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第15話「廃墟に漂う哀愁への誘い」

 暗雲に閉ざされた「ベヴェルクト」で俺達はクエストを開始した。


 全てのクエストクリアに該当するクエストは滅んだとはいえベヴェルクトにも存在し、それらを順調に消化していく。ベヴェルクトのクエストが終了した時には、薄暗い暗雲は過ぎ去り赤く美しい夕焼けが俺達を包み込んでいた。


 シーリスによると次の街は古都「エルドラード」だが道なりは遠く時間がかかるらしく、俺達はベヴェルクトで夜を明かし翌日の朝に出発することにした。


 夜の気配が漂い始める夕暮れ時。ウォルガンフが突如、膝を折り何かを手に取って見つめている。

 俺は何気なく彼に近づいた。見ると毛むくじゃらの手に包まれているそれは一冊の書物だった。文庫本サイズで表紙には「哀愁のエスパーダ」と書かれている。その文庫本を目にする彼の瞳はどこか寂しげに見えた。


 ウォルガンフは俺の視線に気が付いたのかおもむろに立ち上がると、俺へ文庫本を手渡した。


「こいつはな。俺が小説を書くきっかけになった本だ。何でここに落ちてるのかはわからねぇ」


「あんた。リアルだと小説書いてるのか?」


「ああ。小説投稿サイトに投稿してたアマチュアだった。ある時まではな」


「その言い方だとやめたかプロになったのか?」


「後者だ。まぁプロっていうか新人賞とったって話だがな」


 俺は「へぇ」と短く声を漏らした。人は見かけによらないとはこのことか。もっとも彼の場合は狼男だけど。


 俺自身は小説を読まないわけではないが漫画を好むほうで、小説をよく読むのは凛愛(りお)のほうだ。彼女ならこの「哀愁のエスパーダ」のことをもしかしたら知っているのかもしれない。


 ウォルガンフは昔を思い出すかのようにどことなく寂しげな表情で空を見上げた。


「アマチュア時代は散々だったよ。最初は書きたいものを書いてたさ。だが投稿するようになってから評判ばかり気にするようになってな。本来の目的を見失っちまった。来る日も来る日も評価ばかり気にしてな。評価が低けりゃすぐ連載をやめて削除した。そんなことしてるうちに俺は何のために小説書いてるんだろうって気になってな。頭がおかしくなりそうだった」


 彼は目線を下ろすと俺の手の中にある文庫本へ視線を移す。


「そしてある日、再びこの本に巡り合った。読んでたら昔を思い出したよ。書いていた情熱もな。そして俺はその後どうしたと思う?」


「さぁな。書く喜びってやつを見出したっていう話じゃないのか?」


「少し違うんだ。その後な。書いていた小説を全部削除して投稿サイトを退会したよ」


 少し驚いた顔を浮かべた俺にウォルガンフは横に広く大きい口を歪ませた。笑っているようだった。


「馬鹿らしくなってな。他人の評価にびくついているのがよ。潔く全部消したんだよ。何もかも。そしてしばらく執筆から遠ざかっていたある時、俺の執筆仲間からある話が舞い込んできた。詳しくは言えないがゲームの設定だ。俺はそれを元に小説を久しぶりに書いてある出版社が企画するコンテストに応募した。それが新人賞を取ったのさ」


「でも印税うはうはって……わけじゃなさそうだな」


 俺はそう口にする。何故ならもしそれでプロとして活動できているのなら、あんなに寂しげな表情などしないだろう。


「お前の言う通り、それはまだ出版されていない。ちょっとトラブルがあってな。そして結果を待つ俺は出版できるかどうか差し迫ったある日にこうして狼男になってここにいるわけだ」


「現実世界に戻ったらここでの話を書けば売れるかもしれねぇよ?」


「そいつはいいな。……なぁレヴィ。人ってやつは何かを成し遂げたいとき別な何かを犠牲にするもんだ。その成し遂げたい何かが大きければ大きいほど求められる犠牲も肥大化する。例えば命を助けたいなら……それと同等の価値を持つ犠牲が必要だ」


