第24話「黒炎」
轟く雷鳴。揺さぶられる大地と腹底に響く轟音。
まるで神の怒りに触れたスタビリスに天罰が下されたかのように。ミドガルズオルムの落雷が街を衛兵をそして……ファイアロート・サンバードを貫いていく。
視界を塞ぐ眩い光に目を細め、鼓膜を震わす雷鳴に一瞬、聴覚が失われる。視界が戻り音が存在を取り戻したその時、輝かしい不死鳥の姿は消失していた。
俺の目の前で羽ばたくハピネスがその動きを止め、地面に落下する寸前、咄嗟に両手で包み込む。
手の中で彼女は一瞬、赤く小さな体を激しく痙攣させると目を閉じピクリとも動かなくなった。
「……ハピネスさん?」
俺の問いかけに彼女は答えない。翼を折られた不死鳥は羽ばたくことはなかった。
視界の脇で雷鳴と振動により並行感覚を失っていたのか、頭を抱えながら立ち上がるシャルルの悪意に満ちた視線が、横たわるハピネスに向けられる。口元が大きく歪んだ。
「はっははっ。死んだ? 死んだのか? あんたを助けるためにここまできてそして死んだのか? ざまぁないねぇ!」
その言葉が耳に響いた途端、俺の中に渦を巻くどす黒い炎が一気に燃え上がった。怒りだ。殺意にも似た狂おしいほどの激情だ。スマートフォンから聞こえるプリムの声も耳には入るものの内容は聞き取れなかった。
まるで俺の怒りを吸収するかのようにノアトークンの持つ戦斧「バイルエグゼキューション」が暗闇の中、血を求めるがごとく黒く光り輝く。耳に響く警笛を気にも留めず俺は、ゆっくりとノアトークンにある指令を下すべく喉から言葉を紡ぎ出そうとする。
「ノア。シャルルを……!」
言葉はそこで途切れた。
それは再び大地を赤く表示された「WARNING」という警告が埋め尽したからだ。ミドガルズオルムの落雷が炸裂する前兆。範囲にいる生命すべてを焼き殺す死への扉だ。
展開されたその時、視界に映ったのは、目の前に広がる仲間の血を数多く吸ったであろう赤い範囲の中に立っているオラクルの姿だった。
彼は自らの置かれている状況を理解していないのか、または先程の落雷でまだ意識が朦朧としているのか逃げる気配がなかった。俺は咄嗟に「逃げろ!」と声を張り上げる。その時、すぐ脇を何かが駆け抜けた。
金色の長髪をなびかせ赤いローブが揺れる。錫杖も王冠も投げ捨て皇魔カイザーサーヴェラーさえ置き去りにしてシャルルは脇目も振らずオラクルへの距離を詰めた。
その手が彼へ到達するやいなやオラクルを赤い範囲から弾き飛ばす。彼女がどんな表情をしているのかわからない。しかし声だけは聞こえたような気がした。
お兄ちゃん。
先程までの悪意に満ちた声とは違い、まるで子が親に甘えるように。自らが愛し慕う者へ語り掛ける温かい声音だった。
しかしそれを引き裂くのは無慈悲な雷鳴だった。天より轟く死の稲妻がシャルルの体を貫く。一瞬で赤いローブは燃え尽き体は焼け焦げ眩い光と轟音が過ぎ去った後、そこに転がっているのは最早、人の原型を留めていない黒焦げの物体だった。
『ライン・ヴァイスリッター耐久値五十パーセント減少。レーベェパワークリーガー耐久値六十パーセント減少。シャルル様耐久値消失。シャルル様の死亡を確認』
冷酷に響くシーリスの戦闘ログ。
煙を上げ肉が焦げる吐き気を催す臭いが漂う中、オラクルは尻餅をついた状態で目を見開き、戦慄したかのように体を震わせ黒焦げと化したシャルルを見つめた。
「オラクル! 見るな!」
響き渡る俺の叫び声にも反応せずオラクルは瞳孔を広げ、その瞳には驚愕と恐怖が入り混じっているように見える。
