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第27話「混浴デート」

 翌朝。気が付いたらソファーに寝そべっていた。

 昨日の激戦をねぎらうように温かい朝日が窓から差し込んでいる。俺は寝ぼけ眼で周囲を見渡した。


 隣にいたはずのプリムの姿はそこにはない。ただ誰かがシャワーを浴びているのだろうか。水の流れる音が部屋に備え付けられている浴室から聞こえていた。次第に脳が覚醒していくと同時に体中に血液が行きわたるように力がみなぎってくる。


 起き上がる時に体に毛布がかぶせてあることに気が付いた。おそらくプリムがかけてくれたものだろう。

 頭の中は依然、モヤがかかったように淀んでいる。まだ昨日の出来事を引きずっているようだった。


 乃愛を殺したシャルルは死んだ。それを自業自得とは思わない。もし罪の自覚があるのなら償うべきだ。だけど代償が本人の死であるはずがない。


 昨日の出来事を脳裏で反芻(はんすう)しながら、半ば茫然とソファーに座っている俺の碧眼が彼女を捉えた。それはピンク色のタンクトップに青いデニムショートパンツを履いたプリムの姿だ。

 素足に履いているスリッパのペタペタと床を歩く音が耳に響く。


 プリムは俺を見つめると、まるで昨日の悲哀が幻であったかのように爽やかな笑顔を見せた。「おはよう」と短く唇が言葉を紡ぐと俺に近づいた。花のような香しい匂いが鼻の奥をくすぐる。


「ねぇ。レヴィ。キミ、私のわがままを聞いてくれるって話じゃなかったっけ?」


「直接は言ってないけどな。お前が勝手に言ってただけだ。でもまぁそのつもりだった」


「じゃぁ今日一日、私に付き合ってもらおうかな」


 何の脈絡もなく話を切り出した彼女に俺は曖昧な返事をする。その瞬間、怒ったかのように眉根を寄せ、プリムは小さな拳を俺の頭上に降り下ろした。


「女の子とデートしようって時にそんな暗い表情する男がどこにいるのよ! ほら。シャワー浴びる。目を覚ます!」


 僅かな痛みを感じる頭を撫でながら俺はおもむろに立ち上がる。見ると彼女は仁王立ちで俺を見据えていた。

 正直、気分は乗らない。あんなことがあった後にデートとか行く気になんかなるはずがなかった。しかし彼女の様子を見るに駄々をこねても仕方ない。時には成り行きに任せる。それも必要だろうと思えた。


 それに考えれば考えるほど自分の気持ちが暗く淀んでいくのがわかっていた。それならば一日でも戦闘から離れてすっきり切り替えたほうがいい。気分転換ってやつだ。

 俺はわずかに顔をほころばすと彼女は笑顔を見せた。



 体を休めるためにベッドで横になっているウォルガンフとウィルトをハピネスに任せ、俺とプリムは康寧亭(こうねいてい)を出た。


 外まで見送ったハピネスは、「気分転換してきなさい。私達も今日一日、羽を伸ばすわ」とウィンクしてみせた。オラクルに関してはそっとしておくのがベストだという意見だった。


 康寧亭を出たのはいいものの、全くのノープランだ。行く当ても何もない。しかしプリムにはすでに場所が決まっているようで俺の手を引き歩き始めた。

 地中から生えた亡者の手に足を掴まれているかのように俺の体は重い。それとは対照的に軽やかな足取りの彼女がたどり着いた先。それは一件の小さな店だった。


 三角屋根の煉瓦作りの建物で周囲を花壇で囲まれている。その佇まいは可愛らしさすら覚える外観だ。屋根からは看板がぶら下がっていて、そこに「熊のぬいぐるみ」のマークが刻まれている。

 プリムは意気揚々と扉を開けた。上部に備え付けられている鈴が客の来店をつげる。


「ここはね。スタビリスで唯一、雑貨やぬいぐるみを置いているファンシーショップなの。つい最近開店したみたい」


 彼女に促され俺は無言で店内へと入った。

 明るい室内は所狭しと大小さまざまなぬいぐるみが陳列され、女性用のアクセサリーなどが置いてある。ちらっと見てみたが戦闘に使うような魔法道具の類ではなさそうだった。単純にアバターを着飾るだけのものだ。

