第1話「ガチャからはじまるプロセルピナ」
俺は異世界にいた。
そこはゲームのような世界。正確に言えばスマートフォン向けMMORPG「プロセルピナ」の中だ。
Playbackという会社が運営、開発しているソーシャルゲームで、朝の九時に俺は事前登録ガチャを引いた。そして普段、爆死ばかりだった俺に「LR」が舞い降りた。出ないはずのレアリティなのに。
そこで気を失い、意識が戻ったら現実世界とは違う場所にいる。「プロセルピナ」だと教えてくれたのは、俺のスマートフォンに住みついた「シーリス」とかいうサポートキャラだ。
よくある自動電話応対などに似た女の機械音声が語った最初の言葉は、「プロセルピナへようこソ。レヴィ様」だった。
俺は聖 結翔。高校二年生だ。プロセルピナでは登録したプレイヤーネームで呼ばれる。その名は「レヴィ」だ。
現実世界で事前登録ガチャを引く前の最後の記憶は、「燕 凛愛」に「おはよう」のコネクトをもらったことだった。
コネクトとはスマートフォンのアプリケーションの一つで、特定の人物とリアルタイムに会話ができるというもの。チャット代わりに使うこともできる。
燕 凛愛は……第三者から見たら彼女だろう。というのは俺自身踏ん切りがついていないというか。常に一緒にいるけどどこか線を引いている。そんな関係の女だった。
せっかくのクリスマスイブ。その日に彼女と会う約束をしていた矢先、何故、俺はこんなわけがわからない世界にいるのか。
思いのほか冷静だった頭の中に徐々に苛立ちが募ってくる。早く帰りたい。そんな欲求だ。
嘆息した俺に、目の前に浮かぶ銀色のスマートフォンが話しかけてきた。どうやらこの世界のスマートフォンは宙に浮くらしい。
『レヴィ様。死神のアルカナを引いたというのに、ずいぶんとご機嫌ナナメのご様子ですガ?』
「あんたさ。クリスマスイブに彼女と会う約束してて、突然、異世界に拉致されたらどう思うよ?」
『拉致ではなくアナタが勝手にきたのですガ』
「俺。ここに来たいなんて一言も言ってないけど?」
死神とは、LRのレアリティを持つアルカナのカードだ。イラストは黒髪のツインテールが可愛らしい少女だった。
アルカナとは一種の召喚獣のようなものだ。プロセルピナでは、そのアルカナを駆使して攻略していく。
カードのレアリティは他にもR、SR、URがあるが、本来、事前登録ガチャで出るのはSRまでだ。
「……まぁいいや。ぐだぐだ言ってもはじまらねぇ。ここはどこ?」
『はじまりの街スタビリスです』
「んで。俺の外見がなんか悪魔みたいなんだけどどうなってんの。これ?」
そう。この世界の俺は悪魔になっていた。
霞色の髪に黒いフードをかぶり黒いコートを着ていた。そして一際、目を引くのが背中から生えている漆黒の片翼だ。
『レヴィ様の外見は死神のアバターになりまス』
「アバターかよこれ。それじゃ俺はこれからどうすればいい?」
『スタビリスは現在、安全地帯でス。まずはここで旅を共にする仲間を探すことをお勧めいたしまス』
相変わらず理解しがたい状況だがまとめるとこうだ。
俺がいる場所はMMORPG「プロセルピナ」の拠点の一つ「スタビリス」という名の街。そして俺のこの奇妙な格好はガチャで引いた「死神」のカードに付属されているアバターらしい。
そして、彼女の「仲間を探せ」という言葉は、裏を返せば「俺のようなプレイヤーが他にもいる」ことを意味する。
このわけのわからない異世界とも言える場所で、仲間を見つけることができるのなら、それは元の世界へ戻れる一筋の光明になり得るかもしれない。
だがそれより仲間がいるかもしれないことに俺は内心、安堵していた。一人じゃない。その事実がどれほど心強いものか。今の俺には十分すぎるほど理解できていた。
俺はスマートフォンを握ると部屋を飛び出す。
外に広がる光景は、石造りや煉瓦作りの街並みと石畳みの街道だった。外は今にも雨が降りそうなほど薄暗く淀んでいる。まるでそれはこれから起きる困難な道のりを指し示すかのように。
俺は無言でその暗雲立ち込める空を見据える。この世界に来る前の澄んだ青空とはまったく違うまるで汚泥のような空だ。
しかし脳裏にはそんな不吉な予感すら漂わせる光景などなく、深淵の闇を切り裂く光り輝く女神のように一人の少女が微笑んでいた。こんな状況で何故か最初に思い描くのは彼女だった。一抹の寂しさが込み上げてくる中、俺にある決意が芽生えてくる。
何としても元の世界に帰る。
俺には帰りを待つ人がいるのだから。