就職しました・・・
「では、次の説明に入りたいと思うのですが・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないですけど・・・お願いします・・・」
あれから意気消沈して何も反応しない俺に気を遣ってか、しばらく別の話題をしてくれたメイドさんだったのだが、ごめんなさい。ほとんど聞いてないです・・・。
「えっと・・・では次に職業就職に関する手続きですね。こちらのカードにご自身のお名前を記入してください。そうすると、適正職業がこちらの欄に表示されるのでそちらから選択してください。まあ、今回は一つしか表示されなかったので間違えることはないかと・・・ああっ!すみません!私が悪かったので泣かないでください!」
別に泣いてないもん・・・。
いまだに頭が整理できていない状況だったが、言われた通りに名前を記入する。
しばらくすると、名前の下にある欄が淡く光り始める。そうするとまたしても水晶と同じように職業が表示された。
何回読んでも『探偵』か・・・。あ、なんか視界がボヤけてきたんですけど。
けれどここで駄々をこねても仕方がない。泣く泣く『探偵』の文字を押す。
「ではこれで一応就職はできました!お疲れさまです!」
「本当にお疲れ様ですよ・・・ははっ・・・」
「まだ引きずっているんですね・・・。申し訳ないんですけどこのまま次の説明に移ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞお好きにしてください・・・」
俺が答えるとメイドさんは気の毒そうな顔をしながらカウンター下から、紙束を取り出し俺に見えるようにカウンターに広げる。
「こちらが、役所に提出する書類になります。まあ、場合によっては書かなかくてもよい書類もあるんですけど、万が一ってこともあるので用意させていただきました。では最初にこちらから書いていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言うと彼女は何枚かの書類を俺の前に差し出す。
もうどうにでもなれと思い、ただひたすら彼女の指示に従いながら書き込んでいく。
「はい、ではこれで一通り書き終わりました。それですね、本来ならあまりないケースなのですが今回はそのケースに当てはまるのでもう少しお時間よろしいでしょうか?」
とりあえず書いてくれと言われた書類は書き終わり、これで終わったかと思った俺に彼女の言葉に正直萎えてしまった。
帰ったら布団にダイブし、一週間は引きこもる予定だったのだが・・・ちょっと待て・・・俺どこに帰ればいいの?というかお金も何もないじゃん!
今更重要なことに気づいてしまった俺はカウンターに身を乗り出し、目の前の彼女の両肩を掴み
「俺どこで寝泊まりすればいいんでしょうか!?というかお金もないんですけど!まあお金は働けばどうにかなるとしてせめて安心して寝れる場所で寝たいんです!」
「わ、分かりましたから!そんな大きな声出さないでください!あ、あとか、顔が近いですぅー・・・」
おっと、我ながら気が動転してらしくない行動を取ってしまったようだ。
「これは失礼しました。今の俺が本来の姿なので勘違いしないでくださいね?」
「勘違いも何もさっき泣いてる姿見ちゃったんですけど・・・ああっ!ごめんなさい!そんな潤んだ目で見ないでください!」
こほんっ、とかわいらしく咳をし、気を取り直した彼女は改めて背筋を伸ばし再度口を開く。
「今回、テツヤ・・・さんでしたよね?テツヤさんが就職した『探偵』という職業ですが恐らくテツヤさんが世界で初めて適性職業として表示された方だと思われます。そこでですね、テツヤさんに『探偵』という職業について色々調べて頂きたいなと思いまして」
「要するに、俺に実験体になれって言ってるようなもんですよね?」
「も、もちろんこちらとしても精一杯支援させていただきますので!それこそ先ほどテツヤさんがおっしゃった寝床についてもご用意させていただきますので!それと、こちらは他の方と同じなのですが初めて就いた職業の方には一か月間は支援金が給付されます。テツヤさんには特例として少し割り増しさせていただきますので・・・」
「そういうことなら早く言ってくださいよー!いやーまあそこまでしてくれるなら考えなくもないですねー」
「(ちょ、ちょろい・・・)で、では成立ということでよろしかったでしょうか?承諾してくださるならこちらの残りの書類を書いてもらってもよろしいでしょうか?」
はいはい、もちろん書きますとも!