 プリムはアクセサリーには目もくれずぬいぐるみが陳列されているスペースへと足を進める。


「乃愛ちゃんにプレゼントでも買おうかなっと思って」


「乃愛に?」


「もう一人の私がつげるにはそろそろ彼女から何らかの動きがありそうだから。それに最近になってこの店が開店したっていうことは、乃愛ちゃんがここで何か買ってってねだってるように思えてね」


「……確かに。如月綾香じゃぁこんな店をわざわざ建てたりはしねぇだろうな」


 ぬいぐるみを物色する彼女を置いて俺は何気なく陳列棚へ視線を移した。見ると見覚えのある鳥のぬいぐるみが置いてある。白い嘴に赤い羽毛。そして翼の裏側が白。紛れもない赤カナリアのぬいぐるみだ。

 値札には「ハピネスさんぬいぐるみ」と書かれている。肖像権ってどうなっているんだろうと心の中で思いながら、本人へのお土産に一つ購入することを決めた。


 特に意味もなく可愛らしい鳥のぬいぐるみをいじっていると、どこか心が和んでくるような気がする。すると「キミ。鳥好きなの? 私と同じだね」というプリムの声が耳に響く。


「別にそういうわけじゃねぇけど。なんとなくだ。どうせお前はムクドリか何かを……」


 そう口にしながら彼女の方へ視線を移す。

 俺の目に飛び込んできたのは黒い羽毛にオレンジ色の嘴。目元に白い毛が混じった鳥のぬいぐるみを口元を隠すように両手で持ち、羽の部分をパタパタさせて見つめるプリムの姿だ。


「知ってた! ムクドリ選んでることくらい知ってた!」


「可愛いよね。私は自分用にこれを買って。乃愛ちゃんには……これにしようっと」


 彼女が手にしたのはツバメのぬいぐるみだ。艶のある群青色の毛につぶらな瞳。腹部分は白く嘴の周りはオレンジ色をしている。

 可愛らしくも凛とした容姿は如月乃愛や燕 凛愛を連想させた。


「彼女ね。鳥に憧れたんだって。病院の窓を横切るツバメに想いを寄せた。自分もツバメのように自由に飛び回りたかったんじゃないかな」


 プリムの言葉を耳にして、俺は如月乃愛へ想いをはせた。

 不自由になった足を抱え、車椅子の生活を強いられた彼女は、外を飛び回るツバメを見て何を想っていたのだろうか。自分の運命を呪ったりはしなかったのだろうか。近いうちに冷たくなる体を思い、悲観に暮れることはなかったのだろうか。

 それとも彼女は次に生まれる人生は、ツバメのように自由に羽ばたくことを願っていたのだろうか。俺は後者だと思えた。何故なら彼女は死ぬことを受け入れた上で懸命に生きようとしていたはずだ。

 俺が乃愛のことを考えているのを察したのだろうか。プリムは俺の顔を覗き込むと少し寂しそうな表情をした。


「ごめん。ちょっと湿っぽくなっちゃったね。買い物したら次、公園でご飯食べてその後温泉ね」


 温泉という言葉に目を丸くする俺に彼女は微笑んでみせた。



 体全体を芯まで温めるような感覚が俺の気持を落ち着かせていく。

 目の前は湯気が立ち昇り霞のように揺らいでいた。スタビリスにのみ備え付けられている温泉。一面ガラス張りで人目につかないように、木製の壁で覆われた和風の佇まいが目の前に広がる。

 木目が美しい大きな浴槽に満たされた半透明な温かみ溢れる泉に俺は肩まで浸かっていた。体中から疲れが湯へ流れ出ているような安堵感が体全体を包み込む。


 ちなみに悪魔の翼はそのままだ。アバターの一部である黒翼は衣服を「素通り」する。だから着替えの際もわざわざ翼を衣服に通す必要はなかった。これは同じ翼を持つプリムも同様だ。


