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第2話「人外率いるパーティに栄光あれ」

 暗雲立ち込めるスタビリスの街中に怒声にも似た声が響き渡った。

 その声の主はレヴィ。そう俺だ。何故なら目の前にオレンジ色の毛を持つ狼男と黒い肌の大男が立っているのだから。二人とも上半身は裸で黒のズボンを履いている。


 相手も突然、遭遇した片翼の黒ずくめに驚いた様子だが、そんなことは知った事ではない。狼男にあったら普通は驚愕する。下手をすれば腰をぬかす。そうならずに武器を探す俺はまだ肝が据わっているのかも知れない。


「武器! 武器はどこだ!? シーリス!」


 俺は咄嗟に周囲に立てかけてあった固い木の棒を握りしめ、先端を相手に向ける。それを目にして狼男は困惑したのか頭に手を当てながら、俺の動きを制止するかのように剛毛に覆われた手を前にかざした。

 その時、俺の耳に信じられない言葉が響く。それは流暢な日本語だった。


「待て! 待てって! 俺はこう見えても人間だよ! 日本人だよ! そりゃこんな見た目だから信じられないかもしれねぇけど、俺はれっきとした人間なんだよ! 信じてくれ!」


 狼男の慌てたように訴えるその言葉を前にして、俺は肩の力を抜くと木の棒をゆっくり下げた。

 その様子を見て安堵したのか、狼男はため息を漏らす。


「……あんた。もしかしてプレイヤー?」


「そうだよ。ガチャ回したら意識失ってこの様だ。まったくわけがわからねぇ」


 彼は俺の言葉に頷きながら頭を掻いた。

 どうやらこの狼男は俺と同じく「プロセルピナ」の事前登録ガチャを回したらこの世界に来たらしい。ならば彼の外見も恐らく「アバター」なのだろう。

 信用していいかどうか判断のしづらい状況だがそれは相手だって同じだ。彼には俺は片翼の悪魔にでも見えているはず。信用できかどうかなど「お互い様」ということだ。


「悪い。殴るところだった」


「いやいいさ。わかってくれたらそれでいい。俺はウォルガンフだ。そして後ろにいるのはアレフ」


「僕はアレフ。僕もウォルガンフさんに会った時は最初、驚いたよ」


 二メートルはあるだろう巨体に筋骨隆々の肉体。どう見ても狼男より強烈なインパクトを持っているだろう大男の口から出た「僕」という人称と柔らかい物腰は容姿と不釣り合いだ。しかも図太い声ときている。


 実際の外見とアバターがまったく違うことはすでに承知している事実だが、余りに似ても似つかないアバターだと思わず苦笑が漏れてしまう。「驚いたよ」と言っているが実際、驚愕していたのはウォルガンフのほうではないだろうかという妄想が脳裏を過った。

 俺は木の棒を元の場所へ戻すと二人に視線を注ぐ。


「俺はレヴィ。……やっと同じ人間みつけたわ」


「まったくだ。この世界がどうなってるのか知らんが仲間は多いほうがいいに決まってる。他に来ている奴がいないか探してみよう」


『……仲間といえバ』


 唐突にスマートフォンから声が響いた。機械的なこの声。サポートのシーリスの声だ。それは空中に重力を遮断しているかのように浮いている。

 この世界の怪現象の一つ。「浮き上がるスマートフォン」だ。原理的には勿論、説明なんてできない。ただこの世界だとスマートフォンは手を離しても地面には落ちず浮遊し、持ち主が移動しても一定距離を維持するようだ。


『この近くにもう一人、プレイヤーの反応がありまス』



 シーリスの案内で俺達は、ウォルガンフと出会った場所から少し離れた位置にある建物の前にたどり着いた。

 木造二階建ての少し大きめの建物の入り口には、酒と思われるマークが刻まれた看板が揺れている。どうやらRPGの世界にはお馴染みの「酒場」という施設だ。


 俺は木製の扉をゆっくり開けた。しわがれた音と共に開く視界の先は薄暗く、ぼんやりと照明が周辺を照らしている。酒場の中は人は誰もおらず無言で佇む椅子とテーブルが並んでいるだけだった。

