適性職業
人だかりもある程度小さくなり、先ほどの喧騒とは別の平和的ないつも通りだと思われる喧騒が戻ってきた。
賭け事をしていたと思われる人を追いかけていたが、あまりの逃げ足の速さに見失ってしまった。
「ちくしょう・・・次会ったらただではすまさないからな」
悪態をつきながら本来の目的である役所に向かうとする。
他の建物とは違い、一際存在感を放っているので一目でこれが役所だと分かる。具体的に言えば他の建物が高くても二階までなのに対し、役所は四階建てになっている。
また、目立つためなのか緑色の塗装が施されているようだ。
「正直センスが良いとはお世辞にも言えないなー・・・」
外見がどうであれ、本来通りの仕事をしてくれるのなら文句はない。
そう思いながら、役所のドアを開け中に入る。
「こんにちは!初めて見る顔ですね・・・。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「うおっ!びっくりするじゃないか!あんたはここで働いてる人?」
中に足を踏み入れた瞬間、左側から声を掛けられ驚いてしまった。
声を掛けられた方向を見てみると、背の低い小学生のような顔だちをした女性が立っていた。
まじまじとその女の子を見てみると、まるでメイド服のような・・・というかメイド服ですね。を着て、ショートカットの黒髪を軽く揺らしながら、申し訳なさそうな顔をしながら再度口を開く。
「あ、驚かせてすみません。はい、ここで働かせていただいてる者です。たまたま入り口を通ったもので、ついでなのでそのまま案内しようかと」
「なるほど、こちらこそ大きな声出してすみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それで今日はどのようなご用件で?」
「あ、ええっと・・・この街で働きたいと思ってるのですが・・・」
「就職関連の方ですね。かしこまりました。ではまず、適正職業を判定しますので私に付いてきてもらってもよろしいでしょうか?」
そう言うと彼女、もといメイドさんは奥のカウンターに向かって歩き出す。
入り口に棒立ちだと他の人に迷惑がかかると思い、慌てて彼女に付いていく。
歩きながら周りを見てみると、若い人からお年寄りまでたくさんの人がいることに気づく。
にしても色んな職業の人がいるのだと気づかされる。料理服のような服を着ている人もいれば、ボロボロになった作業服を着る者、腰に斧をぶら下げている女性。・・・さっきの鎧を着た女の子といい、この世界は男より女のほうが力が強いのかな・・・?
そんな考え事をしていたためか、思わず顔に表れたのだろう、前を歩くメイドさんはそんな俺を見て説明をしてくれる。
「この街はこの国でも王都を除いて三番目には大きな街ですからね、色んな職業の方がいらっしゃるんですよ。あちらの斧をお持ちの女性の方はおそらく木こりを職業としている方でしょう」
「なるほど、だから斧を持っているんですね。にしても結構人いるんですね。昼間なので大概の人は働いていると思ったんですけど・・・」
役所に用があるといってもこの人の多さは予想外だ。単純に休憩時間に来ている可能性もあるが、こんなにみんなの休憩時間が重なることがあるのだろうか?
「それはですね、ここに今いる方々の大半は転職希望の方々なんですよ。若いうちにできるだけ多くの経験を得たい方、歳を重ねて今の職業が肉体的に苦痛なのでもう少し負担の軽い職業に就きたいという方々なんですよ。他にも様々な理由があるとは思うんですが」
なるほど、そういうことかとメイドさんの発言に納得する。
事前に検問のおじさんから聞いていたおかげか、すんなりと理解することができた。
おじさんが言うには、働く前に職業判定が行われどの職業がその本人に合うか確かめる。その際、職業適性で必ずしも一つの職業が現れるとは限らないらしい。むしろ複数の職業が現れるのが普通らしい。
その後、その中から自分好みの職業を選択し働き始めるという寸法らしい。
つまり、今転職を希望している人は他の適性職業を再度選びに来たということなのだろう。
「さて、着きましたよ。今職業判定の準備をするので少々こちらで掛けてお待ちください」
考え事をしていた間に奥のカウンターに辿り着いたようだ。メイドさんに言われた通りにカウンターの目の前にある椅子に座る。
ふと、右側から何か視線を感じると思い顔をそちらに向けると
