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第19話「思惑と絡み合う疑念」

 トークンを殺そうとしている。

 ハピネスのその言葉に俺は常に足元にいるノアトークンへ視線を落とす。彼女は相変わらず無表情を貼りつかせ、俺の黒いズボンをギュッと掴んでいた。


 人は無意識に誰かを殺そうとはしない。物であっても理由があるから壊そうとする。ノアトークンがシャルルとオラクルの二人にとって「人」と「物」どちらの感覚なのかは別として、「目的なくして破壊はない」はずだ。


 俺は頭の中で思案した。思い浮かぶのは先のバフォメット戦におけるシャルルの行動。あの時感じたものは「恐怖」だ。

 オラクルの場合は? あるとしたならベヴェルクトでプリムをナンパした時にノアトークンを突き付けられた際の反応か。あのあからさまな不快感を浮かべた表情は少し異常だった気もする。


 そっと手の中に包まれているハピネスを解放すると、部屋に置かれたテーブルへ彼女は羽ばたいた。その赤い体を取り囲むかのように俺とプリムが椅子に着座する。


 おもむろにプリムはテーブルに置かれていたバッグの中から一枚の巻物を取り出した。それは索敵の目(サーチアイ)の魔法道具だった。

 彼女は魔法を行使した後、俺へ視線を移し頷く。どうやら周りに人はいないようだった。


「詳しく聞かせてくれ」


「ベヴェルクトからここまでの移動中にね。二人がヒソヒソ話し込んでいたからついつい聞き耳を立ててみたの。その時に聞いたのよ。ノアトークンを殺してしまいたいって」


「理由が思いつかないな。仮にも一緒に戦う仲だぜ? 見た目的に気に入らないのならわからなくもないが殺すまではいかないだろう」


「どうかしら。あの二人。明らかにトークンを敵視している感じがするわ。理由はそうね。……如月乃愛に似てるから……かな?」


 プリムが意味ありげに如月乃愛の部分だけゆっくりと言葉にした。トークンへ抱く恐怖と不快。それが「トークンそのもの」ではなく「如月乃愛」へ向けられたものではないかと彼女は考えているようだった。


「プリムさんが言ってることは正しいかもしれないわ。あなた達とは違って(・・・・・・・・・)彼らは悪い意味で如月乃愛と関係しているのかもしれないって思えるのよ」


 ハピネスのその言葉に俺は違和感を覚え、彼女のつぶらな瞳を見つめた。

 俺はハピネスの前で「如月乃愛」の事を話した記憶はない。それなら何故、先程の発言が彼女の口から飛び出してくるのが不自然だった。

 ハピネスは俺の表情から言わんとしていることを察したのだろう。首を傾げ俺を見つめながら言葉を紡ぐ。


「実は私。ウィルトに協力しているのよ。もちろん彼の素性もある程度聞いたわ。この世界が如月綾香により生み出された可能性があることも、あなた達が如月乃愛と関係していることもね」


「口外無用とか言ってたのに、あの人喋ったのか」


「彼。一人では辛いと感じたみたいね。話を聞いた時、協力しようと思ったの。それと綾香がこの世界を作ったとしたら……私がここにいるのは納得できるからなのもあるわ」


「……ウィルトさんも似たようなこと言ってたな」


「彼同様、私は呪われてもおかしくない人間なのよ。だから正直な話。この世界で死んでも構わないと思ってるわ。でもあなた達だけでも現実世界に帰って欲しいのよ。だからこそそれの障害になりそうなことをこうして伝えているというわけ」


 彼女の話を耳にしてプリムがじっとアメジストの瞳でハピネスを見つめていた。

 冷たくもなく逆に暖かいわけでもない無表情に近いその顔からは、彼女が今、何を考えているのか想像がつかなかった。もしかしたらプリム自身、どう言えばいいのか悩んでいるのかもしれない。

 そんな彼女を見つめハピネスの持つ白い嘴から言葉が漏れる。


「プリムさんが他の人間を信用しないのは実は正しいわ。信用にたる人間ではないからよ。ウォルフとかはよくわからないけど少なからず私とウィルトもね」


「……でも俺はハピネスさん達も元の世界に戻れることを願っているし、プリムは俺だけに天使である必要はないはずだ」


「そう。レヴィ君の考えも正しいわ。でもね。レヴィ君。天使って二面性があるの知ってる?」


「二面性?」


「そうよ。正しい人間には救いの手をもたらす。だけどね。罪人には天誅を下す存在なのよ。レヴィ君には前者かもしれないけど、おそらく私達には後者だわ」


「……いずれは話してくれるんですか?」


 唐突に声を発したのはプリムだった。彼女の表情はどこか寂しげで普段の声よりもトーンが低い。その言葉にハピネスは小さな頭でこくんと頷いた。


「今はまだ無理だけどいずれは話そうと思っているわ。私のこと全てをね」


「はい」


「話を戻すわね。シャルルとオラクルの件についてリーダーの意見を聞きたいわ。私が心配しているのはトークンの件もそうだけど、仲間と認識できるものを殺すという発想よ。そこに何か思惑があるにしろその標的が他のメンバーへ移らない保証はないのではないかしら?」


