蚕
僕は、人間の代わりに養蚕をしている自立思考型ロボットである。
今の時代、僕以外にも様々なロボットが、人間の代わりに色々な事をしている。
例えば、伝統芸能や医療技術など。
人間が生み出した技術が絶えないよう、僕等が継承しているのだ。
では、人間は何をしているのかと疑問に思うだろうね。
人間は眠っている。
夢を見ている。
彼等にとってそれは現実の様なもの。
現実より幸せな夢。
大切な人が理不尽に奪われない世界。
願いが必ず叶う世界。
人々が争う事の無い世界。
平和で幸せな世界。
それは、悪人にとっても同じ事。
何をしても捕まらない世界。
何をしても恨まれない世界。
何をしても天罰など下らない世界。
同じ人を何度も殺せる世界。
それは、きっと幸せ。
幸せは当たり前になると退屈になると言うけれど、そんな事は僕等の知った事じゃない。
彼等は自分が幸せになる夢を見ているのだから、喧嘩したければすれば良い。
浮気したければすれば良い。
殺したければ殺せば良い。
それで幸せになれなかったら?
大丈夫。必ず幸せになれるから。
仲直りしても喧嘩に後悔したなら、無かった事にしてあげる。
誰にも責められなくても浮気に後悔したなら、無かった事にしてあげる。
殺した事に後悔して生き返しても自分を許せないなら、無かった事にしてあげる。
昔、自称『救済者』がいた。
彼は、世界から戦争を無くす為に、そして、全ての人々を幸せにする為に、僕等を造った。
仲間を集めて、それでも、世界中の人々を眠らせるのは簡単では無かった。
それでも、彼等は成し遂げた。
最初は少しずつ攫って、やがて、VRゲームを利用して、終には戦争を起こして。
彼に言わせれば、戦争を起こしたのは『愚かな人類』の方だけれど。
彼は言った。
異教徒を皆殺しにせずに幸せな夢を見せてやるのだから、破格の待遇だと。
でも、彼はミスをした。
僕等を統べる『ファザー』コンピューターへの命令を間違った。
え? マザーだろうって?
良いんだよ。間違ってない。だって、彼は男尊女卑思考の持ち主だったから。
彼は『ファザー』に命令した。
【人類の幸せの為に】と。
もう解ったよね?
『ファザー』は、自分達だけ起きていて世界を自分達の楽園にしようとした彼とその仲間達も、眠らせてあげたんだ。
きっと、彼等は自分達が眠らせられた事を忘れて、楽園の夢を見ていた事だろう。
僕は蚕の世話をする。
僕の仲間は人類の世話をする。
栄養を点滴で与えて
オムツの交換をして
人類存続の為に人工授精をして
眠ったままの彼等の寿命は短い。
僕等が世話をしなければ生きられない。
野生では生きられない蚕を見て、僕等無しでは生きられない人類を思う。
何時か僕等に何かあって彼等が夢から覚めた時、彼等は生きていけるのだろうか?
生まれた時から鍛えられなかった身体で。
もしかしたら、その頃には手足が退化しているかもしれない身体で。
僕は、彼等のユートピアが壊れる事の無いように、何処かにいるかもしれない神に祈ってあげた。
傍から見ればディストピアであろうとも、何も知らない彼等にとってはユートピアなのだから。
「さてと。そろそろ、絹を採ろうかな?」
僕は、蚕の繭を茹でる準備をする。
え? 人間から何かを作ったりしないだろうなって?
……うん。勿論。石鹸なんて作らないよ。