とある店の、とある悩みの話/1
波風立てぬ人生。
波瀾万丈な人生。
どちらが良いのかなんて分からない。
それはきっと、終わるときに自分が決めることだから。
「なあ、カメ吉。なんで私は、こうも素っ気ない態度をとってしまうんだろうなあ」
ヴー、というエアポンプの音と、かけているクラシックとが奇妙な重奏のBGMを作り出している。
田中は、それぐらいしか音のない店内に一人、店の端の方にある水槽の前でしゃがみ込んでいた。
コンコン、と水槽が軽く叩かれる。
「なあ、カメ吉……あ、カメ夫でもいいよ。聞いてくれるか?」
二匹はゆらゆらと水槽の中を泳ぐでもなく、ただ流されて浮かんでいるだけように見えた。
はあ、という溜息と共に、田中はぽつぽつと語り出す。
「……いいよな、流されるだけの勢いのある流れで。こっちはさ、ほとんど止まってるのと同じなんだ。上手に波に乗ろうとしても、乗れないんだよ」
誰に言うわけでもなく、ただ一人、自分の立場を確認するかのように口にされた言葉。
それに返事などあるはずもなく――。
「なら、自分で波を立たせりゃいいんじゃねえの?」
「うひゃっ」
――なんていう田中の思い込みは、突然ガラリと戸を開けて現れた恭介によって打ち消された。
ちなみに素っ頓狂な声をあげたのは田中である。
恭介はそのまま、入り口から田中の側――店の端の水槽の前に――まで歩いて行き、それを覗き込む。
田中は、恭介の行動の一挙動一挙動に驚き、……あるいは別の理由があったのかもしれないが、彼から目を離せないでいた。
「なあ後輩、俺は思うワケだ。流れや波なんてモノは言い訳で、何も出来ない・出来なかった自分を美化してるだけだってな。
自分がしたいと思ったことをする。自分がいいなと思ったことをする。それが一番、筋が通ってる、ってな。
正しい、正しくないなんて二番目でいいんだよ。自分の意志ってのを尊重しねえと、ただでさえ短い人生、楽しく過ごせねえ」
静かに、だが確かな温かさの込められた声でそう恭介は語った。
田中は思う。きっと、こんな人だからこそ私は――。
そう思えたからこそ、彼女はいつも通りに素っ気なく、彼に接することにした。
「恭介さん、何一人で語っちゃってるんスか。ほら、早く着替えてきてくださいよ。今日も遅刻してるんですから」
時計を指さしながら、田中は言う。
それを聞いた恭介が焦った様子で言い返す。
「な……!後輩、そりゃねえよ!ありがたーーいお説法、説いてやったじゃねえか!」
「知りません。一人、悦に入って語っちゃってただけじゃないですか。
ほら、急がないとバイト代減っていきますよー。
私、店長から恭介さんの見張りを頼まれてるんですから。
今日で遅刻が連続三回……っと。バッチリ店長に報告しておきますからね」
ニコッと微笑む田中。本人も意図せず零したその笑みには、どんな想いが込められていたのか。
対称的に、落胆する恭介。その肩が少し落ちていたのは、恐らく軽い絶望感が乗っかっていたからだろう。
読みやすい心と、読み辛い心。
なんともまあ、人の心とは全く度し難いモノである。
「しかし……」
きっとこの態度のままじゃあ、お互いの本心はきっと両方とも推し量れない。
「……やれやれ、見てて飽きないね。ホントに」
店長の呟きは、今日も二人が奏でる二重奏の中に消えてゆく。
田中は女の子です。
……分かってくれてるならいいんですけどね(笑)
友達が、「うっわ、ホモじゃん」とか言うから一応書いときます。
読んでくれてありがとうございました。
続きも読んでくれたら嬉しいです。