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魔王の頭痛が痛いお話し

作者: 二十日子

ーー四天王が死んだ。


 その知らせが入ってきたのは魔王が執務室でうんうん唸っていた時であった。


「なんだと!? そんな筈はない。火と水の四天王はどうした、あやつらの守る地は大陸の端と端を挟む場所。こんなに短い間に……例え勇者であっても不可能だ!」


 魔王が急報に目を剥いて椅子から立ち上がった。


 人間の国に布告してから早一年。順調に見えた魔王の御代に陰が生じたのが一ヶ月前の事だった。聖女により勇者が見出だされたのである。


「それが……」


 言葉を濁すのは忠実な魔王の(しもべ)ガブラ。磨いた大理石のような皮をした鰐人(アリゲーターマン)である。


「なんだ、はっきりと言え」


「はっ、水の四天王を倒したのはキの国の勇者、火の四天王を倒した勇者は豊の国の勇者、土の四天王を倒したのは聖の国の……」


「待て! 勇者は一人では……ない?」


 魔王の疑問にうぅっとガブラが呻く。


「恐れながら、現時点で十人の勇者を確認しております」


 息もなく魔王が椅子にポスンと腰を降ろした。ガブラはいたましそうに主を見る。魔王の顔面は蒼白で小刻みに震えていた。


「偽者……いや、四天王を倒せたのだ。偽者も本物もないか……」


「人の小国が次々に勇者を立て、名ばかりと侮っていた結果にございます。既に諜報に長けた配下をつけておりますが、この結果の責は私の首……一族の処分を持って収めください」


 魔王様の耳に入れる必要なしと判断したのが間違いであった。聖女に名指しされた勇者のみ監視していたのだが、本命の勇者は今回何もしていない。


「四天王がいなくなり、お前までいなくなれば我が軍はガタガタであろうがぁぁ」


 魔王は少し鼻声になっていた。


「魔王様! お気を確かに!」


 ガブラはこの若い魔王を熊の仔の大きさから知っていたので孫のような気分が抜けていなかった。軍を率いる時は白き戦鬼と讃えられるが、魔王に関すると腑抜けの無能と言われている。早く配置替えしろとの声が上がったが、その声はガブラの暴力によって抑えられたので、ますますThe無能の名を欲しいままにしている。ガブラは諜報部隊も率いているのでその声が魔王に届くこともない。やりたい放題である。


「魔王様ーーーー!! 魔王様! 四天王が倒されたって本当? ねっねっ勇者見に行っていい?」


 魔王の執務室の扉がバンッと開かれる。ふわふわの黒毛長にエメラルドの目をした猫人(キャットピープル)、魔王の従兄弟にして厄介者のトラブルメーカーであるカダスだ。


「ねっいーでしょ? 勝てそうだったらやってくるし。負けそうになったらちゃんと逃げるから、行ってもいーい? 人間の国ってガブラじいちゃんから聞くと楽しそうでさ行ってみたかったんだよね」


 ゴロゴロと喉を鳴らして魔王の腕に飛び付く。この従兄弟、魔王より年上である。


「ん、あーあとでな」


 魔王の嘘である。最初の魔王様と叫んだ時点でそのあとの台詞は魔王の耳を通り抜けている。それくらいはカダスも見破るのでゴロゴロを止めて細い瞳で魔王を威圧する。魔王はそんなカダスをベリッと腕から離す。


「カダス、魔王様は執務中だから夜にしなさい」


 とことん腑抜けるガブラはおじいちゃんモードある。魔王の頭痛が始まる。四天王いなくなったんだけど、君達ちょっと能天気じゃないか。魔王の心中を察する勘のいい者は魔王城にはいなかった。


 なぜか?重臣は年老いた者がほとんどで、ことごとくおじいちゃんモードで腑抜け、他は脳筋だからである。そう、魔王の率いる軍団は平和ボケと脳筋の集まりという幸せな集団だったのだ。


 そもそも人間の国に布告したのは、本当に、単に、魔王に就任したからよろしくねっていう以上の意味はない。辺境の荒れ地から出ないからまぁ、お互い前より平和にあまり干渉しないでいきましょうと使者も出したのである。


