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第23話「少女はくそったれな現実を嘆く」

 世界蛇ミドガルズオルムに襲撃されているスタビリスが暗闇に包まれていく。外界から隔離された空間に鎮座する時計塔のバルコニーで殺意の炎が揺らいでいた。


 俺の目の前にはシャルルが悪意に満ちた瞳を向ける。彼女のスマートフォンより召喚された皇魔カイザーサーヴェラーの手には、彼女の嫉妬と憎しみが生み出した業火が燃え上がっていた。

 守るように立ちはだかるノアトークンの後ろで、俺の脳裏に過去のシャルルの姿が浮かび上がる。


 ……シャルルはこんなやつじゃなかったはずだ。


 この世界ではじめて仲間になった人間であり、現実世界では女子校生だった彼女は不幸にも男でさらに中年の魔術師へと変貌した。少なからずそれには同情していたし、アレフの死を悲しむ姿は今でも記憶に焼き付いている。

 クエストの消化などでは多少、非協力的なところはあったが本人が面倒くさがり屋だったのは理解していたから、特に気にも留めなかった。


 欲しいものは全て他の女が奪っていく。それはプリムも同じだと彼女は言った。しかしだからといって殺すことが許されるわけがない。仲間も……ましてや如月乃愛も。


 急激に俺の心の中に何かが渦を巻く。どす黒く燃え上がる黒炎だ。それが怒りなのか殺意なのか俺自身にもわからない。しかしそれは明らかに彼女に対して黒炎で形成された鋭い牙を突き立てようとしていた。


「……お前。そんな奴だったのかよ」


 突然、口から出たその言葉にシャルルの動きが止まる。明らかに鋭さを増しただろう碧眼の眼光に対して彼女は口を歪めた。


「何? 今までのあたしのこといってんの? 芝居に決まってるじゃん。女優のタマゴだって言わなかったっけ? こんなわけわからない連中に囲まれているんだ。見た目があんなんでもとりあえずか弱い女を演じてたほうが何かと楽になるじゃない」


「芝居だって? そいつでみんな騙して殺すつもりなのかよ?」


「まさか。あんたは殺さないよ。あたしが始末したいのは如月乃愛とプリム。二人だけさ。あんたには思い入れがそこそこあるからね。魅惑(チャーム)の魔法でも使うさ」


「俺が黙って見過ごすとでも思ってんのか? それに現実世界へ戻りたくないのかよ!?」


 俺の言葉に彼女は突如、堰を切ったように嘲笑を響かせた。そして笑いが収まると同時に狂気に光る瞳を大きく見開き俺を睨みつける。


「ふざけんな! 現実世界? あんなくそったれな世界こっちからお断りだ! 仲間なんて誰もいない。誰もあたしを見てくれない。見るのは金と見てくれだけ。あたしを助けてくれるのはお兄ちゃんだけ。そんな世界のどこがいいんだよ!」


「家族がいるんだろ? 兄貴に会いたくないのかよ!?」


「大丈夫さぁ。お兄ちゃんなら……もうここにいる(・・・・・・・)


 シャルルの瞳に殺意が宿る。それに呼応するかのようにカイザーサーヴェラーの手に燃え上がる炎は一層、勢いを強め火球となってノアトークンへ向けられた。


「あたしには現実世界に帰る理由なんて、何一つない!」


 彼女の咆哮とも思わせる激しい声音を耳にしながら俺は動けずにいた。

 仮に戦闘となってもノアの魔法障壁があれば一撃や二撃の魔法なら持ちこたえるだろう。その隙に戦斧でカイザーサーヴェラーの耐久値を五十パーセント以下まで減らせられれば、彼女の体を激しい痛覚が駆け巡り動きを止めるはずだ。

 しかし仲間を斬るという行為には変わりはしない。人としてリーダーとしてそれをすべきなのか。それとも他に道はないのか。模索しつつ悩んでいた。


 スマートフォンから鳴り響く鼓膜を震わす警笛。それはプレイヤーキラーがパーティメンバーに敵対行動を起こしている警告だ。

 今にも撃ちださんと燃え盛る手を前に突き出すカイザーサーヴェラーを見据え、悩んでいる時間などないことを俺は理解した。


 ノアトークンが魔法障壁を展開。直後にカイザーサーヴェラーの火球が炸裂する。刹那。魔法障壁で弾き返しながらトークンの足が大地を蹴り弾丸のように小さな体を射出させた。巻き起こる風と共に回転により戦斧の刃が唸りを上げ赤いローブへ斬撃を走らせる。

 しかしカイザーサーヴェラーは瞬間移動により姿を消失し戦斧は空間を裂いた。直後、背面に回った皇魔は地面より火柱を立ち昇らせ高速で炎の嵐が吹き荒れる。

 大地を滑るように駆け巡る業火が幾度となく魔法障壁に叩きつけられ、ガラスが割れるかのようにノアの障壁が欠片となって砕け散る。


 障壁を失いながらも主である俺を守るため足が大地を蹴る瞬間、その小さな体を何かが蹴り飛ばした。シャルルの足だった。

 突然の打撃に体勢を崩したノアトークンを彼女は足で踏みつける。残忍な嘲笑で唇を歪ませ、歓喜で満ち溢れるかのように体を震わせながら。

 後ろでは俺を牽制するようにカイザーサーヴェラーの手に火炎が燃え盛っていた。


「このくそ憎たらしい乃愛を踏みつけるの最高だわ!」


「シャルル! てめぇ!」


 ノアトークンを助けるため咄嗟に体を前に出そうとしたその瞬間、何かが空間を貫いた。

 風切り音が警笛を切り裂き滑空する赤い小さな体がシャルルの側頭部へ激突する。頭部を貫く打撃に目がくらんだかのように体勢を崩すシャルルの横に、同じく自らを襲うであろう衝撃により目がくらみ空中を漂う赤カナリアの姿が俺の目に映りこんだ。

