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○○しい人間賛歌  作者: はにゃにゃき
人生の収支(第四章)
239/246

初詣①

「さぶっ! うぁーさびぃー!」

 近所の少し大きな神社へと向かっている最中、ミカゲちゃんは大きな声でそう言い、ウネウネと激しく身体を動かしていた。それを見てエイコちゃんは大きな口をあけて「ふはは」と笑い、兄貴は目を細めて「深夜だぞ。うるさい」と注意をした。そして私は「自販機で暖かいものでも買いましょうか?」と、ミカゲちゃんに提案する。

 提案して、また私は、発言権の強い人に対して、上手く相対的に応えていると、すぐに気付いた。今までこんな事、考えた事も無かったのに、これがいいのか、悪いのか、考えてしまっている。

「そうしよう! ホント無理っ! トモノリ出して!」

「ふざけんなバカ」

「ばっ……? バカぁ?」

 兄貴のぶっきらぼうな返事に対してミカゲちゃんは眉間にシワを寄せ、歯をむき出しにして兄貴のお尻を膝で蹴る。兄貴は「って……」と小さく呟いて蹴られたお尻を押さえた。この光景は良く見るものなので、私もエイコちゃんも何も言わない。

「レディーに対してその対応はなんだっ! 私レディーだぞ!」

「だったらレディーらしくしろよ」

「らしいだろー! こんな可愛いフェイスとでけぇチチ持った男おらんだろ! ほんっと失礼な奴だな! そんなんじゃ将来苦労すんだからなー!」

「レディー扱いするかどうかは、お前の態度次第だ。悔い改めろ」

「そんなん今更無理ですわ!」

「だろうな」

 表情の変化に乏しい兄貴はよく誤解されやすいが、実際は冗談が分かる人で、発する言葉はキツイ時もあるが、声色に棘が無い。


 少し前まで、無口で真面目で、私とすらそれほど会話をせず、ただ生きているだけだったあの兄貴が、今はいい表情をしている。

 兄貴は今、常に満たされ、充実し、不自由を不自由と感じずに、生きているのだろうな。

 ……エイコちゃんが、兄貴を変えた。つまり恋人が、人を変えるという事。

 恋人……私にはいつ、恋人が出来るのだろうと、思ったりもする。そして同時に、その事が怖いと、思う。

 恋人が出来て、バンド活動に支障をきたしたら……兄貴とエイコちゃんのように上手く行かなかったら……もっと悪い方に私を変えてしまう、酷い人だったら……。

 兄貴とエイコちゃんという、同じ趣味を持っていて、相思相愛で、お互いを本当に大切にしている理想の関係を目の当たりにしてしまうと、どうしても二の足を踏んでしまう。

 そもそも私には今、好きな人は居ないし、私を好きだと思ってくれている人に心当たりも無い……。


 この先の人生、あと何年あるのだろう。

 私は今十七歳だから、女性の平均寿命が八十歳だとして、六十数年だろうか。そう考えると、ほんの四分の一にも満たない程度。

 その四分の一には嫌な事が沢山あったけれど、嬉しかった事、充実していた事も、確かにあった。しかしその双方を比べてみると、濃度も期間も嫌な事のほうが圧倒的に多い。

 もし、このまま、起こる出来事を受け入れるだけの、相対的な自分で居たら……残りの四分の三の人生も、嫌な事が大半で、いい事がほんの少しかも知れない。

 そう考えたら、胸の辺りがギュッとなって前かがみになり、背中から頭皮にかけて冷たいものが走って鳥肌が立つ。周りの音が遠くに感じて、視界の端が黒くなり、震えてしまう。

 白崎美海がやって来る事が、残りの人生四分の三における、嫌な事が始まる合図なのかも知れない……そんな風に考えてしまう。

「……亜由ちゃーん? 大丈夫?」

 無言になっていた私の顔を下から覗き込みながら、エイコちゃんが柔らかな声で話しかけてきた。

 心配、かけている……そう察した私はすぐさま笑顔を作り、顔を上げる。

 どうやらいつの間にか自動販売機の前にまで移動していたようで、ミカゲちゃんが「何飲もうかなーん」と、ご機嫌な声を上げながら飲み物を選んでいた。

「あ、うんうん。大丈夫」

「……ホント?」

 エイコちゃんは綺麗で大きなな二重まぶたの目で、私の顔をじぃっと見つめている。その瞳はまるで、全てを見透かしているかのように思え、心臓がドクンと高鳴った。

「うん。何飲もっかなぁ」

 私は作り上げた笑顔のまま、暗闇を照らし出すほどの光を放つ自販機へと近づき、ミカゲちゃんの隣に立って一緒に飲み物を物色する。コーヒーを好まない私は暖かい紅茶とコーンスープに視線を向けた。

「亜由ちゃんさー」

 隣に立った私へと視線を向け、ミカゲちゃんが声を出した。

「はい?」

「……うーん」

 ミカゲちゃんはそう言い、私の肩へと手を伸ばし、グイッと引き寄せた。私の身体はミカゲちゃんの身体に当たり、更に押し付けられる。

「えっ……えっ」

 困惑している私の耳に、ミカゲちゃんは口を近づけた。

「上手く言えないけど……最近なんか、誰に対しても他人行儀に感じるぞ。何かあるなら、ミカゲお姉さんにだけ、そっと教えてな?」

 小さな声でそういったミカゲちゃんは、私が見ていた暖かい紅茶のボタンを押した。そして私の肩を離し、腰をかがめて紅茶を取り出し、とても可愛らしい笑顔で「はいっ」と、私に飲み物を差し出した。


 ……なんでこういう事が出来るんだろう。どうやって身につけるんだろう。

 こんな事、された事無い。

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