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第12話「夜の奇妙なお茶会」

 スタビリスの境界線にはハピネスとウォルガンフ、そしてウィルトの三人がいた。

 周辺に潜むプレイヤーキラーは、「キマイラ」の出現に怖れを抱いたかのようにその黒い姿を現すことはなかった。俺はプリムとノアトークンを乗せたバイクを境界線に設置されたアーチの近くに止める。すると肩にハピネスが飛び乗った。


「デートはどうだったの? キマイラに邪魔されたようだけど?」


「抱きつかれた。キスされそうになった」


「根も葉もないことを口走るな!」


 俺は無表情で淡々と答えるプリムを一喝すると、「ノアの調査書」の件を話はじめる。そして「Playback(プレイバック)」と「如月綾香」の名前を口から出した途端、「その話をするな!」という普段の彼からは聞いたことがないような鋭い口調で発せられたウォルガンフの一言がその場を切り裂いた。


 俺は口を閉ざす。空気が一変し不穏な気配が漂いはじめた。プリムを一瞥すると訝し気な表情を浮かべて彼を見ている。まるでその場から逃げるようにウォルガンフは、何も言わずスタビリスの街へと消えていった。


 ハピネスの方へ視線を移すと俺と目が合った瞬間に彼女は白い羽をピクリと動かすと、「ちょっと。ごめんなさい」といって羽ばたき街の方角へ飛び去っていく。何に対しての「ごめんなさい」なのか俺にはだいたい想像がついていた。恐らくPlaybackか如月綾香について今は何も話せないという彼女の意思表示だ。


 消えていくウォルガンフとハピネスの後ろ姿を見ながら、ウィルトが呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。


「なんだありゃ? 大方、昔の女が綾香って名前だったんじゃないのか?」


 ウィルトの言う通り過去の人間関係にその名があるのかもしれない。何せ彼の現実世界のことについては何一つ知らないのだから。

 ただ無理矢理、如月綾香の話を遮った様子から彼女とウォルガンフの間には友好な人間関係などなく、プリムの言う「悪意」というどす黒い何かが渦を巻いているのかもしれない。そして少なくともハピネスにもその兆候がある。


 俺はウィルトに「街へ戻ろう」と声をかけると、再びプリムを後部座席に乗せバイクを走らせた。仮に二人の間に何かがあるとしても今は追及するべきじゃない。痛くない腹を探られるのはするほうもされるほうも嫌だからだ。


 その日の夜。周囲は漆黒に覆われ、辺りは静寂に包まれる。


 スタビリスの夜は本当に静かだ。生きている人間は俺達しかおらず街の住人はみなNPCなのだから当然なのだけれど。

 しかし俺の部屋は周りの環境とは違い静寂を許しはしなかった。何故なら守護天使を自称する彼女が、さも当然のごとく俺の部屋に居座っているからに他ならない。


 自室から持ち込んだであろう化粧品やら着替えやら何やらが平然と並べられ、完全に共同部屋と化していた。


 プリムは鏡の前に並べられた化粧品の数々を満足気に眺めた後、奥にある小部屋を着替え部屋に仕立て上げた。そして、彼女は部屋に置かれた小さなテーブルに備え付けられた椅子に腰かけ綺麗な細い脚を組み、紅茶を入れたティーカップの取っ手に指をからめる。


 俺はそんな彼女の優雅なティータイムをベッドに腰かけ茫然と眺めていた。


「なぁ」


「何?」


「何でさも当然のように俺の部屋でくつろいでるわけ? しかも完全に居座る気、満々じゃねぇか」


「駄目かな?」


「駄目かどうかより若い男と同じ部屋に住むことに抵抗感ないわけ? 襲うかもしれないぜ?」


「襲いたければ襲えばいいんじゃないの?」


 彼女は平然とそう言ってみせるが、裏を返せば「お前はそんなことをしない」と言われているような気がした。


 目の前にいるプリムに関しては「尻軽女」という印象は受けない。男ならば誰でも愛想を振りまくタイプじゃないだろう。俺のことを見透かしている彼女は、もしかしたら現実世界において本当に俺を影ながら守護している天使なのかもしれない。


