第28話「第2回 夜の奇妙なお茶会」
和風の佇まいを持つ康寧亭に夜が訪れる。
辺りが静寂に包まれる中、宿の一角に設置された俺の部屋に三人と一匹がいた。
獅子のようなたてがみを揺らす獣人のアバターを持つウィルトと、純白の羽を持つ美しい天使プリムが椅子に腰かけている。
彼女の隣に黒翼と黒いコートを着た俺が座っていた。中央に備え付けられたテーブルの上には赤カナリアのアバターを持つハピネスが翼を休めている。木製のテーブルの上には白いティーカップに紅茶が揺れていた。
この奇妙なお茶会。実は二回目だった。事の発端は夕食の下準備中にウィルトが「話がある」と切り出したのがはじまりだ。前回俺とプリム、ウィルトだけだったが、今回は彼に協力しているハピネスも参加している。
おもむろに紅茶を口にするプリムを見て、無言だったウィルトが重い口を開いた。
「聞きたいことがある。あんた達はこの世界にくる直前、何をしていた? プロセルピナの事前登録ガチャを引いていたのは全員同じだろうからそれ以外。……そうだな。寝てたかどうか起きてたかどうかその辺を知りたいんだ」
どんな意図があるかわからない奇妙な質問に最初に答えたのは俺だった。
「ベッドで横になってた。スマホ片手にな」
「私はあまり覚えてないわ」とプリム。
「ベッドに寝てたわ」とハピネス。
「オレはソファーで横になってた。プリム以外はそのまま眠ってもおかしくない状態だったわけだな」
ウィルトの言葉に俺は首を傾げる。確かにここにいるプリム以外の三人が同じ体勢でガチャを回していたのは、朝の九時という時間を考えても偶然にしては一致しすぎている。しかしそれが意味することを俺は理解できなかった。
「そろそろ質問の意図を教えてくれねぇか? ウィルトさん?」
「単刀直入に言おう。オレ達の元の体は現実世界にあるんじゃないのか?」
「幽体離脱でもしてると言うの?」
「あくまで予想だがこの世界はプロセルピナというゲームの世界だ。オレ達は意識だけが抜け出てデータという借り物の体に入り込んでいるだけなんじゃないのか?」
この体が実はデータの一部。リアルの体に感じるのは自分という意識がそう思わせているだけ。ウィルトはそう言いたいのだろう。
「それならこの世界がゲームの世界だと聞かされても納得がいく。この世界もオレ達も全てプロセルピナのデータの一部に過ぎないってことだからな」
「興味深い話だけどどうやってその理論にたどり着いたの?」
「如月乃愛だ。彼女は生前の意思を持っている。しかしブラッディノアの中に入ったりしていたことから、この世界は人としての意思がデータとして存在するか、もしくはデータという器に人の意思が入り込んでいるのかもしれないと考えたのさ」
「確かにそれなら説明はつくわ。だけどウィルト。それを私達が知って何か進展があるの?」とハピネスが言った。
「着目するべきはオレ達の体の構造についてじゃない。もしオレの仮説が正しいのなら……リアルの体は今も眠っている。つまり、この世界での死がリアルの死とは限らないということにならないか?」
初日に出血で死んだアレフ。レイドボス戦で落雷により即死したシャルル。彼らの死体は時間が経つと消滅した。
俺はそれ自体おかしいとは思いつつ目を背けていた。何故ならこの世界の存在そのものが不可解だからだ。ありえない世界で起こるありえない事象は、「そういう世界だから」で片づけられてしまう。言わば感覚の麻痺だ。
もしウィルトの仮説が正しいのなら二人の死は「この世界における死」だ。それは現実世界での「死」と同じとは限らないということになる。
楽観的に考えれば死体が消滅した時点で、現実世界で普通に目覚めている可能性すらあるということだ。
「ただ如月綾香がこの世界を作ったということを踏まえると、この世界で死んだら意識が現実世界に戻って元通り……とはいかないだろう。それだとこのプロセルピナはただの体験型テーマパークだ。悪意にまみれたタチの悪い運営のな」
「そうね。それに確かめる術もないわ。死んだらどうなるかなんて死ななければわからないんだから。ただ……」
プリムはそこまで口にした後、何かを思案するかのように顎先に手を当ていったん唇を閉ざす。
「デッドラインはどこなのかしら? この世界の死が現実世界の死と同じかどうかは置いといて、この世界における死とはどこから差すのかな? パーティ表示がDEATHになった瞬間に? それとも体が消滅した時に?」
「あんた。それは重要なことなのか?」
「私にとっては最重要なのよ」
「ねぇ。プリムさん。私の予想だとおそらく消滅した時だと思うわ。この世界にはないけどゲームには蘇生魔法とかあるでしょ? それをこの世界に当てはめたらDEATHになった時が蘇生タイミングだもの」