 一ヶ月前の勇者旅立ちの知らせ等、寝耳に水。人間の国に遊びに行ったダークエルフ夫妻がわざわざ魔王城に噂を知らせに来てくれたのだ。諜報員を放つと間違いないという。魔王は胃に穴が空きそうだった。


 ニャーニャー煩い従兄弟と無駄に責任感があるおじいちゃん達に囲まれ、魔王はべそをかきそうになるが踏みとどまる。四天王に命じた者達は魔王軍でも若輩者だった。将来性を感じた者を魔王自ら抜擢したが、まだまだ発展途上にあった者達だ。惜しい者を亡くし胃が痛くなる。


「それで、勇者の進路、計画の検討はついているか?」


「はっ、三日後には魔王城に着くかと」


 ガブラが畏まって言った。


「さよか……」


 魔王は考えるのを止めた。



 さて、勇者第一号の登場である。勇者に出会ったら丁重に案内し魔族に犠牲を出さないよう魔王の厳命があるので、疲れもなくベストな状態であるのは想像に難くない。それぞれの勇者は固まる事もなく動いているので各個撃破ができるのが救いである。


「ようこそ。勇者よ」


 魔王は魔王城の玉座に座り、勇者と魔王の様式美を描き出していた。これも務めの内である。


「あっ? 別に招かれてねーし」


 勇者は頭を金髪に染め、何やらチャラチャラしていた。魔王はちょっと思っていたのと違ったので内心首を傾げている。


「まぁそう言うな」


 魔王が手をあげるとメイド達が卓と椅子を運んでくる。それから勇者に座るよう促すと、ティーカップにとぽとぽと何かを注いだ。お茶である。


「あっすんません。ありがとっす」


 勇者は勧められるまま座りお茶を啜る。


 魔王は暫しその様子を見て考える。


「勇者よ、泊まっていくか?」


 勇者はうーんとかへーんとか変な声を出して悩んでいたようだが、うすっ!と心を決めたようだった。


「お世話になります!」


 まさかいい返事が返ってくるとは思わなかった。後の魔王の述懐である。



「流石魔王様です。勇者を籠絡するとは!!」


 ガブラが魔王を誉めちぎる。魔王は時々迷い混む旅人に接するようにしただけだった。


「そうではない。正面からは無理と踏んで機を窺っているに過ぎん……と思う」


 魔王の語尾は疑問系である。あれは勇者の態度に相応しくないように見えたからである。


「まぁしかし、四天王を倒した者でもないなら旅人と変わらぬ……害意無しとあれば、もてなした後送り出してやりなさい」


「はいっ、拷問した後、あの世に送り出すのですね」


「ガブラよ、言葉を曲げるのはよせ。言葉通りに実行せよ」


「えっ」


 魔王の言葉に困惑するガブラ。本気である。時々おじいちゃん達も魔王の平和な言葉から物騒な話を生やす事がある。やめて欲しい。


 ここで、人間の国への布告に魔王が一つの疑惑を浮かべた。人間の国への使者を用意したのはガブラである。魔族の習性としてある有名な特徴があるのを思い出していた。無駄に脳筋で見栄っ張りに上に立とうとし、上位の者の言葉を強調する。魔族に伝わる話に和平の使者を互いに送り、どちらも宣戦布告を行ったという逸話がある。双方得をしなかったので、和平の使者に真心なしという理解し難い訓戒である。


「あっいたた」


「魔王様! もうお休みください」


 魔王は頭を抱えた。ガブラに発破を掛けられ見栄を張る使者の姿が容易に浮かんだからである。


「うううう」


 執務室からガブラを追い出し、椅子の上で激しい貧乏揺すりをする魔王。それも長くは続かない。


 バンッと扉を開けカダスが入って来たのだ。


「魔王様! 勇者やっつけたの!? 随分早かったけど強かった? ねぇ強かった? 魔法とか伝説の剣とか使うんでしょ? もし消し炭になってないなら見せてよ! そんじょそこらのと違うんでしょ。ねぇねぇ、魔王様!勇者ってやっぱり筋骨隆々? それとも優男?女の子とかお姉様系?オレ昨日からワクワクして一睡もしてないの! 早く話してよ!」