 口をつぐんだ俺にプリムは微笑んでみせた。

 

 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。一瞬でプリムの笑顔が消え去る。それは彼女がよく言うように「俺以外の人間は信用していない」ことを体現するかのようだった。

 念のため彼女に視線を注ぐ。無言でプリムが頷くのを確認すると俺は扉の前に立ち、向こう側にいる誰かに声をかけた。


「誰だ?」


「ウィルトだ。少し話がある」


 扉越しに聞こえてきた図太い声は彼そのものだった。再びプリムへ視線を移し彼女が頷いた後、俺は扉を開ける。


 金色のたてがみを揺らし大柄な体を漆黒の皮鎧に身を包んだウィルトが部屋へ足を踏み入れた。俺は彼が中へ入るのを確認すると周辺を見渡し素早く扉を閉め鍵をかける。


 彼はそれを一瞥し「えらく厳重だな」と呟いた。俺は「用心深い天使がいるんでね」と短く言うとウィルトは口を少し歪ませた。彼は部屋の中央で椅子に腰かけるプリムへ視線を移す。

 金色の瞳とアメジストの瞳が交差した。彼女は平然としているがどこかその瞳は鋭さを感じた。


「これはお邪魔だったかな?」


「別に構わないわ」


「それなら結構。実のところあんたもいた方が都合がいいんでね」


 彼はそう口にすると懐から二枚の巻物を取り出す。それはあのプレイヤーキラーとの闘いにおいてプリムが使った魔法道具(マジックアイテム)と同じものだった。一瞬、体を硬直させた俺にプリムがアメジストの瞳を向け声をかける。


「レヴィ。大丈夫よ。街に売られている巻物に攻撃用の魔法はないわ」


「そういうことだ。これは『索敵の目(サーチアイ)』と『防音サウンドプルーフィング』の魔法道具だ」


 ウィルトは巻物の印を解き紙が垂れ下がると同時に短く言葉を紡ぐ。周辺を探索する「索敵の目」と俺達の周囲から発生する音を遮断する「防音」の魔法だ。彼の口が止まると巻物は燃え上がり空気中に消え去った。


「周辺には誰もいない。『透明な体(インビジブルボディ)』使用者もいない。防音の効果も発動させたからあんた達が夜にいくら激しくやろうが外に音は漏れないぜ」


「そんな面白くない冗談、言うためにここにきたわけではないでしょう? ご丁寧に<索敵の目>と<防音>を使用してまで私達と話をしたいのは何かしら?」


 プリムの言葉はどこか鋭さを秘めていた。俺は扉の前から移動しベッドに腰かけると床に足をつけ佇むウィルトへ視線を移した。


「それと話をする前にあなたがある程度、信用たる人間かどうか見たいわ」


「どういう意味かな?」


「忘れたの? あなた自分で索敵の目で周辺に人がいないことを確かめ、さらに防音で音を漏れないようにしている。つまりここであなたがアルカナを起動して私達を殺しても、誰にも現場を見られないということよ」


 彼女の言葉に「まいった」と短く小さな声で呟くとウィルトは頭を掻くようにたてがみを触った。


「素晴らしい洞察力と警戒心だ。こちらの行動を全て見透かしているかのようだな」


「ウィルトさん。彼女の警戒心は人一倍高いが俺もそれに同意できるところはある。そこでお互いに決まり事を作らないか?」


「決まり事とは?」


「個人の素性に関しては言うことは自由とする。どこまで明かすかも本人次第だ。ただし俺達は素性を一切明かさない」


「……つまりオレのみ素性を明かせということか。なるほど。足元を見られているというわけか」


 ウィルトは思案するかのように床へ視線を落とした。

 彼が二つの巻物を使用してまで話をしようとするその内容はわからない。しかしそこまでする価値が彼にはあるということだ。しばらく沈黙したのちウィルトは顔を上げた。


「いいだろう。全てではないがオレの話をしよう。オレはPlayback(プレイバック)の関係者だ。というよりプロセルピナの開発メンバーの一人といったほうがわかりやすいかな」


