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生首の入った骨壺

 オレンジ色に照らされ、雨に濡らされたアスファルトをつかつかと歩む。じーじーと蝉の声が疎らに響く中、私はお盆と言うこともあって家族連れ立ってのお墓参りに向かっていた。

 うちの家系はご先祖様をお迎えするためにまずお墓へと赴くのが常である。聞いた話だとこの儀式は行わないところもあるのだとか。まあ、もはやお盆の形なんて地域どころか家によって差が出るものとなっているのだろう。

 何とも嘆かわしい――なんて思わない。私は今をときめく現代っ子だから。確かにこうやって夕刻に墓地へと歩みを進めていると気も引き締まるけれど、この儀式を終えて家へと帰ってしまえば私はあっという間に日常に回帰してゲームにでも興じるであろう。

 何と言っても現代っ子だから。

 ぼうっと適当なことを考えていると、私のご先祖様が眠っている公営墓地へと到着した。なんというか、荒涼としている。公営墓地というのはどうしてこうも寂しい雰囲気があるのか。寺院お抱えの霊園は多少華やかさがある。きっとお盆ともなれば多くの人が詰めかけて、寂しさのかけらだってないだろう。なんなら人に紛れて幽霊だっているかもしれない。心霊写真の撮影にだって苦労しないかも。まあ、そんなのは不謹慎過ぎるけれども。

 ともあれ同じく墓地であるのにこの違い。なんだか不公平にも感じる。いや、同じじゃないのかな片や霊園片や墓地。この違いは大きいのかもしれない。霊園には日の光が当たると聞く。ならば、田舎ではないとは言え川沿いにひっそりと、柳の下に佇むこの公営墓地は霊園とは違うのだろうし。

 墓地へと入る。夕刻だけあって暗い。特にこの公営墓地は柳で光が遮断されているので今の時刻でもほとんど灯りがない。

 私たちはひとず備え付けられている水汲み場まで足を運ぶ。ここには手桶も柄杓も完備されていないので持参しなければならない。最近の墓地としてはいささか勝手が悪いと言える。

 母が水道から手桶に水を入れる。母はそれを兄に手渡し、私たちはご先祖様の眠るお墓まで進んだ。そしてお墓の掃除を開始する。入念に墓石の掃除を終えると、花を供え、用意した果物を置く。そしてローソクに火を灯して線香を供えた。線香の煙はご先祖様と私たちを繋ぐ電話線みたいなものらしい。電話線と言うか電波? まあ何にしてもそんな感じ。

 とは言え私には霊感なんてものはないし、そもそも幽霊の存在については懐疑的な方なのであまり感慨はない(墓地の雰囲気は確かに少し不気味に感じるけれども)。

 線香の煙を浴びながら手を合わせる。ご先祖様に伝えるべきことは――特にないな。強いて言えば家内安全とか。って、そういう場じゃないのか。とりあえず、お帰りなさいとでも言っておけばいいのかな。

 お参りが終わると、供え物を片付けて帰路につく。道中、父がこんな話を振ってきた。

「知ってるか? あの墓地、変な噂話があるんだとよ」

「何それ? 怪談話?」

「そう。あそこ、臭かったろ?」

 そう言えば線香の匂いに紛れて少し腐敗臭のようなものがあった。

 私は頷く。

「あそこにある墓のどれかに生首が入った骨壺が収められてるんだとよ」

 ほう、と私が興味を示すと、母が割って入った。

「お父さん。不謹慎ですよ。お盆にそんな話をするなんて」

 母は真面目な顔だった。父はこの顔に弱いのだ。私が子供の頃からそうだった。父の悪ふざけを母が糾弾する。すると父はしゅんとした顔で首をすくめてしまうのだ。そう、今のように。

 全く不肖の父だ(話に乗った手前、私も人のことは言えないけれど)。

 兄は巻き込まれたくないのか橋の向こう側に見える、ほとんど沈みかけた夕日を見つめていた。

 それにしても、生首を収めた骨壺か。それってもう骨壺ではないのでは? いや、しかし肉が腐敗し切れば骨になるのかな。いずれにしても気持ちのいい想像にはならないけれども。それを言ったら気持のちいい怪談というのもあまり聞かない。虫の知らせ系は多少ハートウォーミングな話があったりするが、基本的には怖がって楽しむものだし、やはり不快だったりする方が面白いのだろうな。

 そう考えれば、骨壺の生首の話は怖い怪談だ。それも結構信憑性が高く、土地に根付くような。実際にあの辺りには変な臭いが充満していたし、場所は墓地である。その上、その墓地は夕刻でも暗いとくれば噂になるのもうなずけるほど絶好の心霊環境である。しかし、どんな怪談にも無粋な種明かしは付き物だ。それが憑き物の話であっても付き物である。なんちゃって。

 使い古された駄洒落は置いておいて、つまり、骨壺の話にも種があるということだ。

 この怪談の種は簡単だ。

 雨が降り、川が増水した後だから。そう、川が増水して下水と混ざるとしばらく周辺には腐敗臭が立ちこめる。だからあの辺りは臭かったのである。それが場所の雰囲気と結びついて怪談になったと、そういうことなのだろう。時代は流れても、場所と環境はそこにあるからお父さんの世代の人でも知っているし、私たちの世代も知れる。

 考えてみれば詰まらない話かもしれない。しかし、まあ、その種明かしも含めてロマンと言えばロマンか。

 益体のないことを考えていると、いつの間にか家の前まで到着していた。私は頭を切り替えて、買ったばかりのホラーゲームでもやろうと思った。

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