とある店の話
すれ違いに行き違い。
この世はとにかく住みにくい。
「ちわーっす」
田中は、バイト先であるアクアプラントの店に入ってきた先輩の恭介に挨拶した。
あと、恭介に一つ訊かなければならないことがあったので訊いておく。
「このカメ死んじゃってたんですけど……恭介さん。どうしますか」
二匹セットで売っていたカメのうち、一匹が死んでしまっていたのだ。
今日の朝一番……といっても少し前なのだが、餌をやるときに気づいたのだった。
恭介はそれを聞き、ふーむ、と顎に手を当てた。
いつもと比べて暗いなーって思ってたが……。
コイツの元気が無かったのはコレの所為か……。
二秒ほどして、恭介は答えた。
「おう、そうだな……確か、結構長生きしてるカメがいたな。ほら、相方が先に死んじまってたヤツ」
ああ、と田中は思い当たったので答えた。
三年ほど前に同じくセットで売られていたカメがいたのだが、今回のように一匹だけ死んでしまったカメがいた。恭介が言っているのは、その片割れのことだろう。店長の「病気を貰っていると困る。だけど捨てるのも可哀想だ」との意見で店の隅で売られていたカメ。
「カメ夫ッスね」
ちなみに名づけたのは田中だ。
「そうそう、カメ夫だよ。で、今回生き残ってたのは?」
恭介が尋ねる。
「生き残ってたのは……カメ吉ッスね」
田中が少し寂しげに答える。
恭介は、少しは可愛げのある後輩だな、なんて思いながらポン、と軽く田中の肩を叩く。
そしてこう続けた。
「まあカメ吉はさっさとカメ夫の所に移してやれよ。相方が死んで寂しがってるかもしれないだろ。
……まあ、飯でも食いにいくか。朝飯食ってないからさ、俺。一緒に行こうぜ」
傷心の後輩のために、少しぐらいなら何か奢ってやろう。
そう思って恭介は、いつものようにレジへと手を伸ばし――。
「ダメですよ、勝手に店のお金使っちゃあ」
――という田中の手によってそれは阻止された。
「朝ごはんなら、そこに作ってあります。どうぞお食べになってください」
田中がビシッと指差した先には、おにぎりが三つ。
「おう。サンキューな、後輩。いい奥さんになれるぜ、お前は」
そう言い残して、とっとっと、と指差した先へ消えてゆく恭介。
少し上ずった声で、「じょ、冗談言わないでください」と言いながらカメ吉の水槽を持って店の端のほうへと向かっていく田中。
一方からはムシャムシャと、一方からはポチャン、という音が聞こえた。
きっとお互いに、それは聞こえていない。
「やれやれ、今日も擦れ違ってるねえ……ホント、上手い具合に」
店の外で一部始終を見ていた店長が溜息を吐いていたのも、きっと誰にも聞こえていないだろう。
「こんなに小さな世界なのに、なんでこうも上手くいかないのかねえ」
第三者的な目線で文章を書こうと思って頑張ってみたんですが……
上手くいかないモノですね、やっぱり。
読んでくれてありがとうございました。