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第31話「金色の獅子は死を掴む」

 ウィルトが死んだ。


 彼はこの世界の謎を紐解く鍵だった。メンバーの中で唯一、運営会社であるPlayback(プレイバック)の関係者であり「プロセルピナ」の開発メンバーでもあった。彼との会話で不確かではあるものの徐々に世界の全貌は明らかになってきていた。


 しかし全ては闇に消える。彼は生きているうちにプロセルピナの世界を暴くこともできず、如月綾香に一矢報いることもなくその生涯を閉じた。すべてはプリムの言葉通りとなった。

 ハピネスから通知がきた時、咄嗟にみたパーティ画面には彼の名はなかった。



 エルドラードの宿「アネシス」の一室に俺とプリム。ハピネス、オラクルにウォルガンフが椅子に座っていた。俺はそこでハピネスから彼の死について詳細を聞いた。


 最初に気が付いたのはハピネス本人だった。ウィルトの姿が見えず彼女が探していたところ、唐突に不吉な考えが過りスマートフォンのパーティ画面を確認したらしい。その際、彼の表示が「DEATH」になっていたのに気が付いた。


 ウィルトの死体は聞いた話の限りでは誰も見ていないようだ。問題となるのは彼の死亡原因と死亡場所だ。

 ハピネスは街中を探していたが見つからず俺がWhisperの通知に気がついた時には、彼の名前はパーティメンバーから消えていた。つまりアレフやシャルルの時と同様に死体が完全に消滅したということだ。


 彼はどこにいたのか? 

 仮に街の外でモンスターに襲われたとしてもパーティチャットで救援を頼むことなど造作もないことだ。それにそもそも一人でモンスターが溢れる街の外を移動するという愚行をするわけがない。死亡場所においては死体が消滅している以上、把握するのは困難だ。


 しかし死亡原因に関してはある一つの可能性があることを俺はメンバーに告げた。彼が俺に残した言葉……「PKに気を付けろ」だ。


 シャルルが俺に「強制決闘モード」を仕掛けてきた以上、他のプレイヤーも同じ被害に遭う可能性は十分にある。殺したプレイヤーが今、目の前にいるメンバーの中にいるのかそれとも第三者なのかは不明だ。

 仮に街中であったとしても「防音サウンドプルーフィング」などを駆使すれば察知されることもない。さらに死体が消滅している以上、どんな手段により殺されたのか判断のしようもない。


 結局この日、俺達は特に答えを出すこともできず解散した。しかし俺はちらっと視界に映った鋭い眼差しで中空を睨むオラクルの姿が忘れられなかった。

 彼の脳裏に去来するものはなんだったのだろうか。



 静寂に包まれた闇が周辺を包み込んでいた。

 俺はアネシスの一角にある自分の部屋で窓の外を眺めていた。見上げると空には宝石のように星々が咲き乱れ、澄んだ夜空は手を伸ばせば届くのではないかと錯覚するほど、光明を間近に感じさせた。


 月夜を眺めながら俺の心にウィルトの言葉が駆け巡っていた。PKに気を付けろ。その言葉の意味はなんだったのか。


 彼は強制PVPについて以前から知識があったと思われる。ただあくまでそれは可能性の問題だったのだろう。しかし俺には彼の言葉が曖昧なものではなく、確実に誰かがPKに変貌することを示唆していたのではないかと思えてならなかった。

 だからこそそれを知った彼は殺されたのではないか。


 俺はソファーに移動すると腰を下ろしてため息を吐き出す。

 ウィルトはモンスターに殺されたのではなく他プレイヤーによる犯行である可能性が高い。先の話で全員に警戒態勢を厳重にするようにと通達したものの、そんなことはすでに皆していることだろう。それでもウィルトは殺されたんだ。そんなものは気休めにしかならない。

 いくら考えても悪い方向に思考は舵を取る。パーティそのものを引き裂く悪意が俺達を嘲笑しているように思えた。


 その時、頭を抱える俺の目の前に白いティーカップがテーブルの上に置かれる。中には赤茶色の液体が揺らいでいた。

 隣に紅茶を運んできた「彼女」が腰かけた。かぐわしい匂いが鼻の奥をくすぐる中、俺は無言でティーカップの取っ手に指を絡め紅茶を喉に流し込んだ。


「お疲れのようね」


「きもい妖怪ババアから逃げた後はウィルトの死だ。一度に問題が起きすぎて正直、どうしていいかわからねぇよ」


「彼は何故死んだのかしら。殺されたにしても必ず理由があるはずよ」


「考えられるとしたら何か重要な情報を握っていたから……か。それで消された」


「でも彼の手にする情報は仲間である私達には利益になっても不利益にはならないはずよ。仲間を一人殺すってことはそれだけ現実世界への道が遠ざかるってことだもの」


「いやそれが……ありえるんだよ。帰りたくないって奴が……少なからずいた」


 脳裏に浮かぶのはシャルルの悪意に満ちた瞳。

 彼女は言っていた。現実世界なんてくそったれだと。もし同じように帰りたくない人間がいるとしたら。それなら俺は……いや俺とプリムは邪魔な存在なのかもしれない。


 俺は最初、この世界でメンバーが集まった時、現実世界に帰るというのが全員の総意だと思っていた。それは間違いだったのか。

 リーダーという巨大な歯車が音を立てて周囲を巻き込み、そして小さな歯車の声をかき消していただけなのかもしれない。


「私は考えたことがあるの。この世界にきた人間のとる行動ってなんだろうって。現実世界に戻ろうとする? それともこの世界で生きようとする? 仮に後者の人間がいるとして帰りたくないから殺すっていうのはありえないと思うわ。この世界がいいのならキミに協力しなければそれでいいのだもの。殺す理由になんてならない。ただシャルルの場合は特別なケースよ。彼女は歪んでいる。ねじれた愛情と嫉妬の果てに彼女の精神はとうに壊れていた。この世界に来る前からね」