先ほどとは打って変わって嬉々として書類に書き込む俺に少々呆れた顔のメイドさんだったが、多少罪悪感があるのか、また俺に話しかけてきた。
「そういえば、テツヤさんは探偵という職業をもしや御存知なのですか?それで先ほど落ち込んでいたものかと思ったのですが・・・それとも何か就きたい職業があったのでしょうか?」
「あー・・・一応探偵という職業は知っています。親父が似たようなことをしていたので・・・」
苦々しい顔をしながら答えたが、メイドさんはそんな俺の顔には気づかず目をキラキラさせながら身を乗り出してきた。
「そうだったんですんね!ちなみにどんなお仕事内容か御存知なのですか!?ぜひ聞かせていただきたいです!」
何やら興奮し始めたメイドさんに多少引き気味になりつつ教えるかどうか一瞬迷うが、どうせ今後教える羽目になるなら別に今多少教えても構わないかと思い直し彼女の要望に応える。
「そんな大したものじゃないですよ。まあ、物語の中では事件を解決する頭の良い人のように描かれてますけど、実際の所は浮気調査とか人探しとか、他人の粗探しをする仕事ですよ・・・」
そう、ここは物語の中ではない。現実だ。
みんなにチヤホヤされる名探偵は存在せず、存在するのは他人のプライバシーに平気で土足で踏み込む汚い人種だ。
確かにそれで報われる人もいるのかもしれない。けれど俺はどうしてもそうは思えないのだ。
知りたくもない事実を知り絶望に打ちひしがれる人、これで相手の弱みを知れたと気持ち悪い笑みを浮かべる人。
果たしてそこに幸せはあるのだろうか。いや、ないだろう。
誰もが幸せになれる・・・そんな気持ちを捨てなければいけないのが『探偵』というものだ。
「なるほど!要するに便利屋さんみたいなお仕事に近いんですね!」
メイドさんはまだ探偵をよく分かってないのか、無邪気に嬉しそうに俺に向かって話しかける。
俺は今はそれでいっかと思い、苦笑しつつ残りの書類を書き終えようと再びカウンターに向かった時だった。
「失礼する。聞くつもりはなかったんだが声が聞こえてしまってな、すまない。テツヤは人探しをする職業なのか?」
左側から声を掛けられびっくりしてそっちに顔を向けると、真剣な顔をしたルナがいた。
初めて見た時の彼女の瞳は黒く濁っていた気がしたのだが・・・今は青い目を輝かせている。
何か良いことがあったのだろうか?と思っていると、彼女は我に返ったかのように咳ばらいを一つして少しばつが悪そうな顔をしつつも再度声を掛けてくる。
「すまない。少し取り乱してしまった。先ほどの発言は忘れてくれないか?」
「へ?え、まあいいけど・・・大丈夫か?」
「とても絶好調なのでテツヤが心配する必要はないぞ、うむ」
「いやいや、普通大丈夫な人はそんな発言しないから」
きっかけが何かは分からないが、ルナの様子が少しおかしい気がする。まだ知り合って少ししか時間は経っていないが、それでもどこか違和感を感じる。
顔は少しだけ赤く上気し、目はきょろきょろとせわしなく動いている。
どうしたもんかと思った瞬間、彼女は赤みが増した唇を開いて
「もし、よければなのだが・・・私をテツヤの思うがままに使ってはもらえないだろうか・・・?」
「は・・・?」
「な、何言ってるんですか!?女の子がそんな発言してはいけないんですよー!」
どうやらルナに対する評価を改めなければいけないらしい。
あと、メイドさん声が大きすぎです・・・みんなこっち見てるじゃないですか・・・。