第17話「トークンもやればできる子」
暗闇の中、光の軌跡が幾度となく空間を切り裂いた。
ノアトークンは投げつける動作と同時に体を回転させ、使い魔の赤黒い体へ戦斧の刃を食い込ませる。
白刃はいとも容易く肉体を分断し鮮血が散った。トークンの生み出す回転が風を起こし血を巻き込み、さながら鮮血の嵐のように闇の中、赤く煌めいた。
『使い魔がシャルル様へ急速接近中』
「思った通りヌーカーから狙うのかよ。いい性格してやがる!」
俺は瓦礫の山を飛び越え走り出した。
プレイヤーキラーとの戦闘でも体感したが「LR」の死神のアバターも身体能力が高く、まるで自分の体とは思えないほど重量を感じさせない。
目に映る景色がまるで左右に裂けていくかのように見えた。
暗闇の中、赤黒い使い魔を視認する。その鋭く光る爪にシャルルが気が付いたその時だった。彼女が悲鳴を上げるより早く黒いドレスが宙を舞う。
シャルルのすぐ傍まで迫る使い魔へ投げつけたノアトークンが高速で回転運動を開始。一閃と同時に血と肉片が飛び散る。風を切る音と共に戦斧は使い魔の胴体を真っ二つに切り裂いた。
勢いをそのままに戦斧を瓦礫にめり込ませたトークンの無表情な顔がシャルルの目と合う。血のついた戦斧と感情を感じられない表情が彼女に恐怖を感じさせたのか、中年の魔術師はその場で一瞬、体を身震いさせた。
俺が「戻れ」と口を開くとトークンはまるでブーメランのように手元へ戻ってくる。彼女を右腕に乗せ俺はシャルルを一瞥すると何も言わず銀色のスマートフォンへ視線を移した。
「使い魔は?」
『先程の対象で殲滅済みでス』
「<バフォメット>の戦況は?」
『<サバト・バフォメット>耐久値二十パーセント減少。被害状況はレーベェパワークリーガー耐久値十パーセント減少』
シーリスの報告を耳にすると俺はふとシャルルを見た。彼女は戦慄したかのように顔を蒼白とさせている。見つめる俺にシャルルは震える唇で言葉を紡いだ。
「あんた。怖いわ。そんな無表情な人形使ってためらいもなく切り殺して」
「殺さなきゃあんたが死んでるかもしれないぜ?」
「それはわかってるけど。なんかあんたがどんどん本当の悪魔になっていくような気がするのよ。それにそのトークン。何故あたしにそんな冷たい目をするの?」
そう言われて俺は腕に乗るトークンの瞳を見つめた。普段通りの無表情ながらも愛らしい顔だ。
人形と言われたら確かにそう見えるかもしれない。しかし俺はあのイチゴのショートケーキの一件からノアトークンに少なからず愛着がわき始めていた。
考えてみたら寝食を共にする仲だ。子供は――プリムが冗談半分に言いそうだが――ちょっと言い過ぎではあるものの妹のような存在になっていた。
「普段通りの顔だぞ? 何一つ変わりはしねぇ」
俺の言葉に呼応したかのようにノアトークンが首を動かしシャルルの顔を見つめる。その瞬間、彼女は体を震わせた。
「……やっぱりあたし。それ駄目だわ。なんか斧持ってるその子見ると……あたしに斬りかかってきそうなのよ」
「気にしすぎだ。戦闘で緊張しているだけだろ。<バフォメット>へ攻撃を続行してくれ」
無言で頷くシャルルを一瞥すると俺はその場から駆けだした。トークンの手にする戦斧「バイルエグゼキューション」の刃が月明りを反射して鈍い光を放ち、赤黒い血を滴らせていた。
ベヴェルクトの夜空で斬爪が煌めいていた。
ハピネスのアルカナ「ファイアロート・サンバード」による自動回復の効果で、耐久値を回復させたムーンヴァイスティガーが戦線に復帰してから形勢は有利になる。
ウィルトとオラクルの両名も慣れてきたようでディフェンダーであるプリムとの連携もうまく取れるようになり、このまま順調に進めば「バフォメット」討伐も時間の問題だと俺は考えていた。
しかし「プロセルピナ」の世界は最後まで何があるかわからない。それは「バフォメット」の耐久値が五十パーセントを切った時に起こった。
空中に浮かぶ「バフォメット」が突如、再び動きを止める。僅かな隙をついてレーベェパワークリーガーの大剣とムーンヴァイスティガーの鋭利な爪が悪魔の体を切り裂いた。
皮を破られ肉を断たれ鮮血を夜空にまき散らす悪魔はその時、何の感情も見えないどす黒い瞳を俺に向ける。
一瞬、首元に刃を突き付けられているかのような戦慄が体全身を襲った。「バフォメット」が。いやそれに憑りついている「どす黒い悪意」が俺を見据えているように思えた。
突如、体を丸めたかと思うと悪魔の体は弾丸のように空中を疾走し、獅子と白虎に脇目も振らずまるで空から降る隕石のように炎に包まれ俺目がけて突撃した。驚愕したのか目を見開き、「レヴィ!」と叫んだプリムが豹変した「バフォメット」を追撃する。
光に包まれた彼女はまるで流星のようだった。
体がまったく動かない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、驚愕かあるいは恐怖に駆られ足が地面に吸い付いて離れなかった。
肌を刺すかのような火球が俺を飲み込もうとするその時、眼前に青白い球体が立ちはだかる。それはノアトークンが展開した魔法障壁だった。
