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恋と熱

 もちろん雪春は正しいデートの誘い方など知らない。しかし普通はそれらしい話題を提供してから自然に誘うものではないだろうか。ここまで唐突に言われては、たとえ相手に好意があったとしても驚きが先立つ。

 つまり何が言いたいかというと、スマートなやり方ではないということだ。

 雪春は必死の形相で見つめてくる倉田を冷静に分析した。

 ここまで雪春が突然のデートの誘いに動じていない理由は二つあった。

 一つは、倉田からのこういった誘いが初めてではないからだ。

 何故か新学期に入ってから、突然コンサートや食事に誘われるようになった。始めは驚いていた雪春も、さすがにここまで何回も声をかけられたら慣れもする。その時は“たまたま”ある男子生徒に邪魔されたり、“たまたま”生徒会の仕事が入ったりで断っていたので、結局一度も出かけたことはないのだが。しかし乗り気ではないにしろ、あまり断り続けて人間関係に波風を立てたくない、という本来の小市民的感情が顔を出し、雪春はため息を飲み込んでから頷いた。

「いいですよ。」

「えぇ!?」

「ユ、ユキ?」

 二方向から驚きの声が上がる。幸太郎はまだいいとして、なぜ誘った倉田がそこまで驚くのだと内心呆れた。まるで応じてくれるとは思っていなかったような反応だ。

「え、で、でも・・・。」

 倉田は再び教科書を弄りだした。そのあまりの狼狽えぶりに何故か雪春の方が申し訳なくなって、助け舟を出すことにした。

「たしかご一緒するんでしたよね。」

「はい?」

「修学旅行。」

 二葉亭学園の二年生は、もうじき修学旅行に行くことになっていた。雪春は一学年担当なために、本来であれば二年生の修学旅行には引率しないが、新人研修ということも兼ねて今年は付きそうことになっていた。しかし普段は二学年の先生方とは関わらないので、学年主任が気を使って同期の倉田と行動を共にするように組んだのだ。

 雪春と倉田に修学旅行中に与えられた仕事は写真撮影。そして二日目は班ごとに京都の街を見学する生徒たちを撮れるように、レンタカーを借りて回ることになっていた。

 それも見方を変えればドライブだ。

「運転よろしくお願いします。」

「あ・・・はい。」

 一方的に言い放ち、彼が呆けているうちにその場を去る。これで倉田の面目も立つし、立て続けに誘いを断ってしまった義理も果たせただろう。雪春は清々しい気持ちで職員室に向かった。

「ユキ、最近何だかモテてるな。」

 幸太郎が倉田を振り返りながら少し不憫そうに言う。あまりの流しっぷりに彼が哀れになったのだろうか。

「あれは違いますよ。」

「違う?」

 幸太郎は小首を傾げる。雪春は振り返らずに言った。

「誘う理由はわかりませんが、倉田先生は私にそういった好意を抱いている訳ではないと思います。」

 そう、二つ目の理由はそこだった。

 倉田からそんな感情を感じ取れないのだ。もちろん同僚としてはそれなりに好いてくれているかもしれないが、明らかに恋愛感情ではない。

 こういうことに鈍い雪春でも、こちらを見てくる目や表情や仕草に、そういった熱は存在しないことはわかる。なぜなら――・・・

「・・・誰と比べてるんだ?」

 幸太郎の低い声にはたと止まる。顔を上げると探るような目をする幸太郎と視線がぶつかった。

 雪春は妙な焦りを感じて、無理やり声を絞り出した。

「・・・い、一般論です。」

「へぇ。一般論なぁ。」

 明らかに信用していない様子だ。

 しかし雪春自身、自分が信じられなかった。


 一体今、自分は誰を思い浮かべていた?


 その疑問に答えるかのように一人の男子生徒の姿が脳裏に現れそうになり、雪春は慌てて首を振った。

 どうも文化祭から調子が狂っている。例の一件のせいで、適度な距離の取り方を忘れてしまったかのようだ。

(もう少し気を引き締めないといけません・・・。)

 幸太郎から習った護身術を披露する以前に、隙を与えないことが一番重要なのだ。

 雪春は決意を新たに職員室に入った。

 職員室はまだ暖房を入れていないが、人の熱気のせいか暖かかった。先程まで感じていた冷えと焦りを拭うかのように、入口でほっと息を吐く。

 すると同じ一学年担当の綾倉聡美あやくらさとみがこちらに気がついた。

「あ、ユキくん、お願いが――・・・ってどうしたの?なんか怖い顔よ。」

 彼女は言いかけた言葉を引っ込めて首を傾げる。どうやら決意が顔に現れすぎていたようだ。雪春は慌てていつもの無表情に戻して、綾倉の近くへ寄った。

「別になんでもありません。」

 彼女はそう?と小首をかしげたが、深くは追求してこなかった。

 独身女性にして肝っ玉母さんのような地位を築いている所以はこういうところかもしれない。だからこそ同僚の松枝の想いに気づけないのかもしれないが。

 雪春は五年以上も綾倉に片想いしている不憫な社会教師にそっと同情した。

「それで、お願いとはなんですか?」

 そう促すと、無表情の裏で同僚が哀れまれていることも知らない綾倉は、ぽん、と手を叩いて無邪気な笑顔を浮かべた。

「そうそう!二年の河野先生が体調不良で早退されたから、次のHRの監督に行ってくれない?」

 次の二年生のHRと言えば、京都観光の班決めをするはずだ。クラス委員か修学旅行実行委員がリーダーシップをとって決めるから、クラス担任をしていない雪春でも出来ると踏んだのだろう。

 しかし了承の意を伝えると、綾倉は何故か渇いた笑みを浮かべた。

「まぁ、二年一組だから必要ないとは思うけどね・・・。」

 どういう意味だろうと首を傾げかけて、そのまま止まった。

「あ・・・。」

 その答えに思い至って、思わず声を漏らす。


 二年一組と言えば。


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