表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/46

第18話「美しき古都エルドラード」

 バフォメット襲撃から一夜明け、ベヴェルクトの空に朝がやってくる。闇夜に繰り広げられた激戦を労うかのように、俺達の頭上を柔らかな光が照らしてくれた。


 朝、目が覚めた時、プリムが横で鏡を手に桜色の髪をといていた。寝ぼけ眼で焦点が合わない状態でも、眩い朝日に包まれた純白の翼ですぐに彼女だと理解できる。

 美しい女性が髪をとく仕草は本当に絵になると俺は思った。男だとこうはいかない。


 こちらに気が付き笑顔を見せた彼女に短く「おはよう」と口にすると俺は寝袋から体を起こす。今日はこれから古都「エルドラード」へ出発する予定だった。手短に身支度を整えるとプリムと共に寝泊まりに利用していた廃墟から外へと出る。


 そこにはハピネスとシャルル、ウィルト、ウォルガンフの三人が何やら話をしていた。オラクルの姿は見えない。俺は歩みながら短く挨拶を済ますとウォルガンフが俺へ視線を移し話しかけてきた。


「そういや昨日のバフォメット。誰が倒したんだ?」


「てっきり大将がパンチで殴り倒したと思ったんだが違うのか?」


「俺、そんな化け物だと思われてんの」


「いくらレヴィ君でも五十パーセントを一撃で削るのはさすがに無理でしょう? 丁度、さっきまでそんな話をしてたのよ」


 ウォルガンフの肩で羽を休めるハピネスがそう口にした。その時、プリムが「これが答え」と呟き、俺に寄り添うノアトークンを持ち上げた。


「ノアトークンがブラッディノアになった」


「どうやって!?」


「恐らくチートだ。何者かがノアトークンのパラメータを改変してる」


「チートってたまに聞くけど、なんだそれ?」


「チートっていうのは改造ツールとかを使用してパラメータを改変したり、本来ではありえない挙動を生み出したりする不正行為。ゲームの高速化とかね」


「ちなみにアイテムを増殖させるのはDupe(デュープ)ね」


 俺とプリムの説明に「チート」という言葉に首を傾げていたウォルガンフが「なるほど」と頷いて見せる。


「ちなみに実際のゲームでそれやるとどうなるんだ?」


「You BAN!」


 俺とプリム、そして何故かハピネスまで指を拳銃に模した人差し指でウォルガンフを同時に差した。指といってもハピネスは翼だが。

 あまりに息の合った一斉射撃にウォルガンフは一瞬、たじろぐ。


「な……なんだかよくわからねぇが、やっちゃいけないことだってのは理解できたぜ……」


「興味深い話だ。大将。チートを駆使すれば死神のアルカナをデメリットなしで使えるんじゃないか?」


「ウィルトさん。たぶんそいつは無理だ。チートした人が誰かはわからないがその人は『仕方ないですね』と言った。それはつまり本来、やるつもりではなかったってことだ。俺を助ける為にやむを得ずやったって感じだった。それに『あの人に特定される』とも言ってたし危険なことなんだろう」


 その話を耳にした途端、ウィルトの表情が一瞬、固まった。金色の瞳が俺をじっと見つめた後、何か思案するかのように視線を地面へと落とす。


 彼の行動からまるで「あの人」に心当たりがありそうだと俺には思えた。

 ウィルトに心当たりがある人間。それはすなわち「Playback(プレイバック)」に関係した人間である可能性が高い。しかしそこで追及する気にはならない。下手をすればウィルトの素性が明らかになる可能性があるからだ。


 しばらくして遅れてオラクルがその場に姿を現す。彼はプリムへ近づき開口一番、彼女の容姿をほめたたえると「エルドラードへ着いたら街中を散策しませんか?」とデートの誘いをしているようだった。

