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君の世界と僕の住民  作者: 桜田櫻華
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02 とりあえずラスボスに喧嘩を吹っ掛ける

 霞ヶかすみがはら枯木かれき

 六人家族、四人兄弟の末っ子。

 上三人含め、兄弟全員が文字の通り男。

 高校二年生も中旬になる今日この頃、僕は飽きること無く女の子を描く。描いて描いて描き続ける。

 年齢は問わない。自分が表現出来る限りの女の子達を描き、満足するまで終らない。

 描きたいと思う理由は特に無い。

 ただ、女の子には何でも詰まっている気がする。それは決して厭らしい意味ではない。

 例えば服装一つ取ってもそうだ。スカート、ズボン、ワンピース、キュロット…………様々な種類ある服を、自由に選んで着飾っていく。見る方も、着る方も、楽しくなる。

 そんな女の子を描くことに、昔から変わることの無い楽しさを覚えている。

 誰に頼まれて描いているわけではない。たとえ、仲の良い兄達に頼まれても、描くことはこれから先無いだろう。

 スケッチブックが僕のテリトリー。

 女の子をイラストが僕の生き甲斐。

 それを強制する奴や、そのきっかけになる奴は、誰であろうと許さない。文句のオンパレードを聞かせてやる!それがたとえ、恐れられている腐れ縁の奴だとしてもだっ!


 と、意気込んだのはあずまと別れてすぐ。

 それを実践に移したのは今日の朝……つまり数分前。


「はぁ?親切心であんたのクラスメイトにわざわざスケッチブックを渡してやったこの竹梅たけうめ松李まつり様に、ありがとうすら言わず、あろうことか文句を言うのか?あぁ? 」


 そして、現在進行形で僕の襟首を掴みながら不良ですら逃げ出すような脅しをかけているのは、我が校代表、横暴生徒会長こと、竹梅松李(様)だ。

 いやいやいや、これは生徒会長の、女の子のする表情じゃない。隣町の不良を潰しに行く番長の顔だ。

 しかも、若干僕の足が地面から離れて宙に浮いている。


 あずま廿日はつか事件後である今日、事の発端、僕のスケッチブックを彼女に横流しにした張本人に文句を言った事がそもそもの間違いだった。

 勢いと感情に任せた行動が、どれだけ愚かかよく解った。

 とにかく一刻も早く彼女に離して貰う為にも、謝罪をしなくてはいけないのだが、何せ掴まれている所が悪い。

 首がしまって、擬音語のような言葉しか出てこない。


「がっ………ばっ…………ばかっだ……ぼぐが、ばるがっだでず……」

「あぁ?何言ってんだよ。んなもん既に解りきったことじゃねぇか。私は万物に対して正しいんだよ。私=正解なんだよ」


 この女、本当に高校生なのか?むしろ、本当に女なのか?

 やっと離してもらい、むせながらもしっかりと竹梅と向き合う。下手に目をそらしたりすると、また締め上げられる。

 こんな所で気絶するだなんて御免だし、彼女には聞かなくてはならないことが沢山ある。


「あ、えっと、竹梅……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はぁ?聞きたいことだぁ?別に構わねぇけど、私、今から生徒会の仕事があるから、後でにしてくんね?」


 ここで引いたら一生話せなくなる気がするっ!

 何せ相手は竹梅。多忙な生徒会長だっ!ほんの少しの時間しか取らない!さぁ霞ヶ原枯木!言うんだ!今こそ男気を見せる時だッ!