「ハピネスさんの言う通りだ。仲間割れとかもってのほかだからな。しかしかといって追及することは現状できないな。正直な話、刺激したくない内容だ」


「……一つ思うんだけど、そもそもパーティメンバーへ攻撃できるの?」


 プリムのその言葉に俺は視線を下へ落とした。

 通常、MMORPGではパーティメンバーへ攻撃は当たらない。もし当たるならアタッカーが範囲攻撃を撃った場合、仲間が巻き込まれるからだ。

 思案している俺にハピネスの声が響く。


「それなんだけど一つ聞きたいの。レヴィ君はどうして戦闘時にプリムさんへ位置情報を送っているの? 当たらないのなら気にしなくてもいいのではないかしら?」


 俺は彼女の言葉にハッと顔を上げる。

 フレンドリーファイアが不可能なのに位置情報を送る。それは俺自身に言葉にはしないものの「不安」があるからだ。


 実際のMMORPGとこの世界には相違がある。フレンドリーファイアが不可能だということを試したわけでもない。「もし当たるのなら」……それは最悪の結果になりかねない。プリムが防御機能がない背面から撃ち抜かれる現実が……だ。


 その時、他の人間から言われてはじめて思い知る。俺自身、完全に他のメンバーを信頼しているわけではないということを。


「……それはプリムを守る為だ。フレンドリーファイアが不可能かどうか試した事なんてないんだ。万が一、当たったら? そんな考えが過るんだ。仲間を信用していない。そう言われても仕方がないかもしれない」


「そんなことはないわ。そもそもリアルを知らない人間を易々と信用しろっていうほうが無理な話なのよ。私はあなた達を信用しているけどそれはあなた達と会話し、あなた達の考えを理解し、そしてレヴィ君の頑張りを見ているからだわ」


「……そういってもらえると助かる。シャルルとオラクルの件だけど、フレンドリーファイアについてはウィルトさんと話してみる。二人の動向については注意はするけど無用な刺激を与えたくはない。いくらなんでも俺がいる目の前でトークンを殺そうとはしないだろ?」


「そうね。幸いいつも傍に居るし」


「それと基本、孤立して行動することは避ける。最低でも二人単位で行動するようにしよう。これは安全確保という意味で通達すれば不自然じゃないだろ」


「OK。わかったわ」


 ハピネスは頷くと白い毛の混ざった翼を羽ばたかせ部屋を後にしようとする。その時、赤い小さな体へプリムが語り掛けた。


「……ハピネスさん。やっぱりあなたの悪意はすごく薄いです」


「そう。でも『無くなるわけではない』わ。そしてあなた達を信じることを綾香への罪滅ぼしになると思っているわけでもない。もし私も生きて帰れたら……綾香の墓前に花でも添えて謝ると同時に文句を言ってやりたいわ。なぜあの二人を巻き込んだのかってね」


 彼女は扉を見つめたままそう言葉を綴る。そして取っ手の位置まで移動するとその場で羽ばたいたまま停止した。


 俺は扉を開けてあげようと椅子から立ち上がるその瞬間に、気が付いたのかハピネスは振り返ると、ウィンクするかのように片目をつぶり「大丈夫よ」と言った。そして再び前を向いた時、取っ手が勝手に回り音を立てて扉が開く。


 その光景に驚いた俺に彼女は、笑ったのか首を上げると外へと飛び去り、自動で扉が閉まった。俺はその時、はじめてハピネスが「念能力(サイコキネシス)」を使えるアバターだということに気が付いた。


 

 その日の夕方。古都エルドラードに落ちゆく太陽が赤い陽射しを降り注いでいたその時、俺は宿泊施設である「アネシス」の大きなキッチンにいた。

 

 以前、青椒肉絲を作ってから飯当番は自分が担当になり普段と変わらずキッチンで夕食の下準備にかかっていた。

 もう日課と化したその作業に苦を覚えることもなく手際よく調理していく。いつもならプリムも手伝っているところだが、この日は足りない食材の買い出しに商人NPCの元へと出かけていた。勿論彼女一人ではない。ノアトークンも連れていた。


