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君の世界と僕の住民  作者: 桜田櫻華
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01 ファーストコンタクト

 授業が全て終わり、周りのクラスメイト達が必死に部活動に勤しむなか、僕は一人教室にいた。

 窓から差し込む夕日は鬱陶しいくらいオレンジで眩しい。正直、目に優しくない光だ。昼寝には最適の席だが、業後ぎょうごに人を待つには最悪の場所だ。

 机にはつい数分前に押し付けられた封筒と僕の持参しているスケッチブック。

 勿論中には手紙が入っており、内容も既に読ませてもらった。


 ━━描かれたスケッチブックを持って、待っていて下さい


 この指示通りに待っているわけだが、それにしてもなぜスケッチブック?しかも、『描かれた』と限定されている。

 貰ったばかりの手紙。

 まるで、僕が常にスケッチブックを持ち歩いていることを知って、その上で指示したかのような内容。

 電気も付けず、夕日だけの明るさに照らされたスケッチブックと手紙。ただ待つだけというのも暇なので、新しく開いたページに描きこむ。

 これが唯一、僕に許された、僕自身が許した娯楽。

 趣味とも言う。

 鉛筆を持ち、目の前にある白に滑らせる。

 沸き上がるインスピレーション。

 止まることの無い手の動き。

 これが無意識の内に行っているのだから恐ろしい。気が付いたら一日で一冊分描き追えていることもあった。

 楽しいかどうかと言われたら、楽しいに決まっている。

 でも、たまに終らない刑罰を受けているような気にもなる。

 そう、例えば今の様に。唐突にやって来る不安とも言える気持ちに心が追い付かなくなり、鉛筆が悲鳴をあげる。

 パキリ、と。

 尖った黒鉛が欠けると同時に、後ろの引き戸が開かれた。


「お待たせしました、枯木かれき君」


 開かれた戸の向こうにいるのはあずま廿日はつか

 ただのクラスメイト。それ以上でもそれ以外でもない存在の少女。王道の幼馴染みでもないし、知り合いと言うほどの知り合いでもない。ましてや彼女でもない。

 僕の中では、関係を聞かれたら困る人物トップ10に入っても可笑しくないような子だ。

 黒一色、肩まで伸ばされた髪は跳ねたい放題跳ねており、必要以上の手入れがされていない。しかし、決して相手が不快に思うような『汚い』髪型ではなく、よく二次元のキャラクターにあるようなスタイリッシュな跳ね方をしている。

 近眼女子が眼鏡からコンタクトに変えつつある高校で、未だに青いフレームの眼鏡をかけ続ける女子。しかも、あの形はおそらく男性ブランドの物だ。

 いかにも『真面目ちゃん』オーラがバリバリ出ている彼女が、僕をここに呼び出した張本人。

 「お待たせしました」じゃない、本当に待たされたんだ。その言葉は、時間内に来た人間が相手に社交辞令として述べるべき言葉のはずだ。間違いなく、時計の針が半周した時点で来た人間の言う言葉ではない。


「おう、本当に待たされた。約三十分も」

「それはそれは……申し訳ありません。一応言い訳をしますと、生徒会の召集の為、遅れました。先生もそうですが、竹梅たけうめが必要以上に仕事をほじくり出してくるので……」


 よりによって言い訳に先生と生徒会長を出してきた。

 いかにも『私を責めるのはお門違いです』とでも言いたげな表情のまま、続ける東。


「今日此処にお呼びしたのは、個人的なお願いがあるからです」

「個人的……ね。僕じゃなきゃ駄目なのか?東、お前確か竹梅と仲良かっただろ?」

「はい、貴方でないと駄目なのです」


 至極真面目にいい放つ。

 その目はお願いをする人間の目ではない。獲物を逃がすまいとするハンターの目だ。


「な……なんだよ。大体、僕とお前に接点なんて殆どと言っても良いほど皆無だろ」

「…………接点云々の問題ではありません」



「私の子を作ってください」



 ━━は?