 彼の言葉に俺とプリムは同時に顔を見合わせる。その光景にウィルトは口元を歪ませた。


「これでオレの話を聞いてくれる気になったか?」


「……お茶くらい出すわ」


 椅子から立ち上がるとプリムは部屋の奥へと歩み出す。それを俺は目で追った。


「ここ。俺の部屋なんだけど?」


 

 俺とプリム、ウィルトがテーブルを囲んでいた。

 それぞれの目の前には紅茶がティーカップの中で揺れ、プリムがそのふちを白く細い指でなぞっている。

 紅茶の匂いが鼻をくすぐる中、俺は赤茶色の液体に浮かび上がる自分の顔を眺めた後、ウィルトへ視線を移した。彼は紅茶を口にすることなく黙って前を見据えていた。


「それで、話というのは?」


「如月綾香の件だ。あんた達が入手したという調査書とやらを一度、見させてほしい」


 俺はノアトークンを呼び彼女が抱きしめている調査書を手に取るとウィルトへ手渡す。彼はパラパラとページをめくり目で文字を追うと頷いた。


「ここに記載されている如月乃愛についてはオレはよく知らない。綾香の娘だってことくらいだ。しかし如月綾香に関してここに記載されている内容はほぼ事実だ。全て書かれているわけではないがな」


 彼はそう口にすると「ノアの調査書」を俺の手元に戻す。それを受け取ると再びノアトークンへと預けた。

 ウィルトはそれを眺めた後、言葉を続ける。


「ウォルガンフとハピネスの言動を見てわかると思うが、あの二人は『如月綾香』を知っている。オレも当然だ。ここに来る前にオラクルとシャルルにそれとなく聞いてみたが同じ反応だったよ。綾香の名前を出した途端、目の色を変えた。あんた達だけが違う。あんた達は如月綾香を知らない。それがオレ達とあんた達との違いだ。だからこそオレはこの話をしようとここへ来た」


 彼はそこまで口にすると真剣な眼差しを俺達へ向けた。


「オレの予想を語ろう。恐らくオレ達五人がこの世界に来たのは、如月綾香が何かの要因となっている」


「しかしその人は死んだんだろう? どうやって?」


「方法はわからない。だが偶然にしてはできすぎている」


「私もそう思うわ。偶然は二つまでは重なる。だけど三つ以上は偶然とは言えない。それは必然(・・)よ」


 プリムはアメジストに光る瞳でノアトークンを一瞥すると俺へ向けた。


「それは私達にも言える。他の五人が如月綾香に関係している人間なら私達は如月乃愛に関係しているわ。キミのアルカナであるブラッディノア(・・)。私達の共通の友人である乃愛(・・)。そして受諾者限定クエストと調査書を作成したNPCノア(・・)。さっきも言った通り偶然は重なるのは二つまでよ」


「三つ以上は必然か……」


 俺はそう呟きながら視線を紅茶に落とした。


 揺らぐ液体に映った顔が次第に「如月乃愛」の笑顔に変わっていく。優しく薔薇の花びらのように可憐な笑顔。そんな彼女が俺達をこの世界に導いたというのだろうか。それとも引き込んだのは別の何かで彼女は俺とプリムを引き合わせ、そして何かを訴えようとしているのかもしれない。

 俺にはそう思えてならなかった。


 ウィルトがゆっくりと言葉を紡ぐ。


「如月綾香がこの世界で何をしようとしているのか。オレにはわかる気がするんだよ」


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