美少女の不幸
すらりとした肢体に明るく染めたサラサラの髪。長いまつげに縁どられた瞳は不安げに陰り、少女を更に可憐に見せていた。大抵の男は、こんな姿を見せられたら身を投げ打ってでも守ってあげたくなるものだろう。しかし夏目は特に感慨もなさそうに彼女の話を聞いていた。
「荷物を荒らされている?」
相槌を一手に引き受けていた朔太郎が声を上げる。
愛梨はゆっくりと頷いた。
「体育とか移動教室とか、少し目を離した隙に、鞄やロッカーを勝手に探られているみたいなの。」
「何か盗られたの?」
「ハンカチとかペンとか・・・。」
そこで彼女は口をつぐんだ。被害はたいしたことなくとも、気分が悪いのは当然だろう。
「何か心当たりはあるのか?」
そこで夏目が初めて口を開いた。それに愛梨は縋るような目を向けた。
「そんなのないよ。今までこんなことなかったのに突然・・・。」
「嶺藤先輩のファンの奴らじゃないッスか?」
一緒に話を聞いていた志摩龍之介が尋ねる。隣には芥辺亮太もいたが、彼が言葉を発した所を見たことがない。ついでに前髪が目元を覆っているので、顔もしっかり見たことがない。
「まあ、いくらファンでもやっていいことと悪いことがあるわよねー。」
朔太郎が頬に手を当ててため息をついた。
愛梨はそれに頷くこともできずにうつむいている。
「もうすぐ修学旅行なのに、旅先で何か盗られたらと思うと怖くて・・・。」
たしかに、貴重品や下着類もあるのだ。不安に思う気持ちもわかる。
すると朔太郎が安心させるように力強く頷いた。
「安心して、嶺藤さん!綜ちゃんが同じ班なんだから、ちゃんと守ってくれるわ!」
たしかに魔王だの裏ボスだの影の支配者だの言われている(半分は自称だが)夏目がそばにいれば、犯人の方が逃げ出すかもしれない。
これ以上ない楯に愛梨も安心したのだろう。やっとかすかな笑顔を見せた。
「うん・・・。よろしくね、夏目くん。」
「まぁ、気には止めておく。」
なんだかやる気を感じない反応だが、愛梨はそれだけでも十分だというように意気揚々と退出しようとした。
そこで入口付近に立っていた雪春と目が合い、愛梨は体を止めた。
「・・・三島先生って、まだ顧問だったんですね。」
「はい、遺憾ながら。」
夏目から突き刺さるような視線を感じたが、これはまごうごとなき本音だ。
愛梨はそれを信じたのかどうかわからないが、「ふうん。」と綺麗な眉を少しだけひそめた。
「大変ですね、先生も。」
何だか一瞬睨まれたような気がするが、その後すぐににっこりと微笑まれたのできっと見間違いだろう。彼女はそのまま生徒会室を出て行った。
「さすが、ミス二葉亭は綺麗ッスね。」
龍之介がここまで感心するように女生徒を褒めるのは珍しい。諸事情で長年の初恋に破れた彼は、新しい相手でも探しているのだろうか。文化祭以降、朔太郎に突っかかるのは治らなくとも、やはり前よりは丸くなった気がするので、どうにか彼の中で折り合いがついたのかもしれない。
「でも、さすが会長ッスね。あんな美人に言い寄られるなんて。」
その言葉で初めて、愛梨が夏目に気があるということを知った。たしかにそう言われてみればそんな雰囲気もある。美男美女でそれこそお似合いのカップルではないか。
しかし六歳も下の高校生が指摘するまで気がつかないとは、やはり自分はこういうことには疎い。
内心自分の鈍感さに落胆していると、夏目がこちらを見つめているのに気がついた。
「・・・他の誰に何を言われようと、僕には意味ないがな。」
龍之介に向けて言った言葉のはずなのに、何故自分が追い詰められている気分を味わっているのだろう。
その目に込められた意味に気づかないように、雪春はそっと目をそらした。