 俺はプリムがそれに乗るとは思えないので黙って様子を見ていた。彼女は冷めた顔でオラクルを見据えている。


「私。中身おっさんだけどいいの?」


「ホワイ? おっさんって?」


「これアバターだから。中身はおっさんだよ? 年収二百四十万の派遣勤めで独り身の寂しいおっさんだけどいいの?」


 無表情で淡々と口にするプリムにオラクルはうろたえたかのように後退すると、彼女はノアトークンを持ち上げ彼の目の前に突き付けた。


「女の子がいいならはい。これ」


 トークンを目にしてオラクルはあからさまに不愉快そうに眉根を寄せる。「ノー。サンキューだ!」と吐き捨てるように声を荒げると、彼は背を向け無言で四輪車両へと歩み出した。それに続いて他のメンバーも乗り込み始める。


 彼女はオラクルの白い背中を見て、「ふん」と鼻を鳴らすと俺のバイクの後部座席に腰を下ろした。そして運転席に座る俺の碧眼を見つめる。


「まさかキミ。さっきの話。本気にしてる?」


「するわけねぇだろ。あんなに手際よく化粧するおっさんとか実在するなら見てみたいわ」


 その言葉にプリムは「ふふふ」と微笑んだ。


「ネトゲで直結に絡まれた時に『おっさんと言え』は女性プレイヤーの常套句だろ?」


「反対にネカマに引っかからないようにするのには『みんなおっさんだと思え』だったかしら?」


「全員おっさん。それで平和。万事解決だ」


 俺は彼女に微笑んで見せるとノアトークンを運転席の前側にベルトで固定し、横で漂うスマートフォンへ視線を移す。


「ほんじゃ。エルドラードへしゅっぱーつ」


「大将。もっと気合入った出発号令かけようぜ?」


 ウィルトの言葉を耳にしながら俺はバイクのアクセルを捻った。




 古都エルドラード。「黄金郷」を意味するらしいその都市は非常に美しい街並みを携えていた。


 都の中央に位置する大噴水から流れる清らかな水は、都市の至る所に張り巡らされた水路を通り、景観を美しく彩る。建物は見た目は煉瓦作りで、三階建ての三角屋根が目立っていた。

 大噴水の奥には巨大な白い石材で建築された大聖堂があり、陽光を浴びて神秘的な美しさを醸し出している。プリムは目に映る街並みを眺めながら気に入ったのか感嘆の声を漏らした。


 街並みこそは素晴らしいものの当然のごとく人の気配はない。シーリスによるとやはりここも商人NPCしかいないようだ。


 俺達はまず拠点となる宿泊施設を探した。見つけたのは三角屋根の大き目な建物で看板には「アネシス」と書かれている。七人が住むには十分すぎるほどの広さで生活環境も整っていたので、ここに決めることにした。


 各人の部屋を割り当てた後、一度、全員集めてこれからの活動内容を決めて解散し、俺は美しく磨き上げられた木目の床を歩きながら自分の部屋へと向かう。一応、全員分割り当てたが恐らく「彼女」がいるだろうことはすでに予想がついていた。


 そんな俺の考えを裏切ることなく、部屋の扉を開けると桜色のセミロングの髪を揺らしプリムがベッドを見つめていた。

 そこまでは十分に予想の範疇だ。しかしベッドの上に並べられた女性用の下着の存在はいくらなんでも予想外だった。彼女はそれを眺めながら何かを思案するかのように、赤紫の毛先を指でいじっていた。


「……何してんの?」


「気が付かない?」


「何を?」


「下着」


「いや。それは見ればわかる。お前の奇妙な行動には慣れてきたが敢えて言おう。今日の下着を決めるなら着替え室でやれ」


「まぁそれもあるんだけど、一番の気がかりはサイズなんだよね」


 首を傾げた俺に彼女は並べられた色とりどりの下着を一つ手に取り、アメジストの瞳で見つめながら言葉を紡ぐ。


「スタビリスの街にいた時は、部屋に男性用も女性用も両方用意してあった。しかもサイズも色々、取り揃えた状態でね」


「確かにそうだな」


「でもこの部屋は男性用と女性用両方あってしかもサイズが私の体に合わせてあるの。全て。たぶん男性用はキミのサイズに合わせてあると思うよ?」


 プリムの言葉に俺は違和感を感じた。何故、サイズが合わせてあるのか。しかもランダムで決めたこの部屋で。

 俺はおもむろにスマートフォンを取り出しウィルトへWhisperを送る。内容は「タンスの中に何があるか?」だ。彼の答えは「男性用の下着」だった。


 彼の答えが意味するもの。それはランダムで決めたはずのこの部屋に「プリムが居座る」ことを事前に知っていた誰かが下着のサイズを彼女に合わせていたということだ。もしくは俺の部屋が決まったその時に「リアルタイムで変更した」可能性もある。

