第21話「守りたい人」
バルコニーでの一件の後、俺はハピネスとウォルガンフの元へプリムと共に戻り、レイドボスを倒すことを二人に伝えた。
二人はまるで俺の答えをわかっていたかのように、悩むことなくすぐ首を縦に振った。明日、俺達はスタビリスへ戻ることになる。もっとも達成が難しいクエストを乗り越える為。そして現実世界へ帰る為だ。
その日の夜。いつものようにベッドにプリムとノアトークンを寝かせ、俺は床に布団を敷き毛布に包まっていた。
眠りの底に落ちかけたその時、何かが動く気配がした。仰向けに寝ている俺の右腕が柔らかく温かい感触を得る。薄暗い中、視線を移すとそこには右腕にしがみつくかのように抱きつく桜色の髪が見えた。
「ベッドに寝てたのになんで俺の布団に潜り込んでくるんだよ」
「いいじゃない。無性にひと肌が恋しくなる時があるの」
「恋しくなるからって男のベッドには潜りこまねぇだろ」
「普通はそうだね。まぁキミの場合は特別だけど」
「どうせ俺なら手出ししないってわかったうえでの行動だろうが。……まったく生殺しにあう男の気持ちも考えてもらえないもんかな」
俺はそう呟くと薄暗い天井へ視線を移した。
ふふふっと小さな笑い声が漏れると再び静寂が訪れる。しばらくすると規則的な寝息が耳に入ってきた。
俺は右腕に温かさを感じながらしばらく目を開けていた。寝ようとしても全然寝付かなかったからだ。
翌日。爽やかな朝を迎えた彼女とは対照的に、結局あまり眠れなかった俺は寝不足で目をこすりながら廊下を歩いていた。
美しい木目の床の上でばったりとウィルトと顔を合わせる。彼は俺へ近づくとズボンのポケットに手を突っ込み、何かを探しながら言葉を紡いだ。
「大将。なんだその浮かない顔は。まるで女とベッドに入ったのに断られた後みたいな顔してるぞ?」
俺はその言葉に苦笑で返す。彼はポケットの中から何かを取り出すと俺へ手渡した。
「これでも喰えよ」
ウィルトはそう口にして手を振ると俺を横切り通路の奥へと消えていく。手の中にあるのは小さな包みだった。開けると中にはチョコレートが入っている。
俺は無造作にそれを口に放り込んだ。舌の上で甘みを感じながら何気なく包み紙へ視線を移すと、裏に何か文字が書いてあることに気が付いた。
「PKに気を付けろ」
短くそう記されていた。PKとは「プレイヤーキラー」の略だ。
ウィルトの言うPKは、大陸に配置されているNPCであるプレイヤーキラーのことではないだろう。あの連中なら気を付けるも何も対策が練られた現在なら最早、脅威ではなかった。
そうなると他プレイヤーによる「プレイヤーキラー」のことを差すと思われる。
彼がこの言葉を残したということは、「PK」に関して何か情報を掴んだのかもしれない。今、この場で言わないのは情報に対して確信を持てていないのか、それ以外に言えない理由があるのかどちらかだ。
俺は文字の書かれた包み紙を丸めてズボンのポケットへつっこむと、窓から外の景色へと視線を移した。
これから起きる困難な道のりを指し示すかのようにこの日の天気は、はじめてこの世界にきたあの日みたいに暗雲たちこめる薄暗い空だった。
スタビリスは緊張に包まれていた。
外壁には砲台が置かれ衛兵の数も倍以上に増えている。スタビリスの街を覆う城壁の前も同様に砲台が設置され、この街がレイドボスの脅威にさらされようとしている現実を俺達に知らしめた。
スタビリスに到着するやいなや俺達は康寧亭へ一直線に向かう。
和風の佇まいを持つ館を目にしてついこの間、ここを出たばかりなのに妙な懐かしさを感じた。しかしそれに浸っている余裕は俺にはなかった。
康寧亭の一室に俺とプリム、ハピネス、ウィルト、ウォルガンフが椅子に腰かけていた。
プリムの首にはあるペンダントが下げられている。青い宝石が埋め込まれたペンダントは美しく彼女を彩るものだったが決してただのアクセサリーではなく、装備者のヘイト値を上げる効果を持つヘイトコントロールのパッシブスキルが備わったものだった。古都エルドラードで買ったものだった。
この部屋で繰り広げられた会議はもちろん「レイドボス討伐」に関するものだ。
内容は下準備から兵器の設置。購入内容。ダメージディーラーの配置とタンクの動きなど多岐に渡る。昼過ぎに到着していたが会議が一段落した時はすでに夕暮れ時となっていた。
夕食後、他のメンバーがぞろぞろと部屋から出ていく中、俺は椅子に腰かけスマートフォンと向き合っていた。
銀色のスマートフォンの画面にはカードが魔法陣から飛び出す演出が映し出されている。今までのクエストで貯めた「ベリル」を使って、俺はガチャを回している最中だった。
夕食の後片付けをしている合間にプリムが興味深そうに顔をのぞかせる。相変わらず彼女はムクドリのエプロンをつけていた。どうやらお気に入りのようだ。
「ガチャ回しているの? まぁどうせキミのことだから……」
彼女の言葉に答えるかのように、俺の画面には合成できない小アルカナが十個並んでいる。
「爆死おつ」
「知ってた。だけどこれでいいんだよ。金稼ぐためだから」
『……お待ちくださイ。レヴィ様』