「戦ってない」


「敵前逃亡? なにそれつまんない」


「違う。客人として我が魔王城に泊まるのだ」


「へ?」


 魔王が抱えていた頭を上げると、カダスが目を真ん丸にして震えていた。


「なにそれ最っ高じゃん!! オレ会ってくる!!」


 バーンッと扉を破壊せん勢いでカダスが飛び出していった。魔王は頭痛が酷いので寝る事にした。


 頭の重い朝であった。メイドの狐人(ウェアフォックス)が魔王の体を揺すっていた。


「おはようございます。魔王様」


「おはようニア」


 幼少から魔王の世話を焼く狐人である。優しいお姉様風に(たが)い脳筋である。決して忘れてはならない。魔王城には脳筋とじいちゃんのみである。そしてどちらも武の魂に火を付けるWord は禁句だ。


「御髪を」


 服を着せられ、髪を整えられる。寝ぼけたままニアに玉座まで引っ張られた。


「貴様が魔王か?」


 玉座にポスリと座る。


「ん……んん!?」


 魔王の頭が覚醒する。


「はっ! そのような腑抜け面で俺の相手ができるかよぉ!!」


 精悍な(おもて)をした勇者であった。ずっと待機していたのか、待ってましたとばかり玉座に駆け上がり剣を魔王の頭上に振り上げる。


「無礼な!!」


 ニアに横から吹き飛ばされた。勇者は失敗したのだ。様式美は欠かしてはならない。魔王はそこまで拘りがないが、カダスを筆頭に様式美を残す会が魔王の軍団内に結束されている。ニアも名誉会員である。もっと幼い頃に魔王に魔王らしい笑い方など彼女は仕込んでいる。職権乱用であった。


「勇者にあるまじき所行! 者共、この曲者を摘まみ出せ!」


「はっ? ちょっと卑怯だぞ。待てって……ようしきび? 守るから魔王と……あ……ちょっおぉぉ?」


 何処からか湧いて来た魔族の兵士達に追い出され勇者は魔王の間の扉の向こうに消えていった。


「ガブラに聞いていた、キの国の勇者に似ていたのだが? 私以外手を出すなと厳命したのだが?」


 混乱する魔王のお言葉である。


「あれは勇者ではございません。期待外れでございました。侵入を許した事、この首に代えてお詫びします。賊を御前に許した事、一生の不覚です」


「あのな、そういった罰は必要ないからな? その、四天王を倒す程の者、賊であってもそなた達に被害が……」


「魔王様? もしかして……もしかするとですよ? 魔王城に居る者が四天王より弱いという認識で在られますか?」


「何でもない。魔王城にねずみが迷い込む事もあろう。この件で罰する事はない」


「御意」


 魔王には見えたのだ。四天王より弱いかもとでも言えば、その場で武への誇りにより自らの頭をかちわるニアの姿が。非戦闘員でも魔王に次ぐ強さを誇示する者達がこの魔王城には集っている。それはなぜか?


 脳筋だから……。


 魔王にとっては不意打ちであったが、四天王をやった勇者を討つとか、四天王を倒した勇者だからこそ敬意を持って対峙しようと考えていたのだが、ニアが頭痛薬を持ってきたので薬を飲んで心を安らかにした。


 連日、勇者が来たり来なかったり。殺傷沙汰は避けられていた。いいことだ。勇者に襲われたら、最寄りの魔王直属諜報部隊隠れ家、魔王直属遊撃隊支部に駆け込むよう領土にお触れも出しているので大した被害はない。勇者達の歯噛みする様子が見えるようだった。いい加減諦めて欲しい。


「畏れ多くも全ての魔を統べる王に申し上げる。俺は人の国から来た勇者ギレイン。人を恐れぬならば、その自らの悪を正さぬならば、いざ尋常に勝負を!」


「よかろう。その蛮勇、叩き折ってくれる!」


 勇者の口上を受けて、玉座から魔王が立ち上がる。


 様式美である。ニアの方を見ると、◎マークのついたステッキを掲げニッコリ笑っている。勇者があからさまにほっとしている。彼は以前×をもらって追い出されたのだ。魔王の間の扉の向こうで男泣きし懇願する声が聞こえたので、様式美に厳しいニア達には珍しく二度目のチャンスを許したらしい。


