撃たないのは何か理由があるからに他ならない。

 考えられるのは……装填に時間がかかることか。ライン・ヴァイスリッターに援護射撃させ、あわよくばそれで仕留めようとしていたのならいい証拠だ。

 つまりこのおしゃべりの時間は装填までの時間稼ぎ。この間にプリムに愚者のアルカナを起動させれば事態は一変する。しかしその考えはただの予測に過ぎない。この時間が彼の余裕からきているものならば、下手に動けばその瞬間に銃撃っていうのもあり得る話なんだ。


 一瞬、プリムの横顔へ視線を移す。彼女がこうして話をしているのも、おそらくこの時間内に打開策を俺に考えさせようとしているのだろう。


「ウィルトを殺したのもあなた?」


「あぁそうだ。あいつは俺のことを嗅ぎまわっていた。そしてあいつは……俺のリアルにたどり着いた。同時に俺もあいつのリアルの姿を知ったよ。しかもハピネス同様にお前らとつるんでいる。殺したくなったよ。真っ先にな。間接的にとはいえこの事態を作り上げたウィルトがお前と協力して現実世界に帰りたいだと? どの面下げてそんなことをほざく! 元はあいつが俺にプロセルピナのシナリオデータをよこしたのが原因だからな。はらわた引きずり出して首を絞めてやりたかったぜ」


「……ウォルガンフ! てめぇ!」


「動くなって言ってんだろ。レヴィ。オラクルやウィルトみたいに死にてぇのか?」


 ウォルガンフの口から流れる冷酷な言葉に臆することなく、俺の怒りに震える碧眼が彼を睨みつける。


「何でこんなことをした!? 仲間殺して何になるんだよ!? 協力すりゃ現実世界に帰れるんじゃねぇのか!」


「全てのクエストクリア。お前。本気でそれで現実世界に帰れるとでも思ってんのかよ? 何の保証もないその条件で。それより確実な方法があるんだよ」


 彼の口から語られたその言葉に俺は驚き目を見開いたその瞬間、ウォルガンフのすぐ脇に漂うスマートフォンから声が聞こえた。

 聞き覚えのある女の声音だった。


「ウォルガンフ。いつまでおしゃべりしているの? さっさと殺しなさいな。その二人さえ殺せばあとは鳥だけ。あなたは現実世界に帰れるのよ?」


「まぁまてや。こいつにはちょっと世話になったしな。最後くらい語らせてやるよ」


 凛として澄んでいながら不気味な余韻を残す声。それは乃愛にあった森で出会った……あの女の声音に似ていた。

 その時、プリムのスマートフォンから驚愕に満ちたように慌てた声音で乃愛の声が響き渡る。


「そのスマートフォン……。中にいるのは誰ですか(・・・・・)!?」


「おっと。娘がそこにいる(・・・・・)のか。こいつは誤算だ。おしゃべりはここまでだな。……レヴィ。前にも言ったな。何かを成し遂げたいとき別な何かを犠牲にするってな。お前達の命がその犠牲だ。それを糧に俺は……現実世界へ帰る」


 ウォルガンフの殺気に満ちたような鋭い瞳が俺を貫いた。


「お前との旅は楽しかったぜ。あばよ。レヴィ」


 銃撃。発砲音と共に彼の右腕と同化した銃口から発射された弾丸がらせん状の風を纏って空間を切り裂く。

 その瞬間、俺の目の前に純白の翼が羽ばたいた。


 刹那の時間が通り過ぎる中、守るように立ちはだかったプリムの眼前には、愚者の姿はなかった。

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