第20話「リーダー手当は高級ステーキ」
それは唐突に起きた。
古都エルドラードに来て二日目。この地でのクエストをほぼ終わらせた俺達に最大の壁が立ちはだかる。
それは「現実世界への帰還」に必要なクエストの中に「レイドボス討伐」が記載されていることだ。最初、見た時は気が付かなかったのか、それとも後から追記されたのかはわからない。
どのみち元の世界へ帰るには、「レイドボス」を討伐しなければならないのは確定事項となった。
そのことで頭を悩ませていた時だった。シーリスから残酷な現実が告げられる。
「……スタビリスが!?」
『ハイ。スタビリスが<レイドボス>の標的となりましタ。二日後、<レイドボス>はスタビリスの街と接触しまス』
スタビリス。はじまりの街。
俺達がこの世界に来た時、最初にいた街。和風の佇まいを持つ康寧亭での日々は、今でも頭の中に鮮明な画像となって浮かび上がってくる。
クエストも終了し、今では物言わぬ商人NPCしかいない街だ。古都エルドラードを拠点として攻略を進めるのならば無視しても問題ないはずだった。
しかしプリムやハピネス達と出会った場所であり、少なからずこんな世界だとはいえ一時的に安息地となった街だ。さらに相手はいずれは倒さねばならない相手。
無視すべきか戦うべきか。悩んだ末に俺はメンバーを集めて相談することにした。
時間は空を真っ赤に染めた太陽が地平線へと落ちた夜。
宿泊施設「アネシス」の一室に俺とプリム、ハピネス、ウォルガンフが椅子に座っている。ウィルトは招集には応じずシャルル、オラクルも同様だった。
ウィルトは自らの素性が明らかになる可能性を考慮しての行動かもしれないが、シャルルとオラクルは以前よりこの手の会議には顔を出さない。勝手に決めてくれという考えのようだ。
俺はその場でレイドボスと戦うか無視するかを聞いた。ハピネスの答えは「あなたに任せる」だった。プリムは何も語らずウォルガンフは短く「お前はどうしたいのか」と逆に問いてきた。
自分でレイドボスの話をしながら頭の中ではある意思が固まりつつあった。それは「戦う」という選択だ。
クエストも残り少ない。戦闘もネームドモンスターとの闘いにおいて経験を積み、以前とは比較にならないほどスムーズに狩れるようになっていた。それならばここで勝負に出てもいいのではないか。俺はウォルガンフに問われ落としていた視線を上げる。
「戦おうかと思ってる。最大の敵なのは確かだけどいずれは戦わなければならない相手。戦闘も慣れてきた今、勝負に出てもいいんじゃないかと俺は思う」
「……いいんじゃないかしら。私はレヴィ君の意見を尊重するわ」
「ボスはお前だ。お前が決めたら俺らはそれに従うさ。それがボスってもんだからな」
「……プリムは? お前はどう思う?」
俺は口を閉ざすプリムを見つめた。アメジストの瞳は碧眼の奥をじっと見つめ返している。その紫紺の輝きはまるで俺の心を見透かしているかのように感じ取れた。
「ネームドモンスターとレイドボスは違うわ」
「当然だ」
「勝てる見込みがあるの?」
「シーリスの話だとレイドボス襲撃時はNPCが参戦する。対レイドボス用の兵器も設置されるそうだ。それと俺達で何とかなるんじゃないかと考えている」
「キミ。ベヴェルクトを忘れていない?」
彼女の言葉で俺の脳裏にベヴェルクトの退廃した光景が浮かび上がる。俺達にレイドボスの存在を知らしめた場所だ。
「NPCの参戦ってスタビリスの話だけではないでしょ? おそらくベヴェルクトも同様だったはず。それなのにベヴェルクトは崩壊した。ベヴェルクトと同規模のNPC参戦だと仮定して、それに私達が加わって勝てる見込みが本当にあるの?」
「何度も言わせるなよ。俺はあると思っている」
「はっきり言うわ。それはブラッディノアの参戦を考慮しての発言なの?」
その場の空気が凍り付いた。