 今日は和風の献立にしようと魚を包丁で捌いていたその時、誰かの気配がして俺は顔を上げる。視界に映ったのはシャルルだった。


「まだ飯までは時間がかかる。待っててくれ」


「飯の催促にきたわけじゃないのよ。一つ聞きたいことがあってね」


「なんだ?」


「……あんた。なんであの子の肩を持つの?」


 あの子。このキーワードですぐに思い浮かんだのはプリムの姿だった。


「肩を持つ……か。まるで敵対してるような言い方だな」


「敵対してるわけじゃないけど。あまり好きなタイプではないことは確かよ。言葉に棘があるのは気にしないで」


「彼女だけひいきにしている。そう思われても仕方ないとは思ってる。けどな。似てるんだよ。俺の現実世界にいた彼女にな。悪いがどうしてもそうなっちまう」


「あんたの彼女なんじゃないの?」


「……何度もそう思った。だけど違うかもしれない。プリムは明らかにオンラインゲームに精通している。けどあいつは違うはずだ。それにソシャゲなんてやらないからな。いつも本ばかり読んでる。それにどちらかというとおとなしいタイプで。その点でも積極的なプリムとは違う」


「内向的な読書少女ってやつか。あんたのリアルの彼女もあたしとは気が合いそうもないわ」


 そう口にしながらシャルルはテーブルに備え付けられている椅子に腰かけた。

 中年男性のアバターの彼女だが、その太い指が何か物欲しげに動いている。手の形からまるで煙草を指でくわえているかのようだった。もしかしたら現実世界だと彼女は煙草を吸っているのかも知れない。


「ねぇ。あんた何歳?」


「十七」


「え? まじ? あたしと同い年!? もっと上だと思ってたわ」


 少し驚いた様子のシャルルはしばらく間をおくと俺の碧眼をじっと見つめた。


「ねぇ。あんたさ。現実世界に戻ったらあたしと付き合わない?」


「はぁ? 何言ってんだ? さっき彼女いるっていったじゃねぇか」


「相手に女がいたって関係ないよ」


「……最近の女子はそんなに肉食だとは思わなかった」


「欲しいと思ったら手に入れる。そんなの普通じゃない。それにさ。あたしは今、こんななりだけど現実世界だとお嬢様だよ。女優のタマゴでモデルを依頼されたこともある美人だしさ。あたしと付き合えば金だってたくさん……」


「無理だな」


 彼女が言葉を言い終わらぬうちに俺はそう言い切り、シャルルの話を遮った。だが彼女はそれに対して怒る様子もなくケラケラと笑っていた。


「まぁそう言うとは思ってたけどさ。頭の片隅にでも入れておいて。悪い話じゃないはずよ」


 シャルルはそう口にするとキッチンを後にする。俺はその背中をじっと見つめていた。


 彼女の思惑はわからない。しかしうっすらと感じるものがある。それは「保身」だ。俺に好意を寄せていると思わせて……実際に持っているかもしれないが……俺の警戒を解こうとしているのかもしれない。それによって自らの本当の仲間を増やすために。


 そこから垣間見えるもの。それは誰しもが互いに心の奥底で疑念を抱いていることに他ならない。全員が全てにおいて仲間を信用しているわけではないんだ。この俺を含めて。


 その時、キッチンへプリムが姿を現す。ノアトークンも一緒だ。

 彼女は「ただいま」と短く言うと頼んでいた食材をテーブルの上に置き、「おかえり」と返した俺の目の前にエプロンを広げて見せた。

 それは黒い毛に目元に白の毛が混じり、オレンジ色の嘴を持った小鳥のイラストが描かれた薄ピンク色のエプロンだった。


「ムクドリのエプロン。可愛いでしょ」


「なんでムクドリなんだよ」


「キミのもあるよ。色違いだけど同じイラストのやつ」


「俺もそれつけるの強制なの!?」


 そう言いながらも俺は内心、安堵していた。プリムが無事戻ってきたこともあるが、何故か彼女が傍に居ると心が安らぐ自分がそこにいた。


 笑顔で語る俺の視界に一瞬、シャルルの姿が見えた気がした。通りがかっただけなのかそれとも見間違いか。視界を過ぎ去る景色のようにほんの僅かの間、目に残っただけだ。


 その時の彼女の表情は暗く冷たいものだった。まるで殺意に塗り固められたかのように。

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