「それなら現実世界に戻るために他のメンバーを殺したってことになるぜ?」


「そう。私が気になる点はまさにそこよ。ウィルトを殺したプレイヤーは今いるメンバーにしろ第三者にしろ現実世界に戻りたいという欲求があるにも関わらず他のメンバーを殺した。それは裏を返せばキミのやり方以外で現実世界へ帰ろうとしているのではないかしら?」


「クエストクリア以外の方法で現実世界へ帰る手段を手に入れているプレイヤーがいる。そしてその条件が……俺達を殺すことだとしたらと言いたいのか?」


「最悪のパターンを考えたらそうなるわ。仮にそうだとしたらシャルルに強制PVPの改造ツールをインストールさせたのもそのプレイヤーだとしたら? 与えるということはその技術を手に入れているということ。それならばウィルトを殺すことも可能なはずよ。どこで手に入れたのかは別問題だけどそれなら辻褄があうはずだわ」


「お前の話が正しければ……真っ先に狙われそうなのは俺だな」


「キミがもっとも危険な立場にいるのは間違いないわ。でも……大丈夫」


 隣にすわるプリムの体が俺にそっと近づく。密着した彼女の温かみが俺の全身を駆け巡り、肩に置かれた桜色の髪から花のようなかぐわしい香りが漂った。

 寄せ合う彼女は目を閉じ、艶のある唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「キミは私が守るから。私はそのために……ここにいるんだもの」


 プリムの温かみと優しい言葉は俺の心に安らぎを与えてくれる。何故彼女の言葉はここまで俺の心に響くのか。

 それはプリムが俺にとって紛れもなく天使だからだろう。俺に手を差し伸べ死という闇の泥沼から引き揚げてくれる存在なのだから。


 彼女の言葉を噛みしめているその時、目の前に銀色のスマートフォンとピンク色のスマートフォンがゆらゆらと漂ってくる。そして俺の前で停止した。


『お取込み中、申し訳ありませんガ。マスターが赤面していまス』


「な……何を言っているの!? シーリス!? どうして赤面とかわかるの!?」


『正直に申し上げたまででス。マスターの心拍数増加。恋愛経験の無さから現状を把握しましタ』


「データである私に心拍数とかありません!」


 目の前のスマートフォン同士で繰り広げられる会話に、俺は苦笑しながら語り掛ける。


「なんだ? 乃愛。どうかしたのか?」


「いえ。その……先程の件なんですが私がお役に立てるかもしれないと思いまして……」


「先程の件って……ウィルトの死について?」


「はい。私ならシーリスの管理画面からアルカナの起動履歴などを調べることも可能ですから」


 乃愛のその言葉に俺とプリムがほぼ同時に身を乗り出した。あまりに息の合ったその動きにたじろぐかのようにピンク色のスマートフォンが一瞬、後退する。


「それマジで?」


「はい。場所の特定と時間、起動アルカナの種類まで判明できます。シーリスは元々一つのプログラムで、他の方の持つシーリスとも情報を共有しています。わかりやすく言うとレヴィさんのスマートフォンにインストールされているのがシーリス本体で他の方のはサブプログラムなんです」


「やってくれ。プレイヤーキラーが誰なのかわかるかもしれない」


「わかりました。プリムさんすみません。お渡ししてあるケーブルで私とシーリスを接続してください」


 澄んだ美しい声音が響いた後、プリムが言われた通りにバッグからケーブルを取り出して、俺の銀色のスマートフォンとピンク色のスマートフォンをつなぎ合わせる。

 プリムのスマートフォンが沈黙に包まれた。おそらく中で乃愛が調査しているのだろう。


「ところで何でプリムのスマホを乃愛は選んだんだろう」


「可愛いから」


『レヴィ様のスマートフォンだとへし折られたり投げられたりするからでス』


「おい。シーリス。お前は何もわかっちゃいねぇ。投げたりしたのは俺じゃねぇ。プリムだ!」


「それはキミのスマホだからだよ。自分のだと投げたりなんかしないから」


『そうでス。レヴィ様のスマートフォンにいると初日にいきなり投げつけられたり、石をぶつけられたり踏まれたり武器にされたり、放り投げられてバルコニーの柵に激突したり散々でス』


「お前。案外、根に持つタイプなんだな……」


 そんな会話が繰り広げられる中、突如「わかりました!」という乃愛の可愛らしい声が響く。俺とプリムがその言葉に食い入るようにピンク色のスマートフォンを見つめる。


「時刻は十四時。ちょうど私と会っている時間帯です。場所はエルドラード北西の住宅地帯。ここでウィルトさんのシーリスの通信が途絶えその時、戦闘中でないにも関わらずアルカナが起動しています」


「そのアルカナは……?」


 息を呑む俺の視線を受けながら、乃愛はゆっくりと言葉を紡ぐ。


(ザ・ムーン)のアルカナ。ムーンヴァイスティガーです」


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