 カイザーサーヴェラーの手から燃え盛る火炎が消失する。


「ハピネスさん!?」


「何やってんのよ!? この非常時に! シャルル!」


「うるせぇなくそ鳥!」


 頭を抱え立ち上がったシャルルの顔には苦悶の表情が広がっていた。狂気に満ちた瞳と共に噴き出す悪意がより一層、濃度を増していく。


「なんで本体がここまで……ってクソッ。接続範囲(アクセスポイント)が広いせいか」


 ハピネスの持つ太陽のアルカナ「ファイアロート・サンバード」は全アルカナ中、もっとも接続範囲が広い。それゆえバフ等の行動を自動制御(オートモード)でアルカナに任せ、本体であるハピネスは自由にパーティメンバー間を飛び回ることができた。彼女の持つ鳥のアバターもそれに一役買っている。


 光が溢れた。目の前に降臨するのは太陽のごとく燦然と輝く不死鳥「ファイアロート・サンバード」だ。

 不死鳥が口ずさむと同時に倒れるノアトークンの体をエメラルドの光が覆い尽くす。自動回復によりトークンは何事もなかったかのように立ち上がった。

 シャルルはまるでその輝く姿に怖れを抱くかのように一瞬、体を身震いさせるとハピネスを睨みつける。


「なんでここにきた!? それにあたしがシャルルだってどうしてわかったんだ!?」


「位置情報よ。いくら見た目を偽装できてもシーリスの位置情報はごまかせない。プリムさんがね。レヴィ君が反応しないから心配してね。位置情報からあなたの場所を割り出して私に頼んだのよ。彼をお願いってね」


 ハピネスが俺へつぶらな瞳を傾けた。


「レヴィ君に見せてあげたかったわ。あの冷静な彼女がえらく取り乱すんだから」


「あの女め! こうなったらあんたも……」


「諦めなさい。ファイアロート・サンバードは炎属性に完全耐性があるわ。あなたのカイザーサーヴェラーは炎系魔法が主体。この子には逆立ちしても勝てないわよ?」


 冷酷な脅しの余韻を含んだハピネスの言葉に、シャルルは「くそっ!」と短く吐き捨てると錫杖を地面へ投げつけた。天敵。まさに不死鳥はシャルルにとってそれに等しいのだから。

 彼女がおとなしくなったのを確認するとハピネスは左右を見渡す。


防音サウンドプルーフィングが拡大されかけられているわ。レヴィ君の声もこちらの声も一切聞こえないのはこのせいね。ファイアロート。解除なさい」


 不死鳥が小さく咆哮を響かせると俺の聴覚が一気に覚醒した。ミドガルズオルムの咆哮も空間を震わす砲撃音も全て耳へ入り込んでくる。その時、俺の意識を引いたのはスマートフォンから聞こえるプリムのWhisperだった。

 咄嗟に手に取りスマートフォンを耳に当てる。


「プリム!?」


「……何やってんのよっ! このばぁかぁぁぁ!」


 鼓膜が破れるかと思うほどの大音響が俺の右耳から左耳まで一直線に突き抜けていった。頭の中を甲高い金切り声の余韻が駆け巡る中、俺は頭を抱え思わず耳から離したスマートフォンを恐る恐る近づける。

 奥からはどこか涙ぐんだように震える声音がひっそりと聞こえていた。


「高周波兵器は勘弁してくれ。生きてるよ。無事だ。心配かけてごめんな」


「……あとでわがままさんざん聞いてもらうから覚悟しててね。そっちの状況はあとで聞くわ。それよりミドガルズオルムの動きがおかしいの」


「おかしい? どんな?」


「動かないのよ。砲撃を喰らい続けて耐久値も結構減ってるはずなんだけど、五十パーセントを切ったあたりから動きを止めているの。まるで力をため込んでいる(・・・・・・・・・)みたいに。この兆候ってまさか……」


 彼女の言わんとしていることを俺は瞬時に理解した。

 ゲームの世界ではモンスターによっては体力がある程度減った場合、攻撃パターンが変化することがある。おおむね「難易度が上がる」場合が多い。今まで使用しなかった「範囲攻撃」などを連発する可能性もあった。

 もしこの「プロセルピナ」の世界でも同様なら? レイドボスである「ミドガルズオルム」の範囲攻撃が炸裂した場合、その被害がどれほどのものになるのか容易に想像がついた俺は背筋に寒気を感じ体を身震いさせる。


 その瞬間だった。

 暗闇が広がるスタビリスの街を赤く丸い範囲が展開される。大地を埋め尽くすそれはまるで血の雨を降らした際に生まれた鮮血の水紋のようだった。範囲の中には「WARNING」の文字が闇の中、炎のようにぼんやり浮かび上がっている。

 それはハピネスの後ろに従うファイアロート・サンバードを捕らえていた。思わず俺は声を張り上げる。


「ハピネスさん! AoEだ!」


 うずくまるシャルルを見つめているハピネスがその声に反応して振り向いた。刹那。眩い光と共に雷鳴が降り注いだ。

 

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