「…………わかったよっ!!」


 笑ってくれ、僕はどうしようもないクズだった。



×××


枯木かれき君、ねぇ枯木君。このヒロインなんてどうでしょう」

「はぁ……」

「あ、私的にはこの男の娘も良いなと思います。おすすめです。性別的には男ですけど、見た目的には女の子なので、描く分には支障はないと思いますが。どうでしょう」

「どうでしょうって……なぁ。東?僕、一度でもお前に『引き受けた』だなんて言ったか?」


 周りのクラスメイトの視線の中心にいるのは一組の男女。

 うん、間違いなく僕と東だ。

 明らかに異質な組み合わせの僕達が、(端から見たら)仲睦まじく話している。

 どこからどう見ても異常だ。

 正直、目の前から消えて欲しい。いや、本当、切実に。


「言ってませんね。私が勘違いするような曖昧な言葉ではなく、はっきりと断られたことは、記憶に新しいです」

「なら、解ってるはずだよな?僕に付きまとうな。イラストなら他の人を当たってくれ」

「嫌です」


 相変わらずの無表情のまま、僕の言葉を一刀両断する。

 大体、何でこの女は僕に執着するんだ。

 あれか?僕の嫌がる姿を見て楽しんでいるのか?新手の虐めか何かか?


「なぁ、何でそこまでして僕に執着するんだよ」

「……はぁ?」


 ━━━━こぇぇぇぇ!!

 「なにいってんのこいつ」見たいな目で見られてるッ!

 ごみクズを見るような視線を浴びせかけてきているッ!

 朝一の竹梅のメンチ切りよりも威力はないが、これはこれでじわじわと精神力を削られる。


「別に、貴方自身には何の魅力もありません。誤解しないで欲しいのは、魅力があるのはあくまでも貴方のイラストだということです」

「あっそうかよ」

「大体、自分の可能性を自らドブに捨てているような貴方に、どんな魅力を感じろと言うのですか」

「……なんだよ、僕の可能性って」


 言葉を選ぶこと無く、はっきりと吐き出された「可能性」という単語。

 あまりにも身に覚えが無さすぎる。

 一体、東は僕の絵に何の可能性を感じているのか。

 そもそも、彼女の言う可能性は、何なのか。

 彼女の思考同様、解らないことが多すぎる。

 素直に言われているはずなのに、言葉が透明すぎてその真意が解らない。大切なはずの真意すら、透けてしまっている。

 そうこうしている内に……休み時間が終わり、普通の高校とは比較にならないほど長いチャイムが鳴り響く。主にこの時間、僕の文句に答えるだけの東だったが(売り言葉に買い言葉とも言う)音を聞くと同時くらいに立ち上がる。

 先生が入ってくるのを横目で見ながら、会釈をして席に戻るあずま

 やっと解放されたと思い、意識を下に向ける。


「……なんだよこれ………………」


 可愛らしいフォントで書かれたメモ。


 ━━━貴女が了承してくれるまで、付きまといますのであしからず……


「ッ!……ざっけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

「うぉ?!」


 思わず怒りを爆発させる。

 絶叫と言うよりは、爆発音に近い声だった。

 しかも、山びこの如く返ってきたのは僕の声でも先生の声でもなく、二つ隣のクラスにいるのはずの竹梅の怒号だった。

 微かにしか聞こえなかったものの、「るせぇぞレキぃ!てめぇ、後で覚えてろよぉ!!」だと思う。

 ちなみに、レキと言うのは僕の事だ。枯木かれきの下二文字を取って付けられた何の捻りもない安直なあだ名。

 昼休みは彼女に質問をする前に再びシバかれるのだろう。

 恨みがましく東のいる方向を見ると、赤の他人の様な顔をしていた。紛れもなくこいつのせいなのになっ!