 プリムは両手で上下セットになった白と黒の下着をぶら下げると俺の目の前に立った。


「おかしいとは思ってた。だってもし如月綾香が私達を殺す為にこの世界を用意したというのなら、生活環境が整っている時点でおかしいのよ。ましてや下着なんて」


「確かにな。殺す為ならこんな用意なんてしねぇ」


「ウィルトの言葉を借りるともう一人の意思が私達をサポートしてると考えられるわ。スタビリスにいた時点だと細かい所までは把握しきれなかったから、下着とかの日用品は全てのサイズを置いたのね」


「それを言うなら食材とかもそうか?」


「だと思うわ。恐らく彼女が用意したのよ」


 俺はプリムの言葉に再び違和感を覚え首を傾げる。プリムは今、「彼女」と言った。何故、会ったこともないその「もう一人の意思」の性別を「女性」と断言したのか。


「……彼女?」


もう一人の意思は女性(・・・・・・・・・・)よ。だって私の体のサイズにぴったり合わせた下着を用意するなんて同じ女だとしか思えない。キミはブラジャーとかサイズ合ったのを用意してって言われてもわからないでしょ? 実際にバストサイズを計ったとしても無理なはずよ」


「確かに無理だ」


「だから女性よ。そしてこれで三つ揃ったわ」


「……もしかして偶然が重なったのか?」


「そう。イチゴのショートケーキが大好き。プログラムに精通している。女性。この三つ全ての条件が揃うのは間違いなく如月乃愛(きさらぎのあ)だわ。彼女はこの世界のどこかにいる」


 プリムは真剣さを帯びたアメジストの瞳で俺を見つめる。

 如月乃愛がこの世界のどこかにいる。死んだ人間がこの「プロセルピナ」にいることは説明できない。しかしそんなことは正直、どうでもよかった。彼女と再び会うことができるかもしれない。それだけで俺の胸は熱くなった。


「……真面目な話してる時に悪いんだけどよ。両手に下着ぶら下げたままそんな話されてもしまりが悪い」


「そうだね」


 俺の言葉に左右の白と黒の下着を一瞥してから、彼女は笑顔を見せる。


「ねぇ。どっちがいい?」


「おめぇの好きにしろ」


 そう言ったと同時に「おじゃましまーす」というひっそりと囁くような小声と共に、部屋の中へと羽ばたいてきたハピネスと目が合った。そして、俺と両手に下着をぶら下げたプリムの姿を視認した瞬間、彼女は固まり、「おじゃましましたー」と空中で華麗にUターンを決めて部屋から出ようとする。

 俺は咄嗟に両手でハピネスの体を掴んだ。


「お邪魔しなくていい!」


「いや。だってどう見ても『今日の夜は下着どっちがいい?』的なシチュエーションにしか見えなくて……」


「ちげーよ! つーかいつの間に入ったんだ!?」


「ノックしても反応ないから様子見ようとしたのよ……」


「レヴィは黒が好きだから黒にしよーと」


「あら。セクシー派なのね。レヴィ君」


「話をややこしくするな!」


 俺は悪戯好きな笑みを浮かべるプリムを一喝すると、半開きになった扉から外を確認して閉めると鍵をかけた。そして手の中にすっぽり収まっているハピネスへ再び視線を移す。


「……んで。俺に何か用あったの?」


「ああ。そうよ。ちょっと気になったことがあってね。実はシャルルとオラクルのことなんだけど……」


 少し間を置いて彼女は残酷な言葉を放つ。


「トークンを殺そうとしているわ」

BAN~アカウント停止処分のこと。

Dupe~デュープ。アイテムやゲーム内通貨をバグやチートによって、大量に増殖させる不正行為。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