第14話「暗雲に閉ざされた世界」
翌日。その日はどんよりとした重々しい空だった。
上空を覆う雲から湿気が降り注ぎ、肌は水気を含んだ見えない粒子に触れている。そんな気配が漂っていた。まるでその天候はこれから起こるある結果を無言で指し示しているようにも思えた。
康寧亭の長いテーブルが備え付けてあるリビングに、七人がみなスマートフォンの画面を食い入るように見つめている。悪魔、天使。獅子に狼男。虎男にオカマ。そしてテーブルの上に鳥。俺を含めて彼らは期待と不安が入り混じったような瞳を向けながらゆっくりと画面へ指先を動かした。
急遽、開始されたガチャ大会だった。「外の世界を探索する為にガチャを引いていらない物を売り移動用車両を買う」という俺の提案が承諾され、結果この奇妙な集まりがはじまった。
ウォルガンフが訝し気な表情でスマートフォンを眺める。
「なぁレヴィ。十連と単発。どっちがいいかな?」
「そりゃ十連でしょ」
「私。単発派」
「お前。単発信者かよ……」
隣に座っているプリムが細いしなやかな指先で何度もスマートフォンの画面をタップしている。最初は無表情だったが徐々に眉間にしわが寄った表情へと変わっていく。どうやら結果は訊くまでもないらしい。
「さては……爆死したな」
「何このガチャ。ゴミしかでないんだけど」
不機嫌そうな表情で彼女は俺にガチャ結果を見せてきた。ピンクのスマートフォンの画面には合成用の小アルカナが表示されている。
プロセルピナの世界では戦闘によりアルカナはレベルアップしていくが、それとは別にガチャやクエスト報酬で手に入る「小アルカナ」という合成用の素材があり、それにより経験値を得ることもできる。ただそれは公開されている「ゲームの世界におけるプロセルピナ」のシステムであり、俺達がいる「プロセルピナという世界」において可能かどうかは別問題だった。
実はプリムと一度、小アルカナで「愚者」と「死神」を強化できるかどうか試していた。結果は「できない」だった。
元々この二体のアルカナは「本来、排出されないはず」のレアリティだから実質的には「バグ」のようなもの。恐らく強化できないだろうと予想していたがそれが覆ることはなかった。つまり俺とプリムにとって合成用の小アルカナを引いたところで何も得るものなどなく、金にするしかなかった。
「単発に頼るからそうなる。素直に十連、回せばいいんだよ」
意気揚々と俺はガチャ画面をタップする。魔法陣から光が迸り、カードが飛び出すと「ケルト十字」に配置される演出が繰り広げられた。アメジストの瞳でそれを覗きこむプリムの桜色の髪が揺れる。
「キミは次にこう言う。『俺も爆死した』」
「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ」
十連ガチャ結果が画面に表示される。俺はそれを見て嘆息した。さすがプリムだ。全てはお見通しのようだった。
銀色のスマートフォンには彼女の時と同様に合成用の――しかし合成できない――小アルカナが十個、まるで俺を嘲笑うかのように綺麗に並んでいた。
「……『俺も爆死した』」
「ほらね」
「なんだよこのクソガチャは」
「私とキミに合成素材を売って金を稼げっていう意味だよ。朝の七時に起きてガチャを引けば出るんじゃない?」
「それ知ってる。つーかやった。まじクソオカルトだ。ぜんぜん出ねぇ」
苛立ちに似た感情がむくむくと頭をもたげてくるその時、周りから「お」や「あ」などの単語と「ぐぅぅっとぉ!」という神経を逆なでする言葉が耳に入る。「ぐぅぅっとぉ!」などどいうふざけた言葉を口走るのはもちろんオラクル以外にはいない。
それらの言葉が意味するように俺とプリムのガチャ結果とは違い、合成用素材の他に各メンバーは全てSRを引いていた。それも自分の持つアルカナと同等のカードだ。
つまりウォルガンフは「戦車」を。ハピネスは「太陽」を。ウィルトは「力」を。シャルルは「皇帝」を。そしてオラクルは「月」だ。
公開されている「ゲーム世界におけるプロセルピナ」においては同等のカードを手に入れた場合、同じカードと合成することで「限界突破」が可能になりレベル上限が増える。つまりより強化できる。
テーブルの上にいるハピネスに頼み込んで試しに限界突破が可能かどうか試してもらったが、どうやら今、俺達がいる「プロセルピナの世界」でも可能のようだ。ただ合成素材による強化は不可能だった。やはりそこは実際のゲームとは違うらしい。
限界突破によりレベル上限が上がるのと同時にもちろん強化もされる。それはつまりここ「プロセルピナの世界」でも表示されないだけで「ステータス」の概念があるのかもしれない。
ただ実際に強化されているかどうかは、スマートフォンに表示されるアルカナ情報だけでは判断できなかった。実際のゲームではステータスも当然、表示されるだろうけど俺達のいる世界では違うようだった。
奇妙なガチャ大会の終了後、残った小アルカナを商人NPCに売り、この世界の通貨である「ビル」へ変換した俺達は五人乗りの移動用車両を購入した。
四輪の日本でもよく見かける「ワゴン車」に似たデザインの車両だ。車体は厚みがありMobの襲撃にあっても耐えそうな装甲を有していた。助手席は日本の車と同じく前側にあり後部座席は横に広く三人乗れた。後部座席の後ろは荷台となっていて結構、スペースがあり長距離移動にも都合が良さそうだった。