 俺に続き、ウォルガンフとアレフも酒場の中へと足を踏み入れる。その時、部屋の奥に一人、誰かが立っているのに俺は気が付いた。


 髭を生やした中年くらいの男性。身長は俺より低いくらいか。茶色の髪で赤に染色されたローブを着ている。右手には錫杖。左手には王冠を持っていた。

 目に映る容姿は一目みて魔術師(ウィザード)と理解できる様相を呈している。NPCノンプレイヤーキャラクターかどうかはこの時点では判断できない。俺は話しかけようと彼にゆっくりと近づいた。

 その瞬間、俺達の耳に信じられない言葉が飛び込んでくる。


「……あっ! もしかして人間!? やっと会えたわ! あたし。心細かったのよ!」


 一瞬で俺は石化した。見てないがたぶんウォルガンフ達も同様だと思う。目の前の中年魔術師はある意味、恐怖にも似た驚愕に固まる俺を前にして、太い声を口から奏でつつなおも女言葉全開で捲くし立てる。


「もう聞いてよ! ガチャ引いたらこの姿になってこんな誰もいない所に連れていかれて! もうサイアク! でもこれで安心ね!」


 中年魔術師は喜びを隠し切れないのか小躍りするように言葉を弾ませ、両手を握り胸元へ寄せる。

 まるで神に祈るような仕草は少女がすると確かに一枚絵のように美しいことだろう。だが残念ながら俺達の目の前にいるのは中年のおっさんだ。

 正直な話。オカマとの接点は俺にはない。そういう存在が現実世界にもいるというのは理解しているが会った事すらなくどう反応していいかわからなかった。

 俺はそっとウォルガンフの大きな耳元へ口を近づけた。


「ウォルガンフさん。アレ。触るとまずい奴だよな?」


「やばいだろ。少なからず関わり合いたくないのは確かだ。逃げる算段を考えたほうがいいんじゃ?」


 俺達の会話が聞こえたのかどうかは定かではないが、おおかた雰囲気で予想がつくのだろう。中年魔術師は態度を豹変させ、俺達へ詰め寄った。


「ちょっと! 何ヒソヒソ話してんのよ! あたしはこう見えても女子高生なんですケド!」


 見た目は中年男。中身は女子高生。

 普通の世界ではどう見てもただのオカマだ。だが俺達がいる「プロセルピナ」は違う。何せ「見た目と中身が違う」世界なのだから。


 彼……いや彼女といったほうが正しいか。恐らく彼女の言っていることは本当だろう。アルカナが何かはわからないがカードに付属していたアバターが不幸にも「中年男」だったわけだ。それに仮にただのオカマだとしても「この世界に飛ばされてきた人間」であるのならそれは仲間のようなもの。一時は困惑したがよくよく考えてみれば「困ったときはお互い様」だ。

 俺は同情を禁じ得ない彼女の前に歩み出ると微笑みを浮かべた。


「さっきは悪かった。あんたの言ってることを信じる。俺はレヴィ。よろしく」


 その言葉に彼女は、信じられないと言わんばかりに目を丸くしている。恐らく信じてもらえないと思っていたのだろう。

 彼女は頬を朱色に上気させ、照れくさそうに口を開いた。


「あ……あたしはシャルル。よろしく」


 その光景を見て微笑みが苦笑に変わる。

 当然だ。たとえ中身が女子校生だとしても、目の前にいるのは中年の男性なのだから。自分でもわかるほど口元がひくついていた。

 頭でわかっていても拒絶反応だけはすぐには抑えられそうもない。慣れが必要だなと俺は思った。



 酒場の外に四人のプレイヤーが集まっていた。

 俺の右となりにウォルガンフ。左にシャルル。そして向かいにアレフが立っている。

 事の起こりは「お互いのスマートフォンを見せて情報を共用しよう」という俺の言葉に端を発する。お互いのカードを理解することはパーティを組む上でも必要なはずだ。


 四人の中心にスマートフォンが並べられた。俺は銀色のスマートフォン。青はウォルガンフ。黒はアレフ。そして一際、異彩を放っているのは元の色がわからないほどデコレーションシールで装飾されたスマートフォンだ。当然、持ち主はシャルルだった。