シャルルの最後の言葉である「お兄ちゃん」が意味すること。恐らくオラクルにもその声は届いていたはずだ。どういう経緯で知ったかは不明だがシャルルはオラクルが実の兄であることを知っていた。
その時、オラクルを嘲笑するかのようにミドガルズオルムの咆哮が響き渡る。大地を震わす大音響が過ぎ去った後、声が聞こえた。
男と女が同時に喋っているような複合的でかつ機械的な声音。明らかに世界蛇の頭部からそれは発せられていた。
「……死んだ。やっと死んだ。愛しの子を殺した張本人がやっと死んだ。あと残りもすべてここで死ね。苦しみに苛まれ痛みにのたうち残忍に冷酷に無慈悲にその命を捻りつぶしてやる!」
WARNINGの文字が大地を駆け巡る。地獄へ叩き落とす死への扉が血のように赤い丸みを帯びた範囲となってスタビリスの街を覆い尽くした。逃げ場などどこにもない。
『ミドガルズオルム。エリアオブエフェクト発動まで残り十秒』
戦慄に震えるオラクル。黒焦げと化したシャルル。そして手の中で身動き一つしないハピネス。傷つき倒れる仲間達。俺達を覆い尽くすのは絶望という二文字だ。
しかし「彼女」は違った。シーリスの秒読みが始まったその時、俺の目の前に純白の翼が羽ばたいた。彼女は真剣みを帯びたアメジストの瞳を向け俺へ手を伸ばす。まるで地獄の底で絶望というぬかるみに足を捕らわれている俺を助けようとする天使のように。
「レヴィ!」
暗闇の中、女神のように輝く彼女の紫紺の瞳と碧眼が交差した。脳裏に彼女の言葉が蘇る。立ち止まらずに他の仲間を救ってほしい。前に進んでそして現実世界へ導いてほしい。彼女の願いを内包した言葉だ。それに対して今、俺にできることは一つしかない。
俺は差し出すプリムの手を掴んだ。
「飛行!」
宙に浮く感覚と同時に接地感が失われた瞬間、巨大な純白の翼が羽ばたくとプリムの体は空間を切り裂いた。体を突き抜ける風と共に悪意と殺意に満ちた漆黒の炎を立ち昇らせるミドガルズオルムへ迫る。
蜘蛛の目を思わせる八つの単眼が俺達を捉えたその時、追従する銀色のスマートフォンから光が溢れだす。
「アルカナ起動! ノア! 切り裂けぇ!」
スマートフォンから浮かび上がる魔法陣よりいでし六枚の漆黒の翼を持つ少女が手にした戦斧を薙ぎ払う。
風を纏い唸る白刃。漆黒の軌跡。それと共に飛び散るはミッドナイトブルーの鱗と赤黒い血。死神の全力をもって繰り出した一刀は、AoEの発射体勢にあったミドガルズオルムの固い外殻を断ち切り内部を抉りとっていく。
シーリスのカウントは終了目前だった。
『ミドガルズオルム耐久値十パーセント減少。エリアオブエフェクトの発動を阻止しましタ』
泣き叫ぶ悲鳴のように響かせる咆哮がスタビリスの街を震撼させる。それと同時に死神は反撃を想定したのか瞬時に後退する。
俺の真横に立ち、彼女は噴き出す血煙を満足気に眺めた。漆黒に光り輝く戦斧を地面に突き刺した死神「ブラッディノア」は、陽光を失いまるで死の影が纏うように暗闇に閉ざされた世界で、鮮血のごとく真紅に染まる瞳を輝かせた。
「……レイドボス<ミドガルズオルム>か。これはこれは。大層なご馳走を用意してくれたのね」
美しき少女の姿をした死神は、生を奪う者特有の生命の存在を嘲笑う冷笑をもって口元を歪ませる。
「御命令を。召喚する者」
俺の中に眠る闇の炎は怒りとなって顕現した。それはすべてミドガルズオルム……いや。恐らく悪意そのものと化しているだろう「如月綾香」に矛先を向ける。
暗闇の中、俺は世界蛇を見据えた。
「そこにいるくそったれ蛇をぶちのめせ」
「承諾した。私のご主人様」