 しばらく体を沈めていると湯気の向こうから誰かが歩いてくる。見ると白いバスタオルを体に巻いたプリムの姿だ。

 この温泉。「混浴」だった。どうやら彼女はそれを承知の上でここを選んだらしい。何故なら俺用に男性水着も用意していたのだから完全に確信犯だ。


 バスタオルを体から離すと白い水着姿の彼女が現れる。ただでさえスタイルの良い肢体が水着姿だと余計に強調される。男である以上、その姿に高揚感が生まれないわけがない。

 思わず見惚れてしまう彼女の容姿に俺は視線を逸らした。


 横で白くきめ細やかな肌を持つ美しい脚が見え、つま先が温度を確かめるかのようにちょんと水面に触れると、そのまま全身を温泉の中へと招き入れる。

 桜色のセミロングの髪をかき上げて後ろに束ねた彼女は、疲れを癒すかのように目を閉じていた。


「なぁ。なんで温泉なんだ?」


「一度、入ってみたいなぁって思って。それに私もキミも他のメンバーも休息が必要だと思ったから」


「言い方を間違えた。なんで混浴なんだ?」


「それはキミとゆっくり話をしたいなと思ったから。……ねぇ。彼女さんの話をしてよ」


「なんでお前は俺の彼女の話を聞きたがるわけ?」


「いいじゃない。前も言ったけど惚気話は嫌いだけど恋話は好きよ。それに私のわがままは今日一日、聞いてくれるんじゃなかったの?」


 ささいな抵抗も虚しく散る彼女の言葉にため息をつくと俺は視線を逸らした。


「……最初にお前に会った時、踏ん切りがつかないって話したよな」


「うん」


「でもあれから思ったんだ。この世界にきて最初に思い描いたのはあいつの顔だった。母親でも友達でもなくあいつの笑顔だ。凛愛に会いたいって思った。普段は常に触れる位置にいた彼女がいなくなったその時、俺にとって必要な存在なんだって理解した。馬鹿だよな。失ってはじめて大切さに気が付くんだ」


「……」


「その時、やっとわかったんだ。俺はやっぱりあいつの事が好きなんだなぁってな」


 素直に心から出た言葉の余韻が立ち昇る湯気と共に空気中へ溶けて消える。おもむろに俺は途中から無言になった彼女へ視線を移した。

 見るとプリムはいつの間にか寄り添う位置まで湯の中を漂ってきていた。それも満面の笑みを浮かべて。


「……結婚しちゃえ」


「お前な。俺まだ高校生だぞ!?」


「将来の展望には当然あるんでしょ?」


「そ……そりゃまぁ……そうだな」


 口ごもる俺の肩に彼女の細い肩が優しく触れる。その表情はまるで自分の事のように喜んでいる笑顔だった。


「なんでお前がそんなににこやかなんだよ。……それよりたまにはお前の話もしろよ。俺ばっかりじゃ割りに合わないだろ? お前。彼氏いんの?」


「いるよ」


 さも当然のようなあっけらかんとした声音だ。


「でもね。私は好きだって気持ちははっきりしてるんだけど、彼からはそれがうまく伝わらなくて」


「……なんか誰かさんみてぇだな」


「たぶん私のことを好きなんだろうとは思うんだけど。やっぱりね。女の子は言葉で知りたいのよ。お前のことが好きだって。愛してるってはっきり言って欲しいの」


「そいつは難しいな。男って生き物は行動で示そうとする。要は察しろってやつさ。恥ずかしいんだよ。言葉にするのが。本当は言って欲しいのを感じてはいるんだけどなかなか言葉にはできない」


「でもいずれは言わないと駄目でしょう?」


「いずれは……な。俺も今はまだ無理だけど……あいつにもはっきり言わないと駄目だと思ってる」


「うん。言ったほうがいいよ。待ってるだろうからさ」


 彼女の桜色の髪が俺の肩にこつんと当たる。頭を肩に委ね体を寄せ合うプリムの温かみが体全体を駆け巡った。しばらくそのまま静寂の時間が流れた後、俺はおもむろに彼女へ語り掛けた。


「それよりお前。彼氏いるなら他の男のベッドに潜り込んだり、一緒に温泉入るとかどうなの?」


そんなことしないよ(・・・・・・・・・)


 違和感を感じる言葉を紡いだ直後、彼女は体を離し立ち上がった。

 そして俺に微笑み「のぼせちゃうよ。そろそろ戻ろう?」と言うと温泉から出てバスタオルを手に歩き始める。

 俺はその背中をじっと眺めていた。



 康寧亭(こうねいてい)に戻り、夕食の支度をしているとハピネスと共にウィルトがキッチンに顔を出した。

 色違いのお揃いのエプロン姿を見せる俺とプリムを見て、彼は「仲がいいな」と微笑む。そして金色のたてがみを揺らし俺へゆっくりと近づいた。そして真剣みを帯びた眼差しを向ける。


「今夜。時間取れるか? 話たいことがある。シャルルの件も含めて……な」


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