 視界に映った瞬間、俺は噴き出しそうになるのを必死にこらえた。中年の髭面男が出すスマートフォンが余りにも不似合だからだ。どうやらまだ「彼女」には慣れない。


 所持アルカナはみなSRだった。俺一人を除いては。ウォルガンフは「戦車(ザ・チャリオット)」のカード。アルカナは純白の騎士「ライン・ヴァイスリッター」だ。アレフは「(ザ・タワー)」のカード。アルカナは王の塔「キングオブバベル」で、シャルルは「皇帝(ジ・エンペラー)」のカード。アルカナは皇魔「カイザーサーヴェラー」だった。

 そして、俺の番がくる。残った三人に声が響いたその瞬間、全員が俺のスマートフォンを凝視した。


「……LRのカード。<死神(デス)>」


 俺のスマートフォンの画面には、鎌を持った黒いローブを纏った骨が佇むイラストが刻まれたカードが映っている。まるで俺達の未来を刈り取るような不気味さがそこにはあった。


 本来はカードの項目にアルカナも記載されている。だが「死神」のカードにはアルカナの詳細が記されていない。そして、何よりこのカードは「本来出ないはず」のレアリティだ。


「プロセルピナの事前登録ガチャはSRまでしかでないはずだった。だけど何故か俺にこのカードが降ってきた。バグなのかも知れないけど、正直よくわからねぇ。ただ何というか……このカードは不気味(・・・)なんだ」


「……確かに嫌な気配がするぜ」


「でもそのカードはLRなんだからそれだけ強いんだろう?」とアレフが言った。


「それはわからない。召喚条件も記載されてねぇ。死神のアルカナの詳細はわからないんだ。……でもアルカナそのものの説明は訊く必要があるだろ? シーリス。この世界におけるアルカナの詳細を教えてくれ」


『……かしこまりましタ。レヴィ様』


 シーリスの口からアルカナの詳細が語られる。

 まずはアルカナの召喚方法。画面をタップするかもしくは口頭で「アルカナ起動」と言えば召喚できる。


 アルカナと召喚者(インヴォーカー)との間には「接続範囲(アクセスポイント)」が存在する。それはアルカナによって違い、接続範囲を超えた場合、アルカナは自動消滅する。


 またアルカナが召喚された場合、アルカナと召喚者は「連結」される。戦闘によりアルカナの耐久値が五十パーセントを下回った場合、召喚者にも痛みが伝わり、耐久値が無くなるとアルカナは破壊される。それはつまり「召喚者の死」を意味する。


 その事がシーリスの口から語られた時、俺を含むその場にいる人物全ての表情が暗く固まった。

 どんな苦難が待ち構えているかわからないこの世界で頼れるのは仲間とアルカナのみ。しかし、そのアルカナが破壊された場合、自分達も死ぬ。そんな状況で楽観視など到底できなかった。


 だが俺の脳裏からは離れない一つの人影がある。その笑顔をもう一度見る為、元の世界へ帰らなくてはいけない。俺は不安を振り払うべく軽く頭を振ると再び、シーリスへ語り掛けた。


「この世界でできることを教えてくれ」


『クエストを受注することが可能でス。詳しくはクエスト一覧をご覧くださイ』


 俺はシーリスに促されクエスト画面をタップする。スマートフォンの画面に広がるのはクエスト一覧である。NPCの依頼達成からモンスターの討伐までそれは多岐に渡る内容だった。


 シーリスによると報酬は「ビル」と呼ばれる言わば現実世界における金と、「ベリル」と呼ばれる赤い宝石が手に入るようだ。「ベリル」は「プロセルピナ」ではそれを使ってガチャを回すことができるらしい。


 俺は画面をスクロールしてクエスト一覧を目で追う。もしかしたら元の世界へ戻る方法がクエストに隠されているかもしれないからだ。

 その時、クエスト一覧の最後のページを見つめる俺の指が止まった。

 クエストの最後に表示されているクエスト名を凝視する。その内容は今、この場にいる人間全員が求めているであろうものだった。


「……報酬は現実世界への帰還」


 思わず俺はクエストの報酬を口にする。その場にいる全員がスマートフォンを凝視した。そこには「全てのクエストのクリア」というクエスト名で報酬に「現実世界への帰還」と表示されている。

 そして、他のクエストにはない項目が追加されていた。


「……クエスト達成までの残り時間は二十日」

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