俺とプリムはバイクに、残り四人と一匹は四輪車両に乗り込んだ。運転はウィルトが担当している。今にも雨が降りそうなほど薄暗い雲が覆う空の下、俺達はスタビリスを出発した。
目的地は次の都市「ベヴェルクト」だ。
「プレイヤーキラーはどうするんだ?」
バイクで先導する俺の耳元に助手席に座るウォルガンフの声が響く。俺は浮かび上がり追従する銀色のスマートフォンへ語り掛けた。
「車体をぶつけて跳ね飛ばせばいい」
「おっそろしいこと言うな……」
「なぁウォルフ。オレは大将が現実世界へ戻った後のほうが心配だぜ。平気で人はねそうだ」
「んなことしねぇよ!」
運転席で笑いながら喋るウィルトに俺は声を張り上げると速度を落とし、境界線にある石でできたアーチ状の建造物の下をくぐった。物言わぬ人形のように身動き一つせず佇んでいる衛兵NPCを一瞥すると、ノアトークンに指示して「魔法障壁」を張り巡らせる。
うっすらと青白く透明な水泡のようにバイクを障壁が包み込んだ。後ろに座るプリムへ目で合図を送り、彼女が頷くのを確認してから俺はバイクのアクセルを捻る。
大地との摩擦により土埃が舞い、バイクは前輪を浮かせるように加速した。飛び出した俺の後を追うように五人を乗せた車両が動き出すのをバックミラーで視界に映す。目の前に群がるプレイヤーキラーをはね飛ばしバイクは一直線に突き進んだ。
黒い体が宙を飛び衝撃がバイクを襲う中、真横で漂うスマートフォンから「すげぇな大将。まじではね飛ばしていくわ」というウィルトの驚嘆とも思える声が響いていた。
プレイヤーキラーエリアを抜け、その先にある森林地帯を駆け抜けると図書館のあるリブレリーアの廃墟エリアにたどり着く。
広大とも思える廃墟の街並みを眺めていると、本当に生者は俺達だけなんだなという考えが頭をよぎった。
無機質で生命の息吹を一切感じない世界。設定された受け答えしかできないNPCすらいないリブレリーアは死の街に思えてくる。いや「死」ですらないかもしれない。何故なら死があるということは生もあるからだ。しかしここは何もない。「無」なんだ。
言葉には言い表せない一抹の寂しさが去来する。しかし神経を背中に注ぐと僅かに感じるプリムの温かみがそんなものを吹き飛ばしてくれた。
廃墟の街並みを超えると再び緑が揺れる森林地帯へと足を踏み入れる。そして木々の間隙を縫うように続く一本道の先に都市「ベヴェルクト」がある……はずだった。
バイクを止め、大地に足をつけた俺の目の前は燻る残骸と熱により揺らぐ空間が広がっていた。何かが燃えるような焦げた臭いと僅かに肌に感じる熱気がみなぎっている。
都市「ベヴェルクト」は崩壊していた。建物は崩れ、木造の建築物は燻り、NPCだったと思われる黒焦げの何かが大地に転がっていた。
俺達は車両から降りそんな廃墟と化した街並みの中を用心深く歩いていく。
「……ここ。都市だったんだよな?」
『間違いありませン。目的地であるベヴェルクトでス。本来はプレイヤーの生活環境が整っている場所のはずでス』
周囲を見渡しながら呟くウォルガンフにシーリスがそう答えた。サポートである彼女が嘘をつくとは到底思えない。本来ここは俺達の次の拠点となる街だったに違いないのだろう。
この街の惨状を見るにどう考えても「襲撃された跡」だった。通常のMobが街に攻め込むことなど「そういう趣旨のイベント」がない限りは今までのMMORPGの経験上なかった。
ネームドモンスターもそうだし徘徊するワンダリングモンスターも同様だ。「イベント」というものは基本、プレイヤーが参加してはじめて成立するもの。勝手にはじまって勝手に終わるなど見た事がない。
俺は立ち止まると、崩れて水が出なくなった広場の噴水に映る自分の顔を見つめる。考えられる要因は一つしかなかった。通常のMobでもないイベントでもない「襲撃」が意味するもの。それは「はじめから街を襲撃することを目的としたモンスター」の存在だ。
銀色のスマートフォンを手に取るとパーティチャットでWhisperを送る。相手はウィルトだ。会話を聞かれないように文字による囁きを選択した。
「ウィルトさん。一つ聞きたい。プロセルピナで<レイドボス>の設定ってあるのか?」
「……ある。実はオレも同じことを考えていた。最悪な相手だ。まともに戦えばオレ達だけの戦力では倒せないだろう。どうやら如月綾香は本格的にオレ達を殺しにかかってきたようだ。どうする? 大将?」
「同じ街を襲撃することは?」
「しばらくはない。一度、破壊された街は対象から外れ再生された後、再び襲撃対象になる設定だ。恐らく<レイドボス>はここを破壊した後、別の街へと対象を変え移動したのだろう。とりあえずここは安心だ。廃墟だがな」
そこまで話をしてささやきを切った。スマートフォンから目を離したその時、俺の顔をアメジストの瞳が覗きこむ。
「……彼と話してたの?」
「ああ。俺と同じ考えだったよ。お前もそうだろ?」
「これだけの規模で街を破壊するとか<レイドボス>しかいないよね。どうするの? 戦うの?」
「できれば戦いたくない相手だ。戦力だって七人しかいないんだ。でも奴は街を転々としている。……いずれは鉢合わせになる可能性はあるよな」
もしも拠点となる街……スタビリスなどが襲撃された場合、俺はどう判断したらいいのだろうか。起こりうる可能性のある最大の災厄を前にして俺は空を見上げる。
心の中に沸き起こる不安を映し出す鏡のように空は暗雲に閉ざされていた。




