第13話「獅子と天使と悪魔の三者会談」
夜の闇が深まると同時に部屋の中の空気も冷たさが増していく気がした。
美しい女性を取り巻くお茶会がいきなり怪談話に発展したような気分だった。それは「プロセルピナ」に来た要因に、「如月綾香」と「如月乃愛」という二人の「死んだ」女性が関与しているかもしれないからだ。
生前もっていた想いや呪う心というものは人の死後、強まるという話をどこかで耳にしたことを俺は思い出した。
現実世界からこの「プロセルピナ」の世界へ来たという事実そのものがすでに超常現象で説明ができないもの。それならばそれを引き起こしたのが死んだ人間だとしても、説明がつかない不可解な現象などとっくに経験済みの俺達からしたら「信じられない」で済まされない話だ。
プリムが紅茶を口元へ運ぶ。美しく整った唇の上を赤茶色の液体が流れていく。飲み終わるのを黙って見つめていたウィルトが口を開いた。
「仮に如月綾香がオレ達をこの世界に引き込んだとしたら彼女の目的は何か。あんた達は違うかもしれないがオレ達に関しては恐らく目的は一緒だろう。少なくとも彼女はオレ達にこのプロセルピナの世界を楽しんでねなどとは毛ほども思ってはいない」
ウィルトはそこで一旦、口を閉ざすと一呼吸おき再び言葉を紡ぐ。
「間違いなくオレ達を殺す気だ。自分が作ったゲームの世界でオレ達が弱り苦しんでいく様を眺めながら自分はGMに似た立場で高みの見物でもしているんだろうぜ。そしてオレ達には……正確にはオレには彼女にそうさせる理由がある」
「それは間違いではないと思うわ」
プリムが鋭い視線をウィルトへ向けた。彼女の持つアメジストの瞳は彼そのものではなく、その背後にいる「何か」を見据えているようだった。当然ながら俺にはウィルトの姿しか映ってはいない。
「あなたや他のメンバーからは悪意のようなものを感じる。最初はあなた方から出る悪意だと思っていたわ。でも違う。それはあなた方に向けられた悪意よ。そして人によってその濃度は違うわ。ハピネスさんは何故か他のメンバーより薄い。そして少なからずあなたとシャルル、オラクルは……もっとも濃いわ」
「そうだろうな。あんたの言うことは正解だよ。他の二人は知らんがオレは彼女のもっとも近くにいた人間の一人だ。そして彼女を地獄に落とした直接的な一因とも言える。恨まれて当然なのさ」
「俺とプリムは少し違うとしても、こんな世界を生み出しそこへあんた達を連れてくるほどの呪いか何かだとして、そうならなんで直接、殺さないんだ?」
「頭のネジがぶっ飛んでる人間の考えることなんざ理解できるはずがない。プログラマーの経験と自らの呪いとプロセルピナへの歪んだ愛情とが混ざり合って、それを暇な悪魔か邪神様が手助けでもしたんだろうよ」
ウィルトは吐き捨てるようにそう言葉を発すると、ここではじめて紅茶を口へ流し込んだ。
「この世界にきた要因は考える価値があるが過程は正直、どうでもいい話だ。理解できるはずがないし理解する必要もない。重要なのはここに来た原因とどうやって元の世界へ戻るかだ」
「そうね。ただその話を聞いた時点で全てのクエストクリアが現実世界へ戻る手段というのも眉唾ものの話に思えてくるわ。殺すためにこの世界へ連れてきたのなら、元の世界へ戻る手段など作るはずがないもの」
「それについては実はあながちそうでもないとオレは思っている。何故なら別な人間の意思が介入している可能性があるからだ」
別な人間の意思。つまりこの世界を生んだ張本人が「如月綾香」だとして、彼女とは違う意思が別に存在する。ウィルトはそう言いたいのだろう。
その言葉に俺とプリムがほぼ同時にお互いの瞳を交差させた。その意思とは紛れもなく「如月乃愛」なのではないか。もしかしたら彼女は俺達を救おうとしているのかもしれない。
自らの母親が生み出した地獄の中で唯一、光り輝く希望の花として咲いているんだ。それを手にする者に地獄から抜け出せる輝く翼を与えるために。
