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魔界食肉日和  作者: トネリコ
魔界編
52/62

52、発情期七:すれ違う互いの覚悟

 

 

 

 目を覚ます。

 あつい

 ぼんやりする思考。

 身体が熱に浮かされる。

 何か大切なことを忘れている気がした。

 何だ?何をだ?

 それすらも熱で炙られる。


 靴も履かずにふらふらと部屋を出た。

 焦燥感だけが胸を焦がす。

 何かを探すようにあてどなく城をさ迷う。

 霞む思考。

 身体中で燃える血潮。

 何だ?何を忘れている?

 何故だか苦しくて熱くて、自然と涙が零れ落ちた。




 足りない何かを求める様に歩を進めていると、ふと視界の端を緑色が掠める。

 無意識に手を伸ばす。


「捕まえた」

「へ? 誰ですか?」


 何故だか安堵した。

 でも逃げる様に腕を引っ張られるので、悔しくなって押し倒す。


「逃げんなよ」

「え、ちょ、待ってくださっ」

「にげんなよ」


 逃げようとされるのは何だか傷付く。

 涙が零れるのは、熱で涙腺が脆くなってるからに違えねぇ

 ぽろぽろと怒りながら涙を零していると、戸惑いがちに腕が伸びて指先がそっと涙を掬った。

 その手の平へと頬を寄せ小さく頬ずりする。

 血が出ないのは珍しいなと、ふとぼんやり思った。

 

「…え、これって据え膳? 幸運?」

「んあ、何言ってんだ?」


 小首を傾げて伸びてくる腕を大人しく見返していると、後ろから太い腕が急に現れて抱き留められる。 

 うえ、誰だ?


「トカゲー浮気はダメだぜー」

「……ワニ?」

 

 威嚇音を出すワニを不思議気に見上げていると、不機嫌そうなワニが目を細めたまま腕を一線した。

 鉤爪跡が壁から床を一瞬で線引く。

 

「お前も、食われたくなかったらさっさと消えろよー?」

「ひっ、わ、分かりましたッ」


 慌てて逃げ出す背中を流れでそのまま目で追っていると、両目を塞がれる。


 急に何だ。前が見えねぇじゃねぇか


 でもひんやりした体温は熱に浮かされた身体には気持ちよくて、つい弛緩した身体のまま受け入れた。

 

「んー、反撃ねぇかー、トカゲまだ意識あるかー?」

「おー…」

「ちとやべぇなぁ。トカゲ部屋入るぞー」


 ぼんやりと聞き流す。

 この腕の中は居心地がいい

 湯舟の中の様に満たされている気がする

 目を閉じたままでいると何処かに横たえられた。

 腕が離れる。

 さみしい 行くなよ

 横たえられていたベッドから起き上がって手を伸ばせば、慰められる様に頭を撫でられた。

 力強過ぎて乱暴なのに、さっきの腕よりもこっちのがいい


「すぐだから大丈夫だぞトカゲー」


 無言のまま、煙る思考でとろりとワニを見返しているとため息を吐かれる。

 その態度に思わずむっとする。


「はぁ、俺も夢が無かったら引き摺られてたろーなぁ」

「何言ってんだワニ」

「いや、何でもねーよ」


 苦笑するワニに焦燥感が募った。

 こっち向けよ、なぁ


「トカゲ、ほら少しずつ血をやるから其処に座れ。正規じゃねぇ体液接種だから時間は掛かるがこれで解除出来る筈だ」


 ワニが鋭い牙で自らの手首を噛んだ。

 青い血がベッドを汚す。

 ワニの言葉を理解する前に、本能のまま目が滴る血を追い喉を鳴らした。

 顔を寄せ、ゆっくりと舌を伸ばして傷口を舐めれば喉を通る時にひやりとする。

 無言で啜っていると、髪を撫でられる。

 ピリ…と切れる舌、赤青青、混じって溶けるのは―――

 気持ちよくて美味しい


「トカゲにとっては誰でも良かったんだと分かってんのになー。俺でよかったわ。夢の続きみてぇな幸せだ」

「ワニ…足りねえ」

「おー、トカゲが望むなら幾らでも」


 ぐずぐずと蕩けた声。

 ぴちゃりぴちゃりと断続的に湿った音が響く。

 繰り返し、繰り返す。

 はぁ、と熱い呼気が零れた。

 

