幕魔9 いよかん
眉を寄せ、皺まみれで分厚い皮へと親指を刺す。
一応落ちてる実でなく成っている果実を木から取ったからか、俺はまだ食べ頃じゃねーぜ!とばかりにガッチガチに硬い。これで殴ったらたん瘤作れる自信しかない程度にはガッチガチに硬い。
色合いだけ見れば蛍光色でも何でもない、普通のありきたりーの、一般的そーな黄色で食べ頃には見える癖にである。魔界の奴等は詐欺師ばかりだ。
とはいえ落ちてる熟れてる感満載のやつは、中にどんな寄生魔虫やら寄生魔物が居るかわかりゃしないから食う気がしない。昔痛い目見てガチで死に掛けたのである。
こんだけ硬けりゃ中身は安全だろとポジティブに考え、ふんぬふんぬと必死こいてようやく親指の第一関節まで埋めれた。
しかし明らかに果肉に当たった感触がしない。
お前ら心開けよ。そんな世界を拒絶すんなよ。守る程の果肉ねーだろおめーら
何故魔界の果物はこうもみずみずしさの真逆へと突き進もうとするのか。やさぐれ過ぎだろ、マジで。潤いが足りてねーよ
無料でカロリーゲットだぜー!いやっほーい!という考えが甘えなのか。
いいじゃねーかよ、どうせ魔鳥に穴だらけにされる位ならこのトカゲ様に食べられることを光栄に思いやがれよなー
果物に言っても仕方ないとはいえ、一旦諦めて果物の成っていた木に腰掛けて寄りかかる。
果物と同じく皺くちゃで乾燥気味なので、ごつごつしており座り心地はそれほど良くない。
まぁここの大地自体あんま雨も降らねーし乾燥気味だからしゃーねーんだろうけどよ~
荒野のそこいらにも似たような木があり同じように果物は成っているが、餌によく困る雑魚でさえあまり食べたがらない辺り味もお察しであろう。
指穴の空いた果物を、どうすっかなーとぽんぽん空中に投げて遊んでいると、木の背後からワニが現れて座るトカゲを見下ろした。
狂った手元からころころ転がり、ワニの足元へとこつんと当たる。
「トカゲ何してんだー?」
「おーワニか。いや、硬えからそれ食べるの萎えててよー」
「これよりも俺のが美味いぞー」
「いや食わねえよ」
何故か果物にさえ嫉妬気味の視線を投げるワニに引いていると、いそいそと尻尾をちらつかせるワニ。
いや、目の前で振られてもお前の尻尾なんざ食わねーからな
尻尾の先で頬を擽られて若干皮膚が削れるのも無視していると、諦めたワニが残念そうに尻尾を戻した。
おい、先っちょに付いた血舐めんじゃねーっつの
ワニに食べられる前にと頬に付いた血を擦って自分で仕方なく舐めていると、ワニが果物を拾う。それを横目に口直しが欲しいと思わず顔を顰めた。
うげ、鉄臭くてまじぃ。ワニも何でこんなの食べたがるんだか
謎である。筋肉に吸い取られて味覚も死滅しているに違いない。間違いない
「これ何だー?」
「あ? あー、ワニはそーいやお坊ちゃんだったか。いよかんっつーんだと。雑魚飯グルメっつーのに載ってってなー」
ちなみに『雑魚飯グルメ』とは大体何処にでも置いてある無料雑誌である。近場の雑魚でもゲットできる食べ物やら餌の情報を載せてくれてるご当地雑誌で、雑魚庶民のありがたーい味方なのだ。
グルメという割に全くグルメな情報は載ったことないが。
まぁ魔界は詐欺師の集まりなので仕方ない。むしろ雑魚でも食えるやつを探してくれてるだけ有難いのである。それに餓死一歩手前の時はこれでさえ御馳走だったのである。あ、なんか目からしょっぱい汗出そう。そう思うと近頃は自分もグルメになったものだ。
てことでとりあえず今週号に載っていたし近場で行けそうだったので、暇潰しと節約がてらてってこ採取しにやってきたという訳なのだが…
「写真だと美味そうだったのによ~。まぁ毒はねぇらしいんだが如何せん硬いし不味そうだし割に合わねーわ。今回はハズレだなー」
「トカゲ剥いてやろうかー?」
「お、マジでー? さんきゅー」
足元の熟れたいよかんをそこらの枯れ枝で突ついていると、ワニがトカゲの声援に張り切って皮に力を込めた。
「おい、剥くのと破裂させるのとでは全く違うからな」
「おー、思ったより柔らかくてよー」
「お前が馬鹿力なんだよ!」
一瞬にしてぶっしゃーと破裂したいよかん。梨汁ではないがもしいよかんの妖精が見たら震えあがるであろう。
新しいいよかんを木から毟るワニに若干キレそうなトカゲである。
硬かったからな。お前が脳筋なだけだからな
雑魚はつらいのだ。力の差を見せつけられて目から今度は悔し涙出せそう
涙の代わりに頬っぺたにまで飛んできた汁を拭い舐めてみれば、酸味がかなり強いが、後味にかなり少ーしだが甘味があり、思ったよりかはいける気がした。
「意外といけそうな味だな。ワニ今度のはちゃんと剥いてくれよー?」
「おー、トカゲ任せとけ」