「あっ・・・」
「やはりテツヤであったか。奇遇だな」
それは先ほどルナと名乗った鎧を着た女の子であった。
彼女も俺と同じように、隣のカウンター前の椅子に座り役所の人を待っているようだった。
「ふむ、こうもすぐに再会できるとはな。テツヤは今日はどんな用事でここに来たのだ?」
「あー・・・この街で働こうと思ってな。今から職業判別をしてもらう予定なんだよ。ルナ・・・さんも俺と同じ感じかな?」
「ルナでいいぞ。なるほど、そういうことだったのだな。ちなみに私はもうすでに職業に就いているのでな、今回はそういうことではないのだ」
なるほど、確かに職業に就いてない人が鎧を着るなんてまずないだろう。無職で鎧着てたらただのコスプレだよな。
そう思っていると、先ほどのメイドさんがカウンターに戻ってきた。
そして何やらメイドさんの手には大人の顔と同じぐらいの大きさの水晶のような物をもっており、カウンターに恐る恐る置き一息つく。
「ふぅー・・・。これでよしと!にしてもいい加減小さくならないもんですかねー?」
何やらメイドさんは水晶の大きさに不満があるらしく、何やらぶつぶつと文句を呟いている。
確かに身体の小さいメイドさんにはこの大きさの水晶の持ち運びは大変そうだ。
文句を垂れ流すのに夢中なのか、水晶をペチペチ叩きながら文句を言い続け俺のことは頭の中から消えているようだ。
このままではしばらく聞きたくもない愚痴を延々と聞かされてしまうと思った俺は、おずおずと声を掛ける。
「ええっと、これは何ですか?」
「はっ!!!すみません!御見苦しいところを見せてしまって・・・。」
本当に俺のことを忘れていたようで、申し訳なそうに俺の方を見て謝罪する。うん、上目遣いの謝罪なので許してあげよう。決して上目遣いにときめいたわけではない。・・・本当だよ?
それにしてもこの水晶は何に使うのだろうか?よく胡散臭い占い師が使うような水晶に似ているが。
「こちらの水晶はですね、職業判別に使う水晶なんですよ。こちらに手を置いていただいたら、その方の適性職業が表示されるという寸法です」
「なるほど、そういうことなんですね。じゃあさっそく手を置いてもいいですか?」
「はい、いいですよ。職業が表示されるまではそのまま手を置いたままにしといてくださいね」
さて、いよいよ俺の職業が決まるわけだが・・・。もちろん探偵になるつもりはさらさらない。
大天使さんは探偵になれと言ったが、それがこの水晶に表示されない可能性もあるわけだ。
仮に表示されたとしても、他の職業も表示される可能性が大きい。なら、探偵になんかならずに別の職業に就けばいい話だ。
これが、検問所のおじさんから話を聞いた俺なりの抜け道だ。
大丈夫、きっとまだ神は俺を見捨ててはいないはずだと念じながら水晶に手を置く。
手を置くと水晶が淡く光り始める。それと同時に水晶の中心に何やら文字が浮かびあがってきた。
「(何が表示されるかなー?公務員かな?あーでものんびり暮らしたいから別の仕事の方がいいかもな)」
期待に胸を膨らませながら、鮮明になってきた文字を見つめる。
メイドさんも何の職業が表示されるのか興味があるのだろう。ワクワクした顔で水晶をのぞき込む。
「はい、ではもういいですよ。水晶から手を離してみてください」
メイドさんの声に頷き、ごくりと喉を鳴らしながら水晶から手を離す。
さあ・・・!俺の職業は何なんだ!
「えっと・・・これはた、探偵?初めて聞く職業ですね・・・。しかも珍しいですね、一つしか職業が表示されてないです」
「え・・・?ちょっと待って・・・え・・・?」
ど、どういうことなのか。慌てて水晶をのぞみ込み、水晶に浮かび上がった文字を読んでみる。
『適正職業:探偵 (テツヤはこの職業以外に就くことは認めないのじゃ!)』
あ・・・あの憎き大天使め・・・!!俺の職業選択に干渉しやがったな・・・!!普通ここまで嫌がらせするものなのかよ!!
どうも俺の浅はかな考えは、大天使にはお見通しだったらしい。
あまりのショックに思わずカウンターに突っ伏してしまう。
「ど、どうされたんですか!?大丈夫ですか!?しっかりしてください!」
何やらメイドさんが慌てて声を掛けてくれるが、今の俺には反応できる気力はない。
そういえばさっき神は見捨ててないはずだ!とか思ったけど、神様消されちゃったんだった・・・。
「泣きたい・・・ぐすっ・・・」
さてと、これからどうやって生きていこう・・・。