「あの…………あずまさん?それは確かに女の竹梅には無理な事だと思うけども……」


 静まり返っている教室に爆弾を投下した女子。

 僕の反応が不思議で堪らないとでも言いたげな表情をする。


「女の竹梅には…………。あぁ、そういう……」


 しばらく考えたあと、一人で納得した様に頷く。


「すいません枯木君。私の言い方が悪かったです。べつに貴方に私と貴方の遺伝子を持つ子供を作ってほしいと言ったわけではありません」

「……僕は何をお前がトチ狂ったかと思ったよ……。じゃあ何だよ、お前の子って」

「はい、貴方のその画力を見込んで、私の作ったキャラクターを描いて欲しいのです」


 眼鏡の奥の瞳が、僕の持っているスケッチブックに注がれる。

 描き途中だったそれは、紛れもなくイラスト。可愛らしい女の子。少女漫画に出てくるようなものではなく、男性受けしそうな。

 その瞬間、何故か狩られると思い、両腕をクロスしてイラストを死守した。

 ……が、すぐにそれが無駄な行動だったと解る。

 彼女の手には、さっきまでは無かった一冊の本……と言うかスケッチブック。凄く、もの凄く見覚えがある。

 そう、初めから今僕の持つ物を取るつもりなんて無かった。


 彼女の元には、既に僕のスケッチブックがあったのだ。

 ご丁寧に、『霞ヶ原枯木』と書いてある。勿論、書いたのは僕だ。間違いなく、僕の筆跡だ。


「おっ!おまおまおまおまっ!お前っ!何でお前が持って?!!」

「私の悩みを聞いて、竹梅が持ってきてくれました。なんでも、美術室に置き忘れてあったとか」

「あれかっ!忘れたと思って取りに戻ったら無くなってたあのスケッチブックかっ!くっそ!竹梅の奴、僕が聞いたときは持って無いって言ってたのにっ!」

「私に渡した後だったのでは?それなら、持ってないと言っても嘘ではありません」

「他にもっと言い方があるだろっ?!」


 荒ぶる僕を前にして、悠々とページを捲る。

 着色の済んだイラストから、殆ど下書きの状態で止まっているイラストまで。

 無くしたのはつい三日前。竹梅に持ってないかと聞いたのも同じ日。きっと、目の前の女は余すこと無く僕の絵を見たのだろう。

 彼女が閉じたそれを引ったくるような形で取り戻す。

 既に何ページか付箋が貼られており、一つ一つに名前らしき文字が書かれている。しかも、明らかに書いた覚えのないキャラクター設定まで書き加えられている。


「私的には、三番目の付箋の子がお気に入りです。着色されていないのがベストでした。ほら、そこに色々と書いてあるでしょう?」

「僕に、この通りに色づけしろと?」

「えぇ。『しろ』と言うとりは、『して欲しい』という、私の強い願望です」


 この会話内で見せる初めての笑顔を浮かべながら、僕にお願い事をする。

 流石は横暴竹梅(たけうめ)率いる生徒会メンバーの一員だけある。さっきまでの狩猟民族のような視線ではなく、人懐っこい笑顔を向けることで、相手の断りにくい雰囲気を作り出している。

 ちなみに竹梅なら、持ち前のカリスマ性にものを言わせて『私がやれっつったらやれ』と言うような場面である。


「東の強い願望……ね」

「はい」

「そして、これは個人的なお願い事だったよね」

「えぇ、私個人の勝手なお願いです。決して、今後の生徒会活動のポスターなどにするためにこうして来ているわけではありません」


 「むしろ、たかがそんなことにわざわざ私が頭を下げに来るわけ無いじゃないですか」と。

 若干、『生徒会の為にそのくらいは貢献しろよ。お前生徒会メンバーだろ』、と思ったが、よくよく考えれば彼女がそんなことしなくても、大ボスが行動すると直ぐに解ってしまった。

 個人的な理由で、僕のイラストが必要となること……


「……僕の絵で漫画を描こうとしても無駄だぞ」

「えぇ、そんなことしませんよ。私、模写は得意ですが、そのキャラを動かすとなると幼稚園レベルの物となってしまうので」

「じぁあ、何に使うんだよ……」

「私、小説家になりたいのです」


「だったら書いてればいいじゃないかっ?!?!」


 思わず叫んでしまった。

 彼女が将来何になろうと僕の知った事ではない。


「話は最後まで聞いてください」


 ピシャリと言われてしまった。

 全く持って悪くないはずなのに、何故かとても悪いことをしたように感じる。彼女からは、今の僕は飼い主に叱りつけられた犬のように見えているのだろう。

 うーん、理不尽気あまりない。


「既に何作品か書き始めています。……そこで、問題が発生したのです」

「はぁ…………」

「私、キャラクターのイラストが無いと、上手く物語が書けない事が発覚したのです。特に話の美味しい展開以外」

「……それって、作家としてどうなんだよ……」


 どうやら、彼女の目指しているのは文学小説ではなく、ライトノベルのようだ。

 話の一番醍醐味のシーンは、アニメのように頭の中で再生されるらしいが、その他の場面は全くダメ。酷いときはどんなキャラクターかすら、忘れてしまうらしい。

 一時期、自分で描こうとしたそうだが一枚も描けず、友人に頼んだら即行断られたそうだ。

 そこで竹梅に相談したところ、タイミングよく僕の忘れ物を持っており、貰ってきたそうだ。あくまでも、僕に返すのはついでだったらしい。


「本当は、そのまま貰ってしまおうかとおもってましたが……貴方と、そして貴方の絵と直接会えて良かったです」

「………………」


 顔を薄い桃色に染める東。そんな彼女に僕は…………




「…………申し訳ないけど、断固拒否する」



 何も心動かされる事がなかった。

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