「なるほど。それじゃ体がなくならないうちは、まだ助かる見込みがあるということね」
「プリムの話もオレの話も結局は死んでみないとわからない話だ。ただオレの仮説を考えればこの世界に対する恐怖や不安も少し解消されるかと思ってな。それにもし本体がデータならあの如月乃愛のようにチートにより強化できる可能性すらある。方法は不明だがもしできるのならこの先、有利に働くはずだ」
ウィルトの言う通りデータなら改造ツールによりステータスの改変ができるかもしれない。ただでさえ強大なブラッディノアをさらに強力にすることすらできる。それどころか俺達自身さえ強化できるかもしれない。
しかしプリムだけはどこか違うところを見ているような気がした。
「ただ不利に働くところもある。本題はこっちだ。レヴィから言われていた強制決闘モードだがあれは本来、製品版でPVP用に決闘を申し込めるシステムだったがそれを悪用したものだ。相手の拒否権も関係なく強制的にPVPできるんだからな。本来の仕様ではけっしてない」
その言葉を耳にして俺は考え込んだ。
強制決闘モードがチートの類により強制的にPVPさせられるものだということは、あの時計塔の一件で薄々わかっていた。問題なのはそこではなく、オンラインゲームに詳しくないシャルルがどうやってそれを手に入れたのか……だ。
俺は顔をあげるとウィルトの金色の瞳を見つめた。
「……シャルルに襲われた時、薄々そんな気はしてた。だけど問題はそこじゃねぇ。どうやってシャルルがその機能を手に入れたのか……だ。誰かがシャルルのスマホを改造したんじゃないのか?」
「つまり改造ツールを彼女のスマホにインストールさせたってことかな?」とプリムが顔を覗き込みながら言った。
「そういうこった。そんなことができるのは……如月乃愛か如月綾香の二人だけだ。如月乃愛は間違いなく違う。母親を倒すといった彼女がそんなことするわけがない。そうなると……」
「……如月綾香……か。しかしどうやってだ? あの悪意の権化がシャルルに接触したと仮定して彼女が話を聞くと思うか? あんな化け物に遭遇したら逃げるのが関の山だ」
「そうね。如月綾香が直接、接触したとは思えないわ。だけど誰かを通してならあり得るんじゃない?」
ハピネスの言葉に不安が頭をもたげる。
彼女の言う「誰か」。それはパーティメンバーかもしくは確認されていない「第三者」か。
パーティメンバーだとしたら? 多かれ少なかれ如月綾香に恨まれているメンバーが勢ぞろいのパーティで、誰が彼女と接触しようと思うのか。または如月綾香と協力する……つまり「裏切る」ことをよしとするメンバーがいるのか? いるとしたらその理由は?
第三者の可能性は? この世界にきてからスタビリスの街は一通り探索した。他にプレイヤーはいなかった。しかしそれも完全とは言えない。こちらの人数が少ない以上、漏れることはありえる話だ。
しかし第三者が存在するとして、如月綾香に協力する理由は? そもそもプレイヤーではないのかもしれない。もし如月綾香同様、俺達に悪意をもった存在なのだとしたらそれは敵が増えることを意味する。
どっちに転んでもけっして俺達に有利に働く話ではない。
「第三者にしろ如月綾香本人にしろどのみちいい話ではない。ただ一つだけ言える。シャルルがPKに走ったということは悪意がオレ達にも浸食をはじめている。こんなことはあまり言いたくはないが……お互いが信頼しつつもそれ以上に『監視』すべきだ。相手を守るためだけでなく自分を守るためにな」
「その点、レヴィ君は恵まれているわね。守護天使がいるんだから」
テーブルの上にいるハピネスがつぶらな瞳で俺を見つめながら言葉を紡ぐ。ふと隣に座るプリムへ視線を移すと温かく柔らかな微笑みが見えた。彼女の表情に俺は口元をほころばせる。
俺達二人の様子を黙ってみつめていたウィルトが、呆れたと言わんばかりに「ふっ」と鼻で笑うと立ち上がった。
「夜も更けてきたし今日はここまでにしよう。何かあったら連絡する」
扉に向け歩き始めた彼にプリムが何かを見つめるように凝視し、ウィルトの背中に言葉を投げかけた。
「ウィルトさん。気を付けて。あなた……死相が出てるわ」
それは俺には見えない彼女のみ感知できる悪意の濃密さなのかもしれない。ウィルトを包み込む如月綾香の呪いとも言えるどす黒い闇。それが濃度を増しているのをプリムには見えているのだろう。
彼はいったん立ち止まると不安と恐怖が混在している背中を見せたまま言葉を紡ぐ。
「死相か。そんなもの最初から常につきまとってる。お前達とこんなお茶会を開くのだって次があるかどうかはわからんしな」
扉が音を立てて開く。
ウィルトの姿は暗闇に呑まれるように消えていった。
PVP~プレイヤーvsプレイヤーのこと。対人戦。