全身が逆立つような怒りにも似た感情が沸き上がる。それはプリムに自らの考えを理解してもらえないもどかしさからなのか、自らの意見を阻む壁に対する苛立ちからくるものなのか俺自身にもわからない。
俺は椅子から立ち上がり今まで彼女に向けたことのない鋭い瞳で睨みつけた。しかしプリムはそれに動じる気配すらなく見つめ返している。
「俺が仲間を犠牲にして勝つつもりでいるとでも言いたいのかよ?」
「別に決めつけているわけじゃないわ。ただ現状の戦力から考えると<死神>の参戦を含めての見込みなんじゃないかと言いたいの」
「ふざけんな! 仲間の死を期待するわけねぇだろ!」
「キミが期待しようがしまいがいざとなれば死神でなんとかできると考えているんじゃないの?」
「違う! 俺はモルテじゃねぇ!」
モルテという単語に覚えがあるだろうウォルガンフが一瞬、驚いたかのように目を見開いた。しかしすぐさまお互い一歩も引かない態度の俺とプリムの間に入り込んできた。
「待て待て! お互いヒートアップするのはいいけどよ。ちょっと落ち着けや!」
「そうよ。いったん休憩にしましょう?」
ウォルガンフとハピネスに促され、俺は出かけた言葉を呑み込むと椅子に腰かける。プリムは今だ俺を見つめたまま無言で立ち上がると部屋を出ていった。
一言も発さず込み上がる激情を抑える俺は、少し落ち着きを取り戻すとゆっくり椅子から立ち上がった。
「……少し頭冷やしてくる」
俺はそう短く呟くとウォルガンフとハピネスが見つめる中、部屋を後にした。
部屋の外に設置されたバルコニーを時折、少し冷たい風が吹き霞色の髪をなびかせた。
眼下には暗闇の中、誰もいないはずの家屋に灯りがぼんやりと浮かんでいる。見上げると空という黒いキャンパスに描かれた月だけが光を纏って周囲を照らしていた。
俺は仲間を犠牲にするつもりなのだろうか。
プリムの言葉が脳裏をよぎる。
もちろん俺にそんなつもりなんてない。しかし心の奥底でどこか「死神」に頼る自分がいるのではないだろうか。
誰か一人死ねば「死神」を召喚できる。「死神」の力があればレイドボスさえ容易に倒せるかもしれない。そうして「俺は」現実世界に帰れる。プリムはそんな心の奥底に眠る闇に気が付いているのではないだろうか。
死なせたくないとは思っている。しかし「死んだら死んだで仕方ない」んだ。残りのメンバーと一緒に「死神で助かろう」じゃないか。そんなどす黒い闇だ。
最終的に自らが助かり元の世界へ帰れればいいという自己中心的で冷酷で残忍な考えだ。そんなものが俺の奥底に蠢ているんじゃないのか。そして「哀愁のエスパーダ」に登場した「モルテ」のように仲間の命を吸い自分だけ助かるのではないか。
俺は咄嗟に自らを呑み込もうと口を開ける闇に捕らわれまいと頭を振った。そんな闇がもしあるとしても奥底に呑み込み叩き潰すべきだ。
それに俺には光がある。傍らに常にいる。輝く天使が。彼女を死なせたいと思うわけがない。
彼女の笑顔を思い描くと心の中に蠢く闇がかき消されていく気がした。そんな時、何かが羽ばたく音が耳に入る。
見るとハピネスが俺の肩へと舞い降りた。彼女は何も言わずつぶらな瞳で俺を見つめている。
「……恐らくプリムの奴は俺が哀愁のエスパーダに登場したモルテのようになるのが心配なんですよ。だから心の闇に気づかせるためにあんなこと言ってる。あいつは自称俺の守護天使らしいですからね」
「ずいぶん可愛らしい守護天使だわ」
「確かに俺の心の奥底にあいつが言ったような考えがあるかも知れない。だけど俺は足掻きますよ。死神なんかには頼らない。そんな考えに捕らわれない。だから」
俺は見つめるハピネスに笑顔を向けた。
「みんなで現実世界へ帰りましょう」
「そうね。みんなで帰るべきだわ。ただ一つだけ。もし誰かが死んだとしてもそれはあなたの責任ではないわ。そして召喚した死神で窮地を脱出するのも決して間違いではない。助かる命が多いほうがいいに決まっているもの。だからそんなに思い詰めないでね」
