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○○しい人間賛歌  作者: はにゃにゃき
人生の収支(第四章)
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初詣③

 初詣からの帰り道、エイコちゃんと兄貴とミカゲちゃんが、それぞれの願い事について話し合っている。

 口火を切ったのは、やはりミカゲちゃんであった。

「トモノリー、五円しか入れてなかったけど、たった五円でなんて願い事したのー?」

 ヘラヘラと少し馬鹿にしたかのような口調で、兄貴の肩に肘をつきながら、ミカゲちゃんが声をかけた。

「……家庭円満」

「うわ! でた! 嘘つき!」

 ミカゲちゃんはそう言いながら空いているほうの手で兄貴の顔を指差し「嘘つきがいまーす!」と少し大きな声をあげた。ミカゲちゃんのその言葉と行動に、兄貴はムスッとした表情を作る。

「なんで嘘なんだよ」

「なんで? 二十一歳の男がそんな願い事するかって。ジジィじゃあるまいし。どぉーせエイコと結婚したいーとか、そんな内容なんでしょ?」

「あ、僕の願い事はそれですよー。トモォーと結婚出来ますようにーって。僕、今年十八になりますし」

 つい先月、十七歳の誕生日を迎えたエイコちゃんは、にこやかな表情を作りながら、兄貴の体へと抱きついた。そして街頭の光を反射させるほどの大きな瞳で、キラキラとした視線を兄貴へと送っている。まるで「トモーは違うの?」と訴えかけているかのように見えた。

 エイコちゃんの視線を受け、兄貴は口元を歪ませ視線をキョロキョロと泳がせている。皆と一緒に居る時の兄貴は、恥ずかしがってかあまりエイコちゃんとベタベタしない。

 二人きりで居る時はエイコちゃんが焚き付ければ結構イチャイチャしてくれると、エイコちゃんから聞いているが、デレデレした兄貴の姿は未だに想像出来ない。

「う……あ、いや……」

「いや? いやって何さ?」

「いやって何ですかぁー? もしかしてトモォ、僕と結婚したくなかったんですか?」

 ミカゲちゃんとエイコちゃんが二人して兄貴の事をイジメている。とても楽しげに見える。

 私は少しの疎外感を感じながら、その光景を見つめ「ふふ」と笑い声を漏らした。

 そして、皆のその姿を見ていたら、最近よく思う事を、また思う。

「私、どうなりたいんだろう」

 小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届いていない。


 皆と一緒にいると、楽しい。だけどこうして、疎外感を受けている。私も皆と同じように調子に乗って、兄貴をからかえばそれで済む事なのかも知れないが、どうにもそこまで踏み切れない。テンションがそこまで上がってくれない。

 まるで、自分の心が迷子になっているかのよう。自分の心の事なのに、自分で操作が出来ず、気づけばまた「ふふ」という当たり障りのない笑い声を漏らして、静観するだけ。

 私には、エイコちゃんやミカゲちゃんのように、確立された自己が無いかのように思えてしまう。この人達のように自分の意思をしっかりと持っている人達と触れ合うと、よりそれを強く感じる。

 ……私、どうなりたいんだろう。

 また、思考がループしている。


 我が家に到着した一行は、各々の着ていた上着を脱ぎ、コタツへと入りテレビを点ける。

 ミカゲちゃんは昨日も働いていて、今日の午後二時から仕事だというのに未だ眠たくないらしく、鼻歌を歌いながらスマホを眺めていた。

 昨日の昼から働き続けていたエイコちゃんはどうやら眠気が限界のようで、兄貴の腕を掴みながら肩に頭を乗せ、目を閉じている。そんなエイコちゃんの頭に、掴まれていない方の手を乗せ、朗らかな表情をしている兄貴自身も、どうやら眠たいらしく、目が半分閉じていた。

「兄貴もエイコちゃんも、部屋で横になったら?」

 私がそう提案すると、エイコちゃんの瞳がカッと開く。

「トモォそうしよっか? ねぇ?」

 二人きりになれる状況を私から提案された事に気を良くしたのか、エイコちゃんは先程までの眠そう表情から一変し、とても血色の良い笑顔を兄貴へと向け、その場に立ち上がって兄貴の腕を引いた。

 本当に、兄貴の事が大好きなんだな……そこまで人を好きになれるという事が、なんだか羨ましい。

 一時期、兄貴をエイコちゃんに奪われると感じていた時は、恋愛感情のようなものを生涯初めて抱いたのだが、それは「失う」事に対する危機感であった事が、今ならわかる。兄貴とどうこうなりたいなんて、今はちっとも思わないし、エイコちゃんと兄貴には上手く行ってもらいたいと、本気で思う。

「……う、いや……アユもミカゲも居るし」

「あー、私の事は別に気にしないでいいよー。聞き耳たてに行ったりしないし。時間来たら勝手に帰るからさ」

 ミカゲちゃんはチラリと二人の様子を見て口角をグイと引き上げて、嫌らしい笑みを浮かべていた。その言葉を受けてエイコちゃんは「だってさっ」と更に気を良くし、グイグイと兄貴の腕を引っ張る。

 エイコちゃんのあまりの圧力に、兄貴はとうとう屈したらしく、ノソノソと立ち上がり頭をボリボリと掻きながら、私とミカゲちゃんへと視線を向けた。

「じゃあ……悪いけど、先に休ませてもらう」

「うん。おやすみなさい」

 私のこの言葉に続けて、ミカゲちゃんは「ちゃんと! 休むんだぞー」と意味深な事を言い、兄貴の眉間にシワを寄せさせた。


 兄貴とエイコちゃんが部屋に戻って数分後、私はただボケっとテレビを見つめていたのだが、ミカゲちゃんは「さってと」という声を出し、コタツから出て立ち上がった。

 そろそろ帰るのかな……と思い、私も立ち上がろうとするも、ミカゲちゃんは私の後ろへと移動して「まぁまぁ」と言いながら私の肩を掴み、再び座らせる。

「え?」

 私がそう言うと同時にミカゲちゃんは私の隣へと座り直し、こたつテーブルへともたれ掛かった。首は私のほうへと向け、私の目を見つめている。

「さ、話してごらんよ」

「え……?」

「悩んでるでしょ? 白崎さんの事で」

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