久々に会いに行きます
ある日、オヤッサンが「マジで腰痛ぇのぉ。ガチで疲れてるから温泉に行ってくるわ。温泉街でアバンチュールを楽しんでくるわ」と突然言い出したので、平日の昼間にポッカリと予定が空いてしまった。
平日の昼間といえばエイコはバイトをしているし、妹は当然のように学校で、本当にやる事が無い。妹を学校に送り出してからは時間を持て余してしまい、エイコと妹の影響を受けた俺は、最近頻繁に視聴している音楽関連の動画に目を向ける。
どうやらトランペットとギターを合わせた音楽というものは色々と種類があり、代表的なのはジャズと呼ばれる種類のもので、ピアノやサックスの音が大変目立っており、大人の音楽といった印象を受ける。
次に挙げるとするなら、スカと呼ばれるジャンル。テイストとしてはロックに近く、トランペットやトロンボーンの華やかで激しい音が目立っている。曲の要所要所で明るいトランペットの音が鳴り、どの曲を聞いても耳心地がいい。
エイコの持っているギターはアコースティックギターなので、二人が演奏するとしたらジャズ系のものになるのだろうか。
しっとりと大人の雰囲気……二人にはちょっと合わないような気がする。妹もエイコもまだまだ若く、言っちゃなんだが二人集まると少し煩い。キャピキャピしていると言ってもいい。
そもそもジャズ系の音楽には、ピアノの音が不可欠のように思える。確実に雰囲気作りに一役買っているだろう。
……ピアノか。
二人の顔と音楽の事を考えたら、少し身体が疼いてくるのを感じる。二人が音楽の話で盛り上がっている所を見てきて、かなり羨ましい思いを抱いていた。出来る事なら、俺も一緒に盛り上がりたい……大人げなく、そんな事を考えてしまっている。
学生時代俺の音楽の成績は決して良いものとは言えないが……今からでも遅くはないだろうか。
俺はスマホを取り出し、メッセージ送信画面を開く。
九月に入り、真夏よりは太陽との距離が離れ、ぼちぼちと長袖の人とすれ違うようになった頃、俺はとある女性と、とある公園で待ち合わせをしている。この場所に訪れるのはこれが二度目で、明るい時間にこの公園を見ると、それほど大きな公園では無い事がわかる。
遊具であるものと言えばブランコとすべり台と砂場のみ。あとはベンチと垣根として植木された樹木程度のもの。
それでも集合住宅の中心にあるためか、平日の昼間だと言うのに小さな子供やその母親がチラホラと居て、なんだか気まずい思いが湧き上がる。不審者と思われていないか、かなり不安だ。
早く来いよ……なんていう自分勝手な思考が俺の中に湧き上がる。
俺が公園に到着してから十数分後、ようやく遠くの方から待ち合わせ相手の女性が姿を表したのが見えてきた。その姿を確認した俺は駆け足でその女性へと近づくも、不機嫌そうな女性の表情に、少し焦る。
「ミ……ミカゲ、呼び出してすまんな」
「……トモノリさ、私達って友達だよね? 知り合って結構経って、ようやくはじめて一緒に遊ぶっていうのに、なんで鍵盤楽器の練習? 海はどうなった? 遊園地は?」
どうやら今日のミカゲはご機嫌斜めらしい。
ノースリーブのピチッとした黒いシャツを着用しているミカゲは俺の顔をギロリとした目で睨み、後頭部をボリボリと掻く。その際に着ているシャツが上がり、ミカゲの肌を露出させた。
よくもまぁ、こういった服が着れるな……女性らしい、完璧なプロポーションをしているため、目のやり場にこまる。
顔は清楚で大人しい雰囲気で可愛いし、なのに胸が大きく腰はくびれているし、さらに言えば普段は明るく親しみやすいし……馬鹿の守山には勿体無い相手だ。
「……すまん。仕事が忙しくて」
「……まぁ、忙しいのは解るけど。あぁー私寂しいなー。トモノリ結局、超絶美少女と付き合っちゃうしさー、あーあーもーやーって感じー」
ミカゲは少し大きな声を上げ、頭を激しくブンブンと振り、髪の毛を俺の顔に当てるという攻撃を仕掛けてくる。
「も……守山と一緒に遊園地行ったんだろ?」
「行ったけど……アイツ超ケチぃーでさー。割り勘にするって言ってるのにレストランに入りたがらないし、すぐに疲れたーだとか、足痛いーだとか言うしさー。付き合ってた時は離れたくないって思ってたけど、いざちょっと離れてアイツの事見ると、クソガキだなーって思っちゃうんだよなー。ってか今の状況、色々諸々トモノリのせいだけどなっ!」
長い愚痴の後半からボルテージが上がったミカゲは、首を激しく前後に動かし、髪の毛で俺の顔を打つ。髪の先が顔にチクチクと当たり、地味に痛い。
しかし、ミカゲの言う事は全て正しいので甘んじて受けるしかない。守山がガキだという事は確かだろうし、今の状況が俺のせいで起こっているという事も、間違いない。グウの音も出ないとは、この事か。
「すす……すまん。マジですまんかった」
「謝る必要も責任感じる必要も無いけどさっ! 男ならアフターケアくらいちゃんとしろ! トモノリはアレか! ヤったら先に寝る派か! 腕枕はどうしたバカー!」
「し……知らないよ。まだ童貞だし」
「童貞とか関係ないの! アフター! ケア! しろ! 男だろっ! 鍵盤楽器習いに来る前にっ! 飯のひとつでも誘えっ! 馬鹿っ!」
ホントに、グゥの音も出ない……。
周りにいる主婦の方々、ならびにそのお子さん達の視線を感じられ、とても居心地が悪い……。