「はい」
「私はね。あなたがリーダーで本当に良かったと思っているわ」
「……リーダー手当もらえます?」
「現実世界に戻れたら美味しいステーキをご馳走するわ。とびっきり高いやつ。もちろんプリムさんも一緒にね」
ハピネスは片目でウィンクをしてみせると赤い体を羽ばたかせ暗闇へと溶けるように消えていく。俺はその姿を見送ると夜空に輝く月へと視線を上げた。
再び一人の時間が訪れる。しかしそれは長くは続かなかった。
ハピネスと入れ違いになる形で誰かが俺に近づく気配がした。バルコニーの柵の部分に一つの白いティーカップが置かれる。目の前で揺らぐ赤茶色の液体は見た目と匂いから紅茶だと判断できた。
「……ハピネスさんは何て言ってたの?」
「……現実世界に戻ったら俺達にステーキをご馳走するってよ」
「そう」
聞き覚えのある凛とした美しい声音が耳に響く。俺は彼女に視線を移すことなくティーカップへ指を絡めた。
「……まだ怒っているの?」
「怒っちゃいねぇよ。それにそもそもお前に怒ってたわけじゃねぇ。俺自身に怒ってたんだ。心の闇を見透かされて、それがあることを信じたくなかった自分にな」
俺はそっと視線を隣にいる彼女へ移す。そこには同じくティーカップを手に月を見上げるプリムの姿があった。
月夜の光により美しく彩られた彼女は、一呼吸置くと言葉を紡ぎ始める。
「哀愁のエスパーダに出てきたモルテはね。嘆きながら自らが生き残る為に仲間の命を吸っていた。でも徐々に彼女の闇は姿を現すの。最初は嘆いていても仲間が差し出す命を善意であると捻じ曲げ、失われる命を自分と他の仲間が助かる為の自己犠牲であると正当化した。最後には間違いに気が付くわけだけど」
「……正当化か」
「私はキミがモルテとは違うことはわかってる。だけど同じになる危険性はあると思うの。それが私がもっとも怖いこと。キミには失われる命を正当化して欲しくない。だけど命と引き換えに死神を召喚したのなら立ち止まらずに他の仲間を救ってほしい。命の尊さを忘れないで欲しい。だけど死んだ仲間にいつまでも捕らわれないでほしい。前に進んでそして現実世界へ導いてほしい。例え私が犠牲者となっても」
彼女は口を閉ざした。
プリムの想いが痛いほど俺には伝わっていた。人の命を糧とする死神の力が生み出す恐怖と破壊の衝動。自らの命を救う為に失われる仲間の命の正当化。彼女は俺がそれに呑まれるのを恐れている。
そして同時に信じているのだろう。俺ならきっと心の闇に打ち勝ち前へ進むということを。
俺は無言で紅茶を口にした。喉を通る暖かさが体に染み入り、それはまるで温かい彼女に抱かれているようにも感じた。
おもむろにプリムがバルコニーの柵へ身を委ね、アメジストの瞳を俺へと向ける。
「そうそう。私。キミの意見に賛成だから」
「は?」
俺は口を半開きにさせたまま彼女を見つめ返す。危うくティーカップを落としそうになった。
「お前。反対じゃねぇの!?」
「反対なんて一言も言ってないけど?」
「さっきのお前の反応はどう見ても反対意見じゃねぇか!」
「それはキミがそう思い込んでるだけ。私は確かめたかっただけだし。キミが信じる道を進めばいいんじゃないかな」
彼女のその言葉に俺は視線を逸らし頭を掻いた。ちらっと一瞥するとプリムはその光景を見てさも楽しそうに微笑んでいる。
そうだった。彼女は雲を掴むように実体がないかと思いきや実はそれはただの幻影で、本体は後ろから優しく抱きしめている。意味のない発言かと思いきや思慮深く全てを見透かしている。プリムはそういう人だ。
頭を掻く手を止めると俺は前を見つめた。もう迷いはなかった。
「……決まりだ。レイドボスを倒す。スタビリスへ戻るぞ。お前にも作戦を練るの手伝ってもらうからな? 参謀?」
プリムはその言葉に笑顔で返した。見る者の心を和ませる慈愛と優しさに満ち溢れた笑顔だった。