トカゲに頼られるという状況に密かに上機嫌のワニである。尻尾もゆらゆらと機嫌よく揺れている。
なお、トカゲ的にはドマゾだしなーといつも通りの印象。それよりも果肉を早く食べたくて意識が完全にそちらに行っているようだ。何もせずとも食べられるので楽ちんだとも考えられている。つくづく不憫なワニである。
「トカゲ出来たぞ~」
「よくやった! ほいワニパスパス!」
無残に破裂してはその度にいよかんファイナルアタックの汁が掛かるので、拭う度にべとべと度が上がり不機嫌になっていたトカゲであったが、ようやっとの成功に一転してころっと目を輝かせる。トカゲとワニの周囲には、およそ五、六個程度のいよかんのお亡くなり達が転がっている。
トカゲはワニを不器用だと思っているが、戦技巧なワニが不器用な筈もない。しかし如何に器用なワニといえどトカゲにじっと見つめられながら針に糸を通す様な加減のコツ掴みには流石に犠牲も必要だったようである。
という訳で最早拭うのを諦め、さっさと食べて帰る気満々でトカゲはワニに近付いた。
パスパスと手を差し出すも、何故か渡してくれぬワニにトカゲは不審げである。
「ワニ…、まさかお前目の前で全部食べていくという新手のいじめじゃ……」
そうはさせねぇと全力で奪い取る気満々でにじり寄るトカゲの頭に、お前何もしてねーじゃんという声は届かない。だってトカゲだし。だってワニからだし。
古典的な「あ、あんな所に魔王様が…!」作戦でもするかとワニを舐めきった作戦を考えていると、ワニが実の大きさの割に一割にも満たない果肉を分厚い指先でつまんでトカゲの唇へとぷにっと押し当てた。
反射的にぱくっと口に咥えてきょとりとワニを見上げるトカゲ。
指で挟まれた果肉は小さく、指の間から奪い取る様に舌で掬い取ればすぐに口の中で溶けてしまった。
「む、何だくれんのかよ」
「そりゃ勿論だぜー」
「ならさっさと寄越せよなー」
むくれながら残りへと手を差し出すも、ワニはその手を避けてどうやら手ずから食べさせることが気に入った様子。
「トカゲあーんだ」
「ガキじゃねーっつの!」
「なーなー」
「い、や、だ!」
「なーなー、なーなー」
「あーもうクッソ!」
どっちも駄々をこねあい、押し問答で地面の熟れたいよかんが二個踏まれて暫く。諦めたトカゲがやけくそ気味にどっかりと腰を下ろして胡坐をかき、真っ赤な顔で怒鳴った。
「一歩も動かねーかんな!」
「おー」
「サイズ小せぇ! もっとでっかく取り分けろって!」
「おー?」
「喉の奥に突っ込むんじゃねーぞ!」
「おー!」
目の前で膝をつくワニの前で、真っ赤になりながら目を瞑ってトカゲは雛鳥の様に口を開ける。
果肉を唇に当てれば、一度確かめる様に舌がちろりと動いて絡めとっていく様は何とも艶めかしい。
強情に行ったとはいえ、番が信頼しきってワニの採ってきた獲物をワニの手ずから口に含む様は、龍族の給餌欲求を心底満たし多幸感に酔いしれそうになる。このまま攫って閉じ込めきり、永遠に与えてやりたい程には――――
延々と飽きもせずトカゲへといよかんを食べさせるワニと、楽なのもあるが、主に意地であーんと口を開けるトカゲの周りで大体の木から実が減ってきた頃
「あー……、って、ギブ。もう当分果物はいらねー! 腹痛えー」
果物でお腹いっぱいになるという魔生初の経験に白旗を上げてぐってりと仰向けになる。
もう無理、動いたら吐く
ワニに負けた気はして悔しいがそれよりもなんかしょっぱいの食べたい
周囲に散らばるいよかんの皮だけの残骸達に、一体何個食ったんだと顔を引き攣らせていた所、頭上から影が差した。
「トカゲー…」
「あー? 何だワニ、流石に腹がはち切れそうだからもういらな……って、おま、だから食べさせといて食べるとかマジやめ――こんの…クソワニめ!!!」
ぶっしゃーといよかんでも梨汁でもなくトカゲさんも本日一発目が飛ぶ。
「好きだぜー」
「そーかよ!」
いつもより目がとろんとしており息も荒いが、どうやらトカゲさんは気付かなかった模様。
愛欲を擽られ過ぎて耐え切れなくなったワニさんにぶっしゃられて、本日のいよかん狩りはどうやらこれにてお開きのようである。
「やっぱいつもより酸っぱいなー」
「味付けさせんな!!」
給餌欲求にも、どうやら当分気付かれなさそうだ。
☆いよかん☆
残念、伊予の蜜柑ではない。
イヨの木から取れる柑橘でいよかんである。
え? 屁理屈? いよかん汁を掛けるぞこんにゃろ~(横暴
雑魚飯グルメに載って以来、少しはお客さんも増えたようだ。
皮があちこちに散らばっていた為、盛況ぶりに一体何人来たのだろうと雑魚飯グルメ編集部も嬉しい様な恐ろしい様な心地になったとか(残念それは二名
雑魚飯グルメ情報は今後も出してあげたいと作者は目論んでいる模様☆ではではぶっしゃ~☆