 あれ、おかしいな、冷えたの飲んでる筈なのに


 余計に身体が熱を孕む。

 また傷口が塞がってしまう。

 名残惜しくて甘噛みする。


 欲しいな、足りない、足りない


 ワニがまた腕を引き離して己の牙へと近付ける。

 目で追った。

 ワニが美味そうに目を細めてトカゲの唾液跡を舐めとる。


 ずるい


「ワニ」

「んあ? トカゲ?」


 呼べば不思議そうに動きを止めた。


 ワニだけずるいのは無しだ


 身体に手を掛け、ワニの唾液を舐めとる。

 唇が触れ合う。

 舌が絡み合う。


「ッッ、トカゲやめッ」

「逃げんなよ」


 強張って動かない舌をつついて遊びながら、ワニの唾液を啜る。


 ワニの血と同じ味がする。ひんやりしておいしい


 目を細めて夢中で堪能していると、唇が切れる。

 ぺろりと舐めた自分の血はやっぱ鉄臭くて不味くて邪魔だ。

 眉を顰めながら唇を手で押さえて一度治るのを待っていると、ガンッという音がした。

 見れば尻尾で椅子がなぎ倒されている。

 ワニの瞳孔が開き、鱗が深く色付いていた。

 頭を振ったワニが、もう一度強く床を打つ。


「クソッ、発情期のトカゲは立ち悪いなぁ。理解ってんのに引き摺られて溺れそうになる。トカゲにはずっと負け続けてんだ。一度くらい勝たしてくれよ」

「ワニ、くれ。熱いんだ」

「……ああ、発情期は辛ぇよなぁ。トカゲ大丈夫だ、もう少しの辛抱だぞ。俺がちゃんと終わらせてやるから」

「ワニ、ワニ」


 ワニの親指が自然と零れていた涙を拭う。

 いつの間にか焼き尽くす様な欲を孕んだ眼差しは消えている。

 甘い甘い労わるような声音。

 慈愛に満ち満ちた声音。

 違う、違うといやいやする様に首を振った。


 何が違う?何が―――


「大丈夫だ、分かってる。トカゲは必ず幸せにしてやる」

「ワニ、違うんだ」


 優し気な眼差しはまるでお別れするようで―――

 

 ワニが居なくなると感じた瞬間、体温に反して心臓が冷や水を浴びた様に竦んだ。まるで手を離され、一人取り残されるかの様な孤独に恐怖する。

 

 その時、ようやっと理解した。

 

 そうか、私は―――


「ワニ、頼む。行くな。お前が好きなんだ」


 熱に浮かされけぶる思考。

 故により鋭敏に本能が逆らえぬ運命わかれを肌で感じ、泣きじゃくりながら叫んだ。

 遅すぎたことを懺悔する様に、取り零しそうなものを離さぬように。


「……ハッ、こりゃ、最高だなぁ。ああ、産まれてきて一番の幸せだ」

「ワニ、私は―――」


 心底幸福そうに笑うワニが手を伸ばす。

 その手を掴もうと手を伸ばして―――


「トカゲ、幸せになれ」

「何でっ」


 指先がすれ違った。

 視線だけが絡み合った。


 交われない

 離れ合う

 

 おやすみと共に額に置かれた手の平。閉ざされた視界と急激な睡魔。


 やめろっ、まだ伝えたいことが―――


「愛してるぜトカゲ」


 離れる熱に動かぬ身体で涙を零す。

 



 何で、この手は届かない

 ワニ、私は、私はお前のことが――――

 









 

 

 

 

 

 

 おっりゃーいどんどんいくぜーい

 届くかな?届くかな?遅いかな?



 間に合うかな?

 さあ、残りまで付いて来てくだせぇ

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