「……」


「その小説を読めばわかるさ」


 ウォルガンフは再び口元で笑いの表情を形造ると「それはお前にやるよ」と短く言い、俺に背を向けて歩き始めた。彼の背中を眺めた後、俺は無言で「哀愁のエスパーダ」へ視線を落とした。


 その日の夜。雨風を凌げる程度に崩壊を免れた大きな建物の中で野宿をすることにした。


 各人の為に部屋を割り当て各々、一個ずつ寝袋を渡した。そして当然の如く俺の部屋に割り当てられた場所にはプリムの寝袋も置かれていた。

 彼女は少し離して二つの寝袋を置く俺に、不機嫌そうに眉根を寄せた表情で言葉を紡ぐ。


「ねぇ。なんで離すの?」


「何となく」


「キミは化け物が徘徊するかもしれない場所で女の子を離して寝る気?」


「一緒に寝る男が化け物になる可能性は考えないのか?」


「少なくともキミはならないでしょ?」


 彼女はそう言い切ると自分の寝袋を俺のものとぴったりくっつけて、満足気にそれを眺めていた。


 その光景を見ていると心の奥底で「まぁいいか」という考えが沸き上がってくる。先日の彼女の話といいプリムは、俺との関係について他のメンバーの視線など気にしないようだ。


 俺はそんな彼女の前を横切り部屋の一角に、手頃な棒と布で即席の着替え室を作った。プリムはそれを見て「別になくてもいいのに」と呟いていたが、俺は周囲を一瞥すると彼女の方へ視線を移す。


「オラクルあたりが覗いてるかもしれないのに?」


「……それはちょっと嫌かな」


「そうだろ? なら人の好意は甘んじて受けておけよ」


「そうする。ありがとう」


 笑顔で答える彼女は着替えを持ち、垂れ下がった布の中へと入っていく。俺は枕元に小さなランプをつけると寝袋に横になりながら文庫本を開いた。ウォルガンフが拾った「哀愁のエスパーダ」だ。


 しばらくすると、白いタンクトップに青いショートパンツ姿のプリムが俺の隣で横になった。そしてアメジストの瞳を手元にある本へと移す。


「キミ。なんで哀愁のエスパーダを持ってるの?」


「街中で拾ったんだ。知ってるのか?」


「哀愁のエスパーダ。作者は東明寺正孝(とうみょうじまさたか)で、ある呪いをうけた女剣士モルテの物語。彼女は呪いにより体が朽ちていくんだけど人の生命力を奪うことで体を維持し、最強の力を得る剣士。そして彼女は呪いを与えた相手を倒す為に仲間と共に旅をする」


「それで?」


「旅の途中ね。彼女の体が崩れ始めると仲間が一人ずつ言うのよ。『私の命を吸いなさい』ってね。吸えば仲間が死ぬ。でも吸わなければ自分が死ぬ。それで彼女はね。嘆きながら仲間の命を吸いつつ旅を続けるの」


「鬱な話だな」


「それでね。最後にいざ呪いを与えた相手と戦うって時に再び彼女の体が崩れ始める。そして最後に残っていた仲間。……彼女の恋人なんだけど彼も命を捧げるの。そして無事、呪いを与えた相手を倒すことができた。でもその時、彼女は思ったのよ。『ここには何も残っていない』と。そこにはただの血に塗れた一人の剣士しかいなかった。仲間も恋人も倒す相手さえそこにはいなかった」


「……その後、どうなったんだ?」


「その後ね。絶望して死のうとして首筋に剣を当てるの。でも小説だとそこで文が途切れてシーンが変わる。そのシーンでは地面に鮮血の跡と血のついた剣が刺さっている。だけど死体はないの。そこで小説はおしまい」


 俺はプリムを見つめたまま小首をかしげた。


「どういうこと?」


「そこから先は読者の想像次第なのよ。自殺したから鮮血の跡と血のついた剣があるというのがまず一つ。でも死体がないってことは途中で死ぬのをやめて生きる道を選んだ可能性もあるの。彼女がどちらを選んだのかは読者に任されているというわけ。……キミはどっちだと思う?」