続けて十連のガチャを開始しようと指を伸ばしたその時、シーリスの声が響く。
『そちらよりこの「レイドボス入れ替えガチャ」はいかがですカ? 期間限定で通常のガチャとは入れ替えで対レイドボス専用のアイテムが実装されていまス』
「なにその特効ガチャ」
「入れ替えガチャかよ。どうせ確率低くて一パーセントとかだろ? 俺はこの世界にきてからガチャで当たった試しがねぇ。……現実世界もだが」
そう言いながらも俺は、表示されているいつ追加されたかもわからない「レイドボス入れ替えガチャ」を指でタップした。魔法陣から光が溢れカードが「ケルト十字」の配置で置かれる。どうせまた爆死だろう。俺はそう思っていた。
しかし目の前に並んだアイテム達は俺のそんな予想を完全に裏切った。それもいい意味で。半分以上がSRのレアリティのアイテムだった。思わず「え?」という驚愕の声が漏れた。
その後も十連で再びSRが大量発生しガチャ結果画面が金色に埋め尽くされる。まるで確率操作されているかのようだった。
半ば茫然とする俺にシーリスの言葉が耳に入る。
『砲台を魔道砲にグレードアップしましタ。街に魔力増幅魔法陣を設置しましタ。二重魔法障壁を展開しましタ。衛兵の数を二十人から五十人に増やしましタ。衛兵の装備をグレードアップしましタ。アルカナを強化する強化クリスタルを十個配置しましタ』
俺は思わず窓から外へ視線を移した。
夜空に浮かぶのはうっすらと膜を張ったように青白く光る魔法障壁。街中を歩く衛兵の数が一気に増え、着ている鎧も薄汚れた白い鎧から光り輝く青白い鎧へと進化していた。
突然、スマートフォンが鳴る。見るとWhisperの通知だった。相手はウィルトだ。
「何をした!? 大将!? 街中が変貌してるぞ!?」
「……どうやら運が俺に向いてきたらしい」
俺は武装されていく街並みを眺めながらウィルトにそう呟いた。
そしてシーリスの告知から二日が過ぎた。時間は夕暮れ時で太陽が沈みかけている。空は血のように赤く染まっていた。
スタビリスの中央にそびえ立つ巨大な時計塔に設置されたバルコニーに、俺とプリムは並んで立っていた。
眼下には木材や煉瓦、石材などの外壁をもつ三角屋根の建物が並ぶ光景が広がっている。旅行でドイツにいったことがあるハピネスの話だとドイツ風の建物らしい。この世界にきてもう見慣れた光景になってしまっていた。
横に立つプリムはしばらく無言で前を見つめていたが、シーリスのある言葉を耳にした途端、俺へ視線を移した。
『スタビリス領外壁にてレイドボスと接触。現在、衛兵と交戦中』
戦闘ログを耳に響かせながらプリムのアメジストに光る瞳が俺を捉えた。どこか寂しげで、でも湖のように澄んだ瞳の奥に俺の顔が映る。
彼女は突然、微笑むと言葉を紡いだ。
「ねぇ。今日の私の下着。何色だと思う?」
「お前な。こんなときに言う言葉がそれか? ……白かな」
「真面目に答えるキミも面白いね。……残念。正解は黒」
「勝負下着かよ。まるで男に会いに行くみたいだな」
「まぁ気合が入っているってところだけは同じかな」
プリムのその言葉とほぼ同時に背中に生えている小さな翼が巨大化する。それは夕陽に照らされ神々しく光り輝いた。
彼女は紫紺の輝きを俺から離すことなくゆっくりと歩み寄る。
「一つ。お願いがあるんだけどいいかな?」
「いいぜ。なんだよ?」
目の前までプリムが近づいたその時、純白に光る翼が左右から優しく俺達の周囲を取り囲む。それはまるで彼女の翼に抱かれているかのようだった。
辺り一面、純白の世界でプリムの唇がゆっくりと近づき、ためらうことなく俺は自らの唇を重ね合わせた。それはまるで恋人達がそうであるように自然に、そして唇を重ねることがあたかも当たり前だと思えるほど抵抗など何もなかった。
柔らかい感触がそっと離れていく。彼女は目を開けると笑顔を見せた。
「……後悔はしたくないからね」
「一つ。聞いていいか? レイドボスの攻撃の間近に生身のお前がいなければいけないのに恐怖心はないのか?」
「ないといえば嘘になるかな。でもね。それは私にしかできないことだし、恐怖心に怯えることはしないよ。だって守りたい人がそこにいるんだから」
風が舞った。
巨大な翼を羽ばたかせ、プリムの体が宙へ舞い上がる。赤い夕暮れの空へ純白に光り輝く天使は自らを死地へと躍らせた。
彼女の役割はタンクだ。レイドボスの矢面に立つ守護天使だ。ヘイトコントロールでレイドボスのヘイトを管理し全ての攻撃を一身に受けることになる。
愚者のアルカナは鉄壁の防御性能を持っている。しかし接続範囲が極端に狭い。それはつまりアルカナのすぐ近くに本体であるプリムがいなければいけないことを意味した。
一撃でも喰らえば即死するモンスターの攻撃を本体が間近で受けることになる。仮に彼女が死ねばプリムだけでなく俺達全員、仲良くあの世行きは確定だ。
そんな状態で彼女は言った。守りたい人がいるからと。
『レイドボス。第一次防衛線突破。現在、スタビリス領内を移動中。後十分ほどで接触しまス』
……俺にも守りたいものがある。
シーリスの言葉を耳にしながら俺はゆっくりとスマートフォンへ口を近づけた。
「総員戦闘準備。決して死ぬな!」