「オレはさっきも言ったが如月乃愛という人物はよく知らない。それはあんた達のほうが詳しいんだろう? あんた達の手元にあるノアの調査書といい、ノアというNPCがあんた達を指名したことといい、この世界から抜け出せる鍵はあんた達にあるとオレは思っている」
ウィルトは残った紅茶を一気に飲み干した。
「念のために言っておこう。プロセルピナのゲーム内にノアというNPCは存在しないんだ。また当然ながら受諾者を限定するクエストなんてのもない。ノアの調査書というアイテムも存在しない。事前登録ガチャで設定されていないLRとURを持つあんた達は、間違いなく特別な存在だ」
プリムがその言葉に眉根を寄せる。当然、彼女は自らの持つアルカナ「愚者」のレアリティがURだとは俺以外には打ち明けてはいないだろう。しかし相手は開発メンバーの一人だ。愚者がURだとわかっていてもおかしくはなかった。
ウィルトは彼女の表情を見て、プリムが「レアリティを偽っている」ことを他のメンバーに言うかどうか警戒しているのを察知したのだろう。目の前で毛むくじゃらな手を振ってみせた。
「安心しなよ。言うつもりはないし、もし言ったらオレが開発メンバーだとばれる可能性もある。それは避けたい。それにここでの話は他言無用でいいな? それはお互いのためでもある」
俺とプリムはほぼ同時に頷く。彼が念入りに二つの巻物を使用したわけも理解できた。
如月綾香に関して多かれ少なかれ様々な思惑を持つメンバーがいる以上、「この世界を生み出したのは如月綾香である」とする仮説を公開するのは非常に危険だ。もし耳に入ろうものなら混乱するのは目に見えている。
あくまで俺達の目的は「如月綾香の亡霊退治」などという大それたものではない。「元の世界へ帰る」ことなのだから。
「あんたの話はわかった。とりあえずリーダーとして全てのクエストクリアへ向けてクエストを処理するのは続けていく。元々、俺達の本来の目的は幽霊退治じゃない。現実世界へ帰ることだ」
「同意するわ」
そう口にしてプリムは俺に向けて微笑んでみせた。可愛らしい笑顔を見て俺の心は安らいだような気がした。
ウィルトは頷くとおもむろに席を立つ。
「如月乃愛に関してはあんた達に任せるとして、如月綾香についてはこちらでも調べてみようと思っている。他のメンバーとの関連性も含めてな。何かわかったら連絡する」
彼は金色に染まったたてがみを揺らしながら扉へと歩いていく。取っ手に手をかけて回そうとした時、何を思ったか急に体の動きを止めた。
「……もっともオレがそこまで生きていればの話……だがな」
ウィルトはそう呟くと扉を開け通路の暗闇へその姿を消した。その背中には不安や恐怖、寂しさなどが混在しているように見えた。
しばらく誰もいなくなった扉を見つめていると無言でプリムが席を立つ。奥の小部屋へ移動すると薄着姿に着替えて洗面所へ向かっていった。ふと時計へ目を移すともう夜の二十二時を回っていた。
水が流れる音がする。どうやら部屋に備え付けてあるシャワールームで彼女がシャワーを浴びているようだ。俺は特に理由もなくベッドに腰かけた。
二人きりの部屋で女がシャワーを浴びていて男がベッドの上で彼女を待つように腰かけていると妙に胸元がそわそわしてくる。まるでラブホテルにいるような気分になってきた。もちろん部屋の内装はそんなムードのあるものではないが。
しばらくすると桜色の髪を濡らし、それに白い清潔なタオルをかぶせた姿でプリムが視界に映る。彼女はピンク色のタンクトップに青いデニムのショートパンツという姿だった。アメジストの瞳が俺の目線と重なる。
「なぁ。本当に自分の部屋に戻らなくていいのか?」
「どうして?」
「ばれたら変な噂が流れるかもしれねぇぞ?」
「別にいいわよ。そんなの」
プリムは椅子に腰かけると俺の碧眼を見つめた。
「仮に広まって私がキミの部屋に泊まり込んでいて、夜に彼と寝ているって話になっても別に構わない。弁明の類すらする気はないわ。むしろ『ああ、そういう仲なんだな』って二人にしてくれたほうが好都合よ。それとも私とそういう関係になってるって話が広まったらキミが迷惑? それなら対策は考えるけど」