「俺は後者だな。そこで死んじまったら今までの仲間が犠牲になったことも無意味になるだろ?」


「なるほど。でもそれだと彼女は延々と生き地獄を味わうことになるね。仲間の命を吸ったという絶望に苛まれながら。ちなみに私はね。どちらでもあるしどちらでもないと思う」


「悪い。日本語で頼む」


「鮮血の跡と血のついた剣は彼女の過去の呪われた自分への決別。つまりそれは死。だけど死により彼女に取り込まれた仲間の魂が外に出て彼女の魂と共に本来のあるべき場所へと戻る。安らぎに満ちた世界に。それが私が考える結末」


「死ぬことであるべき場所に帰る……か」


 俺はプリムの話を聞きながら「哀愁のエスパーダ」を枕元に置くと仰向けに横になった。


 仲間の命を吸う。まさに俺の持つアルカナ「死神」のようだと思った。

 物語の主人公と同様に俺も戦い続ける内に仲間の命を吸い続けるのだろうか。そうならないことを願うのは当然だ。しかし選択しなければならない状況になった時、俺はどちらを選ぶのだろうか。仲間の死と自分の死を天秤にかけたらどちらに傾くのだろうか。


 俺はアメジストの瞳を向けるプリムへ視線を移した。

 月明かりに照らされた彼女の桜色の髪は、まるで月夜の中で舞う桜の花びらのように煌びやかで美しく見えた。彼女は片腕を立て頭を支えた状態で俺を見つめている。その表情はどこか穏やかなものだった。


「なぁプリム」


「何?」


「もしレイドボスが襲撃してきたら、俺はどうすればいいんだろうな。仲間を無事に生かしたまま倒せるなら戦う選択もある。だけどゲームならやり直しがきくけどこの世界は違う。判断ミスが死に直結するんだ」


「怖いの?」


「正直に言うと怖い。だって俺のこの小さな手の中に俺含めて七人の命が握られているんだ。怖くないわけがない。今までネトゲでギルマスとかやったことあるけどこんなプレッシャーは普通、あり得ないからな」


 彼女は俺の言葉に無言で耳を傾けていると思いきや、しばらくすると両手を俺の頭の後ろへまわし、ゆっくりと胸元へと導いた。彼女の柔らかさと温かみを感じる中、頭上に声が響く。


「怖いのは当然だよ。恥じることでもない。キミは仲間を死なせないように最善を尽くしてる。仮に誰かが死んでもそれはキミの落ち度ではないよ」


「だが仲間に死なれるのは嫌だ」


「それはそうだよ。誰だって死ぬのは嫌だし死なれるもの嫌だよ。でもそれに捕らわれては駄目。元の世界に戻るんでしょ? それなら立ち止まることは必要だけど後ろに下がるのはいけないよ。一度立ち止まるのはいい。だけどその後は前に進まないといけない」


「……そうだな」


「でもね。今この時くらいはそんなことは考えずに、ゆっくり目を閉じて休んでもいいんじゃないかな」


 プリムの優しさに俺はゆっくりと目を瞑った。


 思い出してみたら過去にもこうやって抱かれたことがあった。あれは「如月乃愛」が死んだ日だ。その事実が今だ信じられなくて悲しみに暮れる俺を凛愛が同じように抱きしめてくれた。

 その時に感じた慈愛に満ちた温かみに再び包まれながら、俺は眠りに落ちていった。

 


 眠りの中。何も見えない漆黒に塗りつぶされた世界で何かを感じた。


 頬に。あるいは唇に。何か柔らかく暖かな感触だった。もちろん俺にはそれが何かわからない。おぼろげな意識の中で辛うじて脳の中に残っているだけだ。もしかしたらただの夢なのかもしれない。


 しかしその時、何かが睡眠という湖に水没している俺の意識に石を投げた。それは巨大な岩が湖に落ちたかのように水面を波立たせ水中を貫き埋没する俺の意識へ直撃する。


 「緊急事態」を知らせるシーリスの警笛が鳴り響いていた。


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