「あー……霞ヶかすみがはら君、大丈夫ですか?」

「心と精神が崩壊寸前です……」

「先生、枯木君。ちょっと昨日から疲れてるだけみたいなので大丈夫です」

「そ、そぅ?あずまさんが言うなら……」


 僕を出汁だしにクラスメイトの様子を見守っている良い人をまんまと演じあげた東。

 この女、ラノベ作家より役者になった方が良いんじゃね?と、小さく溢した言葉は誰に聞こえる事もなく、授業が開始された。

 このクラスに大爆発が起こるまで、後三時間。

 僕にとっては死刑のカウントダウンだ。今日ほど授業が終わるのが早く感じる日は記憶に無い。


「カレキン、どうしたんだい?東ちゃんが君に積極的に話しかけて来るだなんて。今日は槍でも降るのかな?」

孝宏たかひろ、意外とガチで降ってくるかもな。槍」

「あはは!それは、会長様のことかな?確かに、彼女なら槍を振り回していても様になるだろうね」


 黒に白のメッシュが入った髪を弄くりながら、恐ろしいことを軽く言ってのけるこいつは隣人の笹木ささき孝宏たかひろ

 かなり女受けしそうな容姿なのに年齢=彼女いない歴と言う謎の多い親友。一部の女子達には「残念なイケメン」と言われ、少数派には「美味しい要因」とされている。

 ……美味しいって何なんだ。

 その個性的すぎる頭から、他校生からよく不良と間違われるが、実際は髪の脱色に失敗したらいい感じの模様になっただけだそうだ。高校デビューとして、茶髪にしたかったらしい。脱色してから茶色に染めようとする徹底さ加減がこいつらしい。

 今ではこいつの頭より、いつどこで何をしでかすか解らない竹梅たけうめの方が目立っているがな。

 勿論、悪目立ちだ。


「槍よりも薙刀なぎなたとかどうかな?」

「あー、それだと弁慶っぽくなるな。無駄に格好良さそうだから却下。もりで充分だろ」

「一気に野生感溢れるスタイルになったね。後で会長様に伝えておくよ」

「切実にやめてくれ。お前の隣に死体が座るぞ」

「髪の毛一本くらいは拾うよ」


 いや、そこは骨を拾ってくれ。

 悪意が無いようで、しっかりと嫌みやら毒やらを吐いてくる。

 そんなんだから毒舌王子とか言われて、女子に美味しいとか言われるんだよ。


「で?」

「で?とは?」

「いや、だから君が東ちゃんと仲良くなった経緯を懇切丁寧に親友であるこの俺に教えてくれないかな?って」

「仲が良い訳じゃない。一方的に付きまとわれてるだけだ。ストーカーだストーカー」

「スカート?」

「わざとやってんのか。ストーカーだよ」


 いや、別に嫌いじゃないよ。スカート。

 フワフワしてて可愛らしいからな。内股スースーするけど。


「ふーん。要するに、東ちゃんに気に入られた訳だ。……なんで?」

「どこまで聞くつもりだ」

「骨の髄まで」

「死んでも話してやらん」


  眩しすぎる笑顔でさりげなく聞き出そうとしてくる孝宏を、軽くあしらう。それでもベタベタしてくるこいつのせいで、後ろにいる女子達からこちらに好奇の視線と怪しい会話が向けられている。


「そんなケチケチしないで教えてよ……」


 嫌そうに俯く僕の顔を、孝宏が覗き込んだ瞬間━━━


「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

「ごちそうさまですッ!!」


 黄色い悲鳴が上がった。

 おい誰だ、「ごちそうさま」とか言ったやつ!

 後ろの女子達は何を考えてるんだッ?!

 若干周りの男子群が引いてるぞ?

 しかも本日二回目の大絶叫に反応した竹梅が暴れたのか、彼女のクラスを担当していた教師がここまで来た。何故かボロボロになって。可哀想に、あれは流石の先生でも止められない。


「んん?何で悲鳴があがったのかな?」

「さぁな、知らん」

「そして、東ちゃんが何か書いてるよ?凄くやる気の満ち溢れた表情しながら」


 ほら、と孝宏が指を指す方向を見れば、何やら熱心にノートを書く東。掌サイズのそれは、明かに授業用の物ではない。

 本人は我慢しているつもりなのかもしれないが、口角が上がっている。しかも歪に。おいおい、涎まで垂れてんぞ。耳をすませば、「でへ……でへへへへ……」という声も聞こえてきた。

 正直言って不気味以外の何者でもない姿に、思わず孝宏と一緒に「うわぁ……」と言ってしまった。


「これから先、あれに付きまとわれるのか……」

「御愁傷様だね。面白そうだから、色々聞かせてね」


 昨日同様、手元から折れる音と振動がした。

 ただし、今回はシャープペンシルの芯だ。


×××


 昼放課に半殺し覚悟で竹梅たけうめを訪ねたところ、教室にはおらず、全く知らない生徒会メンバーに「業後に生徒会室に来るなら話を聞く」と言う伝言を貰ったので、一人で彼女のいる生徒会室に向かう。