戦斧を前に掲げ小さな体で火球と化した「バフォメット」をはじき返さんと足を大地に根付かせていた。しかし燃え盛る火球の勢いに少しずつ障壁にヒビが入り始める。
その時、俺は確かに聞いた。ノアトークンの口から語られる「仕方ないですね」という流暢な言葉を。
「この体に長くいるとあの人に位置を特定されるんですが、レヴィさんを死なせるわけにはいきません」
「……ノア?」
「ノアトークンデータ干渉。ステータス上限解放。パラメータ改変。バイルエグゼキューション出力改変」
ノアトークンの体に異変が起きた。
まるで背中から生えてくるかのように六枚の黒翼が目の前に広がり、トークンの体が大きくなっていく。その姿はあのアレフが死んだ時に現れた死神「ブラッディノア」そのものだった。
魔法障壁が砕け散ると同時にブラッディノアの戦斧が唸りを上げた。
黒光りする刃は高速の白刃となって燃え盛る「バフォメット」の体に深々と食い込む。光の軌跡が流れたと同時に悪魔は上半身と下半身とに分断され、血と共に大地に崩れ去った。
驚愕で見据える俺の瞳と彼女の赤い瞳が交差する。そこにいたのは恐怖の対象である死神ではなく穏やかな表情をしたノアだった。
一瞬でその体が元のサイズに戻る。無表情を貼りつかせいつものようにノアトークンは、俺の元にテクテクと歩み寄ると黒いズボンをギュッと掴んだ。
今まで無言だった銀色のスマートフォンから声が聞こえる。それは「サバト・バフォメット討伐完了」を知らせるシーリスの言葉だった。
流星のように空を駆け抜けたプリムが俺の目の前に舞い降りる。
俺の身を案じたかのように集まる他のメンバー達の視線が降り注ぐ。「そこは抱きつくのがベターよね」という冗談めかした言葉を口にするハピネスの予想を覆し、彼女は俺に近づくや否や渾身のボディブローを腹部に食い込ませた。
悶絶し身を屈ませる瞬間に、プリムが怒りの形相で仁王立ちしているのが見えた。
「おおおおおぉ……」
「あんた馬鹿ぁ!? バフォメットの索敵範囲に入るとかド素人じゃあるまいし!」
「おま……みぞおちだぞここぉ……」
「守るこっちの身にもなってよね! 死んだらどうすんのよ!?」
「はいぃ。すんませんん……」
「すげぇボディブローだな。俺だと死ぬわ」
ウォルガンフの言葉で周囲に笑いがこだました。しかし当然、俺に笑っている余裕なんてありはしなかった。
その後、解散し再び寝袋の中で体を横にした俺は、おもむろに横で寝ているプリムへ視線を移す。
今だ怒っているのか彼女はぷいっと顔を背けたままだ。何か声をかけようと頭の中で言葉を探しているその時、突然プリムは振り返ると俺の胸元へ桜色の髪をうずめた。
「……危ない真似はやめてよね。お願いだから」
「悪かったよ。もうしない。またやったらそれこそお前のボディブローで死にそうだからな」
俺の言葉に彼女は顔を上げる。そこには普段通りの可愛らしい笑顔があった。
「ところでバフォメットをどうやって倒したの?」
「ノアトークンが倒した」
「それ本当なの? いくらなんでもトークンではネームドモンスターは倒せないでしょ? しかも五十パーセントくらい一気に削るなんて」
「よくわからねぇけど、ノアトークンがブラッディノアになった」
プリムは驚いたかのように目を丸くさせるとゆっくり上半身を起こし、枕元で縮こまるように座っているノアトークンへ視線を移す。
彼女は伸ばした両手でトークンの頬をつねると横に引き伸ばした。間抜けな顔が暗闇に浮かび上がる中、ノアトークンは人形のようにその状態でも身動き一つしない。
こちらが何かアクションを起こしても「イチゴのショートケーキ以外」には反応しない、普段通りのトークンそのものだった。
「……いつもと変わらないね」
「それはわかるがつねる必要あんのか?」
「まだ中にいるのなら反応するかと思ったけどやっぱり一時的なのかな」
「どういうこと?」
「私の勝手な予想だけど恐らくそれは改造ツールでデータを改変したんでしょ。そんなことができる人が今、この世界にいるってことかな」
「ウィルトさんの言葉を借りればもう一人の人間の意思ってやつか。思いつくのは如月乃愛だけどお前はどう思う?」
「まだわからないね。確かに彼女はプログラムに精通してたから可能だろうけど、まだ二つしか重なってないから断定できないかな」
彼女はそこまで口にすると、「もう寝ましょう」といって寝袋の近くに置いてあるランプの灯火を消した。目の前が暗闇に閉ざされると途端に眠気に包まれる。
俺は如月乃愛を頭の中に思い浮かべた。
バフォメット戦でノアトークンを制御していたのが如月乃愛だとしたら、彼女の言った「あの人」とは誰なのだろうか。いや。如月乃愛だとも断定はできない。プリムの言う通りだ。
しかし、少なくとも俺達の知らない所で何かが動いている。二人の人間の意思がここ「プロセルピナ」に介入している。そんな気がした。
闇が深まるにつれ眠気も濃くなっていく。俺の意識は眠りの底へと落ちていった。
ヌーカー~魔法などにより強力な遠距離攻撃をする役割のこと。




