201.その頃のナディアについて
「……私たち、どうなるのかしら」
ナディア・カインズの目の前で不安気につぶやくビィタリア・トゥルイヤがいる。
カインズ王国の第三王女であるナディア・カインズと、トゥルイヤ王国の第二王女であるビィタリア・トゥルイヤが屋敷の中に閉じ込められている。『火炎の魔法師』ディグ・マラナラの姿はない。倒れ伏した彼は別の場所へと連れていかれてしまったので、今、この場には居ない。
朝食の場に姿を現さなかったビィタリアはナディアやディグよりも先に、サマ・トージの手により捕らえられていた。
ナディアも締め切った屋敷の中で不安を感じていた。
これから、どうなるのだろうかと。
(でも、トージ様は私に触れる事は出来なかった。ヴァンの魔法具は確かに作動している。召喚獣達がどうなったかは分からない。でも……ヴァンが守ってくれていない状況なわけではない)
自分の首にかけられているネックレスや、腕につけられている腕輪を見る。ヴァンからプレゼントされた魔法具は発動している。その事実があるからこそ、ナディアはまだ、気丈でいられた。
「ビィタリア様、大丈夫ですわ。きっと、助けが来ますから」
だからこそ、ナディアは不安を口にして体を震わせるビィタリアに対してそう声をかける。
「……どうして、そんな事が言えるのよ。此処はトージ公爵領よ。そして、あのサマ・トージが私たちの事を捕えたのよ。サマ・トージがシザス帝国に渡る事が目的なのなら、そのうち私たちはシザス帝国に連れていかれるでしょう。そうなれば、私たちが王女だろうが何も関係がなくなるわ。私達の扱いがどのようなものになるかも分からないのよ! それなのに、どうしてそんな能天気な事が言えるの!」
ビィタリアにはナディアが能天気な事を言っているように見えたようで、怒りを交えてそう告げる。その怒りの気持ちがナディアには理解出来た。だけど、自分は何も考えもせずに能天気な事を口にしているわけではないので、ナディアも口を開く。
「いいえ、私は能天気にこんな事を言っているわけではありませんわ。――何故なら、助けに来てくれる事を私は信じているから」
「……『火炎の魔法師』ディグ・マラナラが捕らえられているのよ? 誰が助けるっていうの」
「私の婚約者は、絶対に私の事を助けに来るわ」
ナディアはその事を確信している。だからこそ、自信満々に答えた。一切の迷いの見せない表情で。それは彼女が彼の事を心の底から信頼しているから。
ナディアの確信したような言葉に、ビィタリアは一瞬驚いたように押し黙った。
その後、じっとナディアを見据える。
「……貴方の婚約者。平民の出でありながら『火炎の魔法師』ディグ・マラナラの弟子になった存在。だけど、ディグ・マラナラを捕える事が出来るぐらいの手を、サマ・トージは持ち合わせているのよ。そんな英雄の弟子になれたとはいえ、平民の出の少年に何が出来ると……? 貴方は、貴方の婚約者が助けに来ると、何故、言えるの?」
ビィタリアは、ナディアの自信満々な様子に対して冷静に言った。
普通に考えれば、ヴァンという少年の事を知らなければ、ビィタリアが口にしている事は尤もな事である。
ヴァンは周りから見れば、才能を持ち合わせているため英雄の弟子にはなれたがそれだけである。少しずつ他国に存在は広まっているものの、他国からしてみればディグ・マラナラの方が脅威なのだ。師であるディグ・マラナラの方が他国にとって脅威的なのは当然なのだ。
だけど、実態を知っていれば——最も警戒すべき存在で、怒らせてはいけないのはヴァンの方であるというのがわかる。
「言えるわ。私のヴァンは、とても凄いの。それこそ、才能だけでいうのならば『火炎の魔法師』ディグ・マラナラ様を陵駕しているもの。私はヴァンが本気で何かをなそうとしたのを見た事はない。もし、ヴァンが自分の持てる力を全て使って何かをなそうとする——それを想像した時に、私は成し遂げられない未来が想像が出来ないわ」
ヴァンが例えば、自分の持てる力を全て使った時、成し遂げられない未来なんて想像が出来ない。そう、ナディアは心から感じている。
「それに……ヴァンは私の事を、本当に大切に思ってくれているの。ヴァンは私がこんな状況になっている事を知ったら何もしないはずはないわ。私はヴァンが助けに来てくれる事を信じているの」
心の底から信じている。
絶対に助けに来てくれる事を、知っている。
「……だから、ナディア様は怖くないの?」
「いいえ、怖いわ。でも……助けに来てくれると信じているからまだ平常心でいられるの」
「……婚約者を信じているから。そう言える事が羨ましいわ。……でもそうね、このまま怯えていても仕方がないわ。私も、貴方がそこまで信じる貴方の婚約者が助けてくれる事を信じましょう」
ビィタリアはナディアの言葉にそう言った。
共に捕らえられているナディアがそこまで信じているヴァンが来る事を、ビィタリアも信じると。
―――その頃のナディアについて
(とらわれの身の二人の王女は、会話を交わしている)