「別にそんなことはねぇよ。ただおま……あんたが尻軽女とか言われるのが癪なだけだ」
彼女はくすっと微笑み、「お前でいいよ」と言うと言葉を続けた。
「別にそれでもいいの。私がどこの誰と寝ようがそんなの関係ないじゃない。それで他のメンバーに避けられるのならそれでもいい。でも勘違い男が絡んできたらちょっと困るけどね。前も言ったけど私は他のメンバーを信用していないの。仲間として当然、協力はするわ。自らを盾としてその身だって護る。だけど心はキミにしか許さない」
プリムはそこまで口にすると、タオルを下ろし首にかけ俺の元にゆっくりと近づいた。
シャンプーの匂いなのか香水の匂いなのかそれはわからないけど、香しい花のような匂いが鼻の奥をくすぐった。
白くきめ細やかな肌をほんのり朱色に染め水気を含んだ桜色の髪が目の前で揺れる。湯上りに感じる独特の女性の色気が俺の神経を高揚させた。
その艶のある唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「それとも本当に私と寝る?」
「……言っとくが俺だって男だ。目の前でお前みたいな綺麗な女がいれば抱きたくなるのも当然だ。否定はしねぇ。だけどやめとくよ。俺は凛愛を裏切らない」
魅惑的に輝くアメジストの瞳と碧眼が交錯する中、プリムの瞳は宝石のように輝いていてその奥は湖のように澄んでいる。誘うような言葉とは違い彼女の瞳は、何かを確かめるかのように俺の瞳の奥を見つめていた。
見つめ返す俺の目の前でプリムの表情から笑顔が溢れだす。
「……キミのそういうところ。私は好きよ」
「俺もお前みたいな掴みどころのないところは嫌いじゃないぜ。誰かさんにそっくりだしな」
「レヴィ。キミも疲れているんでしょ。シャワーでも浴びてきたら?」
俺は無言で頷くとベッドから立ち上がる。シャワールームに入るとバスタオルの他に下着の替えまできちんと用意してあった。
シャワーを浴びると途端に眠気が襲ってくる。今日は色々なことがありすぎて疲れが溜まっているようだった。ノアの調査書を調べようとしていたがまた今度にしようと俺は思った。
それから彼女とウィルトの話と如月綾香の話を少しした後、ベッドをプリムとノアトークンへ譲り、俺は布団を敷いてそこで寝た。
体が鉛のように重くなっていくのを感じたと思いきや、すぐに眠りの底へと落ちていった。
俺は眠りの中で夢を見た。
真っ白い空間に俺と隣に何故かプレイヤーキラーみたいな格好をしたウォルガンフが座っている。
俺達の目の前でプリムが一人、変なダンスを踊っていた。それはもう「変な」としか形容できないダンスだった。セクシーなわけでもかっこいいわけでもない。本当に「変な」ダンスだった。
彼女は微笑むと俺の手を引き、茫然とするウォルガンフを置いて白い空間の中を彼女と手をつないで歩く。プリムは真っ白い空間の一部分をまるで扉のように開けると俺を招き入れた。
中には黒のセミロングの髪を揺らした凛愛が学生服の姿で立っていた。
彼女とプリムは俺の目の前で並んでみせると服を全て脱ぎ去り裸になった。絹のように美しい素肌を互いに摺り寄せ、二人は体をぴったり寄せ合うと指と指とを絡め合わせ、魅惑的な瞳を俺に向ける。
形のよい柔らかそうな唇が俺を挑発するかのように艶のある輝きを見せていた。
しかし体の肝心な部分が何故か白くぼやけていて何も見えない。
俺は興奮を覚えながらも苛立ち、それを追い払おうと必死になって手を動かすが、霞のように素通りし白いモヤは動こうとしない。まるでその様子は二人に弄ばれているかのようだった。
そんな時、突如、上から無表情を貼りつかせたノアトークンが天罰の如く俺の頭上に降ってくる。
そんな夢だった。
凛愛の裸が夢に出るのはわからなくもない。何故なら見たことがあるし頭の中に思い浮かべることができるからだ。でもプリムの裸が出てきたのはわからなかった。
何故なら俺は、彼女の裸を見たことなんて一度もないからだ。