 小手調べに魔法を魔王が放つ。ギレインが斬って捨てる。炎、雷撃、水流、全て斬り払う。勇者の動作は流れるようで美しい。


 様式美を守る会の会員達が十点ステッキを上げる。満点だ。


「俺の番だ!」


 勇者ギレインが炎の渦をものともせず魔王に肉薄する。魔王も黒く禍々しい剣を取り出し、勇者の持つ白銀の剣と打ち合った。光と闇の粒子が切り結ぶ度に発生し大気に溶ける。まさに勇者と魔王の戦いであった。


 しかし、人の勇者にはまだ足りなかった。渇望が、混沌を凌駕する聖の暴力が。


「クックックッ、この程度か」


「な、なにぃ!?」


 黒き剣の質量が増し、白銀の剣が悲鳴を上げる。


「食らうがいい、我が魔剣の渇望を!」


 黒い魔剣が真ん中から割れると、その断面はギザギザの鮫のような歯が並んでいた。それらの歯がギレインの剣に食らいつく。禍々しく黒い粒子が白い粒子を完全に飲み、剣を無くした勇者が膝をついた。勝負は決したのだった。


 ちらっと会員達を魔王が見る。皆、涙を流し十点ステッキを上げていた。魔王は無言で立ち去る。勝者にも敗者にも言葉は必要ないからだ。そして、誰も頭痛薬を持ってくるとか気を効かせる事がないのを知っているのだった。


 魔王が執務室で寛いでいると、バンッと扉が勢いよく開かれた。考えて見れば久方ぶりの従兄弟の来訪である。


「魔王様ー! 聞いてよ聞いてよ! オレ手柄立てたよ! ガブラじいちゃんもよくやったって! 魔王様も褒めてくれるよね?」


 魔王は嫌な汗が背中を濡らし始めたのを意識する。


「スッー、坊っちゃんマジやべっすよ魔王様。ほんと焦りましたってー」


 金髪勇者が居た。えっなんでこいつまだ居るの? 魔王は辛うじて口に出さない。彼は客人なのだ。失礼はいけない。


「あの……」


 かぼそい声が二人の背に隠れて聞こえる。やだなぁと魔王は素直な感想を持つ。


「はじめまして……魔王様」


 銀の絹のような髪に、深い藍色の瞳。白い肌は日に焼けてなくほっそりとして儚げだ。


「青嵐の国より拐われました。ユニと申します」


 間髪入れず魔王は聞いた。


「つかぬことを伺いますが、もしかして貴方は青嵐の国の聖女を務めていませんかな」


 魔王は貧乏揺すりを始めている。


「お恥ずかしながら、神に仕えております」


「聖女ですよね?」


 ユニが魔王の言葉に頬を赤らめる。そういう恥じらいはいらない。


「もー、魔王様! 分かるっしょ? 本能にビビってくるでしょ? これも魔王様の従兄弟で子分なオレが見逃す手はないからさ、苦労して拐って来たんだよ。ほら、褒めて褒めて!」


「スッー、聖女さん旅した事ないから苦労したっすー。二人共労ってやってください」


 嘘だろ。勇者が保護者の立ち位置か!?魔王は胃と頭にズキズキとした傷みが今ここで発生したのを知覚する。


「聖女でありながら、魔族の方に拐われるなんて情けないですよね」


 聖女が涙ぐみ魔王の頭を抱えていた手を剥がし、その手に取る。


「恥を忍んでお世話になります」


「うん……」


「それだけー? それだけー魔王様ー。もっと何かないの?」


「ちょっと今日、勇者と戦って疲れてるから明日にしてくれないかな」


 不満気な従兄弟が二人を連れて出ていく。






「頭痛が痛い」


 魔王様の呟きは諜報員達がちゃんと聞き取っていたが、だからどうということはなかったのだった。








おわり

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