 それしにても、ボイスレコーダーで伝言とか。初めて見た。

 それを渡してきた子は既に半泣きで、目頭を押さえながら


「お願いだから、会長を怒らせないで」


と、切に頼んできた。

 心なしか、教室全体がぐったりとしているように感じたのは気のせいではない。


「……し、しつれーしまーす………」


 普段入ることのない部屋に入るのは、かなり緊張する。

 恐る恐る扉を開けると、僕が開けきる前に自動で開いてしまった。

 否、鬼の形相をした竹梅が勢いよく開けた。

 緊張でガチガチに固まった僕の手が咄嗟にドアノブから離れる訳もなく、道連れになるような形で部屋に入っていく。逃げられないようにするためか、片腕を爪が食い込むほど強く握っている。

 開けられた勢いとは対照的に、ゆっくりと閉まっていく扉。

 扉の閉まりきった音が、本日二回目の竹梅タイムの始まりの合図になった。


「よぅ、レキぃ……」

「こ、こんにちはぁ……竹梅さん……」

「言いたいこと、解るよな?」


 語尾にハートマークがつくように疑問を投げ掛けてくる。だが、愛らしさは微塵も無い。

 そのあまりの迫力に喉がやられ、頭を上下に振る事しか出来ない。

 僕のそれを見届けると、ニンマリと笑いながら空いている方の手を振り上げる。

 次に来る衝撃を覚悟して、身体の力を抜く。少しでも打たれる衝撃を減らそうとした。


「…………………………あれ?」

「はっ、私が打つとでも思ったか?ま、打つのを止めようと思ったのは今だけど」


 腕から手を離し、横をすり抜け鍵を掛ける。

 さっきまでの鬼の形相は何処へ行ったのか、上機嫌で奥へと入っていく竹梅。

 後を追いかけるようにして僕も奥に入り、無造作に置かれているパイプ椅子に腰を掛ける。

 ふ、と目にとまったのは机に積まれた本……と言うか漫画。


「なぁ、竹梅。ここは間違いなく生徒会室だよな?」

「そうだぞ?なに言ってんだよ」

「……これは何だよ」

「んあ?同人誌」

「学校にんなもん持ってくんなや!!」


 ただの漫画じゃなかった。

 いや、見覚えのあるキャラクターだと思ったよ?特に男ばっかりの表紙でなっ!!

 しかもよくよく見れば、コンセントには携帯の充電器が刺さってるし、明かに私物と思われるCDが棚に置いてあるしっ!!

 何だよこれ!生徒会室無法地帯じゃん!!


「ちなみにここ、ネットも繋げれるぞ」

「なんでだっ?!!」

「先生が繋げてたのを見てパスワード覚えた」


 ダメじゃん生徒会!

 そんなんで良いのか生徒会!

 会長がこんなんだから周りのメンバーに悪いところが伝染すんだよ!


「んで、私に聞きたいことがあるんだよな?」

「今の数分で聞きたいことは一気に増えたけどな」


 まぁ、細かいことは気にすんな、と言われたがそうはいかない。

 目の前で同人誌片手に足を組むのは今から人と話す態度じゃない。

 唯一の救いはその漫画がホモ系統の物ではなかったことだ。

 この女は本当に末恐ろしい。


「あー……、あれだよ。東の事について聞きたかったんだよ」

「ほぉん。竹梅たけうめあずまのことを聞くなんてねぇ。本人に聞けばいいじゃないか」

「あの女とはなるべく関わりたくない。それに、生徒会仲間だろ?良く知ってるんじゃないのか?」


 漫画で顔は見えないが、「うーん」と言う唸り声が聞こえてくるため一応話を聞いてはいるらしい。


「レキ、お前の質問に答える前に聞いておきたいことがある。何で私なんだ?」

「いや、だからさっきも言ったように、竹梅と東は生徒会仲間だろ?生徒会は、お前が東を誘ってやり始めたんだろ?なら……」

「いや、そっから間違えてんだよ」

「は?」


 バサリ、と乱暴に漫画を机に置く。

 額に手を当てて、やれやれといった様子で頭を振る姿は、完全に僕に対して呆れている様子だ。


「生徒会は私が誘ってやってるんじゃない。廿日はつか無理矢理(、、、、)私を会長にした(、、、、、、、)んだよ。仲が良いのは否定しないが、生徒会だからと言って私に聞いているのなら話は別だ。本人に聞け」

「…………まじか」


 あの横暴が、まさか東に押されて会長になっただなんて初耳だった。

 聞けば、一年生後半の頃。選挙二日前に参加用紙を竹梅に突き付け、物凄く真面目な顔つきで「竹梅たけうめ、やろうよ」と言ってきたそうだ。あまりの無茶振りに廊下に響く程の大声でキレたらしいが、良く見れば用紙には既に彼女の名前と、裏面にまで及ぶほどの推薦者達の書名があり、逃げられなかったと。

 本当の意味でのラスボスは、東だった。


「わかった、じゃあ仲の良い竹梅として聞く。あいつはなんなんだ。僕にイラストを描かせて何がしたい」

「何がしたいって、廿日本人が言ってただろ?書きたいんだよ、自分の物語をな」


 あえてしんみりとするような口調で言う。

 自分の物語を書きたいから、僕を頼ったんだと。


「あいつにも言ったけど、書きたいなら勝手に書けば良い。わざわざ僕にイラストを書かせなくても、ネットでそれらしいキャラを探せば良いし、最悪自分で書けば良い」

「……下手でもか?」

「下手なら尚更だ。自分の為に、上手くなれば良い」

「……これでもか?」


 そう言って出してきたのは二枚の絵。

 片方は良く見覚えのあるキャラクター。女性メインの集合イラストだ。

 まるで本家を白黒で印刷したかのような出来の良さ。一人一人の表情や髪の毛一本に至るまで手が込んでいる。正直、僕でもここまで描けるかどうか解らないほど素晴らしいイラストだ。

 もう一つは……うん。酷い。

 恐らく同じイラストを描こうとしたんだろうな。まず、身体の比率がおかしい。頭がでかすぎるし、顔だけに絞って言うなら頭蓋骨の形が歪すぎる。

 そして気になるのは足ッ!!!

 上半身は酷い有り様なのに、何で足だけ上手いんだッ?!!無駄に美脚だし、逆に怖いぞッ?!!


「二枚とも廿日の描いたイラストだ」

「同じ人間が描いてこの差はなんだ?!」

「上手い方が摸写だ。あの子は摸写しか出来ない」


 本人も言っていた。

 「自分は摸写しか出来ない」のだと。

 でもまさか、ここまで酷いとは思わなかった。確かに幼稚園レベルとは言っていたが、あれは謙遜のようなものだとばかり思っていた。

 他にも何枚ものイラストがあった。

 その数は僕には劣るがかなり多い。しかも、摸写なんかよりも自分で描いたイラストの方が圧倒的な数を占めている。

 ここまでしても、東は書きたいのだろうか。自分の考えた話を、誰かに見て欲しいのだろうか。


「私が知っているのは、小説が書きたくて、でもイラストが無いと途中経過が書けなくて、それでも諦めたくないって言ってた廿日だけだ。だから、お前のスケッチブックを渡した。一応、返して貰うって言う建前で渡したが、私としてはあんたの事をあの子に知って貰うことの方が重要だった」


 ここに来たとき、殴らなかったのはそれが理由らしい。

 朝、僕の事を掴み上げたのはお門違いだっと、自覚していたらしい。


「なぁ、レキ。ここは私のためだと思って廿日を助けてやってくんね?」


 眉を下げて、困ったようにはにかむ。


「…………ゴメン。今決断するのは無理だわ」


 笑顔のままの竹梅が近づいてきた。

 あ、なんか